Hello Pal-World!   作:河鹿馬

3 / 3
パルは美味しい

 タマコッコは弱い。

 それはもう、モコロンと並び二大最弱パルと呼ばれるくらいには弱い。

 

 例えるならDQのスライム、マ○オのクリボー、カ○ビィのワドルディ。あるいはパルデアにおけるウミトリオ。ワナイダー?あいつはアイドルだしまあ。

 いわゆるザコ敵であり、チュートリアルエネミーとして初心者に倒されるべき最弱のmob。

 斬られ、踏まれ、吸い込まれ。

 その命は花より儚く、ガラスより脆い。

 だがタマコッコには彼らと決定的に異なる点がある。デフォルメされていようとニワトリ。即ち、優秀な食材であるという点だ。

 

 現実のニワトリを指さして、「コイツら弱えー」と蔑む人間が果たして居るだろうか。否。彼らの産み落とした卵は白飯を黄金に変え、揚げた肉は圧倒的な美味を以て口の中を蹂躙するだろう。

 安価で多産、そして美味。

 誰もが優秀な家畜と評するに違いない。

 

 今日もまた、俺はタマコッコを食す。

 日本人のDNAに刻まれたソウルフード、TKG(たまごかけごはん)にも似た料理。人は卵だけでなく、家畜そのものを殺して食べた。

 骨から抽出した出汁に食塩と酒を少量加え、鶏肉と玉葱を煮込む。良い頃合になったら溶き卵を入れて、ふわふわになったら合図だ。もうひとつの鍋、炊きたての白飯に被せて良い香りの野草を添える。

 

 ——親子丼。

 大好物なのだが、リンと旅していた間は食べることにできなかった代物だ。アイツの異常なタマコッコ愛によって、タマコッコを使用した料理はTKG以外、悉く禁じられたのだ。

 昔は濃縮した五凸タマコッコを調理していたが、自ら拠点を捨てた身で贅沢は言えない。

 それに、この濃縮されておらずとも漂う芳醇な香りよ。文句など言えるわけがない。

 

 さあ、いざ実食!

 

「野蛮です。神聖なパルを食べるだなんて」

 

 ……。

 

「冒涜的で、卑しい」

 

 ……。

 

「おぞましい所業ですわ」

「……なんの用だよ。エバハート」

 

 恨み節のように淡々と毒を吐く女の声に、俺は観念して振り向いた。

 

 銀糸の髪。枝葉を模した冠。妖艶な瑠璃色の瞳。

 緑色を基調とした独特の衣装が女の撓(しな)やかな体を美しく引き立て、肩や腕、脚など体の至る所に施された金色の装飾は、高貴な身分であることを仄めかす。

 およそ妙齢の婦人には似合わない貫禄。何処ぞの新興宗教の巫女といった風貌の女が、眦を僅かに吊り上げてこちらを睨みつけていた。

 

 リリィ・エバハート。

 パル至上主義者にして、精霊王の狂信者。

『塔』を守護する者の一人である。

 後ろでは彼女の崇拝対象であるリリクインが、周囲のパルと遊んでいた。

 

「何度言っても伝わらないようですね」

「俺はおまえの部下じゃない。パルを食べるな、なんて指図を受ける覚えは無いね」

「誰も指図などしてません。ただ感想を述べただけです」

「じゃあ嫌がらせの類だな。みみっちいことしやがる」

「結構。それに私が伝わらない、と申したのは名前のことです」

「名前?」

「私のことは名前で呼びなさい、と再三申し付けたのをもう忘れたのですか?」

 

 声音に怒気を滲ませながら、呆れたような仕草で詰め寄る。表情の一切変わらないところが、また怖い。

 

「んなこと言ったって、おまえ最後に会ったの……おーけい、了解。承知したから睨まないでくれ。それでパル愛護団体の創始者様がこんな辺鄙な場所へ、どのような御用向きで?」

「名前」

「はぁ……。リリィ、これで満足かよ」

「様をつけなさいこのデコスケ野郎」

「注文の多いやつだな!?」

 

 こんなキャラだったか?

