「その言葉がどれだけ信用できる?」
「言うだけなら誰にでも~」
「まあ、もし魔理沙が死んじゃってもずっと一緒にいるけどね」
ギラギラとした目で睨みつけられる。
3人揃っての霊威は尋常ではなく、一角の大妖怪に並ぶほどのものだ。
背にした魔理沙に見えないように、またその周囲に影響が及ばないように。
繊細に周囲を取り巻く音に乗せた霊力でぐるりとあの子の周囲を包む様子は、過保護にも思える。
「おい、私の番じゃないのかよ」
呆然としながら呟いた魔理沙が、腕の中の西洋の人形を抱いてつまらなそうに頬を膨らませている。
――過保護ね。あの子を籠に閉じ込めるのは、あなたの本意ではないでしょう?
いつだかの、胡散臭い隙間妖怪の言葉を思い出す。
魔理沙は弱い。弾幕ごっこのセンスがない。戦いに向いていない。
本人に言ったら泣くから言わないけど。
だけど本人の気質か、妖怪の欲を擽るのか、気が付けば人妖問わず関係を築き、こうして手を貸してあげたくなってしまう。そんな魅力がある。
守りたくなってしまう。怖がらせてみたくなる。笑顔を見たくなる。脅かしたくなる。
一緒にいたいと思ってしまう。
本人に自覚がないところで、様々な欲望を向けられている。
ただの一般人が、まるで大きな影響力を持っているかのように。
それは食欲なのか、独占欲なのか、どういった形なのか。
ただ本人は一生懸命生きているだけだ。
この幻想郷で、周囲が自分のせいで変わるのが怖いと、怯えながら踏ん張っているだけだ。
そんな何事にも一生懸命な私の友人は、誰も心配しなくなった私が心配だという。
よっぽど自分の方が危なっかしいのに、霊夢のことを守ってやるぜ! なんて調子よく笑う。
幻想郷の人妖は博麗大結界の維持のため私を害することはない。
そういう話をしたことがあるが、なんでそんな話をしているのだと、きょとんとされたことがある。
――霊夢だって人間なんだから、疲れることもあるし怖い事もあるだろ。心配して悪いか?
私にとって怖いのは、あんたがいなくなることよ。なんて。
言葉は飲み込んで私より少しだけ低いその頭をぐりぐりと撫でてやった。
「信用はしなくていい」
人里の守護だとか幻想郷の維持だとか、大事なことはいくつもある。
それらを為すことで隣の友人が笑っていてくれるから、私は一層それを為すだけ。
「私はただ、危ない目に遭わせないだけ」
守りたいというなら守ってもらおう。
ただそれ以上に私があんたを守ってあげる。
博麗の巫女なめんな。
*
月下の弾幕ごっこは桜色の花びらが周囲に舞う様子と幻想的な音楽で、見た目にも耳にも楽しい戦いだった。
ただし、あっという間に終わった。
「きゅ~」
「や~ら~れ~た~」
「巫女こわい!」
多少おふざけのように声をあげ、次々に騒霊たちは撃墜されていった。
撃墜したルナサたちをどっかから取り出したしめ縄で縛り上げ、そこら辺に浮いている柱に括りつけた霊夢が戻ってくる。
「ええ……」
案内役任せるわけじゃないんだ。
ぎゅうぎゅうに縛り付けられたリリカが「魔理沙~! たすけて~!」なんて声を出している。
見た目には結構ぼろぼろになっていると思うんだけど、声とか調子はずいぶん余裕そうだ。
「さて、行きましょうか」
何でもないように霊夢が言って、また箒の後ろに乗り込んでくる。
もしかしてアリスの時も、あのしめ縄でその辺に縛り付けていったんだろうか。
だとしたらそれを抜け出したアリスも大概凄い。
騒霊たちはぎゃーぎゃー騒いでいるが、完全に身動きを封じられている様子だ。
私じゃ助けられないし、異変が解決したら解放されるだろうとも思うので、そのまま騒霊たちとはそこでお別れして私たちは先へ向かうことにした。
*
「さっきから思っているけど、雲の上とは思えないな」
しばらく進んだ先にルナサが言っていた大きな扉があり、それを飛び越えて行ったさらに先の方で。
雲の上に、さらに上へ上へと延びている大きな階段が見え始めた。
