私は妖々夢のことをあんまり覚えていない。
長いシリーズを好きな場合、好きな話は詳しく覚えているけど、中にはあんまり覚えていない話ってあるよね。同じように思っている人、結構いるんじゃないかな。
隙間の妖怪が出たなぁ。西行寺だな。みょんがいるなぁ。
そんなくらいしか覚えていなくて、妖々夢好きな人には申し訳ないのだけど、どんな能力だとか道中のボスとか細かなことは覚えていない。
でも共通している部分はなんとなくわかる。
黒幕に関わってくる前に3,4人の妖怪か妖精をしばき倒して、そのあとに異変の主に関わってくる妖怪をしばき倒す。
だいたいそんな感じ。あとはそこに魔理沙として関わっていること、私の役割を果たせばオッケーだ。
よしっと気合を入れて、懐炉代わりにタオルを服の内側にしまい込む。アリスから死ぬまで借りている予定のもので、時間が経ってもまだ暖かい。
なんてことのないタオル1枚にも細かな魔法が掛けられているところとか、アリスの細かい性格と持ち物に愛着を持っていることを感じるぜ。
まだ魔法の効果を発揮しているのって凄い。おなじ効果のモノを作ろうと思っても私には難しい。
比較しても仕方ないし、私は私の役割を果たしてこの幻想郷を生き抜いて見せる!
「まずはどっちに行くんだ?」
「さてね。勘を頼りにいくしかないわ」
なんて言いながら霊夢はふわりと浮かび上がり、私は箒に跨ってそれについていこうとする。
霊夢は相変わらず袖のない巫女服に、年末近くに渡した白いマフラーをつけている。
見た目に寒々しいのだが、私だってそう変わらない格好でいるので注意できない。
飛び上がりながら、覚えている範囲で妖々夢のボスたちを考える。
西行寺幽々子がボスだったはずだ。その前に妖夢だったのは覚えているんだけど、他はかなり曖昧だ。
絶対に冬の妖怪は出たと思う。ということはチルノも出番があったと思うんだけど。
「そういえば。霊夢、チルノを見ていないか?」
今朝、紅魔館に向かう途中。霧の湖で出会ったチルノのことを思い出す。
まだ雪が降る前だったので遠目にもそれは目立っていて、少し会話してその場では別れた。
その時には、修行の成果を試しに博麗神社へ行くって言っていたと思うんだが。
「ああ。埋めたわ」
「埋めた?」
「ええ。そのあたりに埋まっているんじゃないかしら」
言って、境内の隅の方をお祓い棒で指し示している。
こいつ相変わらず容赦がない。そっちの方向に南無~っと手を合わせておく。
霊夢とチルノの普段の関係は険悪じゃないけど、戦いとなった時はやり過ぎてしまう傾向がある。
妖怪相手には手加減という概念がないので、傍目には怖いくらいだ。
チルノの方も段々それに慣れているというか、戦いの時間が長くなってると思う。
最強の妖精は相変わらず、最強になるための努力をしているのだ。私はそれを知っている。
あと、ふたりとも滅茶苦茶頑丈なので心配するだけ損だということも知っている。
「こっちに行ってみましょう」
言いながら霊夢が人里とは反対方向に飛んでいくので、私もそれを追う。
空にはまだまだ厚い雲が掛かっていて、幻想郷には相変わらず雪が降っていた。
霊夢が結界を張って雪を除けていたので、勝手にその中に入っていた私には雪が被ることなく、快適に夜の散歩を楽しんだ。
途中、疲れたのか私の跨る箒の後ろに座って、腰に手を回してきた。
自転車の二人乗りみたいな体勢だ。霊夢はこの体勢が好きなのか2人で出かけるときには、こうしていることが多い。
いつものように少し霊夢とお喋りして、異変解決に乗り出したというのに日常の延長のようで心が和む。
霊夢の様子があまりにも変わらないものだからそう感じているのかもしれない。
