島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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52 - 偶像として

 学園生にとっては聴き慣れているであろうイントロ。スポットライトに照らされる中、ことねが歌い始めたのは、最早本人にとっては十八番になりつつある『初』……ではなく。

 

 

「ぜったい いっぱい 輝け! 未来を明るくしよう、するぞ!」

「だから Stepping now, ワタシスピードで! 邁進あそばせっ!」

 

 

 定期公演用の楽曲として学園が権利を持っているうちの一曲。しかし、これまでことねがライブやオーディションでは披露したことのなかった曲。

 

 

「Campus modeで一緒に駆け抜けるぞっ! いぇ~いっ!」

 

 

 何を隠そう、『Campus mode!!』であった。アップテンポで明るい曲調は、まさしく王道のアイドルソングと呼ぶに相応しい。等身大でありながら底抜けにポジティブ、それでいて決意と感謝まで盛り込まれた歌詞は、間違いなくことねにピッタリだ。

 

「……ここで切ってくるのか」

 

 咲季のプロデューサーが小さく溢した言葉に、卯月はにこやかな表情で答える。

 

「温存してはいましたが、切り札というほどでもありませんから」

「失礼、聞こえていましたか」

「ふふ、実は他人より耳が良いんですよ。……それにしても、楽曲選択で花海さんとの潰しあいを避けられて良かったです」

 

 卯月の口から突然物騒な言葉が出てきても、彼は動じなかった。

 

 

「壁は昇るか? 穴を開けるか? 抜け道を探すか?」

「どれもいいねgood! 自分でちゃんと考えたのなら!」

 

 

 控室の会話など知る由もなく、ことねのパフォーマンスは進む。観客席がすっからかんの会場で、それでもレッスンの成果を活かすことができている。

 

「……我々が持ち曲を使うと、貴女は読んでいましたか」

「はい。貴方たちはどのように考えていたのか、よろしければお聞かせくださいますか?」

「白状すると……さっぱり読めませんでした。ですがこちらの持ち曲にわざわざ被せて、露骨に潰しに来ることはしない、という想定の下に動きました」

 

 いわゆる指定楽曲がないオーディションにおける、楽曲被りの問題。

 

 学内オーディションの場合、持ち曲のない生徒が参加することも多い。歌唱だけならばカバー楽曲を用意するだけで済むことも多いし、そもそもどのような楽曲を選択するかという部分まで見られているパターンもある。一方で総合的なパフォーマンスを求められるオーディションだと、選択できる楽曲の選択肢は狭くなりがちだ。

 

 オーディションで披露する楽曲を自由に選択できる場合でも、試験や定期公演に向けてみっちりとレッスンを重ねてきた楽曲を優先的に選択することは、学園生の中では珍しくない。するとオーディション用の楽曲が被ってしまう事例も起こるわけだ。

 

 

「負けないぞ 敵は自分自身 昨日よりも素敵な私を目指すの」

 

 

「同じ曲を選べば比較されてしまう。それだけでなく、最悪は全員の印象が埋もれて共倒れ。そうですね、それこそ『敵は自分自身』なんて言える余裕もなくなるかもしれません」

「謙遜も過ぎれば傲慢では?」

「いいえ、教え子を信じることと私が油断することは別物ですから。そのうえで、これまでとは違う藤田さんの魅力を見せつつ、花海さんとの共倒れを避けることを最優先にする。そのためにはこの選曲が正しかったと思います」

 

 卯月の言葉に矛盾はないが、意図的に言及していない第三の選択があることは明らかだった。

 

「……学園の楽曲に限らずとも、島村さんであれば他の手段があるのでは? 他の参加者と楽曲が被る可能性も大幅に減らせたはずです」

 

 探るように踏み込んでいった、彼の言葉もまた正しい。アイドル業界における卯月の伝手など、推測するまでもなく広いに決まっているのだ。

 