階段の脇には見事な桜並木が続いており、ずーっと上のほうに大きな門扉が見える。
「そうね。それに生きたまま冥界に行くなんて、貴重な体験じゃないかしら」
そう、この場所は冥界らしいのだ。
普通に空飛んで来たから実感わかないけど。
道中で霊夢がゆうめいの結界がどうとか言っているのを聞き流していると、私の中では「まあ幻想郷だからそういうこともあるんだろう」という結論になった。
冥界っていうのは、死んだ魂が最初に行きつく場所。
それで、そこから地獄とか天国とかに行くらしい。
つまり幽霊の世界なので生きた人間が出入りすることは、基本的にできないようになっているんだとか。
「見事な桜並木だなぁ」
そんなことよりも目下重要なのは異変の解決だ。
階段の上を箒で飛びながら、桜並木を楽しみつつ屋敷に向かう。
雲の下は吹雪で上は春爛漫なんて、こんなの怪しいに決まっている。
というか、さすがに思い出した。
ここは白玉楼だ。冥界の女主人、西行寺幽々子の治める世界だ。
この先にはきっとみょんな白髪の剣士、いや庭師がいる。
「騒がしいと思ったら、生きた人間だったのね」
ずっと見えていたが、声が聞こえるくらい近くに行くまで律義に待っていてくれたらしい。
真っ白い肌、銀色に見える髪、ショートのボブカットできっちりと切りそろえられた頭に黒いリボンカチューシャが色味を加えている。
半袖の白シャツに緑色のベストと同じ色のスカートを履き、堂々と立っている。
その傍らには白い、というか少し透けている魂魄が侍る様に浮いている。
腰に大小2本の刀を具えて立つ、剣士然とした少女が待ち構えていた。
「随分前から見えていただろうに、律義な奴め」
「人間がここ白玉楼に来ることはそれ自体が死のはずなのよ」
話を聞く気はあんまりなさそうで、言葉の外で追い返す気は満々だ。
言いながら刀を抜いている様子は、なるほど辻斬り扱いされているのもうなずける様子だ。
「こんなに普通に普通の人間があの世に入れたら危ないじゃないの」
好き勝手喋りながらぐいっと霊夢が前に出て、お祓い棒を片手で刀を構えるように前に構えた。
私も次は出番を取られたくないし、八卦炉を取り出して横に並ぶ。
蓬莱人形はそのまま強くぎゅっと私の腕にしがみついた。
「あんたが幻想郷中の春を集めた妖怪ね」
「優雅にお花見とは洒落ているな。なんのためにこんなことしているんだ?」
「幻想郷中の春が集まったのに、それでも
言いながら、抜いた刀を正眼に構えてこちらを油断なく見ている。
凶器だ。シンプルな暴力装置が目の前に抜き身で現れ、月下できらりと怪しく光る。
「あとほんのわずかな春が集まればこの西行妖も満開になる。あなたたちが持ってきたなけなしの春が集まれば満開になる」
「全然話聞いてくれない感じだぜ」
隣に霊夢がいる安心感で、刀を向けられたのは初めての経験なのに恐怖は襲ってこなかった。
もしくは、妖夢自身からあまり威圧感を放ってこないからかも。
なんというか、間違いなくそれは刀なんだけど。
それでも害する意識がないように思えるというか、不思議な気配だ。
「満開になると良い事あるのかしら」
「春を渡すってどういうことなんだ?」
興味なさそうに霊夢が言って、いまいち概念を理解していない私が疑問をぶつける。
話に応じてくれそうな気配がしていたから続けたんだが、これ以上は話を続ける気がないようだった。
「しかたない、まず弾幕ごっこして倒すしかないみたいだな」
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまりない!」
そのまま妖夢が無造作に2度刀を振る。
その軌跡に弾幕が発生して、それらはまっすぐに私たちに殺到してきた。
直接斬りかかってくるわけじゃないんだ。
大きく飛びあがってそれを回避。
霊夢は手に持ったお祓い棒を無造作に振るって発生させた弾幕で相殺、むしろ食い破って反撃した。
卑怯だと思うなよ、そっちが仕掛けたんだからもうこっちはこのまま2対1で戦うぜ!
