ふっと意識が浮きあがり、自然に目を開けた先には真っ赤な天井。
部屋の中には明かりが灯っていて、ぼんやりとした視界にゆらゆらと影を写していた。
どこだろう、ここは。
どうやらベッドで横になっていたようだ。久しく触らなかったふわふわな布団の柔らかさ。
意識がまだぼんやりとしている。
起き上がろうと体に力を入れて、突然走った痛みに身をよじった。
体を起き上がらせることなんてできなくて、実際はピクリと動いただけだったのだけど。
「っ……!」
っあー、おかげで意識がはっきりとした。
体中が痛いのは、魔力不足と筋肉痛によるものだろう。
しかしあんなに動いて魔力を酷使したのに、思ってたよりも大分楽だ。
両腕に巻かれた包帯は、フランと戦ったときの傷を包んでいる。
そして、この場所を思い出す。紅魔館だ。
私が霊夢の後を追って、バカみたいに無様な真似をして、恥ずかしい事を言って気絶したんだった。
とりあえず紅魔郷、おわったのか?
「……魔理沙?」
すぐそばで声が聞こえた。
見ると、霊夢が少し離れた椅子に座ってこちらを見ていた。
手に何か本を持っていて、いつもより若干心配そうな表情でこちらを見ている。
「……おー」
気絶する前に言った事が頭をよぎる。
ちょっと気まずくて頬をかく。
「おはよう」
霊夢はそんな私の様子にほっと息をつき、柔らかく微笑みながら挨拶をした。
「おう」
私は寝転がったまま応えた。
「ずっと、居たのか?」
「ええ。魔理沙が目を覚まさないから、ちょっと心配した」
「霊夢、疲れてるだろ? 私の事は気にせず休んでくれよ」
「あなたの方が疲れてる癖に。でも、そうね。ちょっと休もうかしら」
言って霊夢は椅子から立ち上がると、こっちに近づいてきた。
「ん? どうしたんだ?」
「どうって、ちょっと眠るのよ」
「どこで?」
「そこで」
「そこって?」
「魔理沙の横」
「……」
ええ? このベッドって2人用なのか?
まあ、1人用にしては広いもんな。
とりあえず身をよじってスペースを作る。いててて。
「……」
「……」
「ん、どうした?」
「いい。やっぱ別に疲れてないし」
「え、さっき寝るって……」
「言ってない」
「ああ、うん……」
どうしたんだ霊夢。
ちょっと顔を赤くして、数度息を整えてから私の眠るベッドに腰を下ろした。
「ちょっとからかっただけなのに……」
「え?」
霊夢が何か言ったが、その声は小さすぎて私には聞こえなかった。
フルフルと首を振り、何でもないと言うと私の頭をポンポンと撫でる。
「大丈夫よ。さっき交代するまでそこのソファで寝てたもの」
首を動かして見ると、真っ赤なソファで毛布に包まれて寝息をたてるフランの姿があった。
「っていうか、この屋敷窓がないからわからないけど、もうお昼なのよね」
「えっ。どうりでお腹減ったと……」
霊夢が安心したように、呆れたように見てくる。
「思ったより元気そうね。まだ疲れてる?」
「いや、寝てたからもうすっかり元気だ。筋肉痛がつらいだけだな」
「そう。異変の主が呼んでたから、行こうと思うんだけど」
「おう、私も行くぜ!」
そういえば、あのときのレミリアはどうしたんだろう。
なんか様子が変だったけど。
*
紅魔館の近くにある森の中で、特に日差しを遮る暗い森の奥で私はふーっと息を吐いた。
博麗の巫女が近くにいるのでは迂闊に手を出せない。
また厄介なことになると思い、屋敷を出てきた。
しかし、今度は吸血鬼か。
あの花の妖怪といい、天狗といい、なぜ強力な妖怪ほどあの子に友好的になるんだか。
まあ私もあまり変わらないか。
「懐かしい気配を感じると思ったら、あなただったのね、宵闇の妖怪」
突然何もない空間に裂け目が生まれると、そこから旧い友人が顔を出した。
「ああ、そういえばこの状態で会うのは久しぶりだな。妖怪の賢者」
目を細めて見つめてくるのに対し、軽く肩をすくめて敵意がないことをアピールした。
幻想郷ができた時にケンカして、それ以来会っていないから、あまり良い感情をもたれていないだろう。
「まあ、あの時の事は置いておきましょうか。それで、今更なんで封印を解いたのかしら」
「ふふん。偶然だ」
