島の南西に位置する活性火山。繰り返す噴火により散布されたマグマが覆い冷え固まることで、衣装を纏ったかのように一帯を黒く染め上げる。
故に冠する名は黒き
——黒曜火山
山頂の噴火口より外海側には多くの爆裂火口が顔を覗かせ、溶岩流が溢れ出る。
その近く。滾る熱風に晒されながら、かつてパルパゴス島の破壊神が住んでいた場所に俺は立っていた。
傍らには巨大な竜が控えている。
全長十メートルを超える全身。ヒレのついた尾を揺らし、背中から伸びる二対の羽根が淡紅色の粒子を撒き散らしながら、海を泳ぐように空を飛ぶ。
航空機の羽根を彷彿とさせる耳。
ジェットエンジンのような形状の足の付け根。
その姿は、パルという生命体が如何に生物というカテゴリーから逸脱しているかを改めて認識させる。
ジェットラン。破壊の力を持つ守護神。
古代より人々に崇拝され、かつて災厄よりパルパゴス島を守り抜いたとされる伝説のパルが、のんびりと空を旋回していた。
コイツを捕獲したときは火山地帯に居た。
どこかの場所に留まることはなく常に遥か上空を飛んでいたが、夕方の時間帯だけゲームと同じ場所に現れる。
万事が上手くいき、調子に乗っていた時期だった。
油断していたわけではない。
ただ、後にも先にも命の危機を感じたのはこの戦いだけだ。
驚嘆すべきはその素早さだろう。縦横無尽に駆け回るジェットランに攻撃を当てることは難しく、向こうの攻撃ばかりが当たる。地形を利用して避けることもあったが、殆どはグレイシャルが盾になってくれたこどで致命傷になることはなかった。
ゲームとは異なり、複数のパルを使役して戦った。
手持ちだけではない。近くに拠点を置き、扱いきれないほど多くのパルを戦わせた。
結果は辛勝。多くのパルが瀕死に陥り、捕まえることができたのはほとんど奇跡だった。
コイツのプライドが高くなけりゃ、逃げられて終わりだっただろう。
あるいは負けていたら、俺は死んでいたに違いない。
ジェットランが紫焔の粒子を放ち、光の尾を引きながら縦横無尽に空を駆る。
トルネードで上昇し、遥か上空で高速のトルクロール、そして最後はムーンサルトで降下。俺の教えたアクロスタントを繰り広げながら、のびのびと飛ぶ姿は微笑ましい。
住みやすい環境なのだろう。たまにこの地へ訪れては、こうして息抜きをさせている。
戦闘の強さだけでなく、移動速度も屈指のパルだ。何かと移動するときは乗りまわしているので、日頃から感謝している。
十分楽しんだのか寄ってきたジェットランの頭を撫でてやると、普段より少し高めの、嬉しそうな鳴き声が響く。
黒髪の女——リンと旅していた数ヶ月はレベルの高い火山エリアに訪れることもなかったので、ジェッドランには少しだけ窮屈な思いをさせてしまった。
今日は御褒美だ。
リンといえば、期日の朝には既に居なくなっていた。別れの挨拶くらいはと思っていたのだが、一晩経って顔を合わせるのが恥ずかしくなったのだろう。
置き手紙には紙面一杯の罵倒と、一行の感謝が綴られていた。
面倒に感じることも多かったが、今となればそう悪くない日々だったと思える。
……多少は美化されているかもしれないが。
と、らしくもなく浸っていると、気分をぶち壊すような男の声が聞こえた。
「やっと見つけたぜ、オレのライバル」
火山地帯に来るのは久しぶりだったから、すっかり忘れていた。
振り向くと予想通り、そこには頭から一本の角を生やした男が狂気染みた笑みを浮かべている。
ニット帽にピアス、イナヅマが象られた金ネックレスを引っ提げたラッパー然とした格好の男。
