アリスと霊夢の弾幕ごっこを少し離れたところから見ている。
自分で弾幕ごっこをするのもまあ嫌いじゃないが、見ている方が私は好きだ。
だって綺麗だし。弾幕を向けられている恐怖もないから、純粋に感動できる。
今日みたいな吹雪の日でなければ、光だけじゃなくそれを操る霊夢とアリスの姿も見ることが出来てもっと綺麗なんだけどな。
しかし冬の夜空を花火のように彩る弾幕も、どこか風情があっていいものだ。
腕の中の蓬莱人形をよしよしと頭を撫でながら、ぼうっとしばらく見ていると弾幕が止んだ。
終わったみたいだ。結界の中で待つことにする。
「蓬莱人形、どっちが勝ったと思う?」
蓬莱人形は喋れないので、こちらが一方的に話しかける。その表情は変わらないが、私を見上げて首を傾けている。
蓬莱人形がこうして動いているという事は、アリスは無事だろう。安心して息を吐く。
アリスと弾幕ごっこをしたことがあるのは、過去に1回だけだ。
私がスペルカードを作って見せびらかしていた時に、一度だけ付き合ってもらったことがある。
どこか苦手そうにしていたから得意じゃないのかと思っていたが、霊夢と撃ち合っていた弾幕はものすごい物量だったので心配いらないみたいだ。
「お待たせ」
何事もなかったように、疲れも見せずに霊夢が戻ってくる。
用事は終わったと、また箒の後ろに勝手に座り込んで腰に手を回してきた。
その手が蓬莱人形にぶつかると、無言で掴んで捨てさせようとしてくるので蓬莱を抱き寄せて防ぐ。
「おいやめろよ、蓬莱に乱暴すんな」
言って聞かせると諦めてくれたが、不満そうな雰囲気を背中から感じる。
というか背中をつままれていた。
「アリスに蓬莱人形を返さないといけないんだけど、あいつ無事なのか?」
「しばらく戻らないと思うけど。そのまま持っていくか置いていけば?」
妖怪相手に容赦をしない霊夢の事だから、容赦なく叩きのめしたとは思っていた。
そりゃあもうコテンパンにしたのだろうと思う。
腕の中の蓬莱人形に、アリスがいる位置はわかるか聞いても首を横にふるふると振るのみ。
自分一人で帰れるか聞くと、なんとなく不安がっているように思えるのでここに置いていくわけにもいかない。
こうして動いているのを見るにアリス本人は無事だろうとも思う、冷たいかもしれないが私にはどうすることもできない。
さてどうしようと困っていると、せっつくように霊夢が次は向こうに行きましょうか、なんて言ってくる。
アリスの様子を確認したいので後ろ髪を引かれてしまい、動き出さずにその場で留まっている。
「まったく、どっちが化け物なのかわかったもんじゃないわ」
言いながら、雪を被ってぐしゃぐしゃになったアリスが暗闇から声を掛けて来た。
びっくりして変な声を出してしまったが魔理沙っぽくなかったので黙り、ひとつ咳払い。
「アリス、無事だったんだな!」
「っち」
「無事とも言えないけどね。ああ、早く家に帰りたい」
腕の中の蓬莱人形をアリスに引き渡そうとしたが、受け取らずにアリスがそのまま話を続ける。
近くに上海人形が浮かんできて、改めてカンテラをもって明かりを灯した。
「魔理沙も異変はこいつに任せて、帰らない?」
じっとこちらを見つめているアリスの目を見る。
心配してくれている様子だ。私の魔法の腕前を知っているアリスからすれば、霊夢と並んでここにいる私が場違いに思えて仕方ないんだろうと思う。
「帰らないぜ」
短く答える。
私は魔理沙だから。
他に理由がいるのだろうか。
「そう。……これは失敗したわね」
もし次に異変があった時には、私もなにか考えないとね。
なんていう呟きが聞こえた。うんうんと頷いていたので、とりあえず頷き返したら呆れたように見られた。
アリスのその正義感や人の好さからだろう、こいつが幻想郷の異変を考えるきっかけになったみたいだ。
*
それじゃあ蓬莱人形だけでも連れて行って。
なんていって私に蓬莱を押し付けてアリスは帰って行った。