人里ではこの雪の異変を何とかするために、氷菓子を売りにしているお店が流行っているのだとか。
寒い冬に冷たいものを食べてどうするの。
いやいや、寒いときに暖かい部屋で冷たいものを食べる贅沢もあるんだぜ。
なんてとりとめのない話を続けて進む。
途中で雪が止んで視界が開けた。
空を飛んでいると気が付かなかったが、眼下では鬱蒼とした木々がすっかり雪化粧を纏っている。
そのまま視線を上げるとどんどん高くなっているので、山の斜面を上っているようだ。
方向的に妖怪の山でないだろうけど、さてここはどこなんだろう。
そのまま視界の先では、少女がひとり浮かんでいることに気が付く。というか、レティだった。
おお、これは良かった。やっぱり霊夢の勘って凄い。
声が聞こえるくらいまで近くに行くと、向こうから声を掛けられる。
「こんばんは人間たち。遭難かしら」
おっとりとした表情ながら、特に敵意を向けている訳じゃないのだろうけど、ただそこにいるだけで脅威を感じる。
冬の妖怪はその絶大な魔力を昂らせていた。
すこし体が強張ってしまったのを察したのか、レティはあらあら失礼ね、なんて言いながらますます魔力を昂らせる。なんでだ。
霊夢はそんな私を勇気付けるように、腰に回していた手で私のお腹をふにっと掴んでくる。これもなんでだ。
普段交流がない妖怪だから知らないのだけど、長い冬の影響なのか、既になにかと戦った後なのか。レティはすこし高揚している感じだ。
「冬の雪山は遭難しやすいんだぜ」
「なんで遭難しやすいか、知ってる?」
「冬に雪がない山がないからだな」
「あなたたちも遭難者?」
「私は普通だぜ」
あくまで平然と話しかけ、言葉をつなげる。
ちらりと霊夢に目を向けて面識があるか確認してみるが、霊夢はふるふると首を横に振る。
「今年は冬が長いわねえ。私もいい加減春眠したくなってきたわ。ところで人間は冬眠しないの? 哺乳類のくせに」
哺乳類って言葉、普通に妖怪から出てくるとちょっとびっくりするよな。
「するやつもいるけど、私はしないわ」
霊夢が代わりに答える。
「私があなたたちのこと眠らせてあげるわ。安らかに春眠」
「春眠ももっと暖かくならないとね」
「暖かくなると眠くなるなら、わたしと一緒ね」
「あんたみたいのが眠れば、ちったあ暖かくなるのよ」
嫌そうに言って、霊夢がお祓い棒を無造作に振るう。
すると大きく風が吹いて、周囲できらきらと雪が舞った。
え、いま何かされたのだろうか。私はきょとんとしてレティに目を向ける。
あらー。なんて言いながらレティがその魔力を昂らせて周囲に次々と魔力玉が出来上がり、いよいよそれが放たれようとしていた。
あ、そうだ。大事なことまだ決めてないじゃん!
「弾幕ごっこのスペルカードの枚数決めようぜ」
なんだか眉を下げながら、レティが困惑気味に言葉を放つ。
「弾幕ごっこ……? ああ、あれね」
「そう。それでルールなんだけど、なるべく短く済むようにスペルカードはお互い2枚まで。人間の私たちが被弾せずにスペルブレイクまで耐えたら勝ちってことでどうだ。こっちは私から行かせてもらうぜ!」
冬以外は全部寝ていただろうに、ちゃんとレティが弾幕ごっこを知っていて良かった!
言いながら私は、スカートのベルトに着けた八卦炉入れのボタンを開けて中を探る。
しかしそこは空っぽで、そうだアリスに預けていた! と自分の失策をそこで悟った。
しまったぁ。八卦炉がないと、マスパが撃てないぞ……!
半端モノな私は箒がないと空を飛べないし、魔砲も道具がないと使えない。
練習中の魔法を含めればなんとかスペルカードを2つ用意できるけど、異変の最中にマスパがないなんて!