あるいはヘソだしタンクトップを着こなすファンション猛者。
アクセル・トラバーズ。
パルパゴス島を支配する五大勢力の一つ、炎を信仰するカルト教団——『永炎の同志』のトップ。
『塔』を守護する最強の一角にして、イカれた戦闘狂。
「ハッとさせるぜリベンジバトル」
アクセルはパルスフィアから相棒のボルゼクスを繰り出した。
「頼む」俺はそう言ってジェットランを最後にひと撫でする。
四翼が輝き、紫焔の粒子が舞った。
「ノッてるねぇ」
ノッてるわけがない。
これもまた昔のことで、この男とは俺が島の『塔』を巡って荒らしていた頃に会ったのが最初だ。当時の俺は伝説のパルを全て手に入れて、数値は確認できないがレベルも頭打ちになっていたと思う。
蹂躙劇だった。悪者を気取りたいわけではないが、人によってはトラウマになってもおかしくはないぐらいの惨劇だ。というか実際に居た。人を見下すのが大好きな成金野郎が、俺に会うと今にも殺されるといった反応をするので、少し面白かったのを覚えている。
ともかく、落ち込むくらいはするだろうと思っていた。なにせ組織のトップで、本来は負けられない立場だ。
だがアクセルは違った。
コイツはぼろぼろになりながら喜色満面の笑みを浮かべ、俺に再戦を申し込んできたのだ。
血塗れになりながら嬉しそうな顔をする男の姿を思い出すと、今でも背中がぞわりとするほど怖気立つ。
それからというもの、見つかるたびにバトルを強いられるようになった。
正直鬱陶しいが、逃げるわけにもいかない。
一度だけジェットランに乗って試してみたが、その時はどこまでも追いかけてきた。
後ろから狂った笑みを浮かべ、ライバードに乗ったバトルジャンキーが迫ってくる恐怖は、今でも思い出せる。
神速ジェットランだぞ?なんで追いつけるんだよ。
「おまえのそのツノをへし折ってやれば、少しは落ち着くか?」
「ツノじゃねーよ、髪!髪型!」
「ツノ、ガミ?」
「鹿じゃねー!」
ツノガミ亜種は地団太を踏んだ。
俺は気づく。
ツノガミ亜種だとヤマガミになっちゃうなぁ。
「準備はいいか? 飛ばすぜフルスロットル!」
「るせータコ。韻も踏めないぐらいボコボコにしてやるよ」
「タコでもねーって!」
雷帝と流星の激突が始まった。
* * *
パルワールドというゲームにおける『塔』とは、各エリアのラストボスとも呼べる役割を持つ。マップに点在する封域ボスやフィールドボスより遥かに強く、最大レベルの伝説パルや厳選個体で蹂躙するような場合でなければ、高難度のコンテンツと言っていいだろう。
パルパゴス島には五つの塔があり、五つの勢力がそれぞれを守護する。
風立ちの丘を睥睨する『レイン密猟団』の塔。
新緑の渓流の奥、凍てつき山に建てられた『パル愛護団体』の塔。
渇きの砂丘に潜む『自警団』の塔。
白銀の霊峰の山頂、最も高い場所に聳える『遺伝子研究部隊』の塔。
そして、黒曜火山に位置する『永炎の同志』の塔。
立地の酷いものが多いが、ゲームと現実の入り混じった世界でこの場所は一線を画す。なにせ活火山の噴火口の横にあるのだ。噴火が起きれば、まず間違いなく被害を受けるだろう。正気じゃない。
そりゃあ塔の中に居れば古代文明のテクノロジーでどうにかなるのかも知れないが、普通に活火山で過ごしているのは間違ってるだろ。
そんな正気じゃない場所で、炎を信奉する正気じゃない奴らのトップを務める正気じゃない奴。
それがアクセル・トラバーズだった。
「ま、こんなもんだろ」
数十分後。倒れ伏すアクセルとボルゼクスから少し離れて、グレイシャルをブラッシングしてやる。
え、ジェットラン?