「冗談です」と真顔で宣う女——リリィからは、昔に会った時の無機質なイメージを微塵も感じせない。

 三年くらい前だったか。すべての『塔』を制覇した後、リリィに招かれて愛護団体の拠点で過ごしていた頃だ。

 確かあまりに勧誘がしつこかったせいで耐え切れず、少しの間だけ拠点に居座ることになったんだったか。

 そのときに簡単な頼まれごとを何度かこなしてやったのも覚えている。

 

 パル愛護団体はその名の通り、パルの保護を目的とした集団だ。

 規律である五ヶ条は創始者であるリリィの考えが反映されているせいで少々——いや大分過激であるもののが、一部を除けば倫理的でパルに寄り添ったものだと言える。リリィはパル愛護団体の創始者であるが、『塔』を守護する都合上、近くの拠点から遠く離れることが出来ず、また親しい者もそこに集まっていた。

 もともと加入が自由であることも踏まえて、規律に頓着しない人間も多かったのだろう。腐敗は加速度的に進んでいった。

 

 だが、おかしいことは何もない。

 パル愛護団体はゲームにおいて他の勢力とそう変わらず、プレイヤーを襲ってくる。略奪、密猟なんでもござれで、下っ端連中に至っては売買にまで手を染めている。手記系のアイテムを読めば、自警団との取引に薄暗いものがあることも察することができる。

 俺にはその前提知識があり、それこそがパル愛護団体の全てだと思っていた。まともな連中も過激な環境活動家のようなことをしていて、この世界でも同じように襲われたので責められる謂れはない。そしてパルを使った肉料理が食べられずにイライラしていた俺は、拠点に飾られていた『パル愛護の五か条』と記された額縁をみて思わず悪態をついたのだ。

 

『パルを売り捌いてる連中が、何を宣ってんだ』と。

 

 それが幹部連中の耳に届き、激怒する奴らの前で俺の知る真実を教えた。

 連中の多くは信じなかったが、リリィは信じた。

 内部粛清が始まり、最終的に数人の幹部が吊るし上げられたと聞けば、腐敗がどこまで進んでいたかも分かりやすい。

 

 リリィは冷徹だった。長年己に仕え、共に志した腹心の部下をいともあっさりと処理した。無慈悲。冷酷。あいつの信仰しているリリクインのことを除けば、表情ひとつ変えない。

 そういう女だと思っていたのだが、素の性格は茶目っ気がたっぷりのようだ。相変わらずの鉄仮面だが。

 

「だいたい、どうやってここが分かったんだよ」

 

 『塔』の聳える凍てつき山近辺ならともかく、そこから東へ数キロ離れた小島だ。それなりに距離がある。

 

「部下には貴方を見つけたらすぐに連絡するよう命令していますから、常におおよその位置は把握していますよ」

 

 事もなげに言い放つリリィに悪寒を覚えると同時に、疑問が深まる。

 ならば、なぜこのタイミングで話しかけてきたのだろうか。何度か凍てつき山の近くを通ったことがあるが、接触はなかった。

 リリィは俺の手元にある料理へ視線を向け、まるで食材となったタマコッコを憐れむように目を細める。そして再び視線を俺に戻し、無表情なその顔に威厳を纏わせた。

 

「約束を果たしに来ました」

 

 約束?

 身に覚えの無い言葉に、思わず素っ頓狂な声が出る。

 

「……どうやら忘れるのが得意なようですね」

 

 リリィはこめかみに青筋を立てて、先ほどとは比べ物にならないほどの怒気を発しながら近づいてくる。

 

「仕方がありません。約束通り、貴方にはパル愛護団体へ入団して頂きます」

「はあ?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。私の補佐を任せたいと思っていますから。分からないことは私に聞いてください」

 

 パルを食べられないような規則の集団に入るなんて、口約束でもありえない。俺はなけなしの記憶力を振り絞って思考を深く潜らせると、何か引っかかるものがあった。

 確か、内部粛清が一先ず区切りを迎えた後の話だったか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 『塔』が凍てつき山にあるからと言って、大勢の人間がそこで暮らすには無理がある。寒い土地で不便な暮らしをパルに強制するのも理念に反していたのだろう。

 氷属性パルのための小さな拠点は凍てつき山に存在するが、『パル愛護団体』の本拠地は新緑の渓流にあった。

 穏やかな気候で、少し肌寒いくらいの気温。潤沢な水源に、鉱石や石炭にも恵まれている立地だ。

 

 採掘に伐採、農業や製薬など割り振られた仕事に従事するパルたちは活き活きとしているように見える。美味しいものを食べさせて貰ってるのだろう。

 楽しそうに花壇の水やりをするチョロゾウの後ろ姿を見ながら、コイツを焼いたら食えるのかを、俺は頭の中で吟味していた。

 ゲームでは肉をドロップしないから、たぶん食えないか、美味しくないんだろうな……。

 俺の視線に気づいたチョロゾウが笑顔で鼻を振っている。動作がいちいち大げさで可愛い。

 

 さて、迂闊な一言から始まった大騒動は何日かに渡り、その間、俺は拠点に軟禁されていた。色々と包み隠さずに話してしまったためだ。

 椅子に座りながら、二階の窓からパルたちを眺める日々。十分なもてなしもあって、それほど悪くない暮らしにも思えるが、如何せん未だパル料理を食えていないことに俺は頭が狂いそうだった。家畜牧場が見えないことがせめてもの救いだ。箍が外れる自信がある。

