こんな小説を読みにくるなんて、貴方も酔狂な人ですね
転生した。
そう理解したのは目覚めて数分後、奇妙な猛獣と遭遇したことがキッカケだった。
それは全身が薄紅色の毛で覆われていた。形容し難いヒゲのようなものを蓄え、大きなアホ毛をツノのように伸ばし、誇らしげに二足で歩くケモノ。
四文字の略語が脳裏をよぎった。
ポケットサイズの紅白ボールでモンスターを捕まえる例のアレだ。
子どもの頃からアニメ、ゲーム、マンガと長年付き合ってきた俺は天にも昇る心地だった。
やった!
遂に夢にまでみたあの世界を旅することができる!
前世でやり残してきた事はある。
思い出すだけで身震いするような死の間際の記憶もある。
ただ、それ以上に沸き立つ感情が、震える身体の意味を変える。
ドキドキはすぐにウズウズに。
いてもたってもいられないぜ!!
俺は早速とばかりに、焚き火の前で座り込む青年に話しかけた。
「ポ○モン? なにを言ってるのかわからないが、あれはツッパニャンというパルさ」
「ここ? ここはパルパゴス島。多種多様なパルが住む、まさしくパルの楽園さ」
ここパルワールドの世界じゃねぇか!
* * *
パルワールドと呼ばれるゲームがある。
二〇二四年初頭、日本の株式会社ポケットペアが満を持して世に送り出したゲームソフトで、わずか二週間で販売本数一九○○万越えを達成した怪作。
パルと呼ばれるモンスターを集めて拠点や道具を製作し、広大なマップを冒険するオープンワールド型のサバイバルアクションゲームだ。
得てしてゲーマーというのは、そのゲームシステムを説明する際に他の作品に喩える癖がある。
それを踏まえて内容を分かりやすく一言で表すとするならば、ポ○モン版A○kといえば伝わりやすいのではなかろうか。
ポ○モンのようなキャラクターデザイン。
捕獲したパルを活用してマップ探索へと繰り出すA○kのようなゲームシステム。
多くのゲームの長所たる部分を抽出しうまく組み合わせ、その中に捕まえたパルに拠点や道具を作らせる等の独創的なアイデアを埋め込んだ作品だ。
……初期の頃は不具合やバグは多かったが。
それもまた早期アクセスのインディーズゲームならではだろう。
ともかく俺はそんなパルワールドを発売日からやり込み、楽しんできた人間だ。
予備知識はあるし、マップのあるところで拾える『手記』とやらのお陰で、漠然としているが確かに存在するパルワールドの世界観を知っている。
転生してからの生活は順調に進んでいった。
野ざらしのような場所で眠ることに抵抗はあったし、低湿なベッドの硬さに何度も身体を痛めたが、拠点が大きくなる頃にはぐっすりと眠れるようになった。
獰猛なパルの群れが拠点に襲撃してきた時は終わったかと思ったが、それでもなんとか撃退することができた。
ゲームシステムの一部が、この現実となった世界でも通用するおかげだ。
数値は見れないがレベルの概念は確かに存在するし、ゲームで作れた物は素材を集めてトンカチのようなものを叩くだけで創り出せる。
体積を無視した収納もできるうえ、一定量に至るまではまるで重さを感じない。
ゲームをプレイした頃のようなおかしな挙動がこの世界で起きたことはないし、地面を掘ることもできる。一度に複数のパルを召喚することだって容易だ。
まるで不出来な現実や都合の悪いゲームシステムを取り除いたかのように、この世界は回っていた。
痛々しい妄想のソレだ。
だが現実だった。
だから俺はパルスフィアを量産し、多くのパルを捕らえた。そうすればレベルが上がり、より強力なアイテムが製作できたからだ。
俺はこのパルワールドのシステムについて多く知っていて、そして知っていることは何でもできた。
そのときにはもう、全能感が身体を支配していたように思える。
パルの捕獲を繰り返し、島中のダンジョンを制覇し、伝説と呼ばれる四体のパルを手に入れて、最後には圧倒的な力を以って五つの塔を蹂躙した。
それで、それで……。
飽きたのだ。
できないことはない。大した障がいもない。
ゲームのプレイを再現するように、トロフィーを消化するように進めて。
