島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画 作:天宮雛葵
「さて。一度棚上げにしましたが、花海さんについても我々の立場からすると問題があります」
「うえぇ、咲季の方にも何かあるんですかぁ?」
どのような形にせよ、リーリヤ陣営のどこかに超人気ボカロPがいるらしいことが判明しただけでも怖い話なのだ。そのうえ咲季にも問題があると言われては、ことねの嫌そうな顔も至極当然だった。
「花海さんの発表した曲なのですが、こちらも有名作曲家の方が参加しています。とはいえ恐らくは入学直後からスピード重視で楽曲を用意していたことは容易に想像できますし、不可能なスケジュールではないかなと感じます。それでも、せっかちさは拭えませんが……」
「入学してすぐから曲作ってたにしても、結局あたしたちと三週間くらいしか変わりませんしねぇ……」
三週間と言われたら長いようにも思えるが、依頼する作曲家によっては三週間程度の納期は誤差になってしまうだろう。相当素早くデモを納品してくれる作曲家相手に学園を通して依頼するか、あるいはリーリヤ同様に学園を通さず作曲家を捕まえるか……どちらにせよ、とにかく咲季陣営が速度を重点に置いていることは間違いない。
「こればかりは花海さんのすでに完成されつつある技術力、その早熟性を活かす戦略として仕方のないものだと思います。実に正しい戦略ですが……いえ、ここではやめておきましょう。それに、せっかちさで言えば十王さんの方が優りますし」
「へ? なんでそこで会長の名前が出てくるんです?」
聞き返すことねに対して、卯月の顔には苦笑が浮かぶ。
「花海さん……咲季さんの妹である佑芽さんのこと、どれほどご存知ですか?」
「へ、佑芽ちゃんですか? そりゃまあ、ある程度は……」
花海佑芽。咲季の妹だが、その成績は筆記も実技もかなり低い合格スレスレのもので、入学時から既に優秀な姉とは似ても似つかない。しかし姉妹仲は極めて良好で、咲季も佑芽もお互いにシスコンの気がある……と、ことねは感じている。
「咲季の妹だから話す機会も結構ありますし。咲季と比べると成績はへっぽこで、あたしとどっこいどっこいでしたけど、この前中間試験をなんとか越えられたって喜んでましたねぇ」
「そうですね、ですがそれ自体が妙な話なのです。胸に手を当てて考えてみましょう、藤田さん。スカウト以降、貴女の成長する速度はまともなものでしょうか?」
「……しょーじき、まともではないですよね」
あんまりすぎる自分への感想を呟くことねだったが、卯月は否定せずに頷いた。
「藤田さん以上に中間試験直前で急成長……というより、覚醒した葛城さんも同様です。貴女たちの半分程度の成長速度であろうが、平均より遥かに上の目覚ましい成長です。それを踏まえた上で……入学当時の佑芽さんは同時期のボロボロでフラフラだった藤田さんと同等レベルだったわけですが、それを中間試験合格ラインには乗せてきた。学園生の平均よりも上、というところまで成長しているわけです。これが目覚ましい成長でないわけがありません」
言われてみれば、である。ことね自身、ここ最近は自分のことを考えるだけで手一杯だったということもあるが、それにしても佑芽の成長は成績から見れば明らかだった。
「あ~……あたし、そのへんちょっとマヒしてたかもです」
「大丈夫です、気にするほどのことでもありませんから。ライバルになりうる相手を見極めるのは、アイドルよりもプロデューサーの役目です。今問題なのは、佑芽さんが勢いよく成長していること……そして彼女にプロデューサー科の学生が付いていないということです。恐らく、十王さんのプロデュースを受けているものと思われます」
卯月の推測に、ことねは思い当たる節があった。
「そーいえば、佑芽ちゃんって生徒会入りしてましたねぇ。あたしも生徒会にやたら誘われたなぁ……」
