島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
五月末の中間試験を終えると、初星学園の環境は目まぐるしく変わる。
たとえば高等部アイドル科の1年生たち。彼女たちのクラス分けは、アイドルとして未デビューの1組・2組と、現在アイドルとして実際に活動中の3組という形で分けられており、同学年であっても距離感がある。しかし中間試験を越えると、1組や2組の生徒からも早々にデビューする者が現れ始めたり、逆に3組の生徒から活動休止者が出てくる。
さらにアイドル科から普通科への転出者や、あるいは初星学園から去ってしまう生徒が最も多いのもこの時期だ。さらにH.I.Fセレクションの試験期間までもが重なっている。そういった事情も相まって、この時期の学園生たちは置かれている状況がほぼ完全に二分化される。
つまりはアイドルとして上手くいっているか、あるいはそうでないか。他の時期以上にそれが色濃く出やすいのが初星学園の六月だ。ただでさえ梅雨で気分も滅入りがちなこのタイミング、如何に良い流れに乗れるかが今後の活動にも関わってくる。
「で、現状は……活動面で突出したアイドルはいない、と」
「異議なしだな。今のところだいたい横並びだ」
プロデューサー科の大教室。講義の終了後、互いの探り合いと情報収集を兼ねて集まっていた学生たちの間で熱のこもった議論が交わされていた。
「中間試験の成績優秀者が、ここまで揃って静かなのも珍しいんじゃないか?」
「でも、こういうときは大抵何か隠し玉を用意しているものよ」
彼ら彼女らはそれぞれに担当アイドルを抱えている。スカウトに成功している時点でプロデューサー科の学生として間違いなく上澄みだし、担当アイドルたちも中間試験をきっちりと通過している実力者揃いである。そんな状況に身を置いているからこそ、気になるのは最上位層の動きだ。
「花海
「昨日探りを入れてきたわよ。あれはほぼ確実に、デビューソロが発表間近ね」
「デビューソロ!? そんなの、いつの間に発注して練習までこなしてるんだ」
「そりゃスカウト直後からだろ。四月の頭から学園通しての制作依頼なら不思議でもない」
アイドルの前ではきっちりと見栄を張り通すプロデューサーたちも、この場では素直だ。会話に参加せずこっそり聞き耳を立てている者も周囲に何人かいるが、それをわざわざ排除したりもしない。プロデューサー科の学生たちはライバルであると同時に、同じ目標を目指して邁進する同期であり、友人知人の集団だ。大半の学生にとって、連帯感を高めることには得しかない。
それは現時点における最上位層にとっても──つまり中間試験をトップクラスの成績で突破したり、既にプロとして人気を得ているアイドルを担当しているプロデューサーにとっても──基本的には変わりがない。
「リーリヤちゃんの方は何か動いてるのか知らない? そもそもあそこ動く気あるの?」
「ありゃ陣営としても予想外の好成績って感じだし、今は準備に追われてるんじゃないか」
「ああ、この前言ってたよ。望外の結果だったから仕事はこれから吟味するって」
今回は偶然この場に集まっていないだけで、咲季やリーリヤのプロデューサーもこういった情報共有会にはしばしば参加する。とはいえそのとき勢いのあるアイドルを担当しているプロデューサーには、大抵の場合他人より多い情報の持ち出しが期待される。そこまで考慮の上で、その時々によって会話に参加したり、あるいは見なかった振りをしているわけだ。
「月村さんのところは?」
「いつもアイドルに振り回されてるよ。とはいえ歌唱力の伸びが尋常じゃないから、やっぱり要警戒だな。……いろんな意味で」
「そういや、最近は花海姉だけじゃなくて妹の方も結構上手くなってきてる。……というか、そろそろ姉に迫りそうな勢いで上達してるらしいぞ」
「え、それマジで? 花海姉がふたりに増えるとか勘弁してほしいんだけど。最悪ユニット組んで殴りかかってくるんじゃないか?」