それが終わったとき、到来したのは虚無感と、そして深い郷愁だった。
パルパゴス島を探索し尽くして、再び始まりの台地へ戻ったときに、俺は島の外へ出ることを決心した。
パルパゴス島は複数の島が寄り集まった諸島だが、外界からは切り離されている。島から見えるのは天まで届くほど育った大きな世界樹のみ。
これはゲーム内の『漂流者の手記』で確認できることだが、外部からの通信は届かないし、島の存在すら世界から隠蔽されているらしい。
同様に、内部から船の一つも出ていないようだった。
ともかく外部に頼れる手段はない。
だから飛行できるパルに跨って海を渡ろうとした。
明確な指針もなく大量の食糧を持って飛び出したが、そのときの俺は何でも思い通りにいくと思っていた。
数ヶ月か、半年か。そのくらいの時間を海の上で漂流することになったとしても、何とか陸地を見つけられるだろうと。
甘かった。
結論をいえば、わずか数時間で陸地にたどり着いた。
霧が濃くなって、気が付けばパルパゴス島の近海へ戻っていたのだ。
はじめは濃い霧のせいで方向を間違ったのだと考えた。
だから手元の古代端末から目を離さず、ただ北へと向かった。霧を抜けると目の前にはパルパゴス島が聳えていた。
日を改め快晴のときに飛び立った。霧は出現して、俺は島へ戻された。
出られない。
俺は世界樹を睨んだ。
雲を突き抜けるほど大きな世界樹は、島の外界で唯一存在を確認できるものだった。
アレだ。アレの仕業に違いない。
パルワールドでは多くの謎が存在する。
それらは主に『漂流者の手記』に記されているが、パルの不思議な力に関する考察のひとつに、世界樹が登場している。
ガラパゴス化、という単語が脳裏をよぎった。
それが高度な技術を持っていた古代文明を指しているのか、それとも独自の進化を経たパルという生命体を指しているのかは分からない。
だが手記の人物が命名したパルパゴス島。そのモチーフが、単語の由来となるガラパゴス島であることは察せた。
世界樹に住む何者かが。あるいは樹そのものが意思を持って外界と島を遮断しているのだろうか。
いや、もしかしたら……。
俺はそこで始めて恐怖を覚えた。
ここがゲームシステムの組み込まれた歪な世界であることを知っている。
それらは俺にとって都合の良いものばかりで、疑問を感じても追求することはなかった。
思う。
俺は一生をこの島に閉じ込められたままなのだろうか。
五つの塔を制したものの、相変わらずこの島の勢力は争ってばかりで進展がない。
秩序だった場所には寂れた農村や集落が存在するだけで、そこも自警団の支配下にある。あとは各勢力の拠点くらいだろう。
パルに頼りきった島の人間たちが、パルの進化なしに高度な文明を築けるとは思えない。先進的な技術が在るのに、普及したものといえば銃と火薬だ。
広大だと思っていたパルパゴス島が、そのときから狭く窮屈に思えた。
俺は焦りを抑えられないまま世界樹の方へ向かった。たどり着けるとは思えない。それでも行くしかなかった。
そして気づけばパルパゴス島に立っていた。
それからは思い付く限りの方法を試した。
プレイヤーの初期スポーン地点を巡った。
ただひたすらに上へと昇った。
地面を掘って掘り進めた。
再び塔を制覇し、その秘密を暴こうとした。
けれど、何も見つからなかった。
一年、また一年と月日を重ね、焦燥は次第に諦念へと変わっていく。
そうして気づけば、五年が過ぎていた。
* * *
ある日から変な女が付き纏うようになった。
黒髪を伸ばした図体のデカい女だ。
目覚めると『始まりの台地』と呼ばれる場所に居たといい、どうやら記憶喪失なのだという。
珍しいが、全くない話でもない。
俺が知ってる範囲でも、一年に一人二人は同じような来歴不明の人間がこの島へ訪れる。
つまりゲームの初期スポーン地点のどれかで目覚めた人間だ。
いわゆる『プレイヤー』というやつだろう。
俺も『始まりの台地』で目覚めたが、一つ違うところがある。
それは前世の記憶の有無だ。
恐らく消えるのは今世の記憶なのだろう。
俺に幼少期の記憶がないのは、この世界の人間に憑依したからではなく、この島へ『プレイヤー』として訪れた代償というわけだ。
