すっかり春を取り戻した幻想郷は、連日お花見で宴会が続き、人間の里全体も明るい雰囲気で活気を取り戻していた。
雪はあっという間に溶けて、今では森の奥深くか山の上にしか残っていない。
幽々子たちはあの後、自然に戻った春以外にも各地に春を配り歩いていた、らしい。春を配るってなんだ。
そうしていつもの平穏を取り戻した幻想郷。
今日は少し変装して、私は人間の里にある甘味所へ来ているのだった。
「ん~、やっぱりここのお団子はおいしいぜ~!」
「はい、お誘いいただいてありがとうございます」
三色団子の一番上、桃色を1つ口に放り込み、咀嚼しながら隣へ座った妖夢に笑いかける。
先ほど用事が済んだ後に、偶然人間の里に来ていた妖夢と会ったのだ。
「幽々子は食べるのが好きなんだな、妖夢にそんなにたくさん買い物させて。一週間分はありそうだ」
「はは、これは夕飯の分です」
笑いながら頭を掻く妖夢が、隣へ置いた大きなカバンいっぱいに詰めた食材をぽんっと手で叩き示す。
うん、私と霊夢が二人で食べる分よりも多い気がする。
「健啖家だなぁ」
「それより、珍しい恰好ですね」
「ああ、これか」
改めて自身の格好を見直す。
薄緑の和服の上に、赤い袴の格好。足元はブーツで、話しかけた時には紅白の日傘を差していた。
普段は掛けない丸眼鏡をしていて、髪の色が目立たないように深く帽子を被っている状態だ。
今は横に置いている薬箱を手で叩き、括りつけた試験管が揺れる。
「変かな?」
自分では結構似合っていると思ったんだけど、やっぱりイメージと違っただろうか。
「いえ! その、可愛らしくて素敵です!」
拳を握りながらずいっと顔を寄せてくるので、反射的に手で距離を測りながらのけ反る。
「あ、ありがとう……」
そりゃあ『魔理沙』は可愛いからな! ただ、自分にその誉め言葉が向けられていると思うと顔が熱くなるのを感じる。
妖怪はあんまり見た目を気にしないと思うし、普段あの魔女装束だから目立てていたのが、普通の格好にしていると気が付かないやつもいそうだ。
「その、薬を売ってたんだ。実家が人間の里にあって、もしバレたら気まずいからこういう格好してるんだ」
魔法の森で採れたキノコや薬草で作った魔法薬だ!
当初は普通に魔女の格好で売り歩いていたんだけど、阿求達に助言を貰って変装しているのだ。
薬の効能は結構いいと思うんだけど、やっぱりまだ私が怪しいからか、あんまり売れ行きは良くない。
それでも以前よりは少しだけ売れるようになってきたので、こうしてたまに人間の里に出ている。
まだ永遠亭がないから、アルバイトがない時には少しこうしてお小遣い稼ぎをしている。
「へえ、器用ですねぇ」
妖夢が心から感心したように褒めてくれるが、大したことじゃないから居心地が悪いぜ。
「でも全然売れ行きが良くなくて。このままじゃ、また雑草ご飯生活……」
「なっ! それはいけない、私が買います!」
「なんてな、冗談だぜ! わはは、薬が売れなくてもアルバイトのおかげで魔理沙さんは余裕だ!」
「むっ。いや、でもそれなら良かった」
この妖夢も、真面目で心根が優しいので、つい揶揄いたくなってしまう。
大げさに笑うと、むっと頬を膨らませていたがへにゃりと眉を下げて、困ったように笑顔を浮かべた。
「ところで、アルバイトですか」
「ああ。知り合いに声をかけてな。プリズムリバー楽団とか、天狗の新聞屋とか……」
「妖怪ばっかりですね……」
呆れたような気配で、妖夢もおだんごをひとつ口に入れ、驚いたように「おいしい!」と口にする。
そうだろうそうだろう、ここは霊夢も気に入っている人間の里でも有数の甘味処なのだ!
