正確には鰻じゃないらしい。
そうなると私は本物の鰻を食べた事がないんだけど、どちらにしろタレの味しかわからないんだろうなぁ。
何度かアルバイトの合間で食べさせてくれるのだが、甘辛いタレとふわふわの身がとても美味しかった。
ミスティアの屋台で提供される八目鰻は、自称グルメの文も唸るほどに美味しい。
八目鰻の皮がパチパチと音を立てて炙られ、みすちーが串をくるくる回して加減を見ながら調整する。
片手で焼きながら、火から離していた八目鰻をもう片方の手で持ちあげ、壺に入れたタレをたっぷりと付けて再び火で炙る。
炭火がじゅぅっと音を立ててタレを焦がし、周囲に甘じょっぱい臭いが一層広がっていく。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえ、今は涎が出ない体ながら、私もわかるぜ……!と頷く。
「はーい、おまたせ〜! 八目鰻よ〜♪」
「わぁ、待ってたわ〜」
お皿に置かれた照りっ照りの八目鰻を、待ち侘びた! と諸手を挙げて歓迎するのは幽玄の主人である幽々子。
器用にお箸でささっと骨を取り除いて、一口分を取り分けてそれを大きく開けた口に放り込む。
途端、笑顔で「ん〜!♡」と目を細めて、頬が落ちないように手を添えながらゆっくりと咀嚼。
こんなに美味しそうに食べてくれるなら、作っている側も甲斐があるだろうな。
嬉しそうなミスティアを見上げ、私も嬉しくなってつい笑顔になる。
「美味しいわ~、これはお酒も合いそうね!」
「あは! お酒は日本酒でね、ぬるめの~燗がいい~♪」
「あっと、私が注ぐぜ!」
お行儀が悪いが、今は小さくなっているのでカウンターの上で立ち上がって手を挙げた。
みすちーが取り出した徳利とお猪口を受け取り、両手で持ち上げて幽々子が持つお猪口にゆっくりと注ぐ。
「うふふふふ、ここのサービスは最高ね~。こんなに可愛い看板娘がいるなら毎日だって通っちゃうわぁ」
「わ、わたしも頂けますか?」
幽々子の隣でじっと固まっていた妖夢が、いつの間にか手に持ったお猪口をぐいっとこちらに差し出している。
私はもちろん! と頷いて、それにも体ごと傾けながらお酒を注ぐ。
妖夢はあんまりお酒が得意じゃないと思っていたけど、味の濃い八目鰻を食べると、ついつい飲みたくなってしまうのかもしれない。
「妖夢、美味しい?」
「……っごほ! ええ、はい。とても美味しいです。も、もう一献!」
「おお、剛毅だなぁ。はい、ゆっくり飲むんだぜ」
「あらぁ。じゃあ私も頂こうかしら」
「魔理沙ちゃん! 私も!」
八目鰻を焼きながらミスティアまでもお猪口を差し出すものだから、俄かに忙しくなって、それぞれに注いで回るとあっという間に徳利は空になった。
あれ、いまって異変の最中だよな?
すっかりいつものバイトみたいに対応していたのだが、どういう状況なんだか。
私はつい先ほどまでの、妖夢との邂逅を思い返した。
*
「妖夢、落ち着きなさいな。魔理沙が怖がっているわよ」
刀を振り上げ、今にも切りかかってきそうな妖夢がその声を聞くと、瞬時に刀身を鞘へ納める。
私を抱えていたミスティアが声の主を確かめるために後ろを振り向くと、暗い夜でも眩しく浮き上がる幽々子が扇を口元に当てながら、「はあい、魔理沙~」なんて呑気に声を掛けてきた。
「よ、妖夢に幽々子……。どうしてそんなに、戦闘態勢なんだ?」
幽々子の後ろには無数の蝶が舞って、美しく幻想的に夜を彩っている。
その蝶は幽々子の妖力が生み出しているもので、これだけの数が周囲にあると綺麗だが威圧感もすごい。
「そこの妖怪、あなたはどうして魔理沙を攫う様に飛んでいるのかしら? それに、どうしてその子はそんなに無防備な、魂だけの状態になっているのかしら……?」
怪しく輝くピンクの瞳が、ミスティアを見つめている。
「さてね。あなた達こそどういうつもりなのかしら。私の歌声は届かないの?」
困ったような表情を浮かべながら、私を抱える手と逆の方を、半分開きながら構えるミスティア。
「幽々子様、この不吉な音は夜雀の鳴き声です」
「雀? スズメは小骨が多くて嫌いなの」
前を妖夢、後ろを幽々子に挟まれて余裕が少ない様子だ。
でも、これって。
「まったあ! 誤解だぜ、なんか2人とも、いやみんな勘違いしてるって!」
大きな声をあげて、その場の全員に制止を掛ける。
みんなどうしてか、いつもよりも冷静じゃない気がする!
