朝日がフランを焼かないように、日除の魔法を使っていたのは無駄だったらしい。
パチュリーが手伝ってくれないから不思議に思っていたんだけど、必要ないみたい。
「ごめんね、けど私のために色々とやってくれるのはすっごぉく嬉しい! 心配、だったんだもんね?」
「ああそうだよ! はやく言ってほしかったぜ!」
そもそも月は昼間にも見えるんだから、なんて言われたらその通りなんだけど。
じゃあなんで屋敷は暗いのかって聞くと、単純に陽の光は苦手だそうで。
でも、陽光は吸血鬼を焼かないみたいだ。
パスタに入っているニンニクも平気だし、レミリアも技に十字を組み込むくらいには弱点ではないらしい。
「あ、だけど日光が弱点ていうのは本当かも。パチュリーの日魔法は痛いもの。それに雨とか流水は肌を焼くかな。それにそれに、招かれないと入れないっていうのも一応……そりゃ私達って高貴な生まれらしいし、そんな礼儀を知らないマネはできないわ!」
「自分の弱点なのに、そんなにペラペラ喋って良いのか?」
「だって魔理沙だもん。私たちに害意はないでしょう?」
「そりゃそうだけど」
永遠亭に向かう道中、とりとめのない話をしながら箒を飛ばしていた。
人間の里が見え始めてきたけど、目的地はもっと向こうの竹林だ。
ぐんぐん速度を上げながら、私は日除の魔法を解除した。
後ろでフランが機嫌よく話をしている。
「むしろ知ってもらいたいかも。私たちの事も吸血鬼の事も」
「知ってもなぁ。なにかに活かせる気がしないぜ」
「鬼といえば、私達のことも炒った豆で倒せるとは思わない方がいいな」
肩につかまる萃香がフランに次いで話を始める。
「イワシも酒の肴になるし、別に嫌いじゃない」
「そんな気はしてたけど。じゃあヒイラギの葉とかはどうなんだ?」
「柊かぁ。意識したことないなぁ」
困った。節分の日はなにを飾ればいいんだろう。
「というか魔理沙。節分の日も他の日も、お前は私たちを迎えて持て成してよね。鬼は外、なんて言ったら泣くぞ!」
「そうよ、妖怪差別は許さないわよ!」
「はいはい。鬼は外、鬼は外」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ東西の鬼たちをしり目に、一番後ろに勝手に座り込むパチュリーはそれまで黙って聞きながら、ふむ。とようやく声を出した。
「幻想郷の鬼に関しての話は興味があるけど。それはそれとして、今はさっきの話の続きが気になるわ」
ぎゅーっと、フランごと私に手を回しながらパチュリー。
「月の尊きお方、なんて。どういう勘違いがあなたをそう呼ぶことになったのかしら?」
それに関しては私も本当に解らないので、はて、と首を傾げるばかりだった。
月の話から太陽の話になって、どんどん転がっていったのだ。
「それは今から聞きに行くしかないよな」
私が人形に魂を移して経験した、不思議な話はほとんど話し終えた。
対して面白くもない話だったけど、みんなよく聞いてくれた。
「そろそろ竹林だけど、道は解るの?」
「わからないぜ」
「そんなことだろうと思った。どうするのよ」
言いながらそのまま竹林に入り、わーっとみんなで空気の変わるその迷いの竹林を堪能する。
霧が濃いし、斜めに生えた竹とかもあるから平衡感覚がおかしくなりそうだ。
「うーん、パチュリー……」
「はぁ、もう……仕方ないわねぇ」
結局パチュリー先生がコンパスの役割を担って、萃香が周囲を探ってくれて永遠亭に辿り着けた。
*
入り口の門扉は開け放たれていた。
外から見える邸内の庭では、幼い容姿の妖怪兎たちが資材を運んでせっせと破損部分を補修している。
遠慮なく暴れてたもんなぁ。
箒からみんなで降りて、歩いて庭先に向かう。
人形の目線より大きくなっても立派に感じる門をくぐり、勝手にどんどんと中に入っていく。
こちらを見た妖怪兎たちがなんだなんだと騒ぎはじめた。
「ほんとうだ」「魂だけだったのに」「人間の姿に」「神仏の類だ」「てゐ様は?」