タイプ相性って大事だよね。
塔ボスのパルは体力が異常に多いから、手早く済ませるために仕方なかったのだ。ジェットランは即座に引っ込めてしまったので、今頃スフィアの中で不満に思ってることだろう。
後で機嫌を取ってやらなければ。
「アクセル様!」
戦闘音を聞き付けて集まった『永炎の同志』が、戦闘狂を介抱する。
いくつもの瞳が俺を睨めつけるが、手を出そうとする馬鹿はいない。火炎放射器でヒャッハーするような世紀末人間どもだが、実力差くらいは分かっているようだった。
「心配しなくても殺しはしねーよ」
殺して、"何か"が進行不可能になるわけにはいかない。
俺が転生する直前はまだ発売して間もなくだった。ゲームがアップデートされていれば、俺の知らない物語の続きがあるかもしれない。
そこには世界樹が含まれている可能性がある。重要な手掛かりの一つだ。
火山地帯に来るたびに襲われるのは迷惑極まりないが。
「……寛大な処置に感謝を」
剣呑な目つきのまま揃って頭を下げる連中を見て、俺は留飲を下げた。
ゲームではアクセルの日記は一つだけで、他の塔ボス連中に比べて情報が少ない。肝心の内容も、要約すると「おれ強すぎてこの世界がつまらないぜー!」とかいうクソ痛リリックで、アクセルと『永炎の同志』の関係性は謎だった。
それは今も謎のままだが、少なくとも部下と上司のような関係ではなく、一昔前の暴走族とそのリーダーという印象だ。
『永炎の同志』なんて大層な名前で炎を信泰しているみたいだが、全員火炎放射器持って「汚物は消毒だー!」してるだけだしな。
「ひとつ、聞いても良いですか?」
「あ?……お前か。答えるかは知らないぞ」
「それでも結構です」
『永炎の同志』が撤収作業に勤しんでるなか尋ねてきたのは、アクセルを介抱した傍付きの青年だ。
負けたアクセルを毎回こいつが運んでいくので、いつの間にか顔見知りになっていた。ヒャッハーらしくない丁寧な言葉遣いが珍しくて、覚えやすかったという理由もある。
「貴方は何故、それほどまでの力を有していながら島の支配者にならないのですか?」
「何かと思えば……」
それは以前、他の人間から幾度となく投げ掛けられた質問だ。
特に精霊王狂いの女には、しつこく聞かれた。
「逆に聞くが、その状況になったときお前は俺に従うのか?」
「……従いませんね。私はアクセル様の憧れましたので」
「そういうことだ」
「ですが、他の人はどうでしょうか。貴方の庇護下に入りたいと思う人間がいるかも知れません」
「お前がそうじゃないのに?」
「それは……」
青年は言い淀む。
困らせるためだけに言ったので当然だろう。
くだらない質問をした腹いせだ。
「面倒なんだ」
「め、めんどう?」
「そう、面倒。面倒くさいんだよ。それだけだ」
そう言うと青年は目を丸くし、そして笑う。
「……フフ。なんだか少し、アクセル様に似ていますね」
「貶してんの?」
「まさか」
それこそまさかだろ。
抗議して見せたが、青年は首を横に振る。
「アクセル様は自由なんです。奔放で、欲望に素直に生きている。無垢な子どものように爛漫で、でもそれを通すだけの実力がある」
青年は滔々と語った。
「この島では五つの勢力が日頃、縄張り争いを繰り広げています。我々『永炎の同志』もその一つで、五つの勢力がそれぞれ争い競い合うことで均衡を保っています」
「そりゃそうだが……」
「密猟団は子供すら酷使するクズどもで、愛護団体は腐敗しきった似非ヒッピーの集まり、自警団は貧困者を見下す拝金主義者の巣窟で、研究部隊に至ってはビクターの使い捨ての駒です」
辛辣だが、語る内容は俺の認識と相違ない。
ついでに言えば君達は頭のおかしい放火魔なんだが……。
口は噤んでおこう。
「そして私たちは頭のおかしい放火魔です」
「自分で言うのかよ」
「私たちには元々居場所がありませんでした。人に命令されることを嫌い、反抗することに意義を感じる。そんな私たちを拾ってくださったのがアクセル様です。彼は私たちに何かを強制することはなく、それどころか庇護さえして下さいました。我々は皆彼に恩義があるのです」
「ですが」青年は続ける。
「一部はそうではありませんでした」
「組織の中から裏切者が出ました」
内通者が居たのだという。
『レイン密猟団』の人間だった。
「『殺しましょう!殺しましょう!奴らを一匹残らず鏖殺しましょう!』私はアクセル様にそう言いました。ですが、アクセル様にはただ『面倒だ』と一蹴されてしまいました」
少し接すれば、そういうことに興味を持たない奴だと分かる。
生粋のバーサーカーだ。
「本質的に縛られることはない、自由の力。それが貴方にも宿っているように感じたのです」
「はぁ……」
結局よくわからなかったので、俺は生返事でそう返す。
そろそろ潮時だろう。グレイシャルの背に乗る。
「ああ、待ってください!最後に一言だけ」
振り向かずに促す。
「これからも、アクセル様をよろしくお願いします」
「……気が向いたらな」
そうしてその場を離れた。