島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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32 - 世界が彼女を知ったとき

(ワン、ツー、スリー、フォー、ターン入れてストップ! 手の振り意識して~、ゆっくり動きを小さくして~……)

 

 常にダンスへと思考を回しながら、歌の方は音程を外さないことに集中する。

 

 試験評価はたったの一曲で決まる。巧いパフォーマンスで高評価を得ることは大事だが、それ以上に余計なミスで低評価を貰うようなことがないように注力した方が良い。そして今のことねは、歌やダンスが身体に染みついているとはいえない。二兎を追う者、一兎をも得ずだ。故に、彼女の中間試験戦略はシンプルである。

 

 ダンスではあらゆる項目での高評価を目指す。歌では音程の正確さに注力して、それ以外は気にしない。ずっとボーカルレッスンに付き合ってもらった凛には悪いところだが、彼女のレッスンが真価を発揮するのはむしろ最終試験に至ってからなのだ。そしてことねにとって何よりも重要な、自分自身の可愛さを知らしめるための演技や振る舞い、ファンサービスについては。

 

「実に……自然ですね」

「自然なのも当然ですよ。ことねちゃん、まったく無理してませんから」

 

 ダンスの合間にさりげなくウインク。審査官に向かっての可愛いアピールだけではなく、記録用に何台か用意されているカメラや、前方の見学者に向かってのポーズも忘れない。流石に後方へのファンサはタイミングが少ないものの、後ろを向くタイミングを活用して、振り向きざまにラブリーな笑顔でダイレクトアタック。

 

「確かに、パフォーマンスの傾向が島村さんに似ていらっしゃいます。それに……」

「本番に用意できるクオリティで比較すると、ダンスは私と大きく変わらない水準なんです」

 

 卯月はこの曲を練習したことはないが、目の前で踊ることねと同じように踊れと言われたら、今すぐにでもやってみせることができる。一方のことねは、この曲のダンスをここまで仕上げるために、理論教育・レッスン・自主練などに多くの時間を費やしてきた。これは才能の優劣ではなく、単純に積み上げてきた経験故だ。

 

 そして同時に、ことねよりも上手くダンスをこなせと言われても、卯月は首を横に振るだろう。できないわけではないが、少なくともこの曲においては、今よりも上手くダンスをこなしたところで、むしろ全体のパフォーマンスから見るとノイズになる。

 

 いわば、普通のアイドルソングを歌う上で必要なダンス技術の天井。練習さえすればそこに辿り着ける技量……ことねのダンスは既にプロレベルだ。これ以上の技術は、それこそダンサブルな曲であるとか、バックダンサー同様に踊る演出であるとか、そういう状況にならない限り必要ない。

 

「まだまだ課題はあるんですけどね。歌に集中しすぎると振り付けが雑になっちゃったり、ファンサしたすぎてリズムを崩しちゃったり……」

「……先日のライブにおける、島村さんのパフォーマンスは」

「崩れてはいなかった、ですよね? 戻れと言われたら、二秒以内に智絵里ちゃんの振り付けとぴったり合わせられるようにしていました。今のことねちゃんには、そのような感覚がまだ備わっていません。ダンスの才能では上回られてますけど、まだまだ教え甲斐がありそうです」

 

 事も無げに言う卯月だが、恐ろしい話だ。なにせ彼女の言が正しいのなら、彼女は今のところレッスンにろくな口出しをせずに他人任せとしているのである。プロのトレーナーや歌手に任せるのは、プロデューサーとしては確かに正しい手段だろう。

 

 しかし卯月はプロデューサーであるよりもトレーナーであり、トレーナーであるよりもアイドルだ。結局のところ彼女は、アイドルとして持ち得た才能と重ねた経験、培ってきた経験によるスペックの暴力で、隣接分野であるアイドルのプロデュースに殴りこんでいるだけなのだ。

 

 元アイドルとしてプロデューサーとなること自体はそこまでおかしいわけでもない。だが卯月のプロデュースは、そんな単純な言葉で片付けていいようなものでもあるまい。

 

