島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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 祝・50話! そして総合5000ptに評価者数200人! もはや来るところまで来た感じがあります……が、本作はまだまだ続きます。藤田ことねの輝きを示しきるまで、島村卯月の執念を示しきるまでは止まれません。引き続き、応援のほどをよろしくお願いいたします!



50 - 倣えるものなら苦労はしない

 凛と楓の来店から数十分後。店内は弛緩した空気に満ちていた。楓はのんびりと日本酒を楽しみ、卯月と凛は世間話に花を咲かせ、美穂は店の帳簿を見て溜息を吐く。

 

「美穂ちゃん、今月も大赤字なの?」

「あはは……そもそも、このお店が黒字になった月の方が少ないけどね。今月は思ったよりも足が出ちゃった」

 

 卯月の問いかけに、苦笑を顔に浮かべながら答える美穂。

 

 そもそも黒字を目指して経営しているような店でもなく、招待制で客数を絞るわりに高額商品を置いているわけでもないので、赤字を垂れ流してしまうのは仕方ないことではある。しかし常連客としてここに足を運んでいる卯月たちからしてみれば、店を開けば開くだけ美穂の資産が減っている現状はよろしくない。

 

「……ことねちゃんのバイト代、負担になってない?」

「大丈夫、どうせ誤差だよ。このお店自体が趣味だし、ことねちゃんを雇うのも趣味の一環なんだから」

「美穂ちゃんがそう言うなら良いんだけど……」

「まあ、大丈夫じゃない? 美穂は倹約家の印象があるし」

 

 口を挟んだ凛の言葉に、美穂はただはにかむばかりだ。

 

「そもそもお金の使い方の話をするなら、むしろ美穂よりも卯月の方が心配なんだよね」

「え、私? 自分で言うのもどうかなって思うけど、あんまりお金は使わない方だよ?」

「いや、卯月って妙なところで思い切りが良いからさ。普段はそれでもトップアイドルなのかってくらいに一般人の金銭感覚なのに、時々変なスイッチが入ってすごい大きな買い物するし」

 

 凛にそう言われても、当の卯月はいまいちピンと来ていない様子だった。それを見かねてか、美穂も指摘する側に加わる。

 

「普段から浪費家って感じじゃないけど、いきなり『免許取ったから車買ったんだ〜』って言い出して、買ってたのは結構な高級車だった……とか、あったよね。卯月ちゃんの稼ぎならそこまでおかしいことじゃないけど、あの時はちょっとびっくりしたよ」

「あー、言われてみればそうなのかも? でも、何かこだわりがあるわけじゃないんだよね」

「こだわりがないものに大金をさっと出すあたりが、いかにも卯月らしいというか……」

 

 そんな会話をしつつ、三人の視線は自然と楓の方に向く。

 

 卯月と同等に稼いでいるはずの楓だが、郊外に一軒家を買った以外に大きな買い物をしたという話はとんと聞かない。形が残るような高級品よりも名酒と美食の方に重きを置いているのだろう、と社内ではまことしやかに囁かれている。

 

 そして楓と近い立場にある卯月たちからしてみれば、それが間違いなく真であることは明らかだった。そもそも彼女が都会に家を買わなかった理由も、自宅の地下に酒類の保管室を設けるためだったのだから。

 

「……卯月も美穂も、同じ気持ちだと思うんだけど。アラサーになっても、年齢ばっかり増えてて格好いい大人になれた気が全然しないんだよね。いつまで経っても楓さんみたいな人の生き方に追いつけないから」

「安心して、凛ちゃん。わたしもそれには同意しかできないよ」

「凛ちゃんや美穂ちゃんはまだ進んでる方だと思うよ。私はいつまで経ってもデビューしたころから動けてないもん」

 

 自虐と共にがくりと肩を落とす三人。そんな彼女たちを見て、当の楓は小さく首を傾げる。

 

「私から見ると、皆の成長が目まぐるしくて、すぐに追い抜かれてしまった気分なのよ」

「いやいやいや……」

「アイドルとしても人間としても、楓さんに追いついた人なんてめったにいないと思います」

 

 凛と美穂の返答を受けてもなお不思議そうな顔をする楓。そこに卯月から更なる追撃も入る。

 

「アイドルとして、楓さんに並べたって思えたことはあります。でも、勝ったって思ったことは今までないです」

「楓さん、卯月ちゃんにこんなこと言わせる意味を受け止めてください。可愛い王道派アイドルなのに……というか王道派アイドルだからこそ、プライドはエベレストよりも高いのが卯月ちゃんなんですからね」