構えた八卦炉に魔力を充填。そのまま追尾してきた魔力弾をかわし切って妖夢に一気に近づく。
霊夢はお祓い棒を構えながら私に追従するように飛ぶ。
しっくりと手になじむそれに、今回初めて魔理沙の代名詞である魔法が炸裂した。
「偽恋符『マスタースパーク』!!」
しかしそれは私の感慨の割に高く飛びあがることであっさりと避けられてしまう。
飛びながら体をひねり、格好の良いアクションを決めながら妖夢もスペルカードを切ってくる。
「人界剣『悟入幻想』」
*
魂魄妖夢は大まじめに、目の前の人間を見据えながらしっかりとその動き方、戦い方の癖を見極めていた。
そのうえで、いつの間にか後ろに下がった紅白の巫女は置いておいて、この黒白の少女は自身の敵ではないと断じる。
だからこそ妖夢は内心焦りを浮かべた。
――いや、止めてよ!
気づかれない程度に手心を加え、決して当たらないようになるべく気を使いながら刀を振るう。
ただの人間に当たってしまったら怪我してしまう。まだ自分は未熟ゆえに、切りたくないものを切らない技術は持ち合わせていない。
妖夢が春を集める中で、西行妖が花をつけていく様子を見ていて感じたのは不安だった。
主人である幽々子が命じた。それに異を唱える気はない。
しかしどうにも拭えぬ嫌な気配と、考え事をする時間が増えた主人に、妖夢はいつしかこの西行妖を咲かせたくないと思っていた。
なので、異変の気配を目立たせるようにした。
いずれ絶対に自分たちを止めに、巫女が現れると思っていたからだ。なるべく早く気づいてもらい、止めてもらおうと考えたのだ。
幽々子様の命令を遂行する自分と、それを止めたい自分を両立させることができる。
妖夢は真面目なので、まず幽々子を裏切ることがないようにと考えた結果だった。
しかし5月に入っても巫女は動きを見せなかった。さすがに焦りを覚え始める。
いままで緩やかに集めていた春を、もうなるべく目立つように、一気に取り上げた。
それを少しづつ納品し、幽々子の前では表面上は取り繕って、内心は霊夢たちの登場を心待ちにしていた。
先週から吹雪が止まなく、どうだこれでもう動いてくれるだろう、と一息ついた。
しかし1週間。
今日に至るまで巫女は動きを見せなかったのだ。
いい加減にしてほしいと妖夢は思っていた。
はやく止めてよ、桜咲いちゃうじゃん!
この戦いに意味はない。なるべく派手に倒してほしいのに、こんなのじゃ普通に自分が勝ってしまう。
やるなあ、なんて快活に笑うその少女には悪いが、こちらは別の意味で冷や汗が出て来た。
もし幽々子に見られたら、自分の思惑なんてすぐに見破られてしまうだろうし二心を抱えていると思われてしまう。
決してそんなことはないのに。西行妖が花をつけていくにつれて、ぼうっとすることが増えた幽々子を助けたい一心なのに。
すこし後ろでは、白けた目でこちらを見ている巫女がいる。
もうすっかり戦う気はないのか、途中からは手を出さずに黒白の女の子に任せて戦っているふりをしているだけだ。
妖夢は戦いとは別の意味でピンチを感じながら、この子置いて巫女はもう先に進んでくれないかな。なんて、白玉楼の警護をするものとは思えない思考で焦りを浮かべていた。