だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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その1 vsリグル

 夕闇は既に空を覆い、真っ暗になった頭上には僅かに満たない月と星々が光っている。

 いつもとは違う視点で見上げても、空は変わらず雄大だ。

 夏の夜空特有の湿った空気の中、匂いや湿度を感じられるこの人形の体には驚くばかり。

 

 上海人形がもつカンテラの明かりを頼りに飛ぶのは、傍から見ると魔法使い一人分の影と浮かぶ鞄しか見えないだろう。

 私はその影の主であるアリスに抱えられ、小さな人形の姿になって運ばれている。

 

 アリスから漂う石鹸のような匂いと女の子らしい甘い匂いとか、人間の体温も感じる。

 おかげでさっきからずっとドキドキしているのだった。

 

「人形の体に不便はないかしら」

 

 ふいに話しかけられ、考えを読まれたようで驚いてしまった。

 

「ああ、さすがアリスだな。普通の体と変わらないかも。匂いとか湿気も感じられてすごいよ」

 

 思わず言わなくて良いようなことまで口走ってしまい、慌てて口を閉じる。

 

「匂いも? それは、なんというか。人形にはそんな機能がないから、あなたの魂の感受性が凄いのかもしれないわね」

「……そうなんだ」

「ってちょっと。もしかして私、臭い?」

「い、いや。良い匂いだよ……」

「……あ、ありがとう……。その、魔理沙も……良い匂いよ」

 

 そりゃあ、今はあなたが作った人形の体だもの。

 なんだか変な空気になりそうだったので、こほんとひとつ咳ばらいをして、抱えられながら前を指し示す。

 両手でアリスの腕をパシパシ叩き、右手を前に向ける。

 

「まずは博麗神社に行こう。もし霊夢がいればそれに付いていくし、もういなかったら次は人間の里の方に行ってみてくれ」

「……ええ。ところで移動の最中だけど、今のうちに良いかしら」

「うん、なんだ?」

 

 言いながら蓬莱人形の持つ黒いカバンが開き、その口からずらりと並ぶ人形たちと、各々の使う武器が並んでいるのが覗いて見える。

 明らかにそれは鞄の体積を超えているので、多分これも魔法なんだろう。

 

「おおう、物騒だな」

「私は見ての通り、戦闘を得意とする魔法使いじゃないわ」

「これを見てそう思えっていうのか」

「だけど守りにおいてはそれなりに自信がある方よ。陣地形成をしてしまえば、あの巫女にだって耐えて見せる自信がある」

 

 そう言うアリスを見て思い返すのは、春雪異変の時のこと。

 あの異変で霊夢が倒した妖怪たちにはアリスも含まれている。

 決着がつくまでに掛かった時間を戦闘力として考慮すれば、あの異変で幽々子に次いで時間が長くかかったのはプリズムリバー姉妹だ。でもそれは3人という事と、倒すたびに縛っていたのもあるだろう。

 それとほぼ変わらない時間を戦っていたアリスが、戦いが苦手を自称するのは凄い違和感だ。

 

「あまり無茶な戦闘はできないし、私もすべての人形を失うわけにはいかないの。それは先に理解していてね」

「それはもちろん!」

 

 付き合ってもらっている身で、そこまでは望んでいない。

 最初に会った時からアリスは全力を出すことを嫌うし、物量で戦うのだから戦いが長引けばその分、自分の力を減らすことにもなる。

 人形たちを治してあげる時間も馬鹿にはならないだろうし。無茶してほしいとは思わないぜ。

 

「ありがとう。それで、今はあなたも私の人形のひとりなわけだけど」

「それもわかったよ。無茶しないし、この体も大事にする。約束するぜ」

「そう。それならよかった」

 

 言ってふんわりと笑って見下ろすアリスは、いつもよりも棘の少ない態度だった。

 私自身が人形になっているからなのか、どこか気安い雰囲気を感じる。

 

「戦いのときには爆発する人形もあるけど、役割としてね。あなたは守られるものに徹してね」

「え。そういう話だったのか」

「そうよ。その体が壊れない限り、あなたには傷がつかないし傍に居られるんだから大事にして!」

 

 いつもより鼻息を荒くしているアリスに困惑するが、自分の好きなことだから仕方ないのか。

 

「わかったから、落ち着いてくれ」

「それと、この異変の後とかも人形の体に興味はない? 永遠を生きる私の自動人形として」

「うーん。できればこれっきりにしてもらいたいなあ」

「そう。残念」

 

 ちっとも残念じゃなさそうに言って、冗談っぽく笑っている。

 それを見てすっかりいつもの調子を取り戻したので、さっきまでのドキドキが慣れて気楽になっていることに気が付いた。

 

