召喚されると、そこはどことなく見慣れた場所だった。荘厳な雰囲気に包まれ、何本もの巨大な大理石の柱に支えられた巨大なドーム状の大聖堂の元に光輝達は召喚されていた。
目の前には神々しい後光を背負った中性的な男性が両手を広げている壁画があり、光輝は目を引き攣らせた。前世の仕事で出会った高位の魔族並みのキラキラした雰囲気に気持ち悪さを感じたからだ。
「(魔族撲滅を目指してた結社みたいな雰囲気だな。まぁあの宗主サマみたいな化け物はいないけど……)」
レインが守る王女を殺そうとしていた謎の結社を思い出し、懐かしくなる光輝。馬鹿なことしてんなぁと思いつつも、あの目論見は成功したのだろうかと思ってしまう。
その結社のボスっぽい聖女は頭のおかしい強さだったが、どうも庇護欲をそそる雰囲気ではあったのだ。レインを敵に回す時点で王女殺しは失敗しそうな感じはしていたが。
そんなことにふけっていると、光輝達の足元で跪いていた老人達が一斉に立ち上がり、そして1人の老人が前に進み出て再び跪いた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
「(……これは一筋縄では行かなそうだな)」
「ささ、皆様こちらへどうぞ」
イシュタルは立ち上がり、光輝達を手招きすると大広間へと連れて行った。
★★★★★★★
光輝達は大広間に通され、紅茶を渡されるとこの世界に光輝達が呼ばれた理由について説明された。光輝は肘をついて目を瞑りながらその話を静かに聞いていた。
ほかのクラスメイトはいちいち反応していたものの、光輝からすればここからどうするのか策を練るために情報は必要、静かに聞く以外に選択肢は無い。
「(ミュールゲニアとはだいぶ違う世界観だな。人間族と魔人族、そして獣人族の三竦みがこの世界を構成してて、獣人族は搾取の対象、人間族と魔人族は対立している……ここは同じなのか。で、なんかの境に魔人族がパワーアップして人間族がピンチになったから俺達が召喚されたのか……レイグルが現れてから強くなって攻め始めたザーマインみたいな感じだ)」
光輝達に説明を終えたイシュタルは恍惚とした顔をしていた。光輝達が召喚された際に与えられた神託でも思い出して気持ち悪い顔を晒しているのだろう。ジジイの恍惚とした表情ほど気持ち悪いものは無い。
光輝がある程度の策を考え終え、イシュタルと交渉しようとすると、その前に猛然と抗議しようと立ち上がった者がいた。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
畑山愛子だ。今年で25になる新米教師だ。愛嬌があり、生徒のためにあくせく働いている様子が可愛らしく色んな生徒に可愛がられている高校教師だ。ちなみに合法ロリ。
ぷりぷりと怒りながら抗議する様子に生徒達は安堵するも、光輝は少しイラッとした。ここでマイナスな態度を見せると交渉が上手くいかない可能性がある。
ウガーッと立ち上がって食ってかかる愛子にほんわかとした気持ちで眺めていた光輝以外の生徒は次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見る。光輝は目を覆いながらため息をつく。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子はゆっくりと崩れ落ちた。周りの生徒も口々に不平不満を言ってしまう。そんな生徒達を見て周りにいた聖職者達が蔑みの目で生徒達を見てくる。価値観の違いというやつだ。負のスパイラルが始まりそうになっている。
「イシュタル・ランゴバルドさん」
「……なんでしょうか」
空気の悪い中、話しかける光輝に顔をほころばせながら返事をするイシュタル。この空気を何とかしないと話にならないと考えたのだろう。かなり笑顔だ。
「戦争に参加する、今の私達にはそれしかないでしょう」
「そうですな」
光輝のその言葉に愛子が非難めいた視線を送る。何言ってんだお前と言いたげなその視線を無視して、光輝は言葉を続ける。
「ただ、こちらの人間は全員戦争未経験。武器なんて持ったことも無く、戦う覚悟もありません。もちろん人を殺す覚悟も」
「……つまり何が言いたいのですかな」
「戦うのは戦うと決めた者だけにして頂きたいのです」
「……」
「そして戦えなくなった者、戦いたくなくなった者、戦わない者もきっちり世話していただきます」
「…………ッ」
ギリギリと歯を食いしばるイシュタル。ここで怒鳴ってしまえば今までの短い期間で積み上げてきた温和なおじいちゃんイメージが崩れ、使徒達との連携が取れなくなる。しかしここで光輝の要求を飲めば自分達が割を食う羽目になるのだ。どうすればいいのか、イシュタルは頭をフル回転させていた。
「これを採用していただくメリットですが、裏切りを防止できます」
「……は?」
予期せぬ言葉が出てイシュタルは困惑してしまう。エヒト様と呼ばれる神が呼び出した使徒がまさか自分達を裏切るわけが無いと思っていたのだろう。このことはイシュタルにとって寝耳に水だった。
「このままなぁなぁで戦争に無理やり全員参加するとすれば近い将来必ず不平不満が貯まります。さらに言えば、私たちはかなりの力を持たされたらしいですね。成長した後に魔人族と結託された場合がいちばん困るのでは?」
「それは……」
光輝は全員の戦争参加は現実的でないと考えていた。たとえ今カッコつけて参加すると言っても、絶対に近い将来パンクしてしまう人がいる。
だがこの国は色んな手段を講じて戦争参加を続けさせるに違いない。こんな外部の世界の人間を戦力として頼るぐらいだ。これは間違いないだろう。
「貴様、さっきから黙って聞いていれば「抑えなさい!」……しかし!」
ここまで文句をつけていれば反発してくる者もいると考えていたが、まさかこんな早く出てくるとは思わず光輝はほくそ笑む。
イシュタルは早くこの話を締めようと動いてきた。
「貴方の言いたいことは理解しました。しかしその要求では貴方達全員が戦力にならない可能性がある。それだけは回避したいのです」
「もちろん、その懸念に対する考えはあります。少なくとも私は戦争に参加します。それに私たちの世界では魔法を使うというのが憧れでもあるので参加したいと思う者もいるでしょうね。それから戦わなくなった者はその後自力で生活してもらうので貴方々に負担させることは少ないかと」
「……この辺が今は落とし頃でしょうな。分かりました。とりあえず今回はそのようにさせていただきましょう」
イシュタルは仕方なさげに光輝の要求を承諾した。周りの生徒は戦争参加したくない気持ちもあった為に、光輝のお陰で戦争参加の選択肢を個々に与えられたことをとても喜んでいた。
愛子は自分がほとんど役に立たなかったことに「教師って……」と落ち込んでしまっていたが。