だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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閑話1 長い冬のある日の紅魔館

 

 霊夢と魔理沙が異変解決に乗り出す少しだけ前。

 雪の吹き荒ぶ寒空の下、紅魔館のメイドである十六夜咲夜は主人の命令を遂行するために無人の雪原上空を飛んでいく。

 吹雪に混じる白い魔力の弾丸を銀のナイフで打ち払い、そのまま無造作にナイフを放り投げるとその先の弾幕も霧消する。

 弾幕を放つ数多の雪精が、悪意のない笑顔を張り付けたまま銀に切り裂かれて自然に還っていく。

 雪精たちは仲間が魔力の残滓を残して消えるのを見ながら、それでも笑顔で楽しそうに魔力弾をただただ放つ。

 死の概念がない妖精たちは遊びながら自身の存在を消費し、この長い冬で持て余していた魔力を放つ。

 斬られる。消える。また生まれる。

 自然の発露であるそれに意思はなく、ただ現象として孤独に飛ぶ人間へ致死の弾丸を放ち続ける。

 しかし、たった一発の魔力玉でさえ咲夜には届かない。

 ナイフを振るう。普段と変わらない表情、まったく興味がない様子でただ振るう。

 咲夜にとってはそれは埃を掃いて捨てることと変わらない作業だった。

 傘で雨を払う様に、暖簾をくぐって中に進むように、吹雪のような弾幕を切り払い進んでいく。

 

「こんな雑魚倒しても、何にもなりゃしない」

 

 疲れを感じている様子はなく、ただ事実を告げた。そういう様子だ。

 平易な声でそう言いながらまた妖精を自然に還していく。

 

「さっさと黒幕の登場を願いたいものだわ」

 

 ボヤキながら、いつの間にか手元に巻き戻ったナイフを手にして最後の雪精を払い除ける。

 

「くろまく~」

 

 そう言いながら吹雪を纏ったひと際大きな気配が、咲夜の目の前に現れたのはそんな時だ。

 

「あなたが黒幕ね。では、早速」

「ちょい待って! 私は黒幕だけど、普通よ!」

 

 言いながらワザとらしい調子でおどけて見せ、自身に突き立ったナイフをすっぽり抜きながらそれが笑う。

 雪精とは比べ物にならない魔力がその存在からは感じられた。

 見るものが見れば、吹雪や雪崩のような自然現象に近いような。強大な存在としての威圧が放たれている。

 

「こんなところで。黒幕も、普通もないわ」

 

 言いながら、銀のナイフが有効な相手ではなさそうだと面倒そうに咲夜は悟る。

 

「そもそもあなたは今なにが普通じゃないか、わかっているの?」

「例年より雪の結晶が大きいわ。だいたい3倍くらい」

 

 冬の妖怪は指を三本立てて、咲夜の方にニィっと笑いかける。

 

「ああそうね」

 

 面倒そうに咲夜が答え、自身に降りかかっていた雪結晶の形をした弾幕すべてを切り裂いて見せた。

 驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせ、冬の妖怪はまた好戦的な笑みを浮かべる。

 

「あとは、頭のおかしなメイドが空を飛んでくることくらいかな」

「そうね。やっぱりあんたが黒幕ね」

 

 *

 

「困ったわ。燃料が不足してしまう」

 

 長い冬を迎えている幻想郷。

 ここは霧の湖の近くにある紅き吸血鬼が住まう館。

 吸血鬼のイメージにそぐわない昼下がりにも関わらず、館の中では煌々と暖炉に火が入っており、館の中は隅々まで外の寒気と太陽の光を排していた。

 妖精メイドたちは楽し気に廊下を行き来し、掃除をするものと漂っている者と思い思いに過ごしている。

 少し前までは考えられなかったような明るい雰囲気がそこかしこに満ちている様子は、ここがまさか吸血鬼の館だとは思えない様子だ。

 