「よかった。ようやくいつもの調子に戻ってきたわね」

「ああ、ありがとうな」

「いいのよ、いつものことでしょ」

 

 まったくアリスは良い奴が過ぎる。

 知らず緊張していた体が解れている。

 同じ魔法使いとして、仲間意識なのかアリスはいつも私を見捨てないでくれるのだ。

 いつも大変な異変解決なのに、霊夢と一緒にいるような安心を感じられる。

 

「ありがとう」

 

 恥ずかしいけど、少しだけ素直に思いが出てくるのは今が人形、魂だけになっているからだろうか。

 へへ。と照れながらアリスを見上げ、いつもより素直に言葉を伝える。

 見上げたアリスの顔が若干赤くなっていて、向こうも照れてしまったようだ。

 

「……恥ずかしいやつね」

「へへ、偶にはな」

 

 抱きしめてくれる腕に両手を添えて身を委ねる。

 こうして小さな体になって、恥ずかしいけど抱きしめられることが自然になってきた。

 ゆっくり寛ぐと頭上からごくりと音が聞こえたので、不思議に思って顔を上げて見るとアリスと目があった。

 

「……なんだよ。ちゃんと前見ないと危ないぜ」

「大丈夫よ。それにしてもあなた、人形の才能があるわね」

 

「怖い目をした人形使いさん。どうして魔理沙がそんな姿にされているのかな」

 

 静かな夜の空気を裂くように風切り音が聞こえて、いつの間にかカバンから飛び出した人形が盾を構えて何かを弾く。

 声と共に飛び掛かってきたのは、音を残して再び闇に溶けた。

 

「うわぁ! な、なんだ!」

「木っ端妖怪よ、気にしないで。……まったく、邪魔モノめ」

 

 言いながらため息を吐いて片手を虚空に振るうと、きらきらと光る魔法の糸が周囲に張り巡らされていった。

 蓬莱人形が抱えていた鞄がひとりでに動き、中から鎧を付け鉄の槍を構えた人形たちが飛び出していく。

 

 人形たちが周囲を囲み、あっという間に守りを固めていく。

 本当に見事な手際で、まるで生きているように動く人形たちを見ていると感動を覚える。

 すごい、いつもの人形劇も凄いけど、この戦いのための動きも洗練されていて綺麗だ。

 

「木っ端妖怪とはご挨拶ね。それで、どうして魔理沙を攫っているんだい?」

 

 声は先ほどの、盾を構えた人形の方から聞こえた。

 それは聞き覚えのある声で、いつもの調子よりも固さを含んでいて圧を感じるものだった。

 

「り、リグル!」

「こんばんは、魔理沙。いま助けてあげる」

 

 盾を踏みつけるようにして、人形を足蹴にしながらマントを翻す蛍の妖怪がそこにいた。

 緑のショートヘアが髪に靡き、その奥の目が赤く爛々と燃えている。

 

「すばしっこい!」

「あなたは鈍重だ」

 

 言って再び風を切る音、ゴキンガキンと金属を叩きつけ合うような音が聞こえる。

 なにがなんだか、何にも見えない。

 

「さ、攫う……?」

 

 そう見えるのだろうか。

 

「誤解だぜリグル! これはアリスが手伝ってくれていて……!」

「こいつ、話聞く気なんかないわよ」

「友達がそんな姿にされているんだ。私も平静ではいられないわ」

 

 は、速過ぎてなにも見えない!

 重たい、金属がぶつかる音と空気を裂く音だけが周囲から響く。上海人形もいつのまにかカンテラから手を離して、手に大きな西洋剣を持って振り回している。

 カンテラはひとりでに浮かんで、くるくると回りながら周囲を明るく照らしている。

 

「こんなの弾幕ごっこじゃないぜ!」

「妖怪同士の戦いだからね。魔理沙は顔を下げていなさい」

 

 傍に蓬莱人形が突撃槍を構えて浮かび、周囲の人形が忙しそうになにかを防いだり叩いたりしている。

 

「あの妖怪は知り合いなの? 一体なんの妖怪なのかしら、すばしっこい」

「リグルは蛍の妖怪、妖蟲だ!」

「虫? なるほど道理で鬱陶しい」

「そういうあなたは森の人形遣いだね。いつか何かすると思っていたが、よりによって今か。私がいるからには、魔理沙の自由を奪わせない!」

 

 再び近くから声が聞こえて、そちらを見ると複数の人形を纏めて踏みつけながらリグルが顔をぐっと近づけてくる。

 

「お姫様、すぐに助けるから少し待っていて」

「なぁ……っ!!」

 

 キザなセリフを吐きながら微笑んでまた闇に消える。

 歯の浮くようなセリフばかり話すやつだ、出会った頃からそうだ。

 知らず顔に熱が集まる。

 

「……っ! こいつ、私との相性が最悪ね」

 

 苦々しげにアリスが言って、カバンからはどんどん人形が出てくる。

 よく観察すると、大きな虫たちが私達を囲み、戦う人形たちと虫たちで、まるで戦争の様相だ。

 

 こわっ……!

