最初の印象は、森に迷ってきてしまった人里の子供だった。
今以上に魔理沙が幼かった頃、魔法の森のキノコの胞子や瘴気に侵されて、苦しそうに助けを求めてきた時がその子との初めての出会いだ。
自称で魔法使いを名乗る様子は滑稽に思えるし、軽々しくそれを名乗る姿には苛立たしさも覚えていた。
弱っちいのに妖怪の懐へ無警戒で飛び込んでいく様子に、危機感がない愚か者なのだと断定した。
最初はそう。好ましくは思っていなかったと思う。
魔法使いはあんなに明るく笑わない。魔道は禁忌の道だ。
魔理沙は暗い印象のない、明るい太陽の下が似合う普通の女の子だ。
教えを乞うことに素直で、どん欲に力を求めている。
しかし根本では争うことを恐れていて本質的に戦いに向いていないようにも思える。
どこかちぐはぐに思えるその気質に、違和感を覚えて欠片ほどの興味を抱いた。
その後に偶然知った彼女の背景からその心に触れた気がして、すこしだけ見直した。
怖がりながら、心から神妖に畏怖を覚えながら。
それでも好奇心を抑えられないその姿は、危なっかしくそして好ましく映る様になっていった。
私の人形ひとりひとりの名前を覚え、人と接するように扱っている姿にも絆されていたのかもしれない。
「アリスってなんでもできて凄いよな」
アルバイトで貰ったという英語の本を持ってきて、少しだけ内容を教えていると彼女は私をそう称した。
時々外部の知識を持ってくるのが便利だから、気まぐれに教えてあげただけだ。
その程度のものに対して、どうしてこんなに嬉しそうなのか。
何気なく言った言葉なのだろう。
多分本人も覚えてないような、そんな日常の一片。
多分それがきっかけだったように思う。
私はあの子の頼み事を、少しだけ面倒に思わなくなった。
少しだけ、あの子と関わることを楽しみにしている自分を自覚したのだ。
魔理沙は私を敬意をこめて見つめる。その瞳が好きだ。
うちで過ごす何気ない時間、食事を美味しいと言う笑顔が好きだ。
彼女が体調を崩した時には心が落ち着かない。
妖怪は精神の生き物なのに、こんなに心を乱される。ただの女の子に、こんなにも。
弱り切った彼女が眠りながら零した「お母さま」という呟きが忘れられない。
その呟きを聞いてから、その感情に納得した。
アリス・マーガトロイドはあの子にとって、尊敬のできる存在であろうと決めた。
魔理沙は私という妖怪の在り方を変えてしまうような、そんな魔法使いだ。
*
なんだか前の異変の時よりも、ずっと静かだ。
雪精たちもいない静かな雪原の空を飛びながら、私はそんなことを考えていた。
霊夢はいつの間にか私の腰に置いていた手を少し上にやって、お腹の肉をムニムニしながら無言。
乙女的に恥ずかしい。すごくやめてほしいんだぜ。
なるべくそれに反応しないように無視して、次はどっちに向かうんだー? なんて声を掛けながら箒を飛ばす。
そのうち飽きてくれるはずだ。そう思っていたのだがいい加減しつこい。
「さっきから、お腹つまむのやめてほしいんだけど。霊夢?」
「え? ああ、うん」
言いながら手を止めてくれない。
振り返るとにこりともしていない無表情で真剣な様子。
もしかして、何か私の体に異常があるのか? 不安に思えてきた。
「ん? いや全然。やわらかくて気持ちいいなーって思って」
「おい、今すぐ手を放すんだぜ」
「嫌」
「はなせ!」
箒の上で身を捩るが、全然離さないし。諦めて大人しく前を向く。
視線の先、まだ遠くの方に微かに明かりが見えていた。
それはゆっくり動いているので、空を飛んでいる誰かだと思う。
こんな吹雪の中をご苦労なことだ。
私達の周囲は結界で明るくなってるから、向こうも気が付いているのだろう。
