さっきまでは食堂で、チーズとかワインとか、人里では少し珍しい紅魔館の食糧を見せてもらっていたはずだ。
せっかくなら好きなものを選んでいいと言われたが、さて詳しくないものをどう選べばいいんだと困っていたところだった。
気が付けば真っ暗な空間にいた私は、びっくりして声を出してから、しまったと思う。
咲夜式の移動はやっぱり慣れない。魔理沙っぽくない悲鳴だった。
「こんにちは、魔理沙」
さてここはどこだろうと周りを見たら、逆さまになって宙に浮かんで両手を広げている、いつものポーズをしたルーミアが不自然に暗闇に浮かび上がっているのを見つけた。
「変な奴がいるな」
「変な奴って誰のことよ」
図書館で別れて以来だったので、無事だったか聞こうとしてふと気が付く。
原作だとルーミアと最初に戦うじゃん。
その時に、そうだあのセリフ。
「なんでそんな手ひろげてるのさ?」
だったかな。
思い出し思い出ししながら逆さまになっているルーミアを指さす。
「『聖者は十字架に磔られました』っていっているように見える?」
「『人類は十進法を採用しました』ってみえるな」
か、感動……!
間違いなく原作再現した。
「ねえ、この状況わかってるの?」
私が達成感を得て満足していると、不満そうな顔でルーミアがこちらを見ていた。
「ああ、このあと弾幕ゲームだな」
「弾幕ゲーム? ああ、あの……」
なんだかルーミアに呆れたものを見るような目をされている。
どうしたんだ、失礼なやつだな。
「……そうか。箒壊れてた」
途端にそれに思い至り、肩を落とす。
というか、ここはどこなんだろう。
今更ながら連れて来たであろう咲夜がいないことに違和感を感じて周囲を見回す。
空間には不自然に浮かぶルーミアしかいない。他には前にも後ろにも、闇が広がっている。
「ここって……どこなんだ?」
そして思い至る。
目の前のこの妖怪は、こんな見た目だが人を食う恐ろしい妖怪なのだ。
そしてこいつは「闇を操る程度の能力」。
そうなると、この状況ってルーミアの闇の中にいるのか?
「魔理沙、どうして離れようとするの?」
「なに言ってるんだ。お前が離れたんじゃないのか?」
「あはは! ねえ。そっちに行ってもいい?」
いや、来てほしくないぜ。
言葉を飲み込む。
それは魔理沙らしくない。そう思って帽子をかぶり直す。
「いいぜ。来てみろよ」
精一杯の虚勢を張って、帽子の端を掴んで握りながらぐいっとルーミアを睨みつける。
反対の手でポケットのミニ八卦炉を取り出し、それを構える。
そう、こうだ。これが魔理沙らしい。
私は内心から沸き上がる恐怖を押し殺し、震えそうな手足に力を入れる。
いや、震えているが。
八卦炉落としそうになったが。
「ああっ! いいね。やっぱりすごく良い」
なんだか頬を染めながらルーミアが言う。
雰囲気が変だ、昨日まで一緒にいたルーミアなのか。別の妖怪じゃないのだろうか。
対峙してから初めて、逆さまになっていたルーミアが宙に浮きながら正しく足を下に向けた。
そしてずっと感じていた違和感の正体にようやく気が付いた。
「リボンはどうしたんだ?」
そういえば、あのリボンは封印だって見たことがある気がする。
求聞史紀か、転生前の記憶だったか。
「知らぬ間に解けていたよ。ねえ、魔理沙」
「また別の奴探さないといけないな」
「リボンがほどけてから、なんだかおなかが減っているんだ」
「へえ、そりゃ大変だ。このあと宴会があるぜ、ルーミアも来てくれよ」
「空腹はつらいんだ。私は500年以上、空腹なんだ」
「さすが妖怪。私は一日だって耐えられないぜ」
「ねえ、魔理沙」
喉が引き攣る。
私にだって理解できるほどの濃密な魔力があたりを包んでいた。
「おいしそうだね」
あーん、と口を開いている。ギラギラとした歯が並んでいる。 よだれがだらりとこぼれている。
あまりの恐怖に気を失いそうになりながら、体中の魔力を総動員してミニ八卦炉に集中した。
「私は美味しくないぜ! 『マスタースパーク』!!」
暗闇を極光が満たして八卦炉が熱を持つ。
幽香直伝の、渾身の一撃。
私の、魔理沙の代名詞である恋の魔法。
「どうだーっ!」
自分でもよく理解している。私は不出来なので弾幕ごっこのルールで形だけの、威力を伴わない魔法だっていうことはよくわかっている。
だから一切の油断なく、八卦炉を構えたまま警戒を緩めない。
魔力はもう、残り少ない。もう次のマスパは撃てない。
嫌な汗が額を伝う。ゴクリと喉を鳴らす。
最後まで抗って見せる。
固く八卦炉を握りしめ、魔力を最後まで注ぎ切った。
果たして、光が収まった先には。
――目を回してルーミアが倒れていた。
「……あれ、勝った?」
「きゅうぅ……!」
*
妖怪の賢者、八雲紫はお腹を抱えて笑っていた。
「うふふ、もうホント最高ね!!」
満足したのか、どこかの隙間を閉じてから肩で息をし整えている。
「あー、笑ったわ! 今後500年は笑えるわ!」
扇子でぱたぱたと顔を仰ぎ、熱くなった顔を冷ます。
旧い友人の妖怪が、八雲紫にあるお願いをした。
紫はそれを快諾し、すこーしだけ協力してあげた。
かなり骨が折れたが、この結果を見られて満足している。
「負けたふりなんて滑稽ね。それでもあの子の傍にいたいなんて健気ね」
畏れだけでいいなんて。
「なんとも可愛らしくなったじゃないの」
魔理沙の形だけマスタースパークを浴びながら満足そうな顔をしていた友を見て、「ああそういう幸せもあるのねー」なんて感心もした。
紫の知る友は随分変わった。その結末は紫が思い描いていた、弾幕ごっこの理想のようでもあった。
妖怪は人間から畏れを集める、人間は圧倒的な強者に抗い生き延びる。
「うーん、気分がいいわ! あとは霊夢があんまり怒っていないといいのだけど」
紅魔郷編、これにて終幕。