 めちゃめちゃ怖いぞ、この状況……!

 

「あ、アリス……」

 

 不安に思いながらアリスを見上げると、再びアリスと目が合う。

 

「言ったでしょ、守るのは得意よ」

 

 周囲が明るくなり、割れたカンテラからぱっと炎が上がる。

 周囲を炎が巻き上がり、一気に虫と人形の間に空間を作り出す。

 

 その隙に人形たちは武器を持ち変えて、銃器を持つものや剣、槍、ハンマーと多彩に攻撃の手段を変えて行く。

 

「すっご……!」

 

 もう、それくらいしか感想は浮かばなかった。

 背中の八卦炉を意識しながら、いつかくる出番を待つ。一応、胸の前に抱えるようにして持っておく。

 虫たちと人形たちは争いあうが、その均衡はリグルの飛び蹴りが崩してくる。

 都度その穴はアリスや上海、蓬莱が埋めてまたカバンから出てくる人形が補填していく。

 私の視点ではわからない。

 ピンチなのか余裕なのか、どうしたらいいのか。

 

「なにがあろうと守るわ!」

「なにをしても救い出す!」

 

「た、頼む! 話を聞いてくれ!」

 

 大きな声を出して制止するが、全然聞いてくれない。

 誤解だ、戦う必要がないのに2人は争いを止めるつもりがない。

 

「一旦やめてよ!」

 

 大きな声で叫ぶと一瞬で周囲の景色が代わり、アリスではない何かに抱えられている。

 少し遠く、目の前で争うアリスとリグルがいて、それを傍目から見ている。

 まるで瞬間移動だ。この変化を私は知っている。いや、覚えがある。

 気がつけたのは、何度かそれを経験しているからだ。

 

「まあ! 可愛らしい姿になってぇ」

「咲夜! レミリアも!?」

「まままさかとは思ったけど本当に魔理沙!? かわわわっ! ひえ〜!」

「れ、レミリア……?」

「こほんっ! こんばんは魔理沙。いい夜、とは言えないけれど、あなたと会えたのは喜ばしいわ」

「お嬢様……」

 

 一瞬変な姿が見えたが、妖しい笑みを浮かべて黒い羽を広げるレミリアが傍に浮いている。

 そして私を抱えているのは、いつもよりもずっと大きく感じる咲夜。

 

「縮んじゃったの? お人形さんみたいね」

「ちがう、縮んだわけじゃないよ!」

「あの人形使いの魔法かしら?」

「そうだぜ! 今は人形の体で魂だけ本物の魔理沙さんだ!」

 

 魂だけ? とあまり理解していない様子だが「まあ危なくなさそうで良いわね」なんて呑気にニコニコと笑って、子供にするみたいに頭を撫でてくる。

 

「さ、咲夜。私も魔理沙の事撫でてみたいんだけど……」

「丁度良かった! アリスとリグルのこと止めてくれないか?」

「好きにさせておけばいいじゃない、こういう夜には妖怪も騒ぐものよ」

「ねえ、ちょっとだけぎゅーってさせてくれないかしら……」

「ちがうんだ、リグルが誤解して! アリスは巻き込まれただけで!」

「アリスも簡単にやられるような魔法使いじゃないでしょう」

 

 あまり真剣に取り合ってくれない様子で、助けには行ってくれないみたいだ。

 むぅっと頬を膨らませて不満を顔中に浮かべてみるが、それすらも取り合ってくれる様子はない。

 

「仕方ない、やっぱり私がこの八卦炉で……!」

 

 体の前に抱えていた八卦炉を構えて、服に括りつけてもらった小さな箒を取り出す。

 抱えてもらっていた腕をポンポンと叩くと緩めてくれたので、箒でその場に浮かんでみる。

 人形の体はいつもよりも軽いからか、簡単に浮かんでくれるしいつもよりも魔力の通りが良い。気がする。

 

「本当にミニチュアの魔理沙なのね」

「うー。咲夜~、魔理沙ほしいー!」

「駄目ですよ、魔理沙は犬猫じゃないんですから」

 

 そのまま飛んで向かおうとしたが、それは後ろから服を掴まれて阻止されてしまった。

 

「おっと、危ないからそっちには行っちゃだめよ」

 

 服を掴みながら、おそるおそると慎重な手つきで私を捕まえて来たのはレミリアだ。

 

「離してくれ、私はアリスとリグルを止めるんだー!」

「あわわ、暴れないで! 怪我させちゃう、怪我させちゃうから!」

 