「どうしたの魔理沙?」
「……八卦炉忘れた」
霊夢が呆れたような表情を浮かべてじとっとこちらを見る。
そんな顔しないでほしいんだぜ……。
「忘れ物? それがないとどうなるの?」
案外世話焼きなのか、様子の可笑しい私にレティのほうから声がかかる。
「なんでもない」
「この子、道具がないとスペルカード使えないのよ」
慌ててとっさに隠すが、霊夢には暴露されてしまった。
「い、いやちゃんと使えるぞ! レヴァリエは八卦炉いらないし、他にもいま練習中だし!」
表情を変えた私になにを思ったのか、ちょっと意地の悪いにやにやを隠そうともせずにレティは「弾幕ごっこ、良いわね。」と同意を返した。
「ただし絶対に2種類のカードを使ってね。もちろん同じものを使うなんて芸のない事はせず、弾幕の美しさも競うのよ」
ちらりと霊夢を見る。
「魔理沙が自分で提案したんじゃない」
呆れたように霊夢。
どうやら味方はいないみたいだ。
*
すこし距離を取って、私とレティは雪山の中腹、なにもない場所で対峙した。
霊夢はいったん箒をおりて少し離れた場所に浮かんでいる。
弾幕の美しさ評価を公平にする。とか言っていた。
「わたし、弾幕ごっこ初めてなのよ。ちょっと楽しみね」
かなり余裕そうに、レティが言う。
私は慣れているレヴァリエを準備しながら、並行して練習中の魔術を発動できるようにしていた。
準備しているのはミルキーウェイ。『魔理沙』の得意な星魔法だ。
名前の通りに天の川を想起させる星の奔流は、高い威力と画面を覆う輝く美しさを兼ね備えている魔法だ。
私がそれを問題なく扱えていれば、絶対に勝てる。その自信がある。
自分にそう言い聞かせて、魔理沙らしく不敵に笑ってみせるのだ。
「初心者に手ほどきをしてやるのも、経験者の務めだな。いつでもいいぜ!」
「じゃあ遠慮なく。寒符『リンガリングコールド』」
レティを中心に吹雪が吹き荒れる。
周囲の魔力が弾幕に形を変えて、白く輝くそれが吹雪のように私に殺到する。
降り積もる雪のように静かな弾幕と、吹き荒れる嵐のような素早い弾幕の複合だ。
目を逸らすことのないようにきりっと睨みつける。
いままでの弾幕ごっこの経験から、わずかな隙間を見つけて箒を上下左右激しく動かしてそれを避けていく。
何度やっても慣れないが、暴力の塊が自分の傍を通り抜けることに身が竦みそうになる。
嬉しそうに楽しそうに、くるくると回りながらこちらに際限なく弾幕を放ってくるレティが憎らしい。
内心の恐怖を押し殺しながら不敵に笑みを浮かべ、弾幕が掠って落ちそうになった帽子を片手で抑えた。
「初心者にしてはやるじゃないか!」
周囲をすっかりとレティの弾幕が覆ってしまった。声を上げて私も準備していた魔法を披露する。
「魔符『スターダストレヴァリエ』!」
私がマスパ以外で一番使う魔法だ。
周囲の弾幕を食い破り、活路を開いてそのまま星形のボムは周囲に広がる。
レティにも殺到したそれは、しかし悠々と避けられてしまう。
「うん、綺麗ね」
遠くで霊夢がうんうんと頷いているみたいだが、すぐに次の準備をしている私にはそちらをうかがう余裕はない。
「楽しい! 人間と、対等に戦っているみたい!」
向こうも大きな声で楽しそうに笑ってるけど、どこかこちらを下に見ているように感じる。
そのままレティは星の弾幕を避け切ってしまった。
「最後ね、冬符『フラワーウィザラウェイ』」
それは静かに告げられたラストスペル宣言だった。
レティの全身が光を放つと何本かの閃光が放たれていく。
ゆったりと動くそれは、レティの周囲を1,2回くるくる回って、だんだんと周囲に広がっていく。
ゆっくりとした光だと思った。しかしそれは瞬きした私の真横を通り過ぎて、風が頬を撫でる。
全然見えなかった。背筋が冷える。
冷静に状況を観察している場合じゃない。閃光の軌跡から生まれた白い弾幕が私に殺到し、思わず本気で悲鳴を上げながら逃げるのだった。
「もっと可愛らしい悲鳴を聞きたいわ」
なんて言いながら、にっこりとレティ。
閃光は再度レティから放たれ、最初はゆっくりと、そして一瞬後には速度を持って周囲に放たれていく。
その軌跡からも大量の弾丸が放たれ、それは正しく弾幕となって私を刈り取りにくるのだ。
観察なんてしている場合じゃない、次のスペルを準備しないと被弾してしまう。
あの閃光の最高速は私よりもはるかに速いので、規則性を見破って避けるか、次のスペルを準備してそれを破るしか、私に手段はない。
「魔符……!」
できる、できる……!