 今日は館に霧雨魔理沙が来ているのだ。

 それ自体は屋敷の管理を預かる咲夜も歓迎している事だが、それが燃料不足になっている原因でもある。

 館の主人は魔理沙が来るたびに盛大に持て成そうとするので、かなり余裕のあった燃料の備蓄がとうとう底を見せ始めている。管理を任されている咲夜としては、頭の痛い思いを抱えていた。

 普段は寒々しい廊下すらも暖かさで満たされている。住んでいる妖怪たちには必要ないだろうに、大きな広間や大図書館も彼女が利用するというだけでそれぞれが暖かく保たれていた。

 お嬢様はこうと決めたら何が何でもやり遂げる方だが、今回は良い方に作用してはいない。皺寄せは咲夜たち屋敷の管理をする者に降りかかっていた。

 

 館で一緒に住むことを何度も勧めているレミリアに、冗談だとしているのか一向に肯定しない魔理沙。

 それなら帰りたくないように居心地のいい空間を。と思ったのか、館の主人が率先して行う盛大な歓迎は、既にこの長い冬の間に何度行われたことだろうか。

 

 庭から少し離れた、一軒家ほどもあるような薪小屋を出てから咲夜は思案した。

 果たしてあと何度、そのおもてなしができるだろうか。

 咲夜も自分から積極的にお菓子を作り与えるなどしているので、原因の一端を担っている自覚はある。

 問題なのは冬を迎えるまでに備蓄を整えられなかった自分たち自身で、そしてその不出来さに自身の頭を抱えているのだった。

 そしてイレギュラーとして、既に5月を過ぎているのにこんなに寒い幻想郷も悪いのだ。

 完璧で瀟洒なメイドは今後の燃料不足、その対策をお嬢様へ相談することにした。

 薪小屋を出た先で、庭の雪かきをしていた門番の美鈴に会ってそんなことを話していたのだった。

 

「あはは。お嬢様も、皆様も、魔理沙さんに甘いですからね」

 

 美鈴は目の前の咲夜が会うたび魔理沙に抱き着いて、ちゃんと食べているのか、少しだけど持っていきなさい、なんて親のように食べるものを渡している姿を思い浮かべながら苦笑した。

 

「そうなのよ。あんまり甘やかさないでもらいたいものだわ」

 

 会うたびに不調はないか能力を使って確かめたり、締まりのない顔で魔法の練習に付き合っている目の前にいる美鈴を呆れながら、咲夜はため息を零した。

 

 *

 

 紅魔館の主、レミリア・スカーレットは吸血鬼という強者の種族で、運命さえも操る強大な魔力を畏れられ君臨している。

 その妹であるフランドールはすべてを破壊する強大な力に自我さえも失い、悪魔の館の主人にさえ手が付けられないとして、地下深く封印されていた。

 紅き悪魔として、紅魔館の勢力は幻想郷でも力の一角を担うものだ。

 その恐ろしさにカリスマ性を感じ周囲には人妖が集まる。それを孤高に見下ろしているのが吸血鬼としての、強者としての在り方。

 カリスマ吸血鬼なのだ。

 レミリア・スカーレットは喉の奥でくくくっと笑いを零し、自身が欲望のままに作り上げた目の前の光景をソファーから眺めた。

 

「はい、魔理沙! あーんってしてー!」

「わかったから! 自分で食べられるから!」

 

 にこにこと100万点の笑顔で差し出したフォークに、たっぷりのホイップクリームがついたケーキを差し出している見た目相応の愛しい妹。

 そしてほっぺたにぐいぐいとクリームごとケーキを押し付けられて困惑し、こちらに助けを求めるように縋り付いた涙目を寄越してくる愛しい人間。

 おい、私は人形じゃないんだぞ! なんて可愛らしい抗議の声を聞きながら、レミリアはご機嫌な昼を過ごしていた。

 

「レミィ。だらしのない顔してるわね」

 