「うまいだろ?」
「はい、これは……幽々子様にも買っていかないと」
やっぱり主人が大好きなんだな。
そんな様子にこちらもほっこりして自然に笑顔になり、ふたりで笑いあって過ごした。
*
白玉楼で初めて見た時と、今の和装の魔理沙を見ると随分と印象が変わる。
妖夢は自身がそこまで広く交流を持つ方だとは思っていなかったが、自然に付き合いを持てている自身に驚いた。
白玉楼の手前の階段では、巫女に守られる一般人。
多少魔法を使えるだけ、だが異変解決に来るその度胸は認められる。
しかしたった一度でも敗北を喫し、そしてそれを振りかざしていたことは忘れない。
その様子を見ているとふつふつと全力で戦いたい欲が湧き、再戦を強く希望した。
次に見たのは博麗神社の宴会で。
たくさんの人妖に囲まれている姿は人望を感じさせた。
幽々子様も気に掛けている様子だし、吸血鬼も執着を見せていた。
怯えた様子をわずかに見せながら、しかしまるで対等な相手と接するように相手している姿。
豪胆なのか臆病か、もしくは何も考えていないのか。すこし危なっかしい様子が気になった。
妖怪たちは、皆彼女の周りに集まりながらその空気感を楽しんでいるようだ。
たった一度の勝利を、宴会の席ではいつまでも輝かしい戦績だと大事に語るのが面白い。
弾幕ごっこで何度か叩きのめしても勝利を諦めず、別の手を考えている様子は努力家なのだなと感じた。
隣にいる霊夢が人間でありながら強いので、より人間らしいというか、素直な努力家、昔ながらの正直な人間だと思った。
力の大小ではない部分で、強い人間だというのが妖夢の印象だ。
「あれ、妖夢?」
人間の里で声を掛けられたとき、それが魔理沙だとは最初気が付かなかった。
「買い物か。よかったら少しお茶でもしようぜ!」
言いながら、にこっと明るい笑顔で見上げられても。
まだ妖夢は、知り合いによく似た子だなとぴんとも来ていなかった。
黒い中折れ帽子にほとんど隠し、特徴的な三つ編みをひと房だけ表に出した金の髪。
薄緑色の着物に赤い袴、白と赤の日傘を差して背には木製の薬箱を背負っている可憐な女性だった。
丸眼鏡をかけた一見文学少女のような見た目で、しかし話しかけてくる声や態度はその印象に合わない。
華やかな雰囲気に、背景に花を幻視する。
「おい、私だぜ。魔理沙だぜ」
むっと頬を膨らませ、自分を指さしているのを見てようやく、それが魔理沙だと認識したくらいだ。
もしかして気付いてなかったのか?
なんて言いながら、傘を持つ手と反対の方の手で気安く拳を作って突っついてくる。
印象が違い過ぎて混乱したが、なるほど変装だと言われれば合点がいく。
どことなく、稗田の当主の格好にも似ているように思えたのが気になるところだが。
それ以上の衝撃で、この百合の花が似合う少女に見惚れたのもまた事実でもあったり。
それが魔理沙だと知り混乱した頭が再起動するころには、気が付けば2人は並んで茶屋の軒先にあるベンチで腰掛け、お団子とお茶を頂いているのだった。
普段ならまずしない。少しの寄り道。
帰るまで時間の余裕があるのは確かだが、自分がそんなことをするとは思ってもみなかった。
新鮮な驚きを自覚し、隣の少女をそっと見る。
不思議な人間だった。
笑顔を浮かべて団子を頬張る姿は幼い童女のようだ。
黙っていれば知的で妖艶な女性のようにも見える。
動くと、しゃべると印象がすっかり変わるその姿に、妖夢は知らず胸が高まるのを感じていた。
「もし、よかったら」
そのまま、何も考えていない頭でも声を掛けていた。
「もしよかったら、またこうしてお茶しませんか?」
「もちろん!」
一瞬も空けずに返ってきたその答えに、妖夢は心から安堵した。
*
妖夢はその後、少しして白玉楼に帰って行った。
私は甘味処を出たあと(頑なに妖夢が払おうとするので、じゃあ次は私が御馳走するぜと約束した)阿求の屋敷で着物を返し、いつもの格好に戻ってから箒を飛ばして阿求から聞いていた話を反芻していた。
「最近、博麗の巫女が真面目に修行をしているとか」
「霊夢が修行? え、必要なのか?」
私が着ていた袴と帽子、眼鏡を受け取りながら、いつもどおり気だるげに阿求。
