島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「あら。奇遇ね、ことね」
ことねにとっては聞き慣れた、しかしあまり得意ではない相手の声。
「あ〜……おはようございます、会長」
「ええ、おはよう。最近の調子は……聞くまでもないわね」
初星学園高等部生徒会長、十王星南。以前からことねのことをやたらと気にかけ、さまざまなアプローチを仕掛けてきていた星南であるが、ここしばらくはその頻度がかなり少なくなっていた。なにより重要なこととして、以前までは会うたび行われていた生徒会やユニット活動への勧誘がぱたりと途絶えていたのだ。
「中間試験、素晴らしい成績だったわ。目覚ましい成長ね」
「ありがとーございますぅ。でもあれは、ホントに絶好調なタイミングでめちゃくちゃ上手く行ったってだけですよ」
会長にしては声を掛けてくるのが遅かったな、というのがことねの率直な感想だった。前ならば、結果が出た当日か翌日には自分のもとを訪ねてきて、祝うと同時に全力で勧誘してくるところである。今回、こうして星南と話しているのは中間試験の結果発表から数日経っており、しかも本当に偶然会ったと言っていい出会い方である。
「謙遜しなくていいのよ。つくづく、貴女を生徒会に引き込めなかったことが惜しいわね。……いえ、もし引き込めていたとしても、この短期間で貴女の実力をあれほどに高めることができていたかどうか。私の未熟な手腕を悔いるばかりね」
「……あの、もしかしてですケド。その言い方は」
「貴女のプロデューサーについては把握しているわよ。私の立場でなくとも、勘の良い生徒ならもう気付いているはず。恐らく、そう遠くない間に学内では知れ渡るでしょう。人の口に戸は立てられないものだもの」
初星学園の生徒会は強い権力を持っているというわけではないが、なにせ星南は学園長の孫娘である。他の生徒が知らない情報を先に仕入れていたところで何ら不思議はない。だが、勘が良ければ普通の生徒でも気付けるとはどういうことだろうか。
訝しげな表情を浮かべることねに対して、星南は薄く笑った。
「中間試験の当日、私は所用で学園を外していたけれど……貴女の試験開始とほぼ同じタイミングで、
「あっ。……そういうの、やっぱり注目されちゃいます?」
「私も学園一のアイドルと見られる立場にはあるわ。だからこそわかる。本当の意味で、学園の中にいるアイドルとして最高の存在が誰なのかということ程度は。誰もがそこに目を向けるのも当然のことでしょう」
そんな言葉が星南の口から出てくること自体、ことねにとっては驚きだった。
「入学当初とは違って話題に上がらずとも、彼女の行動は常に注目されている。プロデューサー科の学生に露見することは諦めていたようだけれど、アイドル科の生徒から受ける視線には常に気を張っていたわよ、彼女は」
言われてみれば、だ。これまでの一ヶ月、レッスンルームで卯月と一緒になったり、小教室で卯月と待ち合せたりといったことは数えきれないほどにあったことねだが、学内の人目に付く場所で卯月の隣を歩いた記憶はさっぱりない。
レッスンルームを卯月が訪ねるときは決まってトレーナーとのマンツーマンレッスンか、あるいはことねが自主練をしているとき。小教室はそもそも生徒たちがあまりうろつかない場所に位置しているが、卯月は廊下にもあまり出ようとしない。大抵ことねが訪ねたときにはもういて、そして見送られるのもことねの方だ。
「ことね。ひとつだけ、忠告しておくわ」
「……なんですか?」
これまで星南にそうしていたような、適当なあしらい方をことねは選ばなかった。忠告すると言った星南の表情は、常日頃の自信に満ちたものではなかった。自らの正しさを疑わないような笑顔でもなかった。ただ、単純に後輩を心配する先輩のように見えたからだ。