「だいこく様の使いだって」「お月見の団子捧げなきゃ」「餅つきしなきゃ……!」
「すごい光を放つんだって」「餅米を」「だけど姫たちも待たないと」「てゐ様はどこ?」
妖精のように幼い人の姿をした妖怪兎たちがワイワイと騒がしくしている。
お月見の団子がどうのっていう話だと思うんだけど、こちらを見ながらこそこそ話するのはいい気分じゃない。
フランが、わーっ! と妖怪兎たちを追いかけると、きゃーっ! と言いながら散り散りになって逃げていく。
「フラン、脅かしちゃだめよ」
「えー、とっても可愛いから、一匹くらい連れて帰りたいのに~!」
「おい、本当に駄目だからな!」
パチュリーの注意にぶーっと頬を膨らませて不満顔を見せているが、本気で追い立てているつもりはないんだろう様子で、わーきゃー言いながら遊び始めた。
「魔法使いたち! 当館にどんなご要件でしょうか、どうしたのでしょうか!」
フランの様子をパチュリーと萃香と一緒に見守っていると、奥からぱたぱたーっと擬音が目に見えそうな慌てぶりで妖怪兎が駆け込んでくる。
ピンクのワンピースを翻して、颯爽とリーダーが飛んできた。
「あなたは……あの魔法使い!」
「おお、姿があれでもやっぱりわかるんだな。そうだぜ、あのマスタースパークを放った霧雨魔理沙さんだ!」
人形の状態だったからわからないかと思った。小さな姿で、しかも一瞬だけだったのに。
しっかり認識されていたようで、これなら話は早そうだ。
「おお、また違うお仲間を連れて来て……。もううちの負けです。勘弁してください」
よよよ、と泣き真似で哀れな姿をする兎。
本気で騙す気はないのだろう、おどけた仕草だ。
「そういうつもりじゃなくてなぁ」
「ええわかってるわ。巫女と妖怪たちは屋敷の中にいるから、好きに入っちゃって」
「うわぁ切り替え早い!」
ふう~、なんてため息を吐き、疲労感を滲ませながら妖怪兎の長は肩を落とした。
「ゆっくり話もできやしないのさ。屋敷の修理と宴の準備で手が足りないのよ」
「宴の準備? もう今夜にでも宴会か!」
やっぱり、異変の解決後はみんなでごはんだ!
過去2回の異変解決ですっかり定番化した流れだけど、霊夢はしっかりと今回もそれを行ってくれるらしい。
私が提案した方がいいかと思っていたんだけど、もう準備まで行っているみたいだ。
「そう、だから侵入者も今はご勝手に。どうか宴会ではお話ししてくださいね」
「ああもちろん! 私は魔理沙、お前は?」
「あたしはてゐだよ、因幡のてゐ。何時だって人の言うことを良く聞く、幻想郷で最も賢くて可愛い兎、って呼ばれてるんです」
「う、うそっぽいなぁ……」
ひらひらとワンピースの裾を翻して、本当に忙しそうにてゐはその場からいなくなった。
じーっと観察していたパチュリーが、ぽつりと漏らす。
「あの兎、いったいどれだけの年齢なのかしら……」
*
「魔理沙! ああ良かった!」
襖をあけて真っ先にこちらに飛び込んできたのはアリスだった。
入口の一番近いところに陣取っていたのか、襖を開けた瞬間にぎゅーっと抱きしめられる。
アリスがこんなに取り乱すなんて珍しい。
自分の魔法で私を人形にしてくれたけど、きちんと元に戻って魔法の効果を実感できてうれしいのかもしれない。
奥にいた皆も、こちらを見ながら無事を喜んでくれる。
「よかった~! これから宴会だろ? 遅れたらどうしようかと思ったぜ!」
なんだか微妙に沈黙が舞い降りて、あれ、なんか変なことをいっただろうかと不安になる。
「……あんたはそれでいいと思うわ」
座敷で茶をすすりながら、半目で霊夢がポツリと零した。
*
「改めて、私は霧雨魔理沙だ。普通の人間の魔法使いだ」
なんだか難しい話があちこちで起こったので、私は手持ち無沙汰にしている様子の鈴仙と妖夢に話しかけに行く。
「魔理沙。こちらは……」
「あ、私は……鈴仙・優曇華院・イナバ。月では鈴仙、師匠からは優曇華院、姫からはイナバと名前を貰ったわ」
「おお……!」
うどんげだ!
