島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「……いや、何言ってんですかプロデューサー。そんなのいくらなんでも無理ですよね? あたしも知ってますよ、著作権とかのあれこれは。授業で習ってますし」
夢のような卯月の提案を否定することね。しかし彼女がそんな対応になるのもおかしな話ではない。楽曲の権利というものはややこしいのだ。
まずは作曲家や作詞家の持つ著作権、もうこの時点でややこしい。どのアーティストのどの曲はどこが権利を持っているのか。作曲家や作詞家がそのまま持つケースもあれば、レコード会社が著作権を管理していたり、著作権管理団体に委託していたり。なんなら同じアーティストでも曲ごとに管理体制が違うこともある。当然、実演家の持つ著作隣接権のことも忘れてはいけない。
さらにこれらの権利をクリアしたところで、そもそも動画プラットフォームにおける『歌ってみた』の収益化は厳しい。収益化自体が厳しいという意味ではなく、単純に稼げないのだ。いわゆる歌い手と呼ばれる動画投稿者・配信者のメインになる収益は、既存曲のカバーとは全く別のものであることが大半である。
「マネタイズできるって言いますケドぉ、できるだけじゃ意味ないですよね? それでちゃんと稼げないと……」
「藤田さん、少々勘違いしているようですね」
にこにこというよりは、ニヤニヤした笑顔。卯月の顔に浮かぶ表情としては相当レアなものだ。
「何を歌ったとしてもマネタイズできる。先程の私は藤田さんに対してそう言いましたね? ですが、私はその場所を限定しましたか?」
「…………あの、すっごい嫌な予感しかしないんですよね、今。いやもう寒気っていうか、すごく怖いんですよ。不思議ですねぇ、あたしの気のせいですかね?」
「というわけで、藤田さんに与えられる権利というのは、『346プロ所属アーティストがこれまでに発表したあらゆる曲を自由に扱う権利』です。ライブ中に好きなだけ歌おうが、346の誇るヒット曲だけ集めたカバーアルバムを出そうが、生配信でスーパーチャットを得ながら元の音源でカラオケしようが自由です」
「もしかしてドッキリですか? ドッキリって言ってくれたらデコピンで許してあげますよ」
与えられた情報が常軌を逸しすぎていて、ことねは一周回って冷静になってしまった。そうしないと発狂する未来すら見えた。
「いえ、我々は本気です。……実のところを言うと、これは藤田さんに限った話ではありません」
「えっ? ど、どーゆーことです!?」
「これはアイドルに限った話ではなく……346プロに所属するアーティストの楽曲は、可能な限り著作権を始めとする楽曲関連の権利をまとめたうえで、美城グループの関連会社がその権利を保有する形になっています。社内では特に若い部署であるアイドル部門に関しては、契約条項の改善と統一化が完了した状態でスタートしたことから、ほぼ完全な権利の集約が実現しているんです」
「……それって、どうすごいんですかぁ?」
ことねの質問に対しては、卯月に代わって武内プロデューサーが答える。
「現在の346プロダクションアイドル部門においては、主にライブで活用されています。同部門に所属する、もしくはしていたアーティストは、346プロダクションが権利を持つ楽曲を自由に披露することができます。使用に際して必要なのは事前の申請のみで、期日を厳守すれば必ず許可されます。使用料も必要ありません」
「補足しますと、例えば先日の緒方さんは、ライブで様々な曲を歌っていました。中には私が作詞家や実演家として参加している曲もありましたね。ですが私に対しては事後通達で、緒方さん及び346プロからの使用料も入ってきません。これは346プロ内部に限っての話で、外部の人が同じことをするときには勿論相応の対価が必要ですけどね」
「あ~……他のプロダクションに比べて、346プロのアイドルライブで曲のシャッフルがやたら多いのって……」
「同業他社ではシャッフルひとつにも様々な検討が必要だからでしょうね。そういうわけなので、これは藤田さんに限らず、346プロのアイドルであれば誰でも享受できる権利なのですが……」