 半眼ジト目で吸血鬼の親友、魔法使いのパチュリーがレミリアを横目に見ながら紅茶に口をつけて呟く。

 ここには過保護な巫女もいなければ、口うるさい妖怪たちもいない。

 午後に屋敷を訪れた魔理沙に昼食を勧め、その礼として妹にケーキ作りを教えさせるという作戦は狙い通り、いや運命通りに上手くいった。

 遠慮しないくせに律義なこの少女の扱いを、じっくりと時間をかけて交流を深めることでレミリアは把握していたのだ。

 

「なあ、ほっぺたにクリームついてるんだって! お菓子作りくらいまた手伝うから、落ち着いてくれよ。」

「大丈夫、そのクリームは私がいただこ「お姉さま?」はい……」

 

 たまに妹が怖い目をして止めてくるが、引き際を誤らなければ姉妹喧嘩に発展することもない。

 肝心なのは強弱だ、我が策は成った。あとはその魔理沙が焼いたケーキとフランがホイップしたクリームを頂くだけなのだ。

 出来上がってから一向にこちらには寄越してくれないが、自分も貰えるものだと確信して疑わない。

 ニコニコと上機嫌な親友を見ながら、パチュリーは本当に呆れながらじとっと視線を向けていた。

 

「……病気ね」

 

 *

 

「お嬢様、すこしお話が」

「どうしたのかしら」

 

 魔理沙が家路についてから。

 もちろんその帰宅の際にひと悶着あった後の事。

 明かりを落とし、暖炉の火だけが室内を照らす薄暗くなった自室でレミリアは咲夜から報告を受け取る。

 

「燃料が足りなくなりそうです」

 

 短く事実だけを伝える。

 ふむ、と顎に手をやってから、レミリアは行儀悪く足を組んで咲夜を見る。

 

「なるほどそうか。冬が長すぎたな」

 

 ぱちぱちと薪が爆ぜる音だけがしばらく響き、レミリアは組んでいた足を解いて深くソファに腰をかけながら息を吐いた。

 咲夜は何も言わずに、黙ってレミリアを見つめる。

 暖炉を見ながらぼうっと何か考え事をしている様子だが、言葉はない。

 その目に暖炉の光が反射し、きらきらと輝いているように見える。

 咲夜にはそれが、火を見つめているようにも、どこか遠くを見つめているようにも見えた。

 

「霊夢が動いていないのは、なにか理由がありそうだけど。まああなたなら平気でしょうね」

 

 言ってどこかで何かを見たように、頷きながら納得した様子で、レミリアは咲夜を見る。

 

「しばらく暇を出すわ。春を呼んできて頂戴」

 

 随分曖昧な、意味の解らない指示だ。

 人によっては指示を受けたとも思わないようなものだった。

 しかしそれを聞いて、咲夜はかしこまりました。と言い置いてその場を去ろうとする。

 

「ああ。魔理沙によろしくね」

 

 一人部屋に残されたレミリアは、既に音もなく消え去った咲夜にそう伝える。

 ゆらゆらと火の明かりで揺れるその影から、一匹のちいさな蝙蝠が生み出され、消えたそのあとを追う様に窓へ進んでいくとそれもふっと消えた。

 それだけだ。

 主とその言葉を交わしただけで、咲夜はこの異変解決へ向かう事を決めた。

 

 *

 

「黒幕、弱いなぁ」

 

 ようやく静かになった周囲に向け、聞こえるように声を張ってあたりに響かせる。

 

「次の黒幕でも探さないとね」

 

 どこかにいる異変の主に向けて咲夜は言った。

 どこに向かうと良いとか、黒幕は誰だ、とかは聞いていない。

 ただ行けと言われたので出て、春を呼んで来いと言われたのでそうした。

 魔理沙によろしくとも言われたし、お嬢様はなにかを見ているようだった。

 ならば指示はいらない。思うままに進んだら、その先に会うのだろうと思う。

 真っ赤なマフラーをもう一度まき直し、咲夜はふたたび当てもなく飛びながら、活発な妖精を自然に還して進んでいくのだった。

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