島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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49 - 慈愛と悲哀の昼下がり

「ことねちゃん、頑張ってるんだねぇ」

 

 そう呟いた美穂の視線は、カウンター席の上に置かれたノートパソコンの方を向いている。

 

「アイグラのインタビューで話題になって、ツイスタのアカウントもフォローが伸びてるし……それにこのショート動画、投稿は昨日なんでしょ?」

「そうなんだよね。ただの自己紹介動画なんだけど、思ったより視聴回数が増えててびっくりしてるくらい」

 

 卯月が答える間も、元気よく挨拶することねの声が再生されている。ことねのために用意した動画チャンネル、その初手に投稿する動画として準備した、何の変哲もない自己紹介用の動画。チャンネルにはまだこれ以外のコンテンツが何も用意されていないので、大きな集客力は無いように見える。

 

「反応を見てる感じだとね、この動画だけでもシンプルにことねちゃんが可愛いから、じわじわ広まってるみたいで……」

「バズりってほどじゃないけれど、これなら初動は成功じゃないかな?」

「うん、良い感じだと思うよ。今日の夜には次の動画を出すし、そこで一気にスタートダッシュを決められると良いなあ」

 

 卯月の言葉に疑問符を浮かべる美穂。

 

「あれ? 346プロの曲をカバーするのって、まだできないんじゃなかったの?」

「うん、だから学園の試験課題曲をカバー動画として出そうかなって」

 

 定期公演『初』の本番において、既に自らの曲を持っている者は当然ステージでそれを歌うことになる。しかし公演出演者選抜試験に参加する学園生たちは、デビューしていてもまだ自分の曲を持っていないだとか、それこそデビューすらしていないという例もそこまで珍しくない。そういったアイドルたちは、学園が権利を持っている定期公演用の曲を歌うことになる。

 

 そして重要な事項として、これらの曲は学園生・学園卒業生であればかなり自由に扱うことができるのである。事前申請こそ必要になるものの、学園外のライブで歌うことも許される。そしてことねの場合、既にミニライブでこれらの曲を歌唱するためにその申請を済ませていたのだ。

 

「音源は学園から貰えてお得だし、ミキシングは別に依頼すればいいし……そもそも仕事だって大半は学園経由だし、私が一応プロデューサーをやれてるのも講義で学んだおかげだし、初星学園は本当に至れり尽くせりだよ」

 

 そう語る卯月に、美穂も同意を示す。

 

「卯月ちゃんがプロデューサーをやるって聞いたとき、『アイドルプロデューサー』としてぐいぐい前に出ていくんだろうなってわたしも思ってたよ。それをしなくてもうまく回ってるって、学園のシステムがすごいんだろうね」

「本当にね。初星学園以外で私が同じことをやってたら、アイドルのプロデューサーなのか、アイドル的なプロデューサーなのかもわからなくなってたかも」

「どれだけ裏方に回ろうと自分で思ってたって、卯月ちゃんが裏に回れるわけないもんね。それをちゃんと押し込んでるんだもん」

 

 割と容赦ない美穂の論評だが、卯月は反論せずに頷くだけだ。今となっては自覚もあるらしい。

 

「最近、ことねちゃんの調子はどう? お店だといつも元気いっぱいで頑張ってくれてるけど」

 

 現状、Bittersweetにおけることねのシフトは休日昼間のごく短い時間のみである。これからことねがアイドルとして人気になっていくならば、休日に仕事が入ることも必然的に多くなるだろう。そうなったときにわざわざ平日へシフトを振り替えるほど人不足に悩むような店でもない。

 

 あくまでこのバイトは、ことねの生活を支援するための一時的なもの。それでも、美穂は純粋にことねのことを心配していた。

 

「美穂ちゃんからのお給料と小さなイベントのギャラが同じ時期に振り込まれて、飛び跳ねながら喜んでたよ。あ、例え話じゃなくて本当に飛び跳ねてたよ」

「あはは……でもなんだかわかっちゃうなあ。ちょっとわくわくしたよね、自分のお仕事でお金が貰えたとき」

「ちゃんとアイドルのお仕事してるんだっていう実感と……自分のお金を何に使おうかなっていう妄想と。ことねちゃんを見てると、本当にデビュー当時を思い出しちゃうよ。良くも悪くもね」

