島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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39 - 再出発の第一歩

 十王邦夫。初星学園の学園長であり、現高等部生徒会長・十王星南の祖父でもある。

 

 学園生が直接会話する機会は少ないものの、豪放磊落でどこかお茶目な好々爺としてよく知られている。また同時に一代で巨財を成した敏腕実業家でもあり、初星学園はその財によって彼が創立した学校だ。現在、彼の息子──すなわち星南の父親でもある──が社長を務めている100プロについても、事実上彼の手中にあると言えよう。

 

「学園長からの言伝、ですかぁ」

 

 ことねからすれば、星南ですら雲の上の人物である。さらにその祖父、十王学園長ともなれば、もう成層圏あたりの人物だろうか。もっともここ最近は、ことねの近くに幾望月(うづき)やら陽光(みほ)やらが見え隠れしているので、雲の上に対する忌避感は相当薄れつつあるのだが。

 

「まずは、今回の中間試験で首席だったことに関する賛辞。これからも気を抜かず、その才を活かし先へ進むように、とのことでした」

「……やっぱり血は争えないんだなぁ」

「おや、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないですっ!」

 

 ことねの才能。それに言及していたのは十王学園長だけではない。

 

 実は卯月にスカウトされる以前から、ことねは星南にやたらとアプローチを受けていた。貴女には才能がある、生徒会に入らないか、ユニットを組まないか、私がプロデュースしてみせる……ありていに言えばそういう誘いである。

 

 卯月に出会う前のことねが、どうしてその誘いを受けなかったのか? 昨年のプリマステラでもあり、すでにプロのアイドルとしても活躍していて、それでいて人を見る目がある。そんな星南の誘いを何度も蹴っておいて、どうして卯月のスカウトにはあっさり頷いたのか? 

 

(プロデューサーのスカウトを受けたとき……あたしが決め手にしたのは、ネームバリューとコネと経験からのアドバイス。でも、これって十王会長も持ってるんだよね。そりゃプロデューサーの方がベテランかもだけどさ、あたしからしたら十王会長だってベテランだった)

 

 星南には才能を褒められたけれども、卯月には笑顔を褒められたから? まさか。卯月に笑顔を褒められたとき、ことねは純度100%でドン引きしていたのだ。

 

 ことねは何故卯月の手を取った? いつそうすると決めた? 

 

(…………あっ)

 

『アイドルとして輝くことに、興味はありませんか?』

『───やります、アイドルやりますッ! あたしにやらせてくださいッ!』

 

(マジか。そっかぁ~、マジかよぉあたしぃ……なんも考えずに初手じゃんかよぉ~……)

 

 いまさら自覚したところで、後戻りはできるはずもなく。

 

「藤田さん? 何やらすごい顔をしていますが、大丈夫ですか?」

「あっいやホントになんでもないです! 全然大丈夫なので続きをお願いしますっ!」

「……まあ、藤田さんがそう仰るのであれば。では、続けて今後の藤田さんに何を求めるかについてですが」

 

 空咳をひとつ挟み、卯月は堂々とした口調で言う。

 

「学園長が仰るには、346プロダクションに初星学園の優秀な生徒を送ることが叶えば、初星学園の存在価値と名声をより高めることに繋がる……であれば、事実上の引き抜きとなる同業他社のスカウトにも応じるべきである、と。しかしそれは、引き抜かれる生徒が初星学園を代表するに足る実力を持っていることが前提でなければならない。そうでなければ引き抜きは容認できない、という考えを学園長はお持ちのようです」

「……要するに、あたしの実力を証明すればいいってことです? 中間試験の首席だけじゃダメだったんですか?」

 

 ことねの質問には首を横に振る卯月。

 

「中間試験で示されたのは、アイドルとしての技術。技術と実力は別物であるからして、別個に証明する必要があるということですね。学園長のこういった考え方には、私も賛同するところです」

「そうは言っても、アイドルとしての実力ってどう測るんですかぁ?」

「おおまかな指標としては、テレビ出演などの大きな仕事、CDや配信の売上、SNSのフォロワー数など、様々なものがあるでしょうね。しかし、ここでひとつ問題が生まれます」

 

 あからさまに困ったような表情を作りつつ、卯月が続ける。

 

「学園長に藤田さんの実力を認めていただくうえでは、私のコネクションで藤田さんにお仕事を紹介することは難しいのです」

「え、何言ってんですかプロデューサー!?」

「考えてもみてください。私は346プロの生え抜きですし、私の背後には武内統括がいます。武内統括はこれまで藤田さんのプロデュースに一切ノータッチですが、外部から見ればそう見られてもおかしくありません。つまるところ、学園長のオーダーとは……藤田さんだけではなく、私への試練でもあるのです」

 

 卯月の物言いから、ことねはすぐにその意図を読み取った。

 

「……346プロ抜きのプロデューサーが、あたしをどこまでプロデュースできるのか、っていうことですか」

「勿論、言い訳はできますよ? アイドルとしての私は346プロと一蓮托生、プロデューサーとしても346プロで培ってきた技術と実力で以て戦っていくつもりだし、そこにはコネクションだって含まれるはずだ。試練として不適当ではないか、そんな正論をぶつけることはできますが……」

 

 一歩、二歩と歩み寄る。他に誰かがいるわけでもないのに、他人に聞かれるのを気にするようなその仕草。何をしているのかとことねが問う前に、卯月は囁くような声で続きを口にした。

 

「私が言い訳するって、格好悪いじゃないですか」

「……えっと」

 

 言葉に詰まることねに対して、卯月は一気に畳みかける。

 

「三年も燻り続けて、才能もなければ転機もないと嘆きつつ、現実から目を背けなかった。そして見事にチャンスを掴んだ。そんなアイドルをプロデュースする人間が、自分にとって都合が悪いから言い訳をするなんて……格好悪いですよね?」

「……プロデューサぁー、ほんっと気を抜いてたらそんなコト言っちゃうんですからぁ♡」

 

 どこかうっとりとした視線を向けることね。しかし卯月はそれを黙殺しつつ返す。

 

「そういうわけですので、346プロとの契約が成立するまでは私の伝手でお仕事を紹介することはできません。契約前ですので、カバー曲を練習したところで世に出すこともできません」

「いきなり現実に戻すのやめてくださいよぉ!」

「私は現実から目を背けない藤田さんのことが好きなので。……というわけで、学園を通したお仕事であるとか、346プロに関係なく私が自分の足だけで取ってきた仕事であるとか、まずはそういうもので藤田さんの知名度を積み重ねていきましょう。カバー曲については練習を重ねておいて、契約後にまとめて撮影してしまえば問題ありません。当分の間は、スカウト当初の予定と変わらない形になります」

 

 最後にそう付け加えられて、ことねは思い出したように口にする。

 

「そういえば、元々は小さな仕事を積み重ねていって、プロデューサーの名前が世間にバレる前にあたしの実績を……ってことになってましたね。いつの間にかだいぶ吹っ飛んでましたケド」

「藤田さんの学習能力が予想以上のものでしたから。しかし、当初の予定とは変わる部分もあります。藤田さん、プライベートでSNSはどの程度活用していらっしゃいますか?」

「あ~、一応色々作ってますよ。でも動かすような時間が今までなくって……友達をフォローするだけして終わってる感じですねぇ」

 

 ことねの返答を聞いて、卯月はにこにことした顔で頷いた。

 

「であれば、大きな問題はないですね。これから藤田さんがどのようにSNSを活用するのか、一緒に考えていきましょうか」

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