島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「僭越ながら……皆さん、おそらく藤田さんについて少しでも情報が欲しいと、そう思っていらっしゃるのではないかと思います」
卯月の言葉に異を唱える者はいなかった。誰だって中間試験首席のダークホースなアイドルの情報は欲しいに決まっているし、その情報源が本人のプロデューサーだと言うのならば尚更である。
「お話できないことはありますけど、秘密主義が過ぎると余計な弊害を生みます。それから、私が言うのもどうかとは思うのですが……私の経歴が皆さんを遠ざけがちになることは理解しています。それでも、私はできれば同期の方たちと仲良くしたいと思っているんです」
卯月が言っていること自体は、嘘偽りなく彼女の本心である。しかし同時に、まだ口に出していない思惑も当然ある。
初星学園にひしめくアイドルたち、その魅力を最も間近で受け止め、実力を理解し、詳細に分析できるのは誰か。言うまでもなく、それはプロデューサー科の学生たちである。卯月とことねの視点から見ても、彼ら彼女らは決して背景の類ではない。ましてやスターへの階段を駆け上るための踏み台でもない。
アイドルにとって、一人目のファンが担当プロデューサーであるとするならば。他のプロデューサーたちはそれに続くファンの集団に他ならないし、その集団と密接に関わるアイドルたちもそれに準ずることになるだろう。
(ここまでは、驚くくらいに上手く行ってる。ことねちゃんは学園中に認識されたし、少なくとも技術面ではその能力を証明したんだから)
だが、このままではその先に繋がらない。このままことねを走り出させて、いずれ346プロという外付けのロケットエンジンまで得させてしまえばどうなるか。そのとき、藤田ことねは学園内から『初星学園のアイドル』とは認識されなくなっているに違いない。にもかかわらず、学園外から見た藤田ことねは他ならぬ初星学園生だ。
卯月が危惧していたのは、このまま上手く事が進むと、ことねが精神的な拠り所を失ってしまうかもしれないという可能性。学園内ではこれまでの知人友人たちから遠巻きに見られ、346プロでは初星学園生として見られ、世間からは新進気鋭のアイドルとして見られる、そんな可能性。
(家庭に関しては、まだ深入りする気はないけど。それでもだいたい察しはつくよね)
異様なまでに見せる金銭への執着と、金銭的価値の発生する貸し借りへの敏感さ。ただ一獲千金を狙うのではなく、今この瞬間にも大きな収入を必要としているのであろう行動。彼女が時折口にする家族の話、『ちびども』と一纏めにされた弟妹たちの存在。初星学園の高い学費と、奨学金による学費免除を狙えるほどではない彼女の成績。推察するには充分だ。
(それで、最悪の場合は私と美穂ちゃんくらいしか頼る相手がいなくなる……なんて、ちょっと考えすぎかもしれないけど。それは絶対にことねちゃんのためにならない。美穂ちゃんはともかく、人間関係で私にしか頼れなくなるのは本当にまずいよ。だって私もわからない側の人間だし)
冗談のように聞こえるかもしれないが、卯月は極めて真剣だった。
「……仲良くしたいというのは、私だけの話ではなく。藤田さん自身のことを、もっと色々な方に知ってほしいんです。プロデューサーとしては若輩者ですが……元アイドルとして、トップアイドルの道を行くために交友関係を失ってしまう後輩が増えるのは、良くないことだと思っています」
ともすれば、あまりにも真っ直ぐすぎて青臭いと笑われそうな卯月の言葉。しかし、それを笑うような者はこの場にいなかった。
「それは……この場にいる全員が、そう思ってるはずです。俺たちは島村さんみたいにアイドルをやってたわけじゃない。でも年下の子を芸能界に放り込む職業を目指してここに来て、その中でどうにかアイドルにも笑顔でいてほしい、そういう思いは同じです。……そうだろ?」
「ったく、酷い言い方だな。だがその通りだ。どれだけ言い繕ったって、プロデューサーってのは才能ある人間を世間様の見世物にするのが仕事だし、俺たちはそのために学んでるわけだ」
「貴方たちと一緒にしないで……って、言いたいけどね。それを認められないなら初星学園で学ぶ資格もないでしょう。アイドルを不幸にすべきじゃないということには、全面的に賛成よ」
ここにいるのは、その影響の多寡こそあれど、いつかどこかでアイドルという存在に光を見出した者たちだ。だからこそ誰もが卯月には触れずに来ていたわけだが、彼女の方から歩み寄るのであれば話は別だった。