「次はどこに向かえばいいんだ?」
「そうねえ。これだけ雪が降ってるし、地上に違和感もないから次は上ね」
「上? って、雲?」
空を見上げる。
分厚い雲が幻想郷を覆っていて、相変わらず雪は降り続いていた。
そして言われて思い至ったんだが、たしかに雲の上に行く話もあった気がしてきた。
どうにも本当に曖昧にしか覚えていない。
「それじゃさっそく向かってみるか」
なんて言って、高度を上げてからしばらく。
私は大いに後悔していた。
空を飛べるようになってからしばらくして、嬉しくなって魔力の限界まで空を飛び続けたことがある。
スピードを出すことも気持ちが良いし、箒の下に見える幻想郷の景色は雄大で、いつまでも見ていられた。
そして魔力切れを起こして、真っ逆さまに落ちたことがあるのだ。
その時の恐怖と言ったら、一時期空を飛ぶことを諦めさせるくらいのものだった。
ぎりぎりで霊夢が私を助けてくれたが、それ以来、魔力切れと高いところに行くことには恐怖を覚えるようになってしまった。
だが弾幕ごっこのために無理やり空を飛び続け、何度も魔力切れをするくらい研究も続けて、すっかり克服できたと思っていた。
実際にもうしばらく高いところを怖いと思わなくなったし、やっぱり空を飛んでいるのは気持ちが良いから深く根付いた恐怖ではないと思っていた。
しかし地上から随分と離れたころ、その恐怖が唐突に蘇ってきたのだ。
最初はなんてことがなかったんだが、雲へ入る前にちらりと地上を見て、あまりの高さにトラウマが蘇った。
「魔理沙?」
上昇を止めた私に、訝しそうに霊夢。
しかしクヨクヨしていられない。ええいと勢いをつけてそのまま上昇。雲に飛び込んだ。
下を見なければ大丈夫。霊夢が近くにいるから大丈夫。
落ち着くように自分に言って、気取られないように平気なふりをして笑う。
「あんた、まさか落ちた時の事……」
ぜんぜん普通にばれたぜ。
「帰りましょう」
霊夢が提案、というかすぐに実行して上るのを止めた。そのまま箒から降りようとするのを手を取って止める。
霊夢は何も言わずに、後ろから私を支えるように手を回して落ち着かせてくれていた。
こんなのなんてことのない、空を飛べるのに高いのが怖いって笑える。
自分が情けなくなって消えてしまいたくなる。
それでも地上に戻りたくないでいる私の耳に、微かに音楽が聞こえ始めた。
顔を上げる。まだ雲の中だから周囲にはなにもない。
霊夢の結界があたりを包み、視界は暗くてほぼ見えない。
でも聞こえた。聞き覚えがある。上の方から聞こえる。
それは私が霧雨魔理沙になる前から知っているもので、魔理沙になってからも感動した音だ。音楽だ。
魔法の音は周囲の音に影響されない。遠く離れた場所でも、周囲がどんなにうるさくても届けたい相手にはそれが聞こえる。音を頼りに上昇を続ける。
なにか言いたそうにしている霊夢の気配は感じるが、その音楽に勇気づけられている気がして、私はそのまま昇っていくことができた。
雲を抜けた先。太陽は既に沈み、月が照らす雲海の平野で。
雲の上には複数の柱が立っている。私が想像するような普通の雲の上と幻想郷は、やっぱり違う。
周囲は桜の花弁が舞っており、うっすらと桃色に色づいた雲の上。
幻想的な景色のそこでは、思った通りに見覚えのある3人の騒霊たちが周囲に楽器を浮かべながら音楽を奏でていた。
踊る様に浮かぶ楽器たちと、その中心にいる黒、白、赤の少女たち。
「こんばんは、魔理沙。いい夜だね」
手にヴァイオリンを下げながら、黒い衣装のルナサが声を掛けてくる。
にこやかに笑みを浮かべてこちらを見る姿があんまりにも絵になるから感動してしまった。
幽霊楽団だ、何度も耳にして変わらず感動をもらっている曲だ。
*
騒霊という存在がいる。
ポルターガイストと呼ばれる現象の幽霊で、詳しい話を聞いたことがあったけれどよく理解できなかった。
幻想郷で私が知っていることは、3人の姉妹で音楽隊を結成していて、その音楽は人妖を問わず大人気だということ。