大体、リボンにして縛ってたらいつか勝手に解けるだろ。
別に解こうと思って解いたわけじゃなく、本当にただの偶然だ。
「今は別に戦争をしたいとか思っているわけではないよ。お前の言うことは正しかった」
「あら、ずいぶん殊勝なことを言うのね」
「そりゃあ500年以上封印されていたら、考えも変わるってものさ」
「……思えばその間、よくその封印リボンが解けなかったものよね」
私もわざわざ封印を解こうと思わなかったからな。
突然ぐ~っとお腹がなる。
びっくりする位大きな音だったので、聞こえてしまったかもしれない。
ちょっと恥ずかしい。
「久々に自由になると、お腹が減るな」
なんでもないように会話を続けてみる。
「まあ止めはしないけど。でも幻想郷のルールは守ってもらいますわ」
「ああ、大丈夫だ。良い獲物を見つけたんでね」
「あら、あなたの眼鏡に適う人間なんてまだいたのね」
「長いこと生きてきたが、見たことないくらい最高の人間よ」
あの子の顔を思い浮かべる。
あの子の白い肌を、金色の髪を、屈託のない笑顔を、困ったように頭をかく姿を。
「霧雨魔理沙。私の飢えを満たすのは彼女しかいないね」
*
「お嬢様、紅茶が入りましたわ」
パチェの寝室で眠ること数時間、いつの間にかやってきた咲夜に起こされて着替え、応接室で魔理沙と巫女を待つ。
少しの緊張感が心地よい。
「ありがとう咲夜」
ぺこりと一礼して後ろに下がる。瀟洒だ。
「あなた氷精なのに紅茶も飲めるの?」
「あたいに紅茶の熱さは関係ないわね。直接火あぶりにされないと融けないわ」
本当は私一人で会いたかったんだけど、何も言わずに勝手に入ってきている親友と氷精。
魔理沙が連れてきたもう一人の妖怪はやっぱりいない。
「では、私は魔理沙と博麗の巫女と、妹様を呼んで来ますわ」
言って、咲夜は姿を消した。
あー、はやく来ないかなー。
「ねえ、氷精。チルノだったかしら。魔理沙とは付き合い長いの?」
「ん? いや、昨日会ったばっかりだけど、魔理沙はあたいのライバルよ」
よくよく変な人外に好かれる子だ。
熱い紅茶を涼しい顔で飲む氷精とか初めて見たわ。
あの妖怪もなにか変だったし、私の妹のフランは言うまでもない。
私も紅茶を一口。うん、咲夜の紅茶はいつでもおいしい。
「そんなことより、レミリアって言ったわよね。魔理沙のこと好きなの?」
「っ! ごほっごほっ!」
むせた。
「あら、レミィったら同性相手に興奮するのね。性的に」
「まてパチェ! その言い方だと私が変態みたいじゃないか!」
「でもいきなり襲ったんでしょ? 妹様が怒ってたわよ」
「うっ……! たしかに襲ったのは本当だ!」
あのときの魔理沙を思い出して顔がカーッと熱くなる。
やわらかい肢体、甘いにおい、おびえた表情!
「へえ」
パチェが冷めた目で私を見ている。
「確かにあの時は理性が切れちゃっていきなり迫ったけど……」
あれは私が悪い。たしかにそうだが、そんな不純な言葉で表されたくないわよ!
(ガチャッ)
「だけど、性的とかじゃなくて! 私は魔理沙が好きなんだよ! 純粋に、愛しているんだ!」
「え?」
「は?」
私が叫ぶ直前、扉の開く音。
後ろから聞こえた博麗の巫女の声。
パチェの無表情ながら驚いたようにあがった眉毛。
これらの状況を察するに、私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
ばっと後ろを振り返る。
扉を開けたまま固まるフランと博麗霊夢。
そこに魔理沙の姿はなかった。
「よ、よかった~……」
あ、危ないところだったわ。
不本意に魔理沙に告白するところだった。
「あら、残念。魔理沙はまだなのね」
「パチェ!?」
どうやら親友にはめられたらしい。
博麗の巫女が、ハァっと大きなため息をついて額に手をあてた。
「あの子は本当に、人たらしというか人外たらしというか……」
「お姉さまが魔理沙と結婚したら、魔理沙もお姉さまになるの? うーん、でも……」
「……とりあえず、こっちに来て座ってくれないかしら。2人とも」
*
筋肉痛でつらいって言っても、空を飛べるんだから関係ないぜ!