「私の話を聞いてほしいんだけどー!」
*
場所を移してミスティアの屋台で話をしていたはずが、気が付けばミスティアは機嫌よく歌いながら八目鰻を振る舞い、それに舌鼓を打つ幽々子と酔っ払った妖夢が出来上がったのだった。
「ふわぁ……魔理沙、魔理沙がたくさん……!」
「私は一人だよ、妖夢。ほらお水飲んでくれよ」
「う~、飲ませて~」
「まったく、仕方ないなぁ」
「このお店、サービス凄いわねぇ! 私もあとでお願いしようかしら」
「そんなサービスはないわ♪ ほら、自分で飲みなさい!」
「あばばうぶぶ、ごほっ! はっ、なんで頭が濡れているんでしょう」
「うちの庭師がごめんなさいね」
ミスティアが頭にやかんでお水を掛けると、ゲホゲホと咳き込みながら妖夢が意識をはっきりとさせ始めた。
肌が白い妖夢は、お酒で酔うとすぐに真っ赤になってしまってとても可愛い。
それに、こうして人の介抱をするのは新鮮でとても楽しい。
賑やかな様子に宴会を思い起こしながら談笑し、何気なく月を見上げてはっと思い出す。
「って、こんなことしている場合じゃないんだよ! 誤解が解けたなら、異変の解決に行かないと!」
「あ、そうですよ。本物の月を隠した妖怪を探さないと」
「う〜ん、楽しい時間だったのにぃ。そろそろお暇の時間かしら」
機嫌良くミスティアの歌を聞きながら、幽々子は残念そうに言って、しかしモグモグと八目鰻を食べ続けている。
「さて、私たちが向かうべき場所はどこなのかしら。魔理沙はわかる?」
「ああ、わかるぜ!」
自身満々に頷き、組んでいた腕を解いてびしっと空を指さした。
「霊夢を探すんだ!」
異変解決に向かった霊夢の跡を探せば、きっと最短で異変の主に会える。
本当は迷いの竹林に向かえばいいんだけど、この時点でそんなことは解る筈がないからな。
「こんな夜に一人の人間の跡を探すなんて、できるのかしら」
「簡単だぜ! 妖怪と妖精が倒されている方に向かえば良いんだ!」
「そんな簡単にいきますかね……」
「ちょっと! 危ないところに魔理沙を連れていく気なの?」
あとはアリスとも合流したいんだけどな。
そんな風に妖夢と幽々子と話をしていると、お料理する手を止めてミスティアが待ったを掛ける。
「だめよこんな子を荒事に巻き込むなんて! 魔理沙は安全な場所に置いていって!」
ミスティアはぱたぱたと羽を動かして興奮気味に幽玄の主従に詰め寄る。
まあまあ、なんて両手でそれを制しながら、妖夢がちらりとこちらを見る。
「魔理沙は、どうしたいの?」
幽々子が口元を拭った後、静かにこちらに向き直って聞いてくる。
その目はミスティアとは違う光を帯びて、こちらを心配している様子はない。
ただ、私の意思を聞いて尊重してくれるような、そういう年長者に感じるような色を帯びていた。
「私は異変の解決に向かいたい!」
まっすぐにそれを見つめ返し、頭巾を取って胸の前でそれを握りながら幽々子に訴える。
異変の解決に私は必要ないかもしれない。
だけど、霊夢を一人にしたくない。
わたしと霊夢がふたりで挑むことにきっと意味があると、そう信じている。
「そうよね。あなたはそう言うわよね」
ふわりと笑みを浮かべ、両手で私を幽々子がそっと持ち上げる。
優しく壊れ物を扱うような手だ。
ちょこんと掌に座らされて、よしよしと頭を撫でられると安心して体の緊張がほどけていく。
「ミスティアさん。そういうわけだから魔理沙は連れていくわ」
「……もう、わがままさんね~魔理沙ちゃん♪」
なんだかむず痒い視線に晒されて、手に持っていた頭巾で顔を隠す。
どうしてだかわからないが、今日はいろんな妖怪にこういう扱いをされている気がする。
わがままじゃないのに!