私のアルバイト先のひとつだ。
紅魔館が幻想入りする前に、幻想郷中を飛び回って聖地探索していたころ。
霧の湖に立っている館を見て、まさかもう紅魔館があるのか! と入り込んで以来、関係が続いている。
ファンクラブも多く、頼めば演奏してくれて人間にも友好的なその姿を近くで見させてもらっていた。
以前から交流がある友好的な妖怪たちで、そうか本来はここで出会ったのかと思い至る。
「驚いたよ、近くで知った音がすると思ったら」
「うん。今日はアルバイト頼んでないのに、どうしたんだろうって思って」
「そうそう! 弱虫がぴーぴー泣いている気配がして、思わず演奏しようかって!」
「泣いてないぜ!」
音楽は鳴り止まずに周囲は桜の花びらで幻想的な雰囲気の中。
知り合いに会った安心感と、勇気をもらえる音楽。
それに雲が地面のように隙間なく足元を埋めているので、高度を感じずすっかり普通の調子に戻ることができた。
霊夢が息を吐いて、そのままお腹を撫でている。
乙女的にあんまりお腹を触られるのは嬉しくない。
「えっと、こちらは霊夢だ。博麗神社の巫女をしている」
「どうも」
「はじめまして、博麗の巫女。お噂は魔理沙から聞いているよ」
「ええそうよ~。働かない紐のような巫女」
「人の金で食う飯はうまいかー?」
随分辛辣な言い方だし、なんだか誤解しているみたいだった。
*
「ここは幽冥の境目だよ。今日はお屋敷で宴会にお呼ばれしていてね。といっても最近は多くて。冥界だから人間は連れていけないと思って声を掛けていなかったんだけど、まさかこんなところまで来るなんて」
ルナサが言うには、この幻想的な雲の上は幽霊だから来ることができる場所みたいだ。
普通に雲を突き抜けただけのように思えるんだけどな。
まあ幻想郷だし、そういうこともあるんだろう。
温泉と一緒に地獄の門が開かれるような場所だし。
「ここは随分暖かいのね。それに桜の花びらが周囲に舞っているのは、あきらかに異変よね」
周囲を見回して霊夢が言う。
箒から降りて私の傍に浮かんでいるのは、出会い頭に辛辣な言葉を投げて来た姉妹のせいだ。
やれ魔理沙をこき使うなだとか、自分で飛ぶこともできないのだろうかとか、チクチクチクチクとそれはもう凄い言い方だった。
誤解していると思って弁明しようとすると、それすらもネタに盛り上がるものだから霊夢が諦めて箒から降りたのだ。
まあ、私もお腹をつままれなくなったので良いといえば良い。
すこし背中に風を感じつつ、蓬莱人形を抱きしめながら情報収集を進めていく。
「お屋敷っていうのはこの辺りにあるのか? この桜の花びらと暖かさ、明らかに異変の主って感じだな」
「ああ。この先に幽冥結界が扉のようにそびえている。普段は閉じているんだけど、開くのが遅くて最近は普通に飛び越えているよ」
「幽冥結界を飛び越える? どういうことかしら、明らかに結界の管理ができていないじゃない」
そりゃおかしいよな。
うんうんと頷いてみるが、そもそも幽冥ってなんだっけ。
幽霊たちは地上にもいるし、そういう境目的なのってどういうものなんだっけ。
複雑な話になるんだったら後で聞くとして、今は異変の解決だな。
霊夢と率先して話をしてくれているのはルナサ。
黒い衣装で幽霊楽団のリーダーを務める長女として、しっかりもののルナサはすこし釣り目で見た目がきりっとしている、見た目通りのしっかりものだ。
なんか結界がどうとかいうのは解らないので、霊夢の情報収集はそっちで好きに話させていよう。
そういう風に考えて、珍しそうに興味深そうに蓬莱人形を覗き込んでいるリリカに声を掛ける。
「つまりそのお屋敷に行けばこの異変を解決できるってことか」
「そうなのかな~。ねえ魔理沙、このお人形ってなに? あなたの趣味?」
「これは私の友達の蓬莱人形だ」
「そうなの! いいねえ、今度私のお友達も紹介するね」
「リリカの友達か、私も知っている人かなぁ」
