島村卯月(27歳)による藤田ことねトップアイドル化計画   作:天宮雛葵

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09 - やっぱナチュラルにやべーわこの人

 激動のプロデュース契約初日が終わり、あっという間に一週間が経った。

 

 その間、卯月が言った『今週丸ごとオフ』の言葉に違うことなく、ことねはレッスンにもバイトにも行くことができずにいた。これまでの彼女であれば、休養しろと言われて空いた時間を使えばさらにお金が稼げるはずだと、ワーカホリックな悪巧みを巡らせるところであっただろう。

 

(でも、流石にわざわざ病院まで連れていかれちゃったらなぁ……)

 

 あれほどの大ごとにしてまで身体の不調を心配されてしまったとなると、ことねもそう簡単には休養の約束を破れなくなってしまった。しかも奨学金にアイドルの仕事に新しいバイトに特別なレッスン、その全てを保証されてしまったとあっては、彼女に選択の余地はない。

 

 スカウトされたときこそ卯月の怖い言動でドン引きしていたことねだが、そのタイミングですら卯月の実績から来る信用に疑いはないと判断していたのである。自分のことをしっかりと稼げるアイドルにしてくれると信じて、ことねは暇で仕方がない休養の日々を過ごすしかなかった。

 

(……つーか、どのみちしたくてもできるわけなかったし!)

 

 ことねがそうボヤくのには理由がある。

 

 病院に行った翌日の放課後。授業が終わって真っ直ぐ女子寮へと帰ってきたことねは、寮のエントランスホール付近に、何やら生徒たちの人だかりができているのを目撃した。

 

「まーた麻央先輩絡みかなぁ」

 

 女子寮の寮長を務めるアイドル科高等部3年の有村麻央は、その面倒見の良さとボーイッシュなルックスで下級生から絶大な人気を誇っている。今回も彼女が格好良いところを見せて生徒たちに群がられているのだろうと、ことねは人だかりを避けて進もうとする。

 

「…………はぁ!?」

 

 そして、その集団が向ける視線の先に誰がいるのか、やっと気付くことができた。

 

 島村卯月(プロデューサー)である。あろうことか女子寮の1階、共有スペースとして生徒たちに利用されているエントランスのソファに、卯月が堂々と居座っているではないか。

 

「なッ、えぇ、な、なんでここに……」

 

 プロデューサーが、と口に出しかけたことねだったが、ギリギリのところで踏みとどまった。しかし狼狽することねの声に気付いてか、知り合いが話しかけてくる。

 

「あの……藤田さん、大丈夫ですか?」

「え、ああ、リーリヤちゃん。ありがと、全然大丈夫だから……」

 

 葛城リーリヤ。高等部アイドル科1年1組のクラスメートである。共通の友人である紫雲清夏の存在や、教室や女子寮で顔を合わせる機会の多さから、ことねとリーリヤはあっさり打ち解けて、既に友人関係を築きつつあった。

 

「あの人、島村卯月さんですよね。知ってます、今はプロデューサーをやっているって……」

「へ、へぇ〜。リーリヤちゃんってば、ずいぶん物知りだねぇ?」

「目指しているアイドルの……センパイのひとり、ですから」

 

 そう言いながら、リーリヤは無垢でキラキラとした視線を卯月に向ける。しかしことねの方はといえば、そのように純粋な気持ちを抱くことなどできるわけがなかった。

 

(ま、まさかぁ……あたしがレッスン受けずに真っ直ぐ帰ってくるか、バイトのために外出しないか、あんなあからさまに監視してるぅ!? 嘘でしょ、そこまでやるかフツー!?)