「ええ、新聞屋が噂していましたよ。今度の異変はきっと只事じゃないだとか、ものすごい大妖怪が幻想入りするんだとか。なにか知りませんか?」
「いや、まったく!」
本当に心当たりがない。
いつも霊夢は縁側で暇そうにお茶を飲んでいるし、相変わらず弾幕ごっこに付き合ってくれるが一度も勝てない。
あいつ強すぎるくらい強いのに、まだ強くなろうとしてるのか。
なんかそういう話ってあっただろうか。
むむむっと必死に思い出そうとするけど、すっかり記憶も風化していて原作の話もあまり覚えていない。
「霊夢が修行、ねえ」
修行を付けられるような人妖としては、やっぱり仙人の華扇だろうか。
紫はまだ冬眠中のようで宴会に姿を見せていないし。
「気になるなら、確かめるべきだよな」
今日は昼に霊夢と一緒にご飯を食べたので、夜は家に戻る予定だったんだが。
ぎゅっと箒を握り直し、進路を博麗神社に向ける。
もし修行しているんだったら応援したいし、なんなら私が気が付いていないのも隠されているみたいで少し悔しい。
「はあい、魔理沙。いい夕方ね」
真横の何もない空間から声を掛けられる。
びくっと体が跳ねそちらを向くと、空間を裂いてぬるりとそいつが姿を現した。
「ゆ、紫か。起きてきたんだな」
幻想郷の賢者のひとり、隙間の大妖怪。八雲 紫がそこにいた。
自身の能力である隙間を空間に開け、にゅっと上体だけ空中に覗かせている。
口元に扇を当て、何がおかしいのかくすくすとこちらを見て笑っている。
本当に驚いた。もう起きていたのか、いま起きたのか。
「今年は随分長い冬眠だったみたいだな」
「そうねぇ。誰さん達が無事に春を取り戻してくれたみたいで、とても助かりましたわ。快眠、快眠♪」
のんきな奴が多い妖怪たちだが、こいつこそのんきな奴の筆頭だ。
妖怪と博麗の関係は私には詳しくは解らないんだが、結界を維持する力の一角だとか妖怪の賢者だとか。
そんな大それた肩書の割には、普段目にする姿はあまり威厳があるとも言えない。
むしろその式神である藍の方が威厳に満ちた姿だし、普段から凛と自分を律している姿はどうしてこの妖怪が紫に仕えているのか不思議に思うくらいだ。
「どこに向かっているのかしら?」
「ちょっと博麗神社にな。もう霊夢には会ったのか?」
「ええ。少し前に起きてから、あの子にはもう会ってるわ」
「そっか、なあ霊夢が修行しているって聞いたんだけど、なにか知ってる?」
「そうねえ」
なにか考えるような仕草をして、扇を畳んでそれを手にポンと打つ。
「しらないわ」
そんな、明らかに何か知ってそうな態度のくせに!
「嘘つけ。絶対なにかあるんだぜ」
「嫌ね、疑い深くなっちゃってぇ」
くすくすと目を細めて口に手を当てて笑う様子は、とても大妖怪のそれとは思えない幼さすら感じる。
「ふん! 別にいい、本人に聞くから!」
言って、箒に魔力を込めて風をびゅんと切ってそのまま神社の方へ飛ばす。
「あら、どうして神社に行けると思ったのかしら」
しかし気が付くと周囲は姿を変えていて、しまったと気が付いた時には自分の場所も解らなくなっていた。
どこかわからない場所、太陽はあるが真下は雲。
もしかして、白玉楼の近くじゃないか。
「魔理沙。冬眠する動物が、明けて春になにをすると思う?」
「冬眠する動物が? 熊とかか? さあな、なにするんだ?」
慌てて腰のベルトから八卦炉を取り出して手に握る。
じわりと嫌な汗が背中を伝い、後ろに回り込んでいる半身だけが見えている紫を注意深く監視する。
忘れてはならないことだ。妖怪は人を喰う。
もちろんこの妖怪の賢者だって、普段気安く接しているからってそれは変わらない。
幻想郷にいる限り、常にそれは変わらない事実で、人間は被捕食者の側なのだ。
「そうねぇ。ヒントは……」
「いらないぜ」
「ヒントは、私は今お腹が減っている」
「話を聞かないなあ」
「うふふ。すでにあなたの生と死の境界は、私の手の内にある」
言って、畳んでいた扇をまた広げて口元を隠す紫。
「ここは私の結界の内。なにも邪魔が入らない、博麗の巫女ですら私の結界を見つける手段はない」