さてまた妖怪かと身構えると、向こうの方から声を掛けられた。
私は普通の人間なので吹雪の中その内容までは聞き取れない。ただ聞き覚えのある声だったので、それがアリスのものだという確信はあった。
都会派の魔法使い、魔法の森の人形遣い。アリスが人形のひとりにカンテラを持たせて、こちらに向かっていた。
肩に掛けたクリーム色のストールには雪の結晶一粒も付いていない。
この吹雪の中、何でもない様子で飛んでいる。晴れた野原だろうが吹雪の雪原だろうが、関係ないとでも言うようだ。
「こんな吹雪の日に、なんで出歩いているのかしら」
こちらのじゃれ合いが遠目から見えていたのか。聞こえるような大きい声を出して近づいてくる。
アリスはそのまま傍まで近づくと、私の背中側に無理やり身を割り込ませてきた。霊夢の手が私のお腹から離れる。
おい、なんだなんだ。
やめてくれ、定員オーバーだぜ! 落ちるって! わーわー騒いでいる私を気にせず、ふたりはそのまま言葉を交わしている。
「はじめまして、あなたが博麗の巫女の霊夢ね。魔理沙から話は聞いているわ」
「あなたは?」
「私はアリス。この子と同じ、魔法の森に住む人形遣いよ」
「そう。あなたが」
興味があるのか、普段のぼーっとした様子ではなく霊夢はちゃんと聞いていた。
アリスの話は霊夢にしているので、覚えてたのだろうか。
それか人里で人形劇をしてるのを、見た覚えがあるのだろうか。
「あなたとは仲良くできると思っていたのよ。ぜひ一度お話ししたいと思っていたわ」
後ろで喋ってるから表情は見えないが、微笑んで言葉を交わしている様子。
さすが人間友好度が激高の魔法使い。穏やかな話し方だ。
しかしふたりとも、呑気すぎる。
「ねえ、どこかで会ったことない?」
「? いえ、ないとおもうけど」
「そう、いやごめん。忘れて」
追いやられている気分になり、面白くない。
けど挨拶を遮るのも良くないし。むっとしながら箒を強く握る。
「ほら魔理沙、これ忘れ物」
と、後ろから私の脇腹にアリスが手を回す。
その腕につかまっている蓬莱人形が、大事そうにミニ八卦炉を抱えて私を見つめていた。
「おお! サンキュー!」
喜んでそれを受け取る。蓬莱人形が無表情でばんざーいってしているのが可愛くて、そいつにもお礼を言う。
よかった、ミニ八卦炉を忘れていた私が信じられないぜ。
大事に受け取り、腰のベルトに着けた八卦炉入れにしまう。
これでフルアーマー魔理沙だぜ。嬉しくて気持ちが前向きになり、やる気が出てきた。
「……あんまり……」
「こっちの……」
「……ぶっとば……」
蓬莱人形にお礼を言って頭を撫でていると、箒の後ろにいる2人がようやく離れた。振り返ると肩なんか組んでる。
その様子は全然らしくないので違和感がすごい。
同時に、すっかり仲の良い雰囲気に心がモヤっとした。
「お茶会の日程を決めましょうか」
「ええ、とっておきのものを用意するわ。なんなら、今からでも」
お茶会は後にしてくれないか。
文句を言うため追いかけようとするが、蓬莱人形が止めるようにぎゅっとお腹に抱き着いてくる。
不思議に思ってそれを見下ろすと、蓬莱は首をフルフルと横に振っていた。
意図がわからないのでアリスに視線をやるが、目を離した隙にその場からいなくなっていた。
「おい、なんなんだよ。」
蓬莱人形と一緒に取り残されてしまう。呆然としていると、すこし離れた空で魔力光が暗闇に複数撃ちあがった。
どうしてこの会話の流れで弾幕ごっこが?
疑問はあるが、結界の中で仕方なく終わるのを待つことに。
むう、なんだか面白くないな。
腕の中の蓬莱人形が元気出して、というようにポンポンと私を慰めてくれた。