 

 そもそもプロデューサー科の学生が、アイドル科の生徒たちのために用意された女子寮に無断で立ち入れるわけがない。間違いなく、学園側か寮長の麻央から許可を取っているはずだ。

 

 間違いない。これは監視であると同時に、卯月からことねに向けてのメッセージだ。

 

(ちゃんと見てるぞ〜、ってことかぁ……)

 

 やっぱナチュラルにやべーわこの人。そう思いつつ、ことねが呆れ混じりの視線を卯月に向けたそのとき。それまでずっと向き合っていたノートパソコンの液晶から、卯月が顔を上げる。

 

 そして、自らを遠巻きに見つめる人だかりの方に──すなわち、ことねとリーリヤのいる方向でもあるが──身体を向けて、微笑みながら手を振った。

 

「ねぇ、今の見た!?」

「完璧なスマイル……破壊力……」

「こら、あんまり騒がないの! 島村さんも困っちゃうでしょ!」

 

 若干遅れ、卯月に認識されたという事実に沸くギャラリー。隣に立つリーリヤも声にこそ出さないが、尊敬するアイドルの笑顔を直接見れて、どこか感動すらしているようだった。一方のことねは、うんざりの感情を通り越して、いっそ全てが怖くなってきていた。

 

(あの距離であたしの声に気付けるわけが……背中にも目ぇ付いてんじゃないの!? それとも最初から気付いてて、あたしを牽制するためだけにこっち見てなかったってこと!?)

 

 結局、ことねはリーリヤに軽く別れの挨拶をしてから足早にその場を離れ、素直に自室で休養に徹することにした。彼女の外出意欲を根本から断ち切るには充分すぎる出来事であったし、それから一週間のあいだ、ことねが通学とスーパーへの買い出し以外で外出らしい外出をすることは結局なかった。

 

(で、今になってよーやくプロデューサーから呼び出しが来たわけだけど……)

 

 待ち合わせ場所として卯月が指定したのは学園からそう遠くもない商店街で、徒歩でも通えるようなスポットだった。なんなら、ことねもたまに安売りの情報を耳にして、ここに並ぶ店まで足を運ぶことがある程度には近所だ。

 

「スペシャルレッスンの場所がここって言われても、こんなところに何かあったっけ……?」

「はい、あります」

「うひゃぁっ!?」

 

 背後からの声に思わず飛び上がることね。振り返ってみれば、そこには卯月が立っていた。

 

「お疲れ様です、藤田さん。顔色がかなり良くなりましたね」

「あ、そうです? プロデューサーの言いつけをしっかり守って、ちゃんと休んだ甲斐が……じゃなくってぇ! 背中からいきなり話しかけないでくださいよぉ!」

「元気なようでなによりです。では、私についてきてください」

 

 そう言い出すなり歩き始めた卯月の後ろを、ことねも慌てて追いかける。

 

「藤田さん。事前に連絡したように、今日はボーカルレッスンを行う予定です。一応、レッスンウェアの準備もお願いしてきましたが……持ってきていますか?」

「はい、ばっちり持ってきましたケド……そっちはともかく、なんでレッスンなのに印鑑をまた持ってこなきゃダメなんです?」

 

 実は卯月から事前に送られてきた持ち物リストの中には、何故か印鑑が入っていた。その指示には素直に従って印鑑を持ってきたことねであったが、その使い道には全く思い当たるものがない。

 

「そもそも印鑑なんて、契約とか手続きのとき以外で使いませんしぃ……」

 

 ということは、卯月は何かしら印鑑が必要になる手続きをことねにさせようとしているはずだ。

 

「もしかして、学園外のトレーナーさんと専属契約……とか、やっちゃうつもりですかぁ?」

「惜しいですね。学園との契約を結んでいないトレーナーの方を招くというのは正解ですが、藤田さんの印鑑はそのために使うものではありません」

「えっ、ホントに外からトレーナーさん呼んでくるんですか!?」

 

 驚くことねに、すかさず卯月が補足を入れる。

 

「藤田さんに勘違いしていただきたくないのは、初星学園のレッスン環境は大変素晴らしいものであるということです。プロの環境にも決して引けを取りませんし、学園に常駐されているトレーナーの皆さんは全員ハイレベルなスキルを持っています」

「じゃあ、どーしてわざわざ他の人に?」

 

 ことねが抱いた当然の疑問に対して、卯月は裏路地に足を一歩踏み出しながら、言葉を返した。

 

「初星学園で得られる最高の環境とは、つまり初星学園の創立者一族……十王家の環境を意味します。そこだけでレッスンを受けていては、十王家の最高傑作(マスターピース)はそう簡単に超えられませんから」

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