 

 食える。食えるけど不味かった。食えそう。食えなさそう。

 益体のないことをつらつらと考えていると、不意に影が落ちる。

 リリィが照明を遮るように立っていた。

 

「よぉ教祖様、調子はどうだ」

「最悪ですよ。まさか幹部にまで不心得者が居ただなんて」

「そんな様子には見えないけどな」

 

 いつも通りの澄ました顔で、リリィは窓から拠点のパルたちを見つめている。

 火おこしに全力なキツネビや、種まきするエテッパやラベロット。これをパルスフィアなしで実現させていることだけは、パル愛護団体で唯一尊敬できる点だろう。

 

「あんなに可愛らしく健気で、純粋な彼らが人間の欲望に殺されている。皮を剥がれ、臓物をえぐられ、角を折られ、体液を収集され。その体を欲望の糧にされている」

「パルだって人を襲うし食う。生存競争だぜ」

「生存競争?必要以上の狩りです。そのうえ、パルスフィアという悍ましい装置を以って隷属され酷使されています」

「そうじゃないパルテイマーも多いだろう」

「自由意思を奪っていることこそが問題なのですよ」

 

 表情に翳りはなく、リリィは淡々と事実を連ねるように告げる。

 言葉は正しく思えるが、彼女もまたパルのために殺人を行う犯罪者だ。

 尤もこの島における倫理も法も全て五大勢力のモノでしかないのだから。まして『外』ですらない、異世界の常識何ぞは通用しない。

 

「俺はスフィアを使うし、パルだって食べる。とっちめなくてもいいのか?」

「ご冗談を。貴方一人を敵に回すより、島全体を支配する方がまだ現実的ですよ」

「過大評価だな。この島にだって、お前の知らない強い奴はいる」

 

 転生したおじさんとかな。

 

「そうですか。なら尚更、貴方には助力を願いたいですね」

「入団する気はないって言ってるだろ」

「私のことを好きにしてもいいのですよ?」

「魅力的だな。だがパルを食えないのは認められない」

 

 「残念です」と、全く残念そうじゃない声。

 リリィは窓から視線を外すと、そのアメシストの瞳を俺へと向けた。

 

「貴方のお陰で、パルを搾取する不届き者を成敗することができました。格別の感謝を」

「そうかよ。俺はこんな部屋に閉じ込められて散々だったがな」

「……本当にあの頃から何も変わりませんね」

「いつの話だよ。俺、そんな昔にお前と会ったことあるか?」

「ええ。貴方はもう覚えていないでしょうが」

 

 人違いという可能性もある。だがリリィは断言した。

 俺には全く覚えはないが、話を掘り下げようとしてもリリィは頑なに教えようとしない。

 気になるが、どうしようもないので諦めるしかなかった。

 

「なら俺はもう旅に戻ってもいいよな?」

「もちろんです。残党の炙り出しや、組織の再編にも時間が掛かるでしょうから、迎えに行くのは少々遅れてしまいますが」

「迎え?勧誘はもうやめてくれよ。だがまあ、他の用事があるなら適当に見つけてくれたら相手してやるよ。基本的に旅してるから」

「ええ、約束ですよ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 もしかしてコレか?コレなのか?

 

「どうやら思い出したようですね」

「おい、俺は入団するなんて約束はしてないぞ」

「そうでしたか。では私の記憶違いでしたね」

 

 悪びれもなく言い放つリリィに、俺はげんなりする。

 こいつ、何がしたいんだ……?

 

「冗談はさておき、本題に入る前にひとつだけお願いがあります」

「おいおい、まだ何かあるのかよ」

「リリクイン様が『深淵の女帝』に会いたがっています。どうか謁見の機会を賜りたく」

 

 リリィが頭を下げる。優雅な所作だ。

 会話は少し離れたところに居たリリクインにも聞こえていたようで、体をもじもじそわそわくねくねさせている。なんか少し可愛く見えてきた。

 

「そうだな。なら本題に入るより先に、このタマコッコの親子丼を食わせてくれるなら考える」

「……感謝を」

 

 少しの間は葛藤ゆえだろうか。パル愛護精神も立派だが、さすが狂信者。リリクイン信仰が筋金入りのようで何よりである。

 俺はじっくりと親子丼を堪能してから、レジェンドスフィアを取り出した。

 

「ルナ。出てこい」

 