「そういうことです。十王さんのサポートを受けた佑芽さんはその類稀なフィジカルを活かして一気に能力を伸ばし、一方で彼女に追われる咲季さんは早熟性故のアドバンテージを活かすことに必死となっている……そんな印象を受けます。どちらの陣営もせっかちということですね」
「……それを言うなら、あたしたちも結構せっかちじゃないですか?」
「藤田さんの学習速度が異様すぎるのが悪いです」
「なんか全部あたしのせいにされてるぅ!? 絶対にプロデューサーの思惑みたいなのも入ってますよねぇ!?」
「否定はできません。しかし藤田さんに無理だけはさせません、そこは安心してください」
ことねの抗議はそう流しつつ、卯月は続ける。
「話を戻しますが、そういった事情もあってか、咲季さんの陣営はとにかく動きが速いです。葛城さんが対応力に優れた即興性の高いプロデュースを受けているのに対して、咲季さんが受けているのは計画力に優れた速攻気質のプロデュースです」
「言いたいことはわかりますよぉ、なんていうか……逃げ切り志向? そういう感じがありますよね、咲季のところ。あたしが成長できたからわかったことではありますケド」
「逃げ切り志向、言い得て妙ですね。咲季さんのデビューソロは既に動画サイトで公開されていますが、3DCGを駆使したハイクオリティなMVです。咲季さん自身も全編に渡って登場しているのですが、一体いつ撮影期間を用意したのか……恐らくは基礎レッスンの時間が浮いたのでしょうが、それにしてもこの速度でこのクオリティは異様です」
淡々と語る卯月。しかし、ここでことねがふと気付く。
「でも、さっきの話を踏まえるとですよ。もしかして、咲季の逃げ切り志向って……佑芽ちゃんからの逃げ切り、だったりしません?」
「鋭いですね、藤田さん。私もそうではないかと考えます」
そこまで真剣だった顔を卯月が緩める。
「入学生首席の肩書、その名に恥じない中間試験次席の実績。咲季さんの強さを、藤田さんは間近で感じていると思います。また同時に、そんな咲季さんに追随している佑芽さんの底知れなさも、今しがた知ることができたでしょう。どちらも警戒すべきライバルと言えるでしょうが……藤田さんは、そこまで気を張らなくても大丈夫です。花海姉妹のおふたりが相争っている間に、混戦を抜け出してしまいましょう」
「今の状況だと、リーリヤちゃんの伸びが怖すぎますもんねぇ……ちなみに咲季とか佑芽ちゃんとかリーリヤちゃん以外だと、プロデューサー目線で警戒した方が良さそうな子はいます?」
ことねの質問に、卯月は顎に手を添えながら考え始める。
「そうですね……単に優秀であるとか、今後見込みがあるという観点から見るならば、挙げるべき名前は多いですよ。現状の優秀さで言えば、十王さんが筆頭でしょうね」
「あたしの同級生とかにはいます? 手毬とか清夏っちとか、悪くない感じだと思いますよ?」
「月村さんは……ポテンシャルはあるでしょうが、藤田さんと仕事を奪い合うことはないでしょう。活躍できる場がそれぞれ異なりますから。紫雲さんも育てば手強い相手になる可能性はありますが、現状では考慮に値しないと感じます。本人のスイッチが入らないことには評価のしようがありません」
プロデューサーにしては結構辛口だなぁ、というのがことねの率直な感想だった。
「今、辛口な評価だと思いましたか?」
「……心を読まないでほしいです。確かにそう思いましたよ、思いましたけど!」
「藤田さんを相手にすると褒めてばかりになってしまいますから、勘違いされないように言っておきますが。私はアイドルという夢を追うあらゆる人たちのことを応援していますが、同時に厳しい視線で見てもいますよ」
「それは普段からなんとなーく感じてますよぉ」
「いいえ、恐らく藤田さんが勘付いているよりも激烈です。なので藤田さんは誇ってください。私が藤田さんほどに褒め言葉しか掛けない相手は、他にいませんから」
きっぱりと言う卯月に、ことねはそれ以上の言葉を挟むことはできなかった。