島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「プロデューサー、あたしの夢を知っててスカウトに来たんですかぁ?」
スカウトを受けた時点で、そこはかとなく不気味さを感じてはいた。言葉にできない違和感のようなものを感じ続けていて、それがやっと認識できるくらいには形になりつつある。
「スカウトするよりも前に、できるだけ藤田さんのことを知っておきたかったので」
さも当然のように言う卯月。
確かにことねは、中等部のころから『お金を稼げるアイドルになる』という夢を知人には話していた。高等部に上がってからも、クラスメート相手に自己紹介でそう宣言している。だから、クラスメートや知人経由で卯月がその情報を知りうることはありえない話ではない。
(それはそれとして、流石にヒくわぁ〜……)
このプロデューサーは、一体どこまで自分のことを下調べしてきているのか。
例えばの話として、ことねのクラスメートであり、不本意ながら友人のような関係になりつつある入学生首席の花海咲季を相手にスカウトをかけるというのなら、事前のリサーチにおける念の入れようもわかるというものだ。
(でも、この人がスカウトしてるのはあたし。頭が良いわけじゃない、レッスンで褒められたこともない、試験の成績もボロボロで、アイドルを目指す学園でバイト漬けの毎日なあたし)
「……意外でした」
少しばかり、このプロデューサーに探りを入れてみてやろう。ことねはそう決意した。
「意外、というと?」
「だってプロデューサーがアイドルだったころって、正統派で清純派でキラキラ〜って感じだったじゃないですか。アイドルを夢として追いかけて、本当に現実にしちゃったようなタイプ。あたしみたいな、アイドルになって荒稼ぎしてやろ〜、なーんてがめついのとは正反対で。そりゃびっくりもしますし、意外だなぁって思いますよぉ」
ことねの言葉に、少しばかり考え込むような仕草をする卯月。
「……そうですね。折角ですから、契約の前にいくつかの誤解を正しておきましょう」
「へ? 誤解って……」
意外な返答に、思わず気の抜けた返事が出る。
「まず、私は藤田さんの夢を悪いものだとは全く思いません。むしろアイドルになって何をするか、何を目指すのかということが明白な、良い目標だと思います」
「え〜……でも、お金目的ですよぉ? 一発逆転の一攫千金目当てにアイドルって、流石に不純じゃないです?」
そう問うことねに、卯月は首を強く横に振った。
「藤田さんの目標を私が悪く言うためには、まず私自身がこれまでのアイドル業でいただいた報酬の全てを処分する必要があると思います。どんな考え方を持ち、どんな夢を持っていたとしても、アイドルとして仕事をした対価の報酬を得ているわけです。お金を稼ぐ目的で仕事をする人を悪く言うなんて、私にはできません。それに……」
「それに?」
聞き返すことねに、何か懐かしいものを思い出すかのような笑みを見せる卯月。
「私が以前所属していた芸能プロダクションには、『働かなくても暮らしていける印税生活』を目指してアイドルをやっている子もいましたから。それと比べたら、藤田さんはかなり真面目だと思います」
「……確かに、それよりはあたしの方がマシかもですねぇ」
世界は広いものである。こんな会話でそれを実感することになるとは、全く思いもしていなかったが。
「そして、アイドルとしての私が『夢を追いかけるタイプ』だった、というのは……不正確ですね。二十歳になるころまでは、そういった純粋で幼くて世間知らずな正統派アイドルが私だった、というのもまた真実ですが」
「け、けっこー悪口ですね? プロデューサー本人の話なのに……」
「純粋な正統派アイドルであること、あるいはそれを演じることが悪いわけではないですよ。純粋であること、世間知らずであることに甘えて、どのような物事にも表と裏があるという事実も知らなかった。そのような幼さを持つ私のことを、私のプロデューサーさんや、プロダクションの人たちが守ってくれていた。大人になって、それにやっと気付くことができただけです」
そこまで話してから、卯月はことねの顔をじっと見つめる。
「ぷ、プロデューサー? なんですかぁ、いきなり……」
「重要なことを話していなかったことを思い出しましたから。よく聞いてください、藤田さん」
卯月の真面目な声にことねの背筋が伸びる。
「プロデューサーとしての私は、藤田さんの持つ才能とこれまでの努力を、そしてなにより夢を叶えようとする強い意志を評価しています。アイドルとしての貴女が大成することに期待している、と言い換えても構いません」
「い、いくらなんでも褒めすぎですよぉ~! プロデューサーってばぁ、実はあたしのことが好きなんじゃ……」
「ああ、それは……惜しいですね」
その言葉にことねが首を傾げるのとほぼ同じくして、卯月の顔に微笑みが乗った。
一歩、二歩と近づいて、ほんの少しだけ屈み、目線の高さを綺麗に合わせる。
「
「……えっ、あ、え?」
最早、自分が何を口走ろうとしているのかすら、ことねには理解できていなかった。
ゼロ距離、観客はただひとり。
島村卯月の研ぎ澄まされた
「ぷろ、いや、島村さんっ────」
「いいよ、名前で呼んでくれても。私もアイドルとして長くやってきたから、後輩の子たちも多いけど……ことねちゃんみたいに、アイドルの世界を自分の色に染めてくれそうな子は中々いないんだ。だから、貴女のことを信じてるよ。きっとアイドルとしてめいっぱいに輝いてくれるって」
言葉を切る卯月。しかし、ことねの反応はない。
「……ことねちゃん?」
「…………………………きゅう」
ばたり、とその場で倒れることね。
「こ、ことねちゃん!? えっ、嘘……!」
慌ててことねを助け起こそうとする卯月。どうも気を失っているらしいことねの顔は火照り、熟れた林檎のように真っ赤だった。
「あー……やりすぎちゃったかも。ごめんなさい、ことねちゃん……」
卯月は頭を抱えながらことねに謝るが、おおよそ全てが後の祭りであった。
「とりあえず、学園まではおぶっていって……ううん、タクシーの方がいいかなぁ……」
ことねを抱き抱え、鞄からスマートフォンを取り出す卯月。仮にも元トップアイドルであるはずの彼女の背中には、どこか哀愁すら漂っていた。
このときの出来事を後に振り返り、卯月は言う。
『うーん、なんて説明したらいいのかな。ことねちゃん、自己評価とか自己肯定感って言うのかな、とにかくそういうのがすごく低かったみたいで。だから、こうしたら少しはことねちゃんの自信になってくれるかなって思っただけだったんだよ。……本当だよ?』
そして同様に振り返り、ことねは言う。
『あれ絶対に落としに来てましたってぇ! ぜーったいにあたしがプロデューサーのことを好きになるように仕向けてましたっ! 島村卯月の不意打ちゼロ距離全力ファンサなんてズルじゃないですかぁ、犯罪ですよ犯罪っ! 今からでも訴えたらあたしの勝ちにできますからね!?』
時が経てば笑い話にできるような、プロデューサーとアイドルのコミュニケーションエラー。
しかし島村卯月と藤田ことねの関係性は、この瞬間に決定したと言っても過言ではなかった。