島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
中間試験で生徒たちが披露するのは、例外なく課題曲だ。どの曲も観客たちがよく知っているものであるし、今日だけでも幾度となく聴くことになる。であるからして、定番のコール程度であれば観客もいくらか対応することはできる。
「とはいえ、ここまでとなると……」
「合格は間違いないでしょうね」
沸く観客に囲まれながら述べる武内プロデューサーと卯月であるが、今まで口に出していなかっただけで、どちらもコーレスが始まるよりずっと前からことねの合格自体は確信していた。
あとは派手なミスをすることなく、無事に審査を終えることができれば。
「ではプロデューサーさん、お聞きします。あの子は346プロのお眼鏡に適うでしょうか?」
「……社内を説得するだけの材料は揃いました。ですが」
「何か不都合が?」
「346プロとしては、彼女と契約を結ぶ準備を整えることができます。しかし……島村さんの個人事務所で藤田さんと契約を結ぶ方が、島村さんにとっては得になるのではないでしょうか」
卯月はアイドルの活動に区切りをつけてプロデューサーとなるにあたり、法人を設立し個人事務所で独立している。十王学園長を納得させさえすればことねを引っ張ってこれるというのであれば、別に引っ張っていく先が346プロであろうが卯月の事務所であろうが変わらないだろう、というのが彼の意図するところであった。
現状における卯月の立場は『株式会社ティアラプロダクト代表取締役社長』兼『株式会社346プロダクションアイドル部門ジュニアプロデューサー』兼『株式会社100プロダクションプロデュース1課付』兼『学校法人私立初星学園プロデューサー科在籍』と、列記するだけでも充分にややこしい有様であるが、このうち後ろのふたつは卯月が初星学園を卒業すれば消えてなくなる。
であれば、卯月は346プロのプロデューサーとしてことねを拾い上げるより、ティアラプロダクトの社長としてことねを拾い上げた方が、大企業のしがらみを気にせず済むのではないか。
「いえ、346プロに拾い上げてもらう方がいいです。私はプロデューサーとして未熟ですから、私自身も継続的に成長できる場所に身を置いた方がいいですし……私のコネクションは大半が346プロ経由なので、ことねちゃんも346プロの『身内』だと認識してもらう方が、話もスムーズに進みます。老舗のデメリットもありますが、それ以上にメリットが大きいです」
「……まだ、他にも理由があるのでは?」
眼光鋭く問う彼に、卯月は薄く笑った。
「プロデューサーさんに隠し事はできませんね。……でも、その前に。そろそろあの子のパフォーマンスが終わりますよ」
卯月が眼下へと視線を戻す。ラスサビを歌いきる直前のことね、ここまでミスらしいミスもなし。あとは審査官に向かって、可愛く笑顔を向けながら終われば完璧だろう。
そう考えていた卯月と、ステージ上のことね。ふたりの視線が交錯する。そのまま、ことねはきりりとした自信ありげな笑顔を浮かべる。
曲の最後にして最高のアピールをぶつける相手として彼女が選んだのは、審査官たちでもなければ、多くの観客たちでもなく。自らをこのステージに立つところまで引き上げてくれた、プロデューサーだった。
「……やってくれるなぁ、ことねちゃん」
ステージに咲いた満開の花に、卯月は手を振り返すことで答える。
「実に、良い笑顔です」
「こういうことを誰に言われなくともやるから怖いんですよ、あの子」
「私としては、島村さんと藤田さんに大きな違いを感じませんが」
「だからこそ怖いんです」
昔なら思いつきもしなかっただろう卯月の軽口は、観客席から自然と湧きあがった拍手の中に消えていった。
「そ~れ~で~? プロデューサー、この人の紹介はちゃんとやってくれるんですよねぇ?」
十数分後、拠点の教室。まだ衣装を着たままのことねが、改めて卯月のことを問い詰めていた。
「今回は私が呼んだわけではなく、彼が自主的にいらっしゃったんです」
「ほんとーですかぁ? あたし、ライブ会場でもこの人と会ったんですケドぉ。最初からプロデューサーの差し金だった、って言われたら全部納得しますよ?」