異変の最中にも見たけど、こうしてゆっくりと普通にしているのは初めてなので改めて感動する。
妖夢がうどんげに水を向け、うどんげも自分を指しながら自己紹介をしてくれる。
「長い名前だなぁ……なんて呼べばいいんだ?」
「お好きに……ん、好きに読んだらいいわ」
「え、じゃあうどんげだな!」
うどんげだ!
かわいい名前だよなぁ。えーりんはセンスがあるぜ。
「さて、気になることが……。聞きたいことがあるんだけど」
「奇遇ね。私もあなたの事が気になっていたの」
ようやく腰を据えて、しっかりと話をすることが出来る。
輝夜は宇宙人独特の思考でなんだか納得していたけど、私は一ミリもなにも解っていないんだ。
しっかりと理解して、いったいどうして月の何だかとか勘違いが起こったのか知らないと。
これから先に起こる異変に、なにも影響がないといいんだけど。
*
みんなの難しそうな話から少し経って、私とうどんげと妖夢は、そろって縁側でお茶を飲みながら妖怪兎たちの働くさまを眺めていた。
「地上のイナバたちはよく働くわねぇ」
「みんなてゐのことが大好きなんだなぁ」
「あ、茶柱」
結論、私たちが話し合ってもなんだかよくわからなかった。
「どうしてあなたから月の尊きお方の波長がしたのかしら。今はもうしないけど……」
「月の尊きお方ってなんなんだ?」
「そのお方は××、今は罪人として幽閉されているの。月の兎たちはその方の減刑のために……」
「え、ちょ、いまなんて言ったんだ?」
「え、なにが?」
こんな調子で、ちっとも話にならなかった。
地上人には発音も聞き取りもできない音だとか。
どうもうどんげは、頭が良いんだけど理解していない人に伝えるのは苦手みたいだ。
うどんげもこちらに何個か質問をしてくるが、波長がどうとか、嘘は言っていないみたい、とか。
なんだか勝手に迷宮入りして、そのうち私たちは考えることを止めた。
妖夢は、最初から考えてもなかった。
「きっとそのうち、幽々子とか紫が解説してくれるぜー」
「あ、ちょうちょ」
「おなかへったなー」
*
「あ、レミリアたち。あの時はありがとうな!」
「魔理沙も、フランの相手をしてくれてありがとうね」
ようやく話し合いが終わったのか、縁側にいる私たちの背後で襖がひらく音がして、振り向くとレミリアと咲夜が出てきた。
咲夜が日傘をさして、レミリアがその下に入っている。
「本当に助かったよ。あの後は大丈夫だった?」
「ああ、心配には及ばないわ。満月の私は無敵なのよ。あなたにも見てもらいたかったわ」
「見たかったぜ、本当に!」
ふふふ、妖しく笑うレミリア。
「今度、なにかでお礼させてくれよ」
「あら、なんでもいいの?」
「何でもはダメだ。私ができることで……」
その後ろで咲夜が、なんだか残念そうにこちらを見ていた。
「どうしたんだ、咲夜?」
「……その衣装も素敵だわ。だけど、一度見てしまうと欲が出るというか。色々な服装も見てみたいというか」
「ああ……」
そういえば、人形の姿の時は長く咲夜とおそろいのメイド服だったことを思い出す。
「たしかに、あの薬売りの格好は素敵ですよね……」
横で妖夢が、ほう……と息を吐きながら咲夜に同調する。
「いやいや。これが一番だって!」
私は自分の一張羅の魔女衣装を、殊更強調するように胸を張った。
「薬売り?」
「ああ、私が人間の里で売っている魔法薬のことだな」
「へえ、魔法薬! 師匠とも話が合いそうね!」
そんな専門的なものでは全然ないんだけどな。
うどんげに同調しつつ、これからはうどんげが薬売りになるんだ、なんて思っている。
「ふむ。それなら私達への礼として、色々な服を着て見せてくれるのとかはどう?」
言葉はひどく冷静だったけど、なんだか視線をあっちこっちにしたり手元で指を忙しくくるくる動かしながらレミリアが提案してくる。
「えー!」
「あ、ダメならいい! 想像で補完するから! ダメなら、けどせめて少しだけ考えてくれたら……」
