島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
学園の中を歩いているだけで、前よりも視線を感じることが増えた。ここ最近、ことねはそう感じるようになりつつあった。
自分の知った顔が──つまり、学園生徒のほぼ全員を指すことになるが──遠巻きに自分のことを見てきて、ひそひそと噂話をする。その表情は好奇と興味と羨望に満ちたものであったり、はたまた悪意と疑問と嫉妬を含んだものであったり、様々だ。
これまで通りことねに直接話しかけてくる者たちも、ことね同様に成功している一部を除けば、やはりその態度には少しばかりの変化があるように思われた。
「最近、上手くいきすぎてるもんなぁ……しょーがないよねぇ」
月刊アイグラの雑誌取材を機に、ことねを名指しする仕事がちらほらと出てきていた。テレビ出演のように大きな仕事はないものの、アイグラに関係ない他誌での取材であったり、商業施設の屋外ステージやライブハウスでのミニライブ、商店街で行われる地元イベントのMCなど、いかにもアイドルらしい仕事がいくつか舞い込んできて、ことねはそつなくそれらを成功させた。
なおミニライブについては、ソロ曲もカバー曲も使えず、練習期間もそれほど取れないのに曲目をどうするのかという大きな問題があった。最終的には試験の課題曲をそのまま使うというシンプルな手法を卯月が提案し、なんとか乗り切ることができたが。
さらには学園を通して依頼される大きな案件を取り合う学内オーディションにおいても、ことねは連戦連勝を重ねていた。こちらで勝ち取った仕事にはなんとテレビやラジオへの出演であったり、そこそこ名前の知られたアイドルフェスへの参加権であったりと、一気にアイドルとしての人気を得られそうなものも多い。もっとも、スケジュールの都合で実際に仕事ができるのは当分先のことになってしまうため、直近の知名度にはそこまで影響しない。
それでも、とにかく全てが上手くいっている。上手くいきすぎているのだ。ここまで良いことが続きすぎると、そろそろ大きな落とし穴が待っている気がしてならない。別に何か根拠があるというわけでもないのだが、こういうときこそ足元に気をつけて進まないと、思わぬところで転んでしまうものだ。ことねはそう考えていた。
「あぁ、藤田さん。こちらにいらっしゃいましたか!」
ほら、まさしくだ。
ことねがぼんやりと花壇の周りを散歩していたところに、卯月が珍しく慌てた様子でやってくる。中間試験以後はこうして人目につくところでことねに会うことも増えた卯月であるが、こうも余裕のない振る舞いを見せるのは稀である。
「おはよーございますぅ、プロデューサー。その感じ、あんまり良いお知らせじゃないですね?」
「いえ、必ずしも悪いわけではないのですが……藤田さんにとっては良し悪し、ですね。端的に申し上げると……つい先程、花海さんと葛城さんがデビューソロ曲をネット上で発表しました」
ところ変わって小教室。卯月は相変わらず慌てている、というか予想外の出来事に驚いているような様子だったが、一方のことねはなぜ卯月がそこまでのリアクションを見せているのかがよく理解できていなかった。
「よーするに……咲季とリーリヤちゃんがそれぞれデビュー曲を動画サイトで公開したのが偶然今日で、どっちも学園通してCD発売とサブスク配信が決まったってハナシですよね?」
「そうなりますね」
「……そんなに慌てることありますぅ? 確かにけっこー動きは速いですケド、あたしだってもうソロ曲は動き始めてて、一ヶ月二ヶ月で形になるんですし」
「問題はそこなんです、藤田さん」
首を傾げることねに対して、卯月はぐいっと顔を寄せてみせた。
「楽曲の制作期間自体が問題にならないとしても、スケジュールや納期は別物です。100プロと契約を結んでいる作曲家さんであれば、学園を通せば相当融通が利きますが……それでも人気作曲家に頼む前提であれば、できるだけ前から依頼しておかなければいけません。そう考えると、花海さんはともかく葛城さんのソロ曲はあまりにも完成が早すぎます」
「あ〜、言われてみれば……リーリヤちゃん、試験直前であたし以上にすごい成長してましたもんねぇ。覚醒したって感じでしたもん」
中間試験におけるリーリヤの躍進は、彼女本人や彼女のプロデューサーにとっても意図しない出来事だったらしい。ことねは教室での世間話でリーリヤから直接それを聞いていたし、嘘が吐けないだろう彼女の性格を鑑みても、そこに疑いはないだろうと確信していた。