「ううん、姉さんたちには子供っぽいって言われているけど、魔理沙にはこっそり教えてあげる」
微妙にボタンを掛け違えたような気がする。
赤色の衣装を身にまとっている末っ子のリリカは、相手に合わせて色々な遊びを提案してくれるので幽霊楽団の中でも一番の人気者だ。本人曰く、だが。
はてと首をひねって、まあ良いかと気にせずさっきから微笑ましそうに見ているメルランにも声を掛ける。
「最近多いって言ってたけど、招かれているのは幽霊だけなのか?」
「ええ。といっても、私達と屋敷の主、あとは庭師の半人半霊くらいしかいないけどね~」
「へえ、ずいぶん少人数の宴なんだな」
「そうね、そんな規模でも私たちを呼ぶんだもの。贅沢ね! ねえ、今度そのお友達の紹介に私も連れて行ってくれない?」
「メルラン姉さんは良いけど、あの河童の機械は置いていってね」
「え~、残念だわ~」
にこやかでおっとりとした雰囲気のメルランはそう言って、ぜんぜん残念そうじゃなく楽しそうな雰囲気のままくるくる周囲を回っている。
白っぽい衣装の次女メルランは落ち着きがある雰囲気なのに、行動は全然落ち着いていなく多動だ。いつも楽し気な幽霊という印象があるし、実際にその音楽は気分を高揚させてくれるものが多い。
プリズムリバー三姉妹は幻想郷でも有名な音楽団を結成している。
音楽性の違いから揉めていることもある、なんて聞いたことがあるけど実際にそういうのを見たことはない。
「そういうことなら案内するよ。メルラン。リリカ。いいよね?」
どういうことかわからないが、どうやら何もなく私たちは冥界に案内されるみたいだった。
「じゃあ、魔理沙はここでお帰り。ここから先は博麗の巫女に任せると良いよ」
違った。霊夢だけを案内するらしい。
「おい、そりゃないぜ! 私も行く!」
「だめだ、危ない」
「危ないのなんて承知の上だし、霊夢だって危ないだろ! 私も行く!」
短く言葉を区切ってルナサが言い聞かせるように言ってくる。
それに反発心が沸いて、心配してくれている様子のルナサにも大声で言い返してしまった。
言い過ぎたかと、はっとルナサの様子を伺うと目を見開いてびっくりしている様子だった。
「は、はんこうきだ……」
目に涙まで浮かべてまたどこか遠くを見ている。
いつも言い返すと、すぐ泣きそうな顔をする。
涙もろいし考えがすぐ後ろ向きになってしまうルナサに大声をだしたのは失敗だった。
こうなると話を聞かないので、リリカとメルランを味方にしようとそちらを見る。が、首を振っていて断るつもりのようだ。ふたりとも私を連れて行く気はないようだな。
「いいぜ、それなら……」
弾幕ごっこで、と言いかけた言葉を遮ったのは霊夢だった。
「危ない目には遭わせない。私がいるんだもの」
そちらを見ると、凛と背筋を伸ばして腕を組む霊夢がいた。
霊気がこちらまで漂ってくるくらい威圧がすごい。もうそろそろ異変も終盤だからか、霊夢はすごいやる気みたいだ。
「霊夢……」
あんまり周囲に威圧を放っているものだから、言葉を飲み込んでしまった。
守られてばかりの私じゃないんだぜ。
改めて危ない目にあうことも承知しているんだし今更。
「その言葉がどれだけ信用できる?」
「言うだけなら誰にでも~」
「まあ、もし魔理沙が死んじゃってもずっと一緒にいるけどね」
騒霊が口々に言い返しているが、霊夢はなにも言い返さない。
言葉の代わりに弾幕が周囲に形成されて、それを見た三姉妹は手に取った楽器をまるで武器のように構える。
いきなり戦う雰囲気になっているのに驚き、あっけにとられている私を置いて。
そうしてまた、私を置いて弾幕ごっこがはじまってしまったのだった。
「おい、私の番じゃないのかよ」
また腕に抱いた蓬莱人形が、慰めるように力を込めて抱き着いてくれた。
歌詞の無い音楽でも使用楽曲情報などは記載した方が良いのでしょうか。
タイトルだけでしたが、もし不都合があれば書き加えるなどします。