「情報交換をしましょう、とは言いません。皆さんでノウハウを交換しましょう。トップアイドルとして輝くための方法ではなく、輝けなかったり輝いた後に燃え尽きてしまったりする後輩をひとりでも減らすための方法を、ここにいる皆さんで共有しませんか?」
卯月の提案に異を唱える者は、やはりひとりもいなかった。
同日、夜。
「なんというか……本当に良い話なのに卯月ちゃんがどこか悪辣だよね、聞けば聞くほど」
「えっ待って? 今日の私はそこまで言われるようなことやってないよ!?」
Bittersweetのカウンター席で昼の出来事を語った卯月に対し、美穂が下した評価は辛辣そのものだった。しかしこれに留まらず、卯月へのさらなる追い討ちが隣の席から飛んでくる。
「しまむーには悪いけど、これは流石にみほちーの肩を持つかなぁ……」
「未央ちゃん!? 嘘でしょ未央ちゃん!?」
本田未央。ニュージェネレーションズ最後のひとり、346プロの元アイドルにして卯月の親友。今は舞台事業部に移籍し、舞台女優としての芸能キャリアを順調に積み上げている。卯月や美穂などと並び、346プロアイドル事業部の最初期を支えていたアイドルだ。
「ありすちゃん経由でちょっとだけ話は聞いてたけどさ、やっぱりアイドルの枷を外したしまむーって容赦ないよね」
「割と聞き捨てならないことを言われてる気がする……」
不満げな顔を隠そうともしない卯月に、大きな溜息とジェスチャーでわざとらしいほどに呆れを示す未央。
「だってしまむー、結局今もアイドルじゃん。それも正統派の」
「うん、まあ……一応これでも元アイドルなんだけど、未央ちゃんに正統派って言われるのはちょっと恥ずかしいかも……」
「じゃあダメじゃん、素人相手にそのムーブ! なんかこう、具体的にどこがどうダメかって言われると難しいけど、ダメじゃん! 特にしまむーがやっていいことじゃないって!」
「流石に理不尽じゃないかなぁ!?」
卯月の抗議は未央も美穂も聞き流す。現役時代はそうでもなかったのだが、卯月がプロデューサーを目指して初星学園に入学して以来、卯月に対する旧友たちの対応はぞんざいになっていく一方だった。卯月がいよいよアイドルとしてのペルソナを投げ捨てたので、遠慮しなくても良くなったのが主な原因ではあるのだが。
「……それで~? ことねちゃんと今後の話をして、SNSの使い方を決めようって言ったところで、いきなり同期のところまで話が飛んだわけですけれども。しまむーってば一体何をやらかしたのさ」
「やらかしてないよ、本当に。……ことねちゃん個人のアカウントはひとつに絞って、一応私もチェックはするけど、変な口出しはしないようにする。それ以外のアカウントはスタッフ管理……当面は私が管理して、告知に徹する。しばらくはそういう方針になったよ」
「よくある感じだね。卯月ちゃんの負担がちょっと心配だけど」
「大丈夫だよ、そんなに時間は取られないし。それで、プロデューサー科の人たちに教えたのは個人アカウントの方。あの人たちなら告知アカウントは教えなくたって追ってくれるだろうけど、日常の呟きまで見ようとしてくれるかはわからないしね。ことねちゃんのメンタルを守るために用意した、遠回しな保険のひとつだよ」
そう語りながら、美穂の作ったマティーニをさっと飲み干す卯月。
「……なんか、卯月ちゃんらしくないね?」
「そうかなぁ?」
「私も結構同感だねぇ。しまむーって……ほら、あの一件以来はメンタル強者だし。むしろそこで立ち直れないならアイドルやる資格はないよ、くらいのスタンスだったよね、ずっと」
「え、それって今の私じゃなくて、ずっと前からそんな感じだったの?」
「や~、ずっとユニット組んでたから『しまむーってそういうところあるよね』って言えるかどうかって感じ。みほちーはどうだった?」
「わたしも未央ちゃんと同じかな……でも、未央ちゃんくらい鋭くはなかったかも。わたしが引退してからやっと気付いたかな」
ふたりの論評を聞いて、卯月はどさりとカウンターに身体を預けてしまう。
「私もまだまだ未熟だったんだなぁ……」
「いや、むしろユニットメンバーに悟らせるか悟らせないかくらいに抑え込んでるのはすごいと思うよ?」
「しまむー以上に自分を抑え込んでそうなアイドルっていうと……片手の指で足りるくらいしか思い浮かばないなぁ」
「……まあ、いっか。今は私の話よりもことねちゃんだよ」
そう言ってすぐに起き上がる卯月。
(ことねちゃんのことを話してるとき、浮かんでるのは完全にアイドルの笑顔なんだけど……)
(……しまむーには直接言わない方が華、なんだろうなぁ)
顔には出さない彼女たちの気遣いは、夜と酔いの狭間に消えていった。