「アイドルとしての貴女の実力も、プロデューサーとしての彼女の実力も、疑う者は既に存在しないでしょう。それでも貴女自身が危うさを感じたなら、私に……いえ、私でなくてもいい。とにかく関係ない他人に相談するようにしなさい。でなければ、アイドルとしての貴女が潰れるわよ」
「それは……はい。そうします、絶対に」
星南の言葉は至極真っ当だった。実情がどうあれ、外から見れば今のことねの成長具合は異常に映るだろう。なんなら当のことねすら割と異常だということを自覚しているし、きっと卯月もそれは同じだ。元からことねの才能を見抜いて勧誘し続けてきた星南ですら、こういう受け取り方をするくらいにはどうかしているのだ。
「もうマジで無理ぃ~、ってなる前にちゃんと助けてもらいますよ。そうですねぇ、そんなことになったら会長を頼ってもいいかなって思ってます」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。けれど……今となっては共に立つことが叶わない以上、貴女とはステージの上で相まみえることを望むわよ」
「いやぁ~、あたしはまだまだそんなレベルじゃ……」
「いいえ、そう遠くないうちに貴女はここまで登ってくるわ。その時を楽しみに待っているわね」
そう言い切った星南の姿は、学園生の憧れたる生徒会長のそれだった。
また会いましょう、と言い残して去っていく彼女。遠ざかっていくその後ろ姿に、ことねは初めて困惑と畏敬以外の感情を覚えていた。
「……ま、当たり前だよね。そうじゃなきゃ、いくらすごいアイドルだからって生徒会長として人気にならないだろうし」
これまでは星南がやたらと執着してきたので逃げ回っていたことねであるが、いざ向こうがまともな距離感で接してくると、やはり星南が雲の上の人物であることを思い知らされる気分だった。卯月や美穂と同じ、持っている者の気風。星南は間違いなくそれを備えている人物だ。
「あーあ、先はまだまだ長いなぁ……まだアイドルの仕事も何もやってないのに、なんだか遠いところまで来ちゃった気がするし」
「そんな藤田さんに朗報を持ってきましたよ」
「うひゃぁ!? ……プロデューサー、背中から話しかけるのやめてくださいってばぁ!」
飛び上がりながら振り返ることね。案の定、彼女の後ろを陣取っていたのは卯月だった。
「失礼しました、藤田さんが妙に黄昏ているようでしたので、その感情を多少でも吹き飛ばせればと思いまして」
「余計な気遣いをどーもっ、そりゃもう吹っ飛びましたよ! それで……朗報ってなんですか?」
わざわざ卯月が勿体ぶって朗報というほどなのだから、それ相応のものなのだろう。表面上は怒りつつも、ことねの期待は膨らむ。
「藤田さんを指名した仕事の依頼が入っています。雑誌の取材ですね」
「……あたしを指名、って……オーディションとか、枠の奪い合いとかじゃなくて、あたし単独で取材ってことですか!?」
「その通りです。月刊アイグラ内の次世代アイドルを特集するコーナーでして、初星学園生を取材した例も過去に何度か……」
「ちょっと待ってください、アイグラ!? 月刊アイグラって言いました今!?」
月刊アイグラ。元々はアイドル専門のグラビア雑誌として創刊された雑誌だが、今では姉妹誌なども合わせ、アイドル業界の今を色濃く反映している総合誌となっている。アイドル関連の雑誌としてはトップクラスの知名度を誇っていると言って差し支えない。
「え、だって……アイグラって、プロデューサーも表紙飾りまくってましたよね。そういうレベルの雑誌ですよね!?」
「僭越ながらその通りです。今回の藤田さんは表紙を飾らないと思われますが……どうでしょうか、学内オーディションで仕事を得る前に舞い込んできた依頼ですが、お受けしますか?」
「……あったりまえじゃないですかっ! もしギャラが安くても、ちょっとしか載らないとしても絶対受けますよ! あたしの初仕事がアイグラなんて、誰にだって一生自慢できますもんね!」
威勢よく承諾の言葉を返したことねに、卯月はただ微笑みながら頷いた。