「美穂ちゃん、もしかして楓さんと一緒に私のことも突き刺そうとしてる?」

 

 そもそも、そこにプライドの高いアイドル筆頭こと凛がいるではないか……と思いながら卯月が視線を向けてみれば、そこには声を殺して笑いを堪える凛の姿があった。

 

「……凛ちゃーん?」

「んふ、ふふふ……ごめん、卯月。5年前なら反論してあげてたと思うけど、さ」

「むむぅ……凛ちゃんだってずっとプライド高いくせにぃ」

「それ、昔の私に言ってたら卯月相手でも怒ってたからね」

 

 軽い言い合いをすればするほど、卯月も凛も実感が深くなる。人は変わっていくように見えるし、人と人を繋げる関係性だって移ろいゆくものだ。それでも各々の本質には何も変わりがない。

 

 5年前と言わず、きっと出会った瞬間から、卯月のプライドはすこぶる高かったのだ。あまりにも高すぎて、そのプライドの存在に卯月自身が気づけなかったほどに。ましてやそれに凛や美穂のような他者が気づくなど、到底できることではない。

 

 ひとしきり凛と笑いあってから、卯月は姿勢を正して楓の方に身体を向ける。

 

「……ところで、楓さん。前から気になってたことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」

 

 唐突な卯月の問い。しかし楓は狼狽えるような様子を見せることなく、無言で頷いた。

 

「楓さん、私が()()()()感じだったってことに、結構前から……それこそ、私が自覚するよりも前から気づいてたんじゃないかって思ってるんです」

 

 その言葉を聞いても、美穂と凛は何も言わなかった。言いこそしなかったが、その顔を見るだけでも考えていることは明らかだった。

 

 いやいやまさか、いくら楓さんと言えども。……けれど、もしかしたら、この人ならば。

 

 三人からの注目を浴び、楓は重い口を開く。

 

「卯月ちゃんのプライドが高いと思ったことは、一度もないわ。だって、貴女はアイドルにプライドを持っていないでしょう」

「……そうでしょうか? 私なりに誇りはあるつもりだったんですけど」

「卯月ちゃんにとって、アイドルとは……当たり前にそうあるべきものだと思っていたのだけれど、違ったかしら。自分がアイドルであることを誇りにするのではなくて、アイドルであることがナチュラルでニュートラル。だから昔の貴女はそうあるべきだって必死になっていたし、今の貴女はそうある現状に落ち着いている。それだけの違いでしかない気がするの」

 

 楓にそう言われ、卯月は軽く考え込むような仕草を見せた。

 

「……アイドルであることが当たり前だって考えるのは、それこそ私の驕り高ぶったプライドの表れだったとは思いませんか?」

「貴女にとってはそれが真実で、現実に貴女はアイドルになったのだもの。他人から見れば驕り高ぶりに違いないかもしれないけれど、その評価が貴女の価値観を変えるとは思えない」

 

 楓の推察は極めて正しい。誰に何を言われたところで変わるはずもない。

 

「だから卯月ちゃんの質問に答えるなら……最初から気づいていた、なのかしら。けれど気づいていたというより、最初から卯月ちゃんはそういう子だって受け止めていたのかもしれないわ」

「……ありがとうございます。やっぱり楓さんには勝てる気がしません」

 

 観念したように声を絞り出す卯月に対して、楓は微笑みを返すのみだ。

 

「なんというか……元気出しなよ、卯月。大人らしさで楓さんに勝てる人なんて、私たちの中にはいないんだから」

「変に大人ぶるより、卯月ちゃんらしく行った方が良いと思うよ。どんなことにもね」

 

 凛と美穂のフォローも、半分は自分自身に言い聞かせているようなものだった。

 

「わかってるよ。……ことねちゃんとの接し方も、もうちょっと考え直すべきかなぁ」

「どうだろうねぇ。あの子相手にはアイドルな卯月ちゃんとプロデューサーな卯月ちゃんの両方で向かい合ってるんでしょ? だったらそのままでいいんじゃない?」

「あれはことねちゃんのためにっていうよりは、私の考えを整理するための手段だから。そのあたりも含めて、一度見直してみるのもひとつの手なのかなって」

 

 これまでの一ヶ月強と比較して、ことねを取り巻く環境は一気に変わっていくだろう。プロデュースの手段もそれに合わせて変えていくべきなのか。経験は足りないが、結論は早いうちに下さなければなるまい。いつの間にか空になっていた手元のグラスをぼんやりと眺めながら、卯月の思考は静かに巡っていた。

 

 たったの数日後、予想外の天啓が降り注ぐとも知らずに。

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