「島村さん。今後、藤田さん以外のアイドルをプロデュースするご予定は……」

「ないとは言いません。でも、ことねちゃんのような才能を持っていたとしても……私との相性が良い子でないと、アイドルとしての未来を潰しかねないと思うので。スカウトにはとても気を遣うと思いますよ」

「……その言葉を聞くことができて、大変安心しています」

 

 彼女はどこまでもアイドルだ。それを指摘せずとも自覚していることに、彼は安堵した。

 

 


 

 

 実のところ、ことねは今に至るまで勘違いをしているのだが……中間試験においては、彼女が想像しているような高い基準での審査が行われるわけではない。

 

 というのも、まず学園生のトップ層は既に契約を結び、正式にデビュー済みであることが多い。そういった生徒たちはむしろ定期公演への出演を打診される側であり、定期公演出演枠を争う試験に参加することはまずない。つまり、極端に格上の相手と試験の成績を競う必要はない。

 

 そして中間試験の合格者数は、おおよそ受験者数の半数となるようにあらかじめ考慮されたうえで決定されている。半数が脱落すると言われると、どうにも厳しいように思えるかもしれない。

 

 しかし現時点での自分を客観的に評価してもらうという目的のもと、試験通過の見込みがなくとも受験するような生徒も、無視できない程度には存在するのだ。つまるところ、中間試験の合格基準は緩い。今のことねならば容易に通過できる程度には。

 

(……なんか、最初よりやりやすくなった?)

 

 ステージの上にひとりきり、衆人環視のもとで何分も歌って踊る。しかもそれをリアルタイムで審査される。常人であれば体力も精神力もみるみるうちに削れるし、この試験は常人とそうでない人間を分別するための第一歩であるからして、普通ならストレスが積み重なるものである。

 

 にもかかわらず、ことねにはむしろ身体が軽くなるような感覚があった。

 

(あっ、もしかしてこれがエンジン掛かる感覚ってヤツ!? あたしって結構スロースターターだったり……いやぁ、そんなことないと思うケド! でも、それならもっと気合入れてッ……!)

 

 ことねにしては珍しいが、この瞬間における彼女の分析は正確なものではなかった。

 

 彼女が本領を発揮するのはオーディエンスを味方にしてから。彼女がスロースターターなわけではなく、単純に周囲の観客がことねに興味を持ち、応援し始めるのに今回は時間が必要だったのだ。そしてもうひとつの大きな要因。すなわち、審査官からのプレッシャーが消え失せたこと。

 

 三人の審査官は、それぞれに悩んでいた。今回の試験で審査官を請け負ったトレーナーたちは、以前からレッスンでことねのことを見ているトレーナーたちでもあった。

 

 ここ最近、ことねの成長には著しいものがある。当然、彼女のプロデューサーがことねに与えた影響が極めて大きいことは火を見るよりも明らかだ。

 

 しかしただでさえ技術面で伸びすぎだったところに、どうやら精神面での成長も極めて大きいらしいことがこの試験で明らかになった。プレッシャーを意に介さず、360度全方位から視線を浴びても怖気付かず、隙も見せない。アイドルには絶対に必要な素質だが、これは技術以上に天性の才能が物を言う部分であり、努力では克服しにくい。

 

 その点、以前のことねのメンタルはとても評価できたものではなかった。だが今はどうだ。彼女は立派なアイドルの卵、どころかもうすでにアイドルとしての自覚を持ちつつある。それはさながら、トップアイドルが見せる矜持のようでもあって。

 

 審査官たちは顔を見合わせた。お互いの表情を確認して、頷く。試験に合格させるかどうか? そんなことは今更論ずるまでもない。

 

 問題があるとすれば、ちょうど現在進行形で起きている出来事。

 

「よーしっ、みんな声出していっくよーっ!」

 

 試験を見に来ただけの観客に対して間奏でコーレスを煽り、しかもそれを初見でまともに成立させてしまっているこのパフォーマンスを、どうすれば最も良い形で評価に反映することができるのか。ただそれだけだった。

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