島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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37 - その光は望月を照らせるのか

「まずは、ことねちゃんの誤解を正しておかないといけないんだけど」

 

 美穂はそう前置きしてから、きょとんとしていることねの方に改めて向き直る。

 

「346プロダクションのアーティストに曲を書いてる作曲家さんや作詞家さんは、業界の平均よりも上の収入があると思うよ」

「え、そうなんですか?」

 

 問い返すことねに頷く美穂。しかしそれだけでことねが納得できるわけもない。

 

「でも……346プロの人なら、どんなに曲を使っても使用料は取られないんですよね?」

「そうだね。例えば、346に入ったことねちゃんが誰かの曲をカバーしたとする。このとき、ことねちゃんは誰にも楽曲の使用料を払わなくていい。ライブで歌っても、カバーアルバムを出しても、生配信で流してもね」

「じゃあ、曲を作った人たちはどうやってお金を貰うんですか?」

「ことねちゃん、もしかして忘れてない? 346に所属してない人、つまりファンの人たちが買うCDとか、サブスクで聴かれた曲とかには普通に印税がかかって、作曲家や作詞家に還元されるんだよ」

「……ん~? 要するにそれって……」

 

 自らの認識がズレていたことに気付くことね。そんな彼女のために、美穂がさらに説明を続ける。

 

「あとは……本人が歌うかカバーで歌うかにかかわらず、ライブで披露するときも『346プロのアーティストが曲をライブで披露するための楽曲使用料』は必要ないよ。でも『ライブを見に来た観客の動員人数に応じた楽曲使用料』は必要なの。とはいえ、だいたいそれも楽曲の永久使用権を346が先に買い取ってるはずなんだけど……」

 

 卯月の説明だけでは掴み難かったが、こうして噛み砕かれた例を実際に出されてみるとわかる。

 

「もしかして……作曲家や作詞家の人たちからすると、アイドルから取らない代わりに346プロから取っていってるだけですか?」

「そういうことになるね。あとは……自分で歌う曲の作詞にチャレンジしたことがあるけど、そのときに印税とは別で貰えたお金が……うん、かなり多かったよ」

「ほんとですかっ!?」

 

 すかさず話題に食いつくことねに、美穂は冷静さを保ったまま返す。

 

「金額は言えないけど……アイドルとしての収入が結構あるわたしでも、ちょっとびっくりするくらいにはまとまったお金だったかな」

「ふわぁ〜……すっごい夢がありますね、いいですねえっ!」

「そもそもアイドルソングの作詞作曲って、印税を貰える代わりに契約時の報酬は少なめだったりゼロだったり、なんてことも普通にあるからね。346プロは資金力のある老舗だし、権利も結構高い値段で買い取るから、そういうところで外部の作曲家や作詞家を繫ぎとめてるんだと思う。だから346プロがあくどい手段を使って、その利益をアイドルと分け合ってるなんてことはないよ。そこは安心してほしいかな」

 

 つまるところ、作曲家と作詞家が派手に割りを食っているなどということはないらしい。一面だけから見ればクリエイターに利益のない話であっても、別のところで補填しているから大丈夫だという話だったのだ。……それはそれで346プロの金払いが良すぎて、会社の方が心配になってくるような気がしなくもないが。

 

「……あれ? そっちはまあわかりましたケド、元々の曲を歌ってる人……実演者って言うんですっけ、その人たちに対しては何かあるんですか?」

「ないよ」

 

 美穂のあまりにもシンプルすぎる回答に、しばらくことねは二の句を継げられなかった。

 

「……ええっとぉ、ないっていうのは」

「何もないよ、正真正銘。強いて言えば、346プロ内の誰かが自分の曲を使ってもストップをかけられない代わりに、自分が誰かの曲を使ったって誰にも咎められないこと、そのシステム自体が実演者への対価だね」

「……ソレ、対価って言えるんですかね?」

「大抵は不平等だね。でもこの不平等っていうのは、使う方が絶対得で使われる方はいつも損とか、そういうことじゃないよ」

 

 美穂の顔に乗っている微笑みに、ことねは強い既視感を覚えた。それは、まさしく卯月がよく浮かべる微笑みだ。

 