急に早口で捲し立てるレミリアに圧倒されてしまい、おっと身を引くと背中が鈴仙に当たって、鈴仙があっと声を出す。
「あ、それじゃあ宴会の余興とかで、みんなで衣装を取り換えるのとかどうかしら? かわいいと思うんだけど……」
「天才! ジーニアス!」
「み、みんなでやるなら……」
そうして、宴会の余興まで決まってしまったのだった。
*
「ししょー! ししょー、通してもいいですかー?」
「いいわよー」
うどんげが襖を開けると、幻想郷では見ることがないだろうと思っていた光景が広がっていた。
真っ白な白衣、診察台になぞの光る板、白いカーテンで仕切って、体重計や身長を測る機械なんかもある。
「お、おお~」
思わず感嘆の声をあげると、眼鏡に白衣の永琳がこちらを出迎えてくれた。
「こんにちは、魔理沙。私が八意永琳。この永遠亭の薬師をしている、姫の従者よ」
「おお、すごいなぁ! 私は魔理沙だ、霧雨魔理沙!」
「ふふ、知っているわ。どうぞ、そこに掛けて」
魂だけになって、人形の体で動き回っていたのは非常識らしい。
紫がなんだか少しだけアリスとパチュリーに小言を言っていたので、それなら念のためにと、この永琳に診察をお願いしたのだ。
まだ宴会は始まらないから、それまでの間にささっと済ませられるだろうと思っての提案だったんだけど。さっきまで争っていた相手にと、紫とアリスは反対していた。
最終的に霊夢が、まあ大丈夫でしょ、と巫女の勘でお墨付きをいただいたので、こうして診察を受けに来たのだ。
「それじゃあ問診からしていくわよ~」
「は~い」
すごく幼い子供に言い聞かせているみたいな言い方だったけど、なんだか様になっているので私も素直に受け答えをしていく。
傍にうどんげが控えて、たまに永琳が指示して私の体を抑えたり、光を当てたりされていた。
「うん、なんも問題なさそうね。魂にも肉体にも問題はありません」
「よかった~」
「月の波長なんかも見られません」
「う゛!」
「よかった~」
途中鈴仙が変な声をあげて、ふらふらしているのを横目に永琳がにこにことカルテを書いて、それを棚に仕舞い込む。
「全体的に、すこしやせ気味ですが健康ですね。ばっちり大丈夫よ。なにか気になることはある?」
「だいじょうぶで~す」
「よろしい」
なんだか嬉しそうな永琳をみて、こちらも嬉しくなって笑みがこぼれる。
後ろで、そうだ! と鈴仙が声をあげた。
「そういえば、この魔理沙は人里で魔法薬を売っているそうですよ。師匠とも話が合うんじゃないでしょうか」
「あら、薬を売っているの?」
「あ、そうだ。私も簡単な魔法薬の知恵はあって……」
そうだそうだ。
これからは人間の里で永琳たちに頑張ってもらわないといけないんだ。
私はこれまでの自分が売り歩いていた魔法薬のことと、人間の里で薬を必要とする人たちについての情報を共有する。
ふむふむ、なんて興味深げに聞いて、永琳がうどんげにそれじゃあ、なんて提案を寄越してきた。
「それじゃあ、魔理沙のお手伝いに付いていきましょう。隠れる必要がなくなった分、私たちも自分の稼ぎを持つ必要があるわ」
よしよし、これで人間の里は大丈夫だな。
「最初は私も付いていくけど、あとは魔理沙とうどんげで薬を売りに行って頂戴ね。なにか困ったことがあったら永遠亭に連れてきてもらって、そこで診察するから」
あ、あれ。
「え、私も?」
「うん? ああ、大丈夫よ。あなたの魔法薬もちゃんと使うし、そんなに儲けをとるつもりもないわ」
「……あれ?」
人間の里の医療は今よりも良くなるけど、私が薬を売り歩くのはまだ終わらないらしい。
次回(永夜抄終了後)更新のアンケート(永夜抄その9掲載までで締め切り)
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すぐに花映塚
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本編時系列までの短編たくさん