「さてと、それじゃあ割烹着で戦いに行くわけにはいかないわよね」
*
元々持っていた服は破れてしまったから、咲夜に着替えを貰ってからはずっとメイド服だ。
その上からミスティアが用意してくれた少し大きい割烹着を着ていたんだが、たしかに異変解決に行くための服装ではない、とは思う。
「だからって、服を取りに行くのもなぁ」
「私は賛成ですよ。あの変装とかも、すごく素敵だと思います」
「変装? どういうことなの、またふたりで面白い事しているの?」
「あ、いえ! そういうわけではなくですね……!」
ミスティアは屋台を仕舞ってから合流するらしく、今は幽々子に抱えられながら私たちは人間の里に向かっていた。
元々人間の里の方には来ていたので、間もなく到着するだろうという頃合いで森の上空を飛びながら。
異変の気配を感じているのか、いつもよりも妖精たちが騒がしく弾幕ごっこをしている中を関係なくゆったりと進む。
「なあ、そういえば魂だけの無防備な状態って言っていたけど。いまの私ってどう見えているんだ?」
リグルにミスティア、妖夢たちも。人形になった姿形よりも、私の状態を気にしていたので今のうちに聞いてみる。
「肉体に守られていない魂だけの状態って、どういうこと? 幽霊たちだって同じだろ?」
隣に浮かぶ妖夢の半霊を見ながら、無防備なのかな? なんて気になったのだ。
「妖怪や幽霊たちからしたら、普段肉体に守られている魂がさらけ出されるなんて考えられないのよ。いまの魔理沙は……そうねぇ、とても美味しそうに見えるというか」
「お、おいしそう……?」
「ええ。血肉のある肉体を好む妖怪もいれば、魂を好む妖怪もいるってことね」
「へぇ、そういうことなんだな~」
「たとえば普段は肌を見せない相手が、こうして短いスカートを履いていたらついつい目で追ってしまうでしょ?」
「んな! おい、変な目で見るなよ!」
咲夜と同じ形のメイド服なので、人形の体とはいえ太腿まで見えている。
急に恥ずかしくなって、割烹着の丈でなんとか足を隠そうとぎゅうぎゅう伸ばして幽々子を見上げて抗議。
「……そういう感情なのよ」
それを見ていた妖夢は顔を赤くして逸らし、幽々子は楽し気に口元を手で隠した。
でもなんとなくわかったぜ、裸でいるようなものって事か。
想像すると恥ずかしいけど、魂を知覚するなんて私にとってはまだまだ先だ。魂を見て無防備だとか、その概念は理解できないなぁ。
「まあ、よく見たらその人形はとても大層な保護が掛けられているけどね」
「そうですよね、遠くから見たら魂だけで無防備に見えるんですけど。よく見たらきちんと保護されていて、肉体以上に手出しができないと思いますよ」
すこしだけ早口に妖夢が補足してくれる。
でも、遠目から見たら裸みたいなものなのかぁ。
「人形使いさんも十分に理解していると思うけど、こればっかりはどうも嗅覚というか本能というか。魂の見た目だけは、どうにもできないから」
「やけにみんな好戦的だなって思っていたんだけど、私の事を助けようとしてくれたんだな!」
そう思ったら、リグルにミスティア、妖夢に幽々子も本当に良いやつらだ。
レミリアは血を吸う妖怪だし、咲夜は人間だから私と同じで「小さくなった」くらいの感想だったのかもしれない。
見えているものが違うからなのか。妖怪と関わっている中で、こうした独自の感覚を知ることはとても楽しい。
「そうよぉ。あんまり無防備に晒さないでね。このまま連れて帰っちゃうわよ?」
「まだ冥界には行かないぜ!」
「あれ、でも幽々子様。そう考えたら私達も、今は魔理沙を魂だけにして運んでいるように見えるんじゃないですか?」
「……あら?」
「私の生徒に、手をだすな!!」
遠くから怒号が響き、森がびりびりと震える。
おもわず飛び上がって幽々子にしがみつき、なんだなんだとあたりを見回すと私でもわかるくらいに大きな魔力を昂らせて、人里の方からなにかが飛んで来ていた。
「あれは、人間の里の守護者……?」
「け、けーね先生……!」
傍に居た妖夢が瞬きの間に消え、すこし前方で空気の爆ぜる音が何重にも重なって響いてくる。
重くて大きな音だ。鉄と鉄がぶつかる音だ。
「っぐう!」
楼観剣を構えた妖夢が、空中で体勢を変えながら現れる。いや、ようやくその姿が見えるようになる。
同時に妖夢の剣を素手で掴み、燃えるような怒気を全身から放つ慧音先生を近くで私の目が捉えた。
「……!」
こわいっ!! 本気で怒る大人を見ると委縮してしまう。
震えて声も出せなくなっている私を幽々子が強く抱き寄せ、呟くように声を漏らした。
「魔理沙ったら、愛されているわねぇ」