 パルジウム鉱石の蒼い結晶が変色した深い紫。神秘的な雰囲気を漂わせたそれから淡い光が漏れ出し、螺旋状に巻き付いた金色の装飾が、紐が解かれるように離れていく。

 輝きは次第に白く眩く視界を覆い、収まる頃には一体のパルが立っていた。

 

「ああ……。深淵の女帝、黒き月の女王。再び拝見する機会に恵まれたことに感謝を」

 

 頭部に咲く二輪の美しい青の花。ツーテールのような耳が優雅に垂れ下がり、首元の襟は植物の花托を彷彿とさせる。夜の星空のような深い青紫を基調としたドレスを身に纏った姿は、かの精霊王と瓜二つだ。

 ルナクイン。月の名を冠するパル。

 恍惚とした笑みを浮かべるリリィを、紅い双眸が射貫く。

 それから何かを探すように辺りを見渡して、抱擁をした。俺に。

 

「分かった。分かったから今はやめてくれ。お前に会いたがってる奴が居るんだ」

 

 ルナは愕然としているリリィと何故かしょんぼりしているリリクインをもう一度目に留めると、今度は俺を持ち上げて頬擦りをはじめた。威厳もへったくれもない姿である。

 気分は人間に吸われる猫。結局ルナが満足するまで続き、俺が地面に足を付けたのは固まっていたリリィが再起動するのと同時だった。

 

「な、仲がよろしいようで何より……」

 

 震えてるぞ。声が。

 

「ルナ、あそこにいるリリクインの相手をして来てくれ。お前に用があるみたいだ」

 

 ぱぁっと表情を輝かせるリリクインのもとへ向かっていくルナ。その足取りは重く、不承不承といった様子だが、上手くやってくれることを祈ろう。

 

「これでいいか?」

「ええ。では本題を」

 

 リリィは佇まいをなおして、息を吸ってから一口に話した。

 

「近々、私たちは新たなる『塔』を獲得するために『レイン密猟団』と戦争を起こします」

 

 ……驚いた。

 現実となったパルパゴス島において五大組織とは、この狭い島で領土を持つ一種の国のようなものだった。勢力圏の端で小競り合いが起きても、大規模なものは未だひとつとして起きていない。

 あるいは俺がこの島へやってくる前には何度かあったのかもしれないが、そういった歴史から暗黙の不可侵——ある種の冷戦状態にあると思っていた。この場合は思考が飛躍している。だが過去の経験から、彼らが本格的に争うのを避けていたのは確かだった。

 ゲームでも『パルテイマー抹殺同盟』とかいう頭のおかしい呉越同舟をしてくるような連中だ。どの勢力も世紀末のような倫理観だが、全体を見れば確かに秩序が存在していたのだ。

 それが、崩れようとしている。

 

「仲が険悪なのは知ってたが……」

「私欲を貪るためにパルの乱獲と虐殺を繰り返す連中です。何より内部粛清の段階で彼らの一員を見つけた時からこうなることは決まっていました」

 

 リリィの淡々と語る様子は、かつてのような冷徹な姿を想起させる。

 漫然として変わらない時を過ごしてきた俺にとって、自身を介さない大きな変化というものは喜ばしいものだ。同時に好奇心がぶくぶく膨れ上がるのを感じる。

 

「俺に何をしろと?」

「いいえ、逆です。私たちは貴方に、何もしないことを望んでいるのです」

 

 余計な手出しをするな、ということらしい。

 自信過剰ではなく、単騎で勢力ひとつ相手取れる確信はある。順当な話だった。

 リリィの提案は特に断る理由もない。了承すると、少し驚いたように瞠目した。

 

「やけにあっさりと頷きますね」

「そりゃあ、俺には関係のない事だからな」

 

 出歯亀はするつもりだが。

 

「へえ。そうですか」

「意味深だな」

「いえ、ただ密猟団に居るあの娘が少し可哀想になっただけですよ」

「ゾーイのことか?あいつは確かに知り合いだが、そこまでしてやる義理はねえよ」

「その言葉。しっかりと覚えていて下さいね」

 

 無表情なのに、ニッコリなんて擬音が聞こえてきそうな声音だった。

 こりゃあ本気だな。あの娘、どんなことして恨まれてんのか知らないが……流石に死にそうだったら助けてやるか。バレなきゃ問題ないだろ。

 

「それと忠告ですが」

「まだ何かあるのかよ」

「あまり女の子に優しくするものではありませんよ」

「逆じゃなくて?」

「ええ。逆ではなくて」

 

 リンの事だろうか、それとも話題に挙がったゾーイのことか。

 いずれにしても優しく接した覚えなどない。寧ろ彼女らにはそれなりに厳しい態度を取ったつもりだが……言い返すと藪から蛇になりそうなのでやめといた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定