「そうですね、すごく悩んだんですよ? ですが結局はレッスン期間が足枷になりました。このオーディションは重要ですが、絶対に落とせない一世一代の機会というわけでもありませんから」

 

 それきり卯月は口を閉じる。ああ、確かに嘘は言っていないだろう。不審な点もないし、彼女の浮かべる笑顔から悪辣な策略を見出そうという方が間違っている。

 

 しかし彼女は言った。咲季との共倒れを避けることが最優先。裏を返せば、咲季との共倒れを避けた結果として、他のオーディション参加者とどれだけ楽曲が被ったところで全く意に介さない、あるいは咲季と曲が被るよりマシだということ。

 

 

「まだまだ行きますよ、on the stage!」

 

 

 直接的なコーレスを封じられても、やはりことねは揺るがない。

 

 ファンがその場にいなかったとしても、カメラの向こうには自分のことを見ている誰かがいる。そういった意識が人一倍強いのが彼女だ。こうして大きなステージに立ち、スポットライトを浴びるような経験が初めてでも、彼女にはその気配りが当然のものとして根付いている。なるほど確かに、これは大したものだ。そして同時に、島村卯月と藤田ことねの戦略も明らかだ。

 

 すなわち王者による正面突破。より正確に言うならば、王者たりえる素質のアイドルに、プロデューサーが蓄えてきた長年の経験を惜しみなく叩きこむ。実にシンプル、故に盤石。ことステージパフォーマンスの総合力を見るならば、このスタイルに敵う相手などそういるまい。

 

 この場に集まるプロデューサーたちの多くがそう感じつつあった、そのとき。

 

 

「道を刻んだ 偉大な歴史 忘れず────」

 

ぶつり。

 

『リスペクト……って、あれ?』

 

 

 ことねの歌声に大きなノイズが重なり、バックミュージックが完全に途切れる。スポットライトに照らされる中、ことねは困惑の表情を浮かべた。それとほぼ同時に、控室の誰もが同じ事象を思い浮かべた。音響トラブルだ。

 

 ざわつくプロデューサーたち。そのうち何人かは卯月の方に振り向く。

 

(……大丈夫。ことねちゃんならなんとかなる)

 

 だが、卯月は全く動揺していなかった。

 

(音源が止まったのはことねちゃんのせいじゃない。それにこの状況、プロでも多少の動揺は見せて当然。体力の問題もないし、このくらいのアクシデントでダメになるメンタルでもない)

 

 これがライブ本番であれば卯月もてんてこ舞いになるところだが、幸いにしてオーディションである以上は、総合的に見て何ら問題ない。音響トラブルが解消され次第もう一度最初から、という運びになるだろう。むしろアピールタイムが増えて幸運とすら言えるかもしれない。

 

「藤田さんなら、この程度のトラブルは問題になりません。一旦中断の後、後ほど仕切り直しという形になるでしょうから────」

 

 プロデューサーたちに対して淡々と語る卯月だったが、その言葉は遮られる。……つい先程まで、誰もが聞いていた歌声によって。

 

 

「腕は振れるか? 前を向けるか? 未来を作れるか?」

 

 

「…………ことねちゃん?」

 

 そう呼びかける卯月の声は、驚愕に満ちていた。音響は明らかに回復していない。ことねの声しか届いていない、アカペラに相違ない。

 

 歌が苦手だと自覚しているはずの彼女が、ますますまともに歌うことなど難しいこの状況で、しかも曲は中盤に差し掛かったばかりで、そのうえリアルタイムでファンに届くわけでもないのに。それでも、ことねはマイクから手を離そうとしない。

 

 リズムを掴み、ダンスも再び入れながら、彼女のこなせる最大限を。

 

 

「これがつまりそうだ アイドルなんだ!」

「全力でマスター! お待たせしました!」

 





 学マス楽曲、遂に初めての歌詞使用。
 ここまで長かった……
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