そう考えると、『プレイヤー』でもなく端末を手にした『漂流者の手記』の人物は、運が良かったのだろう。
ともかく、彼らプレイヤーはそれなりに存在する。目覚めたときから古代の端末を持っているから、記憶喪失を加味しても少しはこの島で生き残りやすいようにも思う。
けれど彼らの行く末は、他の外部からやってきた人間とそう変わらない。
このパルパゴス島に住むパルには積極的に人間を攻撃するものも多い。加えて島を分割支配する勢力のいずれかが襲ってくるのだ。
一番マシなのは自警団の保護下に入ることだが、あそこも何かときな臭い。
総じて、その多くがそれなりに不幸な末路を辿ることになるのだが、俺にはそれをどうこうしようという気概もなかった。
元来の性格もあるのだろう。逃避のような放浪生活は見知らぬ他人に対して冷淡であることを慣れさせた。
だから単なる気まぐれなのだ。
偶然横を通り過ぎたそいつが縋り付いてきたから、先立つものをほんの少し教えてやっただけだ。そんな経験も一度や二度じゃない。
だというのに、この女はまるで自分が庇護下にでも入ったつもりで付いて来やがる。
昔にせっせと拡大させた拠点は捨てたから、今の俺は本当にただ島を放浪しているだけだ。
服なんぞいくらでも替えはあるし、適当なパルを狩って食べれば飢えることもない。だが長年続けた気ままな一人の生活に、他人が介入することは想像以上に大変なことだった。
俺は女に自分の拠点を作れと何度も諭したが、奴は聞く耳を持たなかった。
いい加減鬱陶しくなって、夜に飛行パルに乗って飛び去ろうともしたが、結局は女を襲おうとした追い剥ぎを蹴散らして機会を逸した。
図体もデカけりゃ態度もデカいくせに、自分の身一つ守れやしない。
せめて女が力を付けるまで側にいることを許したが、そのスピードは遅々としたものだった。
一度、手持ちの構成に口を出したことがあった。
「いい加減、タマコッコを手持ちから外せ」
「絶ッ対嫌だ。コッコちゃんは相棒だって言ってるじゃん」
「ならせめて、このワザの実を食わせろ」
「そんな得体の知れない実をコッコちゃんに食べさせるわけないから」
この有様だ。
渡そうとしたワザの実で覚えるフレイムアローは威力こそ高くないが、CTが短い上に、炎やられの状態異常を付与できるワザだ。継続的なダメージでいえば他の大技を凌駕することもある。
有用なワザなのだが、どうにも唐辛子みたいな見た目が辛そうで気に入らないらしい。意味が分からなかった。
「これはお前のために言ってるんだ。ここは弱肉強食だ。自衛できなければ死ぬんだぞ?」
「別に、あんたがいるから良いじゃん」
この調子だ。
距離感を間違っていたわけではないが、少し甘やかしていた自覚もある。
「俺はおもりの仕事を受けてるわけじゃない」
「じゃあ今受けて」
「……はあ。いい加減、期限を決めるか」
「期限?」
首を傾げる女に、俺は告げる。
「ひと月だ。ひと月以内に独り立ちする準備を整えろ。そしたら俺についてくるな」
「嫌だし」
「俺が去る。言っとくが俺は本気で逃げるぞ」
「……ひと月じゃムリ。絶対に野垂れ死ぬから」
「じゃあ死ね」
俺は目を合わせて、そう言った。
女は背を向けて何かを押し殺すようにしばらく俯いた。
数秒、数十秒、そうして顔を上げる。
「……わかった」
目尻には微かに涙が浮かんでいたが、それを流すことはなく。
俺の目を見据えて、そう言った。
それから数日は少しだけ快適な日々だった。
会話はすべて必要最低限のものに留まり、女は素直に教えを受けるようになった(タマコッコは健在だが)。
女の暗い表情を見ると、ほんの少しだけ罪悪感のようなものが湧いたが、そういうときは決まって心を固く閉ざすようにした。
まあ、三日も経たないうちにもとの調子に戻ったのだが。
ともかく、それから女はメキメキと実力を伸ばした。やはり危機感こそ人を成長させるらしい。
そこらのチンピラを造作もなく蹴散らす姿は、俺の認識を変えさせるには十分だった(タマコッコを未だに愛用しているのはいただけないが!)。