 手の中でバタバタと暴れるが、壊れ物を扱う様に慎重な手つきでそうっと触れてくるレミリアを振り払うこともできない。

 体格差があり過ぎるし、もともとの大きさでも力では勝てるはずがない。

 それでもしばらくは抵抗してみたが、あまりにレミリアが困ったような顔をするものだからあきらめて暴れるのをやめる。

 

「ふ~、ようやく大人しくなってくれた……」

 

 心底安堵したという顔で長く息を吐く。いつも大人ぶってカリスマを振りまいているレミリアが慌てているなんて珍しい。

 その顔を見ているとおかしくって、思わず噴き出してしまうと、笑いがこぼれた。それを見ながらレミリアも困ったように笑ってくれる。

 

「あ」

「え?」

 

 その顔が、なにかを見て赤くなる。数秒その視線が固まっていて、ゆっくりと横を向いていく。

 私は理解できず、きょとんと疑問を頭に浮かべた。

 

「魔理沙、お洋服が……」

「わぁ! み、見ないでくれ!」

 

 言われて気が付く。

 いつもよりも体格が小さいので、ふわふわで捲り上がりやすいんだ!

 広げていた足を閉じて捲れてしまっていたスカートを慌てて抑える。

 それで気が付いたが、どこで引っかかったのか、スカートとベストが縦に裂けている。

 余分な部分を慌ててかき集め、せめて下着は見えないように隠す。

 

「ご、ごめん……!」

 

 気まずそうに顔を真っ赤にしたレミリアが目を逸らしているが、反応的にはばっちり何か見られてしまったようだ。

 顔に熱が集まるのを感じ、私を掴むレミリアの手を乱暴に叩いた。

 

「~っ! ~~っ!!」

「ご、ごめんなさい本当に! すぐに着替えを用意するし責任をとるから!」

「責任ってなんだよ!」

「けっ」

 

 何かを言いかけたレミリアが目の前から消え、周囲の景色ごと変わったのは今日2度目だ。

 

「とりあえず、こんなものしか用意できなかったわ」

 

 言いながら私を持ち上げている手が咲夜に変わっている。

 ふうっと片手で私を支え、汗を拭う咲夜は本当に急いだ様子で、しかし満足そうにこちらを見て笑みを浮かべた。

 自分を見下ろすと、いつもの魔女衣装がそっくり変わっている。

 咲夜が着ているような、ミニスカートのメイド服になっているじゃないか!

 

「えぇー!」

「替えの服を持ってきていて良かったわ。急いで仕立てたから、もしきつい部分があれば言ってね」

「替えの服って! サイズ違い過ぎるだろ!」

「偶然、たまたま。持っていて良かったわ」

 

 やり遂げた職人のように、額の汗を拭いながら咲夜。

 見てみる? なんて言って手鏡で全身を見せてくれる。

 

 見れば見るほどその服は咲夜のメイド服にそっくりで、普段は見えないようにしている足とかも、がっつりと出ていて恥ずかしい。

 救いとしては、自分自身の本体ではなくて人形の体であることか。

 しかし、ミニスカートが恥ずかしいなんて、同じ格好の咲夜には言えない。恥ずかしい思いを隠しながら、相変わらず顔は熱いままだがお礼はしっかり言う。

 

「良いのよ。元に戻ってからも着てみたかったらいつでも言って」

「あ、ああ。その時は、たのむよ……」

「絶対言ってね」

「う、うん。ねえ、目が怖いってば……」

 

 ところでレミリアはどこに行ったんだろう。

 さっきいた場所からは、また離れているようだ。

 周囲を見回すと、人形と虫の戦いはより遠くで行われている。

 

「ていうか、あれ? レミリアも戦いに巻き込まれてないか?」

「あなたが離せー! って大声で叫ぶものだから、あのふたり急いでこっちに来ていたのよ」

「ええ……?」

「よかったわね、あなたが止めたかった戦いは止んだわ」

 

 それで、なんでレミリア相手にふたりが共闘しているんだ。

 そして、なんで咲夜はレミリアを助けに行かないでスケッチブックを取り出しているんだ。

 

「私も服飾は専門じゃないけど、いくつか可愛い服の案があってね……」

 

 人間のサイズの服は大変だけど、人形サイズだったら簡単にできそうね。

 すごく楽しそうに言って、他にどんな服が着たいか、なんて聞いてくる。

 まるで異変の最中だなんて、嘘みたいな穏やかな空気の中で。

 咲夜が案を書き溜めているという服のスケッチを見ながら、妖怪たちの戦いが終わるのをそこで待つことにしたのだった。




サブタイトル詐欺じゃないか!

永夜抄でのノリは終止こんな感じです。
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