「えっ、あの時にお会いしてたんですか!?」
寝耳に水であった。思わず隣を向く卯月。
「関係者受付に向かわず、しばらく会場内を彷徨っていたようでしたので、客席までご案内させていただきました」
「そうならそうって言ってくださいよ、プロデューサーさん! ふたりが顔見知りだって知ってたら、もっと話も早く済んだのに……」
「申し訳ありません。多くの会話を交わしたわけではなく、あくまで会場スタッフとして偶然の接触だったので」
普段の敬語よりも柔らかい、アイドルとしての敬語を使う卯月。そんな彼女が『プロデューサーさん』と言ったからには、やはり。
「あの〜……やっぱり、あなたって346プロの結構偉い人……だったりします?」
ことねの疑問に対して、弁解に追われていた彼が正面の方に向き直る。淀みない動作で素早く名刺を取り出して、ことねへと渡す。
「申し遅れました。私は346プロダクションより参りました、プロデューサーの武内と申します」
「あっ、丁寧にどうも……ん?」
受け取った名刺に記載された役職を見て、ことねの動きが止まる。
「あの、ここに書いてるアイドル部門の統括プロデューサーって……」
「346プロダクションのアイドル部門に所属するプロデューサーについて、私がその指導と管理を担っております」
「簡単に言うと、346プロのアイドルプロデュースに関する実務のトップですね。事務方のトップと並んで、部門長に直属する重要ポストです。私の上司であり、アイドル時代のプロデューサーでもありますね」
「めっちゃくちゃ偉い人じゃないですかぁ!? なんであたしの試験なんか見に来てるんですか、そんな暇絶対ありませんよね!?」
「アイドルの皆さんを羽ばたかせるためには、まず自分の眼で見なければ始まりませんので」
この短時間の問答だけで、ことねはおおよそ察することができた。多分この人も卯月同様の変人だ。むしろプロデューサーとしての卯月が変人なのは、この人の影響なんじゃなかろうかと。
「さて、藤田さん。こうして武内統括がいらっしゃったのは予定外でしたが、おかげで話を速やかに進めることができます。今後の藤田さんがどう活動していくかに関わる話なので、聞き逃しのないようにお願いします。さあ、座ってください。武内統括もどうぞ」
「は、はぁい」
「失礼します」
ふたりが座ったのを見て、卯月も着席する。
「まず、藤田さんにお伝えすべきことなのですが……346プロアイドル部門の元所属である私の見解として、また346プロを代表する立場にある武内統括の提案として、藤田さんを346プロにスカウトすることが全員にとっての利益となりうるのではないか、という事実を藤田さんに理解していただきたいと考えています」
「へーえ、あたしを346プロに……346プロにスカウトする!? どういうことですか!?」
寝耳に水どころの騒ぎではない。慌てふためくことねだが、卯月は冷静に続ける。
「スカウト自体に問題がないことは諸方面に確認済みですが、このお話は後ほど。重要なのは藤田さんの意志です。貴女には346プロからのスカウトを受ける自由があると同時に、多くの初星学園卒業生がそうであるように、100プロとの専属契約を結んでプロアイドルとなる選択肢もあります。ですが具体的に100プロと346プロで何が違うのか、藤田さんに向くのはどちらの事務所かということを、貴女自身に判断していただく必要があるわけです」
「そ、そう言われても……というか、まだ試験の結果も出てないんですよぉ? そんな状態でスカウトなんて……」
「では、逆にお聞きしますが。あれだけのパフォーマンスをやっておいて、藤田さんは中間試験に落ちる可能性があるとお思いですか?」
「そりゃ思ってませんよ!? あれで落ちたらもうどーしようもないなってくらいには自信ありますよ、でも心配なものは心配ですってぇ!」
「元気なようでなによりです」
ことねの叫びを軽く流しつつ、卯月は鞄から書類の束を取り出す。ホッチキスで留められた一部をことねに渡し、自分と武内プロデューサーがいる方の机上にも同じものを置いた。
「ではご説明しましょう。藤田さんの夢と私の夢、そのどちらをも叶える手段を、どのように提供するかについて」