扇をひらりと横にし、妖艶に微笑む表情が露わになる。
口の端をぺろりと舐め、爬虫類を思わせる温度のない視線がこちらを見つめている。
ごくりとつばを飲み込み、箒に魔力を込めて八卦炉と体中にも精一杯魔力を滾らせる。
怖い。ものすごく怖い。しかしこういう時、やっぱり『魔理沙』は笑うはずだ。
口角を意識して、にぃっと上げる。
「なんだ冬眠の妖怪」
震える手足を無理やり抑え込む。
帽子を、ぎゅっと握って深くかぶり直し、八卦炉を構えて不敵に笑うんだ。
「残念だったな。私は美味しくないぜ」
「それを決めるのはあなたではない。蓼食う虫も、というじゃない」
「たで? 知らないな」
「無知ね、魔法使い」
くすくすと、楽し気に笑う声があたりに響く。
それは不思議に反響して、この空間が普通じゃないことを表しているみたいで余計に恐怖心を煽られる。
「そうだね魔理沙。君は私が食べるんだから」
その場に第三者の声が響いた。
私は当然だが、声を聞いた紫も驚いたように目を開く。
声が聞こえたのは、私の胸元からだ。
沈みかけの太陽が作る影から。
「以前、私を笑ったことを蒸し返すわけじゃないけど」
影からゆっくりと金色が湧きあがる。それが頭だと気が付いたのは間もなくその姿が現れたからだ。
「魔理沙を嗤ったな」
赤いリボンを結び直し、能天気に笑いながら、宴会にもよく来てくれる馴染みの妖怪だった。
リボンは結ばれているのに、以前紅魔館で見たような威圧感を放って。
目の前の隙間の妖怪よりも、よっぽど恐ろしい威圧を放ちながらそいつが現れた。
「私も嗤ってもらおうか。なあ賢者」
宵闇の妖怪、ルーミアが胸元の陰から上体を現し、それを見た紫の表情が硬直している。
「る、ルーミア? なのか?」
「わー、魔理沙、無事なの?」
振り返った顔は、いつもと変わらないあどけない表情だ。
紅魔館での恐怖が蘇っていた私は、ほっと胸を撫で下ろす。
先ほどまでの姿が幻だったんじゃないかと思える姿だ。
「お前、どこから出て来たんだよ!」
援軍に来てくれたのは助かる。
困るのはその位置だ。
太陽が影を作り、服の陰から闇が広がって出て来たそこは私の胸元なのだ。
すこしずつ全身が出てきて、闇が消えたが、体から出て来たみたいで非常に驚いた。
「そんなことより、今はあの妖怪だよ」
「そ、そうか。そんなこと……か?」
乙女的には捨て置けない気がするんだけど。胸元って、しかもきわどい場所だったんだけど。
「そうだよ、食べられそうになってるんだよ?」
「そうか、たしかにそれはそうだぜ!」
影からそのまま姿を現し、私の傍にいつものように両手を広げて浮かぶルーミア。
それを見ていた紫が口元を再び扇で隠し、「私の番なのに。ダシにされてるわ」なにか言っているが普通の人間の私には聞き取れないくらいの声量だ。
ルーミアはにやりと凶悪な笑みを浮かべ、真っ赤な目を妖気で灯してすっかり臨戦態勢だ。
「助けてくれてありがとうな」
隣に浮かぶルーミアに声を掛ける。
にっこりと邪気のない笑顔で頷き返され、一緒に紫へ向き直る。
こいつも人を喰う妖怪だけど、本人はあの極光のマスタースパークには勝てそうにないと、前に話していた。
威力はあんまり関係なく、相性の問題らしい。
だからもうルーミアは生きている私を食べようとしないと言って、もし私が死んだらその時は自由にしていいか聞かれた。
最大限生きたあとならと話すと、それはもう嬉しそうにしていたのを思い出す。
それを横取りされたような気分なんだろう。
私も素直に食べられるつもりはなかったが、これは心強い味方が増えた。
「さあ、弾幕ごっこだ!」
「あ~あ、まったく。ストーカーは怖いわねぇ」
「覗き魔が言うのかー?」
幻想の黄昏時、雲の上で複数の弾幕が放たれた。
のこり1話で妖々夢は終了です。
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大人な小噺集始めました。
本編軸じゃないので苦手な方はご注意ください。
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