そこで一度口を閉じ、卯月は立ち上がる。
「今の346プロは、楽曲の権利を一元化してまとめているのに、ライブ以外ではうまく活用できていないのです。もったいない話だと思いませんか?」
「確かに、もったいない気はしますけど」
「時々思い出したように、売れっ子アイドルがカバーアルバムを出したりする程度。それだって、わざわざ相手にお伺いを立ててからです。それ自体は最低限の礼儀かもしれませんが、『お伺いを立てて許可を貰わないとカバーできない』空気になっているのは良くないです。アイドル個人のネット配信に至っては、全くと言っていいほど豊富な楽曲を活用できていません」
その言葉に、座ったままの武内プロデューサーが困り顔を見せる。どうやら彼にとっても、そういった現状が悩みの種であるらしい。
「なによりカバー曲を最も必要とするはずの、持ち曲の少ない新人アイドルが自由にカバー曲を出せないのは良くありません」
「……あ、そこであたしの話になるんですか!?」
「その通りです」
卯月はつかつかと黒板の方に歩み寄り、チョークを手に取った。
「アーティストとしての藤田さんの魅力は、ダンスとライブパフォーマンス。とすれば楽曲だけで攻めていくのは悪手です。デビューしてCDを売っていく、あるいはサブスクで稼いでいくとなれば、その前にMVを用意してネット上で公開したいところです。ですがスタジオやスタッフの確保など、そして藤田さんのレッスン期間を加味すると、やはり限界があります」
「あたしのデビューソロ、最終試験に間に合うかどうかもわからない……って言ってましたもんねぇ」
「ですが、それまで手をこまねいているだけでは時間の無駄です。他の仕事と並行して、藤田さんがどのようなパフォーマンスをするのかをファンとなる方々に理解してもらうべきです。……そこで、藤田さんにはまずカバー楽曲に手を出してもらいます」
これまでの説明を図示すべく、勢いよく黒板に書きこみつつ卯月は言う。
「藤田さんの実力であれば、ダンスはすぐに仕上げられます。振り付けの著作権を回避するため、むしろオリジナルより難しい方向に舵を切る選択肢もあります。そうしてレッスンルームで撮った有名アイドルのカバー曲を、いわゆる『歌って踊ってみた』の形で動画サイトにアップロードしていく……具体的には1ヶ月に2本以上の頻度で、立て続けに行くのが良いでしょうね。これで知名度を一気に確保しつつ、将来的な収益の源とするのが理想です」
「めちゃくちゃなこと言わないでくださいよ!? いくらなんでもそんなペース無理ですって! 特に歌の方が無理ですっ!」
思わず悲鳴を上げることね。しかし、卯月の返答は無常かつシンプルだった。
「私が教えます。藤田さんとの約束を前倒ししましょう」
「……え~っと、その、プロデューサーが教えるっていうのは」
「藤田さんの場合、歌の上手さ自体はそこまで求められません。必要なのは歌唱力というよりも、むしろ曲の雰囲気に合わせた演出力。カバー曲ならなおさらです。だとすれば、アイドルの経験がある私がレッスンをするのが良いでしょう」
「え、いやぁ、えぇ~……?」
「……と、まあ。346プロのスカウトを受けるのであれば、そういった手段も取れるわけです」
トーンダウンした卯月の言葉に、ことねはやっと思い出した。そういえば、別にこれは決まった話ではない。あくまでことねが346プロのスカウトを受け入れるのであれば、の話だ。
「346プロのネット戦略が整っていないというのは、今のうちは好きにネットを活用できるということでもあります。そして多くのプロデューサーと違い、私は藤田さんのためだけに戦略を練ることができます。100プロの持つ長所との差をそうして埋めたうえで、346プロの蓄積してきた歴史を推進材としてアイドルの世界に飛び立つ……そういう選択も、不可能ではないのです」
そう言って卯月はチョークを置き、ことねの方へ視線を向ける。卯月の背後に鎮座する黒板が示すのは、ことねが夢に辿り着くための最短距離だった。