「卯月ちゃんの曲をことねちゃんがカバーして、ライブで披露したとしようか。それを見た観客の反応が『やっぱり新人にこの曲は荷が重い』なのか、『島村卯月も過去のアイドルだ』なのか、そんなことはやってみないとわからない。どうやってそれが決まるのか、なんて……それぞれのアイドルが持つ才能と、経験に努力。あとはそのときの運の良さかな。それを比べ合って、どっちが上回るかっていうだけの話。それで得するとか、損するとか、そんなのはただの結果論だよ」

 

 そう語る美穂の言葉に間違いはない。そこは疑いようがない。

 

(……でも)

 

 いつも優しくて、けれどいつでも接するわけではなくて、なにより……アイドルとしての彼女を見たことがなかったから、気づいていなかったのかもしれない。

 

(いや、そうなんだよ、当たり前なんだよね。だって、小日向さんは卯月さんの親友を名乗って、卯月さんだって小日向さんを親友だと思ってる。……人の心がわからないなんて言われて、それを自分で認めるような人の親友? それも自称じゃなくて、お互いにお互いのことをそう思ってる、本当の親友関係? そんなの、親友の方だってズレてないわけがない!)

 

 忘れてはいけない。

 

 卯月の突飛な提案や行動に振り回されているせいで感覚が麻痺しているが、ことねの隣にいるこのアイドルだって、卯月と並び立つ人気を誇っていたのにあっさりと芸能界から身を引いて、今は採算など投げ捨てた身内向けの小さなバーを営んでいるのだ。紛うことなき『持っている側』、言うまでもない強者にして成功者、それが小日向美穂なのだ。

 

(このふたりに、何か違いがあるとしたら)

 

 卯月と違って、美穂はアイドルという夢に眼を灼かれていない。恐らくはその一点のみで、しかしその一点があまりにも大きい。

 

「でもね、たまにこの損得が釣り合って、不平等なんてない、お互いにとって最高の結果を生むこともあったりするんだよ」

「最高の結果……っていうのは?」

 

 ことねの問いに、美穂は淀みなく言葉を返す。

 

「同じ場所に立って、お互いを高め合って、誰かの曲をステージの上にいるみんなの曲にすることができたり。お互いの曲を交換しあって、優劣なんて比べられないくらいのパフォーマンスをどっちも見せることができたり。そういうことも起こったりするんだよ。……ことねちゃんならわかると思うけど、そんな状況を作るのはとっても難しい。最低でもトップアイドルにならないと、スタートラインにすら並べないの」

 

 最低でも。その表現を、ことねはつい先程も聞いていた。

 

「……だんだん見えてきましたよぉ、小日向さんの言いたいことが」

「あれっ、そうかな? じゃあ当ててみせて?」

「あたしの言ってることはわがままで、それでもそのわがままを通す方法はある。そのたったひとつの方法は、最低でもトップアイドルにならないと実現できない……卯月さんや小日向さんと同じステージに立てるようなレベルにならないと、わがままを言う資格はない。だから早く上がってこい、ってことですよね?」

「わたしはもうドロップアウトしちゃったけどね。……でも、正解だよ。芸能界はいつだって不平等だらけ。だからこそことねちゃんが自分の信念に従って、誰に対しても貸し借りなしで胸を張りながらアイドルの道を行きたいのなら、ことねちゃんには上を目指す以外の選択肢はないよ」

 

 そう言ってにこりと笑った美穂に対して、ことねは溜息を吐いた。

 

「……ありがとうございます、小日向さん。ただ、やっぱり小日向さんにはバイト先の優しい店長でいてほしいです。卯月さんが増えたみたいで心が落ち着きません」

「え〜、ひどーい! 卯月ちゃんと同じに見られるのは嬉しいけど、そんなこと言わなくてもよくないかなぁ?」

「おふたりが仲良しなのは伝わってきますから! ほんとにもう充分ですから、ねっ!?」

「むぅ〜……あ、そうだ。今からここに卯月ちゃん呼ばない? なんだったら、予定の空いてる同期の子とかも……」

「あの、ほんとにあたしの許容量が派手にオーバーするので! 全然冗談じゃないですからね小日向さん!? ねえ店長聞いてますっ!?」

 

 可愛くもかしましい声が彼女たちしかいない店内に響く。太陽は地平線の下へと消え、しかし光に照らされた月が空へ昇りつつあった。

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