自分に言い聞かせるように心の中で大きく声を上げる。
魔術式は完璧。発動だってする。
だけどこんなに迷うのは、私が『魔理沙』の魔法を画面越しにしか知らないからだ。
この魔法はこんな形なのだろうか。上下左右だけではなく、高さも低さもある世界では魔法をちゃんと再現できているのだろうか。
魔法はイメージだ。アリスもパチュリーもそう言っていた。
逡巡が生まれる。私にはミルキーウェイの明確なイメージが、どうにも持てていないのだ。
「あたっちゃうわよー!」
再び生み出された閃光がレティの周りをくるりと回って、こちらに向かってゆっくりと動き始めている。
「もしあなたが負けたら、食べてもいいわよね」
ぺろりと舌なめずりをしている。可愛らしい外見だが、その笑みは獰猛な肉食獣を思わせる。
とっくに凍え切っている体が震える。迷っている暇はない。
「魔符『ミルキーウェイ』!!」
後から思い返してみたら、この時はやけくそだった。
箒から手を放し、次々に星の弾丸を生み出して投げつける。
叫びながら行われたそれは、思い返すと恥ずかしくなるそんな姿で。
アクション漫画であるような所謂『グミ撃ち』に、イメージとしては近いものだった。
*
「うーん、まけたー」
そんなことを言いながら、ワザとらしく頭に雪を積もらせたレティが浮かび上がってきた。
私の星の弾幕は相手にぶつかって、それをうけたレティはあーれー、なんて気の抜けた声を出して落下したのだ。
「勝ったぜ!」
やけくそに魔力を消費したけど、結果には満足した。
ヒステリーを起こしたみたいだったと思い返して顔が熱い。
「すこしは春度が増えたかな」
春度、なんて言葉は知らないけど自然と口にしたそれは、なんだかしっくりときた。
離れた場所にいた霊夢が戻ってきて、また箒の後ろに座りながら腰を抱いてくる。
「もう少し、激しい攻撃でもよかったのに」
霊夢は残念そうに言って、また見たいわ。なんて口にしていた。
私はなんだか恥ずかしい姿をさらした気がしていて、それには答えずにむっとしてレティに声を掛ける。
「最近なにか違和感とか、変なことはなかったか?」
「そういわれても、なんにも知らないわ~」
ほっこりした表情のレティ。
なんだこいつ、そんな微笑みながらこっちを見やがって。
「それじゃあ私たちは異変解決があるから先に行くぜ!」
「あ、まってちょうだい」
足早にその場を離れようとしたのだが、声を掛けられたので振り返る。
「なんだよ」
「レティ・ホワイトロックよ。魔法使いさん、あなたの名前は?」
言われて、そうだ勝手にレティって呼んでいたけど初対面だったんだと気が付いた。
せっかく知り合った珍しい妖怪だ、私も帽子を整えてしゃんと決め顔をする。
「霧雨魔理沙だ。こっちは霊夢」
「そう、マリサに霊夢ね。楽しい弾幕ごっこだったわ、マリサ。また遊んでくれるかしら?」
なんだかさっきまで刺々しかった魔力が鳴りを潜めていて、穏やかな表情でこちらを見ている。
なんだか既視感があるぞ。そうだ、こいつ少し咲夜に雰囲気が似ているかもしれない。
姿とかは全然似てないけど、年長者ですーみたいな雰囲気が咲夜に似ているのだ!
そうか、魔力を張ったり怖がらせたりしていたのは悪戯だったんだとも思い至る。
「仕方ないからまた遊んでやるぜ!」
悔しく感じるけど何か言い返すこともないので、私は差し出されたレティの手を取って再戦を約束する。
幻想郷には、また雪が降り始めていた。
評価や感想ありがとうございます。
めちゃくちゃ励みになります。
自分の期待よりも皆様にガソリン注いでもらえているので、モチベ爆上がりしました!