と、思っていたんだけど、箒が壊れてるんだった。
それに気付いたのは、咲夜が呼びに来たとき。
「しょうがない。おぶってあげるわ」
「いえ、お客様にそんな事させるわけにはいきませんわ。ここは私がおぶって行きます」
「魔理沙! 今度はちゃんとスピードとか調整するから、私がおぶっていくね!」
と、優しい3人が申し出てくれて、じゃあ仕方ないと咲夜に抱きかかえられながら応接間へ。
その道中に咲夜から、美鈴が私の筋肉痛を治せるかもしれないと聞いて霊夢とフランには先に応接室へ行ってもらったのがついさっき。
次にまばたきした時には、もう外にいた。
「おお」
時間を止めるってすごい便利だよな。
っていうかそんな相手にどうやって勝ったんだろう霊夢。
「あれ、魔理沙さんに咲夜さん。どうしたんですか、その体勢?」
美鈴は門を作り直している最中だった。
妖精たちに指示を出している姿は門番をしている時よりもなんだか様になっている。
「魔理沙の箒が壊れててね」
ニコニコしながら咲夜。
おんぶで良いって言ってるのに、お姫様抱っこするものだからその表情がよく見える。
同年代の霊夢と比べても私は背が小さいほうだから、咲夜の腕にすっぽりと収まってしまうのがなんだか切ない。
「おはよう美鈴。そういうわけだから、仕方なくなんだぜ」
「魔理沙ならいつでも抱っこしてあげるわよ」
「仕方なくなんだぜ!」
「なるほど、仕方なくですね」
美鈴が微笑みながら、優しい目で見てくる。
背中がむずがゆくなってきた。
「ところで何の用ですか? チルノちゃんならさっき応接室に向かいましたよ」
顎に指を当てながら美鈴。
そういえばチルノとルーミアはあの後どうしたんだろう。
まあフランが思っていたよりも友好的だったから怪我はしてないと思うけど。
「なあ美鈴。咲夜から聞いたんだけど、筋肉痛を治せるって本当か?」
「まあ、それくらいでしたら」
「おお! じゃあお願いしてもいいか? 忙しいなら後でいいけど」
「いえ、お客様を待たせるわけにはいきません。そんなに時間もかからないので、いま治しちゃいますね」
そんなに簡単なんだろうか。
魔法で同じ事をやろうとしたら、筋肉痛に耐えるほうが楽なんだけど。
咲夜が私を下ろすと、美鈴が私の前で両手を広げた。
「じゃあ失礼しますねー」
そう言って、美鈴が私に抱きついてきた。
「わっぷ」
あ、圧倒的ボリューム!?
「じっとしててくださいね。すぐ終わりますから」
楽しそうな声が頭の上から聞こえる。
どういうことかわからないが、体がぽかぽかと温まってきた。
これが美鈴の使う能力なんだろうか。弾幕に色を付けるだけじゃなかったんだな。
気を使う程度の能力って、考えてみたら応用力が高そうだな。
ポンポンと軽く頭をなでられる。
それがなんだか心地よくなって目を閉じた。
「はい、終わりですよ」
ゆっくり目を開く。
気がつけば、体の痛みが消えていた。
本当にあっという間だ。
「お、おおー。すげーぜ美鈴……」
いろいろな意味で。
まだ頭をなでられている。
美鈴といい咲夜といい、どうしてこう、人を子ども扱いするのだろう。
「お嬢様が待ってるわ。行きましょう魔理沙」
咲夜に声をかけられて、ようやく美鈴は手を離した。
魔理沙になって気付いたことだけど、魔理沙は頭を撫でられるのが好きみたいだ。
とても心地よくて、頬が勝手に緩んでしまう。
まあ、何が言いたいかというと、だから撫でられるのを名残惜しく思うのは仕方ないんだぜ。
「そんな残念そうな表情しないでくださいよ」
「なっ! してないぜ!」
美鈴はくすくすと笑いながら、いつの間にか外されていた帽子を被らせてくれた。
くそー。自覚はしてたけどそんなに残念そうだったか?
「ありがとうな、美鈴」
「どういたしまして。このぐらいの事でしたらいつでもどうぞ」
「ねえ美鈴。抱きしめる必要ってあったのかしら?」
「いやだなあ咲夜さん。こうした方が早く治せるんですよ」
美鈴と咲夜はニコニコと、こっちを見ながら機嫌が良さそうに笑っている。
二人の視線が温かくて恥ずかしいから、帽子を目深にかぶりなおした。