「でもですよ、いつかデビューすることを考えるなら、こっそり曲を作っておくのもそんなに不思議じゃなくないです? 4月の頭からだったら全然間に合いそうですし……」
「いえ、葛城さんのスカウトは藤田さんのスカウトと同時期です。私は藤田さんをスカウトすると同時に、ほぼ最速で学園側に楽曲作成に関する諸々の申請を行ったのですが、それでも許可が降りて100プロとの話し合いに入れたのが5月中旬でした。葛城さんの陣営が同様の動きをしても、そこからデモを納品して練習、レコーディング、その後の調整など……中間試験に向けた準備もあることを考えると、はっきり言って絶対に間に合いません」
「むぅ……」
「さらにそれだけではなく、ネット上に公開されたのはイラストを利用した楽曲のリリックビデオです。この動画を用意するための時間も確保しなければなりません。何か別の手段を取ったと考えるべきでしょうね」
別の手段。いまいちピンと来ていないことねに対して、卯月は指を三本立ててみせた。
「ひとつめ。全てを金銭で解決した。割増料金、特急料金こそ正義です」
「うっわ、雑に一番強い方法ですねぇ」
「とはいえ、これはあまり現実的ではありません。そもそも葛城さんの陣営にそこまでの資金力があるかが怪しいですし、実現できたとしても費用対効果が悪いです。何より、葛城さんの練習期間が結局足りなくなる可能性が高いでしょう」
「じゃあ他の方法ってことになるんですか?」
ことねの問いに頷きつつ、卯月が再び口を開く。
「ふたつめ。どこからか葛城リーリヤという有望株の噂を聞きつけた作曲家が、完成した楽曲を売り込むという形で話を持ってきた」
「あ〜、作曲家の方から話が飛んできたと……いや、それってどっちみち間に合わなくないです? 中間試験の結果発表すぐ後だったとしても、やっぱりそこから練習してレコーディングして〜ってなるじゃないですか。動画だって作らなきゃいけないんですよね?」
「その通りです。付け加えると初星学園内の試験成績をどうやって速やかに知るかという問題もありますし、葛城さんに楽曲を売り込めるなら、我々や花海さんの陣営にも話くらいは来ていておかしくありません。やはりこれも現実的ではないでしょうね」
というわけで、と一言挟んで卯月は続ける。
「みっつめ、これが最も現実的でしょうか。葛城さんの陣営が、作曲家や動画制作者とのコネクションを持ち合わせており、スカウト当初から低予算での楽曲作成に動き始めていた。つまり藤田さんが先程言っていた、こっそり曲を作っておくという手法です。我々と違うのは、学園を通さずに『待ち』の時間を削減できたこと。……そして、ここからひとつの事実が見えてきます」
勿体ぶった卯月の言い方に若干怯えることね。
「な、なんですか? あたしたちもおんなじことできるんじゃないか、とかじゃないですよね?」
「可能か不可能かで言えば、不可能ではないですが……藤田さんと私の場合ではデメリットの方が大きいと思いますし、学園長からの課題に引っかかる可能性も大きいです。今回はそうではなく、葛城さんの素早い行動についてです」
そう言いながら、卯月は少し困ったような顔を見せた。
「スピード感から考えるだけでも、葛城さんの陣営に相当近しい人物が作曲家である可能性が高いのですが……今回、葛城さんに楽曲を提供した作曲家の方は、有名ボーカロイドPなのです」
「えっ? ……あっ、ホントだ! ボカロあんまり聞かないあたしでも知ってる人ですよ!?」
SNSの告知文を見てみると、卯月の言う通りにボカロPのビッグネームが作曲に名を連ねている。現役でボカロ曲をネットに発表しながらプロの作曲家としても活躍し、様々なアーティストにも楽曲を提供している有名人だ。
「ちょっと知り合いだから、という程度で作曲の話をできる相手ではありません。学園を通さない通常の依頼ならば、依頼料金も当然ながら全額負担。相当なものになることが予想できます」
「でもそんなお金があるかどうかは怪しいし、そもそもこれまで無名だったリーリヤちゃんの曲作りを、初星学園を通さずに請けてる……?」
「そうなのです。相当大きな貸しを作曲家に対して持っていたか、はたまた……」
「作曲家……本人?」
つい口から出てしまった言葉を卯月は肯定しなかったが、否定もしなかった。
「少なくとも、葛城さんの動きを今までよりも注視すべき理由にはなりますね。……これからが本番ですよ、藤田さん。気を引き締めていきましょう」