 

 ぼんやりと思い出に浸り始めるふたり。しかし、そんな雰囲気の中にドアベルの音が鳴り響く。

 

「いらっしゃい、凛ちゃん……あれ、楓さんも! なんだか珍しい組み合わせですね」

「お疲れ様、美穂。ちょうど裏路地に入るところで楓さんに会ったんだ」

「おはようございます、美穂ちゃん。しばらく地方ロケが続いたので、このお店で呑むお酒が恋しくなってしまって」

 

 そう言いながら店内に入ってきた凛と楓が、カウンター席の最奥に陣取っていた卯月の姿に遅れて気付く。

 

「あら、卯月ちゃんもいたのね。今日は何を注文したの?」

「ノンアルのシンデレラです。夜にまだ仕事がありますから、今はお付き合いできませんからね」

「……あのさ、卯月。ちゃんと休んでる?」

 

 一緒にお酒を飲めないと聞いてしょぼんとしている楓の隣から、心配そうな顔をした凛が卯月に向かって問いかけた。

 

「うん、一週間に一日は無理にでも休むようにしてるよ。私が潰れてことねちゃんに迷惑かけちゃダメだからね」

「それならいいけど。最近の卯月、アイドル時代よりも忙しそうにしてるし……」

「学園の講義、ことねちゃんのプロデュース、卯月ちゃん自身のプロデュースとレッスン……傍から見てても忙しすぎるもん、今の卯月ちゃん。凛ちゃんが心配するのも無理ないよ」

 

 無論、卯月が今更自己管理もできないようなアイドルだとは三人も思っていない。しかしそれはそれとして、ことねに対して夢中になりすぎた結果として、自分の体調を顧みなくなるくらいのことはありえそうだと三人とも思っていた。

 

「大丈夫、ちゃんとプロデューサーさんを参考にして、無理なスケジュールは組まないようにしてるから」

「……いや、あの人はアイドルのためなら全然普通に無理するでしょ」

「むしろその補足のせいで卯月ちゃんの言葉から信憑性が消えつつあるね」

 

 至極真っ当なツッコミを入れる凛と美穂、ノーコメントを貫く楓。

 

「悲しいくらい信用されてない……多分私もプロデューサーさんも信用されてない……」

「アイドルのために身を削りかねないっていう信頼が重すぎるからね」

 

 恐らく、346プロダクションの敏腕事務員こと千川ちひろの目が少しでも入れば、また話は変わってくるのであろうが。悲しいかな、この場の卯月はそういった方向性の信用を今のところ勝ち取ってはいなかった。

 

「卯月ちゃん。若いころの無理は、歳を重ねてから響くのよ」

「うぅ、聞きたくなかった……楓さんからそんな言葉聞きたくなかった……!」

 

 しかし明らかに若いころから身体に無理をさせているであろうこの場の最年長者は、未だに全く衰えない美貌を維持し続けているので説得力も何もあったものではない。社内の健康診断でもいっそ笑えるくらいの健康体だったらしい、という噂は卯月のところまでよく聞こえてくる。

 

「聞きたくないっていうか、楓さんの健康に関するアドバイスは何にも参考にならないよね」

「アドバイスを参考にするためのアドバイスが欲しいかもしれないね……」

 

 先程まで卯月に矛先を向けていた凛と美穂すら、この掌の返しようである。

 

「もしかして、藪蛇をつついてしまったのかしら。ヘビーな話題で蛇をつつく……ふふっ」

「……とにかく、私は無理してないよ。というか、私が無理したら美穂ちゃんも凛ちゃんも楓さんもすぐ気付くだろうし」

 

 楓の駄洒落は普段通り華麗にスルーしつつ、卯月が脱線した話題を戻す。

 

「大丈夫だよ、安心して。ことねちゃんをプロデュースしてる間は、私があの子の足枷になるような真似は絶対にしないから」

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