マップ東南側。近くに巨大な海洋生物の骨が浮かぶ浜辺のダンジョン、『丘陵の洞窟』の最奥に待ち受ける巨大な怪物。蒼き巨鳥。
ボス個体——アルファパルと呼ばれるその威容は、目にする人間を圧倒する。
「何あれ……で、でかい……」
女が呆然とした様子で呟いた。
だが俺は知ってる。
アイツらはただHPが高いだけなのだと。
図体がデカくて見栄えはいいが、狭い場所、特にダンジョン内ではひどく使いづらいことを……。
「あれが、このダンジョンのボス……」
「そう、あれは『食べ過ぎた』ペンタマだ」
「食べ過ぎた……? え、食べ過ぎるとあんなに大きくなるの!?」
「成長期なんだろ」
そんなわけがない。だが原理なんて知らないし、ゲームの二つ名前がそうだったから、なんて説明できるわけでもない。
「成長期の ペンタマって すげー!」と慄く女の背中を押して促す。
自信を付けさせる。
ひとり立ちの準備の一環だ。
巨大ペンタマに対峙するのは、某カラアゲのパッケージに出てきそうな鶏。
「タマコッコ、破壊光線!」
まあ、もうひとり立ちしても問題なさそうではあるが……。
極太のレーザービームがアホ鳥を丸焼きにする光景を見ながら、俺は暢気に考えていた。
実力は十分。
パルに指示して建築することもできるようになったし、古代端末の操作も小慣れてきた。
あいも変わらず喧しいが、俺が手間に感じるような出来事は日に日に減っていた。
あるいは俺が他人のいる生活に慣れてきたのかもしれない。
俺が居なくとも、簡単には死なないだろう。
だから呆れてしまった。いや、落胆したのだろうか。
「……」
期日の前夜。
焚き火に照らされ、陶器のような白い肌が視界いっぱいに広がる。
「やめろ」
突き飛ばした。
相手の容貌が醜いわけではないし、恵体は肉感的で好みから外れていない。
前世の妻に操を立ててるわけじゃない。
今世の身体は何故か性欲が薄いというのがあるが何より、あまりに明け透けに過ぎたそれに怒りを感じたのだ。
「なめてるのか?」
宵闇に裸体を晒した女は、キュッと唇を引き絞ると首を振った。
「なら、なぜお前は今そうしてるんだ」
答えない。
だが俺は問いながら、すぐにこれが意味のない質問であることに気づいた。
俺がこの世界に来て初期の頃、うまくいかないことなんてのが無かったから、あまりにも当たり前のそれを見過ごしていたのだろう。
少しの自信があれば、あとは誰にでも簡単にできると考えていた。
不安を感じるべき頃には既に、俺は自らが神にでもなったかように錯覚していたのだから。
「……まあいい。とりあえず服を着ろ」
動かない。
その様子を見て俺がため息を吐くと、女は殊更に硬直する。
「お前にこれをやる」
俺は女に一つのパルスフィアを持たせた。
「これで大抵の奴を殺せる」
「……」
「だが、過ぎた力はお前を滅ぼす。パルは本質的に凶暴だ。本当にどうしようもない時に使えッ——」
「ふざけないで」
殴られた。
先ほどまでの沈鬱さは影もなく。
女を見ると、今までに見たことのないような表情で俺を睨んでいた。
——いや、前世に一度だけ見た記憶がある。
妻が、そんな表情をしていた。
「抱きたくないならそれでいい」
「でも、」女は続ける。
「自分の命欲しさに迫ったわけじゃない。あんたに貰った力はもうあるの。十分に感謝してる。だから、そんな酷い誤解をされるのは許せない。ねぇ、わからない?」
そこまで言われて、俺はとんでもない思い違いをしていることに気づいた。
「……すまん」
もっと単純なことだった。
素直に謝ると、女の怒気は薄れていき、そして今度はもじもじと身体を揺らし始めた。
「別に、解ってくれたならいい。そ、それでヤるの?ヤらないの?」
「え?」
「ヤるのか!ヤらないのか!」
強い語調の割りに、ダークブラウンの瞳は少しだけ不安げに揺れていた。
それでも俺が気圧されるには十分だった。
「や」
「や?」
「やらない……」
「テメー!今のはやる流れだろーが!据え膳喰わぬは男の恥だぞ」
「ええい!知らん、寝る!」
「ちょっと待てこら、嘘でしょ……まじかコイツ……」
茫然とする女の声に背を向けて、俺は自らの意識を落とした。