「どうかしらね。姉陣営は妹ちゃんを相当警戒してるわよ、アレ。仲良しこよしは無いとみるわ」
様々なアイドルに話題が飛び、そのたび誰かにとって知らない情報が出てくる。情報交換会としてはこの時点でも充分すぎる成果が出ていると言っても過言ではない。ない、のだが。
「……それで? 誰か持ってねえの、藤田ちゃんの情報は」
「うーわ、もうそこ切り込む?」
「ことねちゃんというか……ううん、ことねちゃん自身もそうだけど、陣営の情報ね」
「陣営ねぇ。1年組で本当に陣営なのって藤田さんのところだけでしょ」
全員にとって最も重要だった、しかしできれば全員棚に上げておきたかった、中間試験の首席アイドルとそのプロデューサーの話。
「いやほんと、あんなの相手にどう戦うの? ことねちゃん自身の能力もそうだけど、陣営のバックアップ強すぎるわよ」
「そもそもバックアップあるのか怪しいけどな。本気でやったら
「俺は全面戦争否定派だな。戦争する気が100プロにあったらまず入学を受け入れないんじゃないか、島村さんの」
「そもそも陣営として目立つのを避けてたし、流れとしてはむしろ共闘路線じゃない?」
一度話題に出てしまえば早いもので、堰を切ったように会話が流れ出ていく。
アイドル科の生徒たちにはまだ浸透していないものの、プロデューサー科の学生たちにとっては『藤田ことねのプロデューサーが島村卯月である』ということは最早公然の秘密であった。あくまで紳士協定として外部にはむやみに言いふらしていないだけで、彼らの立場であればいくらでも状況証拠を確保したり、ことねと卯月が一緒にいる現場を目撃することができていたのである。
「そもそもあの人が346の意向で一時的に動いてるのか、本気でプロデューサーに転身する気なのかがわからん。なんでもいいから情報持ってないか?」
「確保できるかもわからない新人のためにアイドル島村卯月を切る? ないでしょ絶対」
「だよなぁ……」
「でも実際それで藤田ちゃん捕まえてんだから洒落にならねえよ……」
「よくあんな才能の原石を一本釣りしたよな。あれ自体は多分島村さん個人の功績だろ?」
「外から調べるには限度があるでしょうしねぇ」
話題が核心に迫りつつあるのを察したか、周囲でそれとなく聞き耳を立てていた学生たちも会話に交じり始める。
「十王会長の眼が正しかったってことになっちゃったですもんね」
「現役高校生アイドルと元トップアイドルに鑑識眼で完璧に負けてたの、プロデューサー科の私たちとしてはだいぶまずい……」
「言うな言うな、大手事務所のオーディションでも逃すときは逃すんだから。今すべきは後悔より対策だって」
「対策、対策って言ってもなあ。別に346プロと島村さんの七光りで藤田さんが輝いてるわけでもないじゃん。単純に藤田さんがアイドルとして強いんだよあれは」
「シンプルに実力で殴って一番上に立った試験だったし……」
「入学時の花海姉と似たものを感じるんだよな、手の付けようのなさが」
「こんだけ雁首揃えてろくな情報出てないあたり、情報統制もばっちりしてるしなぁ」
溜息を吐き、あるいは呻き声を漏らしながら肩を落とす一同。このまま有益な情報は得られないままかと思われたそのとき、輪の外から学生たちに声がかかる。
「あっ、皆さん。お揃いでどうされたんですか?」
聞き覚えのありすぎるその声に誰もが振り向く。
「こ、これは……どうも、島村さん」
「はい、おはようございます! もしかして情報の交換会ですか」
「まあ……そうですね。成り行きですが、そんな感じです」
当然、卯月もそのくらいは知ったうえで話しかけている。しかし今までの彼女は、こういった学生間の情報共有には積極的に参加してこなかった。それどころか、そもそも卯月と同期の学生たちの間には、互いの配慮と思惑による一定の断絶があったということは以前にも述べた通りである。
「なるほど。では、よろしければ……私も参加させてもらって構いませんか?」
それでも、ふわりと笑う卯月の言葉を否定する者はどこにもいなかった。