中秋の名月というのは暦が秋になった頃の満月の日の事だ。
五穀豊穣の神様が月にいるらしく、その神様に今年の実りを感謝する意味合いがあるらしい。
永遠亭のうさぎたちが餅をついているのは、その神様たちにお供えする為なのだとか。
何となしに見上げた空で、ぽっかりと穴をあけたような大きな月を見て、輝夜から聞いたそんな話を思い出す。
「だいこく様のためなの」「神様に感謝して」「お餅美味しいよ」
「今日は満月だよ」「てゐ様はー?」「晴れてる嬉しい」「良かった」
「魔理沙は食べてる?」「姫様が呼んでたよ」「きらきらきれいね」
餅をついて、それを自慢げに見せてくる妖怪兎たちがワイワイと賑やかな永遠亭の庭。
広いお庭にいくつもの臼と杵を出して、ぺったんぺったんと楽しそうだ。
私も一緒にコネコネしていたんだが、疲れて今は縁側で休ませて貰っている。
「悪いねぇ、兎たちのお世話なんか頼んじゃって」
「いや、楽しかったぜー!」
氷を浮かべた贅沢なお茶が美味しい。
硝子の入れ物が汗をかいたように水滴を浮かべていて、手から垂れて縁側の木目に染みていく。
朝に呉服屋で霊夢たちと衣装選びをして、お昼は永遠亭でご飯を頂いた。
それから兎たちと少し遊び、気がつけば辺りが暗くなってきた頃。
てゐが片手にお餅の乗った竹皿を持ち、私の横に座り込んで声を掛けて来た。
「みんなはしゃいでいるわね」
「うん、楽しそうだ! しかし、皆やけに人間に友好的だよなぁ」
「そりゃあんただからだろう。兎はね、豊穣や多産の象徴でもあるんだよ!」
「うん? それって関係あるのか?」
「ああ。皆、愛が多い人間のこと大好きだからねぇ」
「ふぅん。……どういうこと?」
てゐはウサウサと笑って、私にこれ以上の説明はする気がなさそうだ。
永遠亭は異変の後からずっと、周囲に対してなんだか歓迎ムードだ。
人間の里にも薬を卸したり診察に行ったり、慧音先生は劇的に改善した医療状況に大変驚いたそうだ。
阿求も足を運ぶくらいには永遠亭はあっという間に身近になって、今では妹紅以外にも竹林の案内人が増えた。
悪戯と幸運が一緒に舞い込むてゐも、人気の案内人のひとりだ。
「姫様とお師匠様なんか、竹林に来たばかりの時と比べたらもう別人さね。あんたのおかげでうちも暮らしやすくなったよ」
「ええ、私なんかしたか?」
「うさうさ! 人は人と関わることで変わるんだねぇ」
なんだか訳知り顔でうんうんと頷きながら、竹串で摘まんだ餅に齧り付いてにょーんと引っ張り食べている。
そのてゐの顔をまじまじと見る。
あどけなさの残る幼い容姿は妖怪兎たちに共通のもので、てゐはその中では一応年長っぽい。
妖怪の年齢は見た目に左右されない。わかってはいるけど、こんな幼い女の子がしみじみと言うのは違和感があった。
「幻想郷の結界が凄いからもう隠れなくていいんだっていう、そういう話のこと?」
とりあえず心当たりの中で、最も輝夜たちに影響があっただろうことを聞いてみる。
「確かにそれもあの人らが変わった一因だけど、それはあんたの功績じゃないさね」
「そうだよなー。私、むしろ皆から貰ってばっかりな気がするんだけど……」
「ほほう、どんなお宝をもらったんだい? 話してみなよ」
「お宝って……物じゃないけどさ。永琳から薬のこと教えてもらったりしてるぜ。すごい優しいんだ。輝夜は話し相手になってくれるだろ? 貴族の話とか昔の文学とか、興味なかったけどあいつ話し方が上手いんだ。うどんげは薬売りの時とかいっつも気に掛けてくれるから嬉しいな。てゐだっていつも庭まで出迎えてくれるし、帰りも竹林まで見送ってくれるだろ。あ、兎たちのお餅は宝だな!」
「そういうところだねぇ」
きゃっきゃと楽しそうに妖怪兎がばたばたと目の前を通り過ぎ、向こうの空から客が来たぞーと賑やかに言いながら奥の座敷に向かっていった。
奥にいる永琳やうどんげを呼びに行ったんだろう。
「あんたが優しいから、あんたの善意が心地良いから、それを返したくなるのさ」
私が持っていた硝子の入れ物を取り、ぐいーっと中身を飲み干してからてゐが言う。
「善意って、みんなの方がそうじゃないか?」
「あはは!」
目の前の幼い兎が、少しだけ大人っぽく笑みを浮かべる。
「あんたを見てると、世界が優しいって思えてくるねぇ」
「なにいってんだ」
恥ずかしいことをいうやつだなぁ。
というか、優しいのは「私が」じゃなくて「私も」なんだけど。
妖怪たちはどうも自分を棚に上げ過ぎる。長く生きていると見落としてしまうのだろうか。
「少なくともお前たちは優しいやつらだろ」
「……うさうさ」
*
神事だから、仕方ないけど。
心中では面倒だと感じつつ、しっかりとその役目をこなし、幻想の結界の維持を行う。
霊夢は秋の神事を粛々とこなし、魔理沙に選んでもらった浴衣に袖を通すと、さっさと永遠亭に向かうべく空へと浮かび上がった。
その後ろでは付き合