島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「それにしても、しまむーはことねちゃんに随分ご執心だけどさ……ご執心なしまむーの要求を普通にこなしてるらしいことねちゃんも大概だよね。天性のアイドルって感じの子だったりする?」
そう問いかける未央は、まだことねと顔を合わせたことがない……どころか、容姿すらありすや美穂からの又聞きでしかなかった。そんな彼女が抱いた当然の疑問に答えたのは美穂だった。
「天性のアイドルなのは間違いないと思うよ。才能の塊だよね、あの子」
「346プロで例えるならどんな子に近い、とかはすぐ出てくる?」
「ん〜……まず卯月ちゃんくらいアイドルに真剣でしょ。そこに凛ちゃんのストイックさと未央ちゃんの元気さを合わせる」
「……もうそれだけで大半のアイドルが勝てないけど!? ことねちゃんがひとりでニュージェネしてるよ!?」
至極真っ当な未央のツッコミだが、美穂はまだまだ言葉を続ける。
「あとは……颯ちゃんみたいな純粋正統派で、自分の可愛さに真剣なところは幸子ちゃんだし、真面目なところはみくちゃんくらい真面目で、一度覚悟を決めるとフレデリカちゃんくらい物怖じしなくて、妙に本番に強くてバラエティも行けそうなところはりあむちゃんっぽくて……」
「うん、みほちーに聞いたところで何の参考にもならないってことだけがよくわかったかな……」
「本当に嘘は言ってないんだよ?」
「みほちーがこんな嘘つくわけないってわかってるからますます参考にならないんだってば!」
美穂でこの有様なのだから、卯月に聞いたとて人物像は見えないだろう。いつか会うことがあればそのとき確かめるしかないか、と未央はひとり溜息を吐いた。
「でも卯月ちゃんに言わせると、ことねちゃんの才能って技術的なものじゃなかったんだよね? えっと、確か……」
「分析能力と、学習能力と、一度これと決めた目標は妥協せずに突き進む努力の才能。それが今のことねちゃんを支えてるんだよ。ダンスに関しては天性の才能だけど、一ヶ月前は酷かった歌も今は聞けるレベルになってきたからね。……ところで美穂ちゃん、私はまだオーダーしてないよ?」
卯月が話している間に、美穂はカウンターの上にさっとカクテルグラスを置いていた。先程のマティーニとは明らかに中身が違う。
「わたしの奢りだよ。もっとアルコールを入れてくれたら色々喋ってくれるかなって」
「バーメイドにあるまじき台詞じゃないかな、それ。……ありがたくいただくけど」
(ここで適当にあしらうんじゃなくてきっちり飲むあたり、しまむーはホントみほちーに甘いよねぇ……いや、みほちー以外に同じタイミングで同じことされたって穏やかに断るし。そっちの方が対応としては絶対正しいけどさ)
相変わらず仲が良すぎるふたりの邪魔はせず、その会話に未央は耳を傾ける。
「……これ、アレクサンダー? 初めて飲むけど」
「せいかーい。よくわかったね」
「本気で酔わせに来ないでよ、明日もちゃんと仕事なんだよ? ……それで、美穂ちゃんは私から何を聞き出したいの?」
「ことねちゃんのこと、どうプロデュースするつもり? 最初のプラン、全部崩れたんだよね」
「えっ、今みほちーだいぶすごいこと言ったよね。どうしてそんなことになっちゃったのさ」
思わず口を挟む未央にすぐ答えず、ゆっくりと腕を組む卯月。
「才能が……」
「才能が?」
「才能がありすぎて。というか、単純に自分の限界を越えて動き続けようとしちゃうワーカホリックなところさえちゃんとこっちで抑えておけば、勝手に学んで勝手に育っちゃって。……未央ちゃん、ニュージェネの曲でダンスの振りを覚えるのって、いつもどのくらいかかってたかな?」
卯月から飛んできた予想外の質問に、未央はしばらく記憶を遡る作業が必要だった。
「ソロでちゃんと見れるくらいにするのは……他の仕事も色々挟んで自主練も込みで、ま〜二週間くらい? そこからしまむーとしぶりんにダンスをしっかり合わせるのにもう一週間、レッスン自体はそんなに回数いらないよね。ライブとかテレビで見せるならそのくらいは欲しい気がするなあ。もっとタイトなときもあったけど……」
「この前に智絵里ちゃんのライブがあったでしょ? あのとき、Great Journeyを私と智絵里ちゃんで歌ったの」
「その話なら聞いてるよ。いやぁ見たかったなぁ、ちえりんとしまむーのデュオ……」
呑気にそう言う未央に対して、卯月の顔は真剣……というより、深刻な何事かに悩んでいる様子だった。
「当然ダンスもデュオ用にアレンジしたんだけど……ことねちゃん、ライブで一回見ただけなのに振り付けをだいぶ覚えてたんだよ」
「……いやいや、冗談でしょ?」
「全部じゃないし、ところどころ間違いもしてたよ。そもそも智絵里ちゃんの負担を減らすために、振りは軽めにしてファンサで繋ぎやすい構成にもなってた。だとしても、一回見てあそこまで覚えて踊れるってなると……同じことをできる子は、あんまり思いつかないかも」
「283のあさひちゃんは?」
「あー、美穂ちゃん賢い。それだね、ダンスは完全にあさひちゃんタイプ」
「……天才じゃん?」
「天才だね」
しばしの沈黙。
「あ、でも『一回見て大体覚えてた』なんでしょ? 確かにすごいしあさひちゃん並かもだけど、完成には時間がかかるとかじゃ……」
「30分」
「……は?」
「私がつきっきりで教えてみたら、30分で良い感じの動きになったよ。ライブステージに立っても大丈夫そうなくらいには上達してた」
「……天才じゃん?」
「天才だね」
再びの沈黙。
「正直、ことねちゃんの成長速度……っていうか見て学ぶ速さがすごいのか、卯月ちゃんの教え方がすごいのか、この話だけだとわかんないね」
「私は両方に賭けるよ、みほちー。初見の技術を綺麗に真似してみせるのと、真似してみたことを言語化することにかけて、今のしまむーの右に出る人はいない。それはそれとしてことねちゃんの上達速度はちょっとおかしい。そういうことにした方が絶対平和だから」
「歌とかはもっと長い時間が必要なんだけどね、ことねちゃんも」
「でもしぶりんから聞いたよ、歌の才能はないけど気合はあるし練習も真面目だって。……あのしぶりんがそういう褒め方をするあたり、ふたりの言葉に信憑性ってやつが乗っちゃうんだよねぇ」
そこで言葉を切り、未央はしばらく考え込む。ややあって、彼女は卯月の方へ向き直った。
「ね、しまむー。今度ことねちゃんに会わせてよ、すっごく興味湧いてきた」
「いいよ、あとでスケジュールとにらめっこしよっか。……あー、折角だったら半日くらい時間取れるかな? ちょっとだけことねちゃんのレッスンを見てあげてほしいんだけど……」
「お、いいねぇいいねぇ! この未央ちゃんにおまかせあれ、ってね。直近ならこっちもスケジュールは調整しやすいし」
盛り上がるふたりを前に、美穂がわざとらしくふくれっ面を作ってみせる。
「卯月ちゃん? どうせ未央ちゃんのレッスンでもここを使うつもりでしょ。わたし、まだレッスンの講師役ではお呼ばれしてないよー?」
「え、美穂ちゃんも立候補してくれるの? お店を貸してもらってるうえ、ことねちゃんのバイトでも面倒を見てもらってるわけだし、これ以上はどうかなって思ってたんだけど……むしろ、お願いしていいの?」
このごろの卯月にしては珍しい控えめな問いかけに、美穂は少し悩ましげに言葉を返した。
「ちょっと前なら断ってたかもね。もう引退して長いし、ブランクもあるし……智絵里ちゃんのライブも断ってたくらいだから。でも、どう言えばいいのかな……ことねちゃんにここでバイトしてもらってるうちにね、この子のためなら先輩としてもうちょっと頑張ってみようかなって、そう思うようになってきて」
「あ~、先輩と後輩の関係ってアイドル部門だと薄いもんねぇ。その気持ちはだいぶわかるなぁ」
「実は美穂ちゃんと私も先輩と後輩なんだけどね。ほとんど同期みたいな扱いだけど」
「ほとんどっていうか、事実上の同期だよ。346でわたしたちより明確に先輩なの、楓さんと同時期にデビューした人たちだけだと思うよ」
さもありなん、とばかりに三人は頷いた。
「ま、とにかく……私は近いうちにことねちゃんと会って、軽くレッスンみたいなこともすればいい、と。でもレッスンって何すればいいのさ、聞けば聞くほどことねちゃんに教えられることなんてない気がするけど」
「ううん、むしろ未央ちゃんにこそ教えてほしかったことがあるんだよ。未央ちゃん、アイドル時代の持ち曲って今でもちゃんとパフォーマンスできる?」
「もっちろん、ソロもユニットもばっちこいって感じで……あ、しまむーまさか
「そうだよ、できれば準備しておいてくれると嬉しいな。音源とかはこっちで準備しておくから」
事も無げに言う卯月に、美穂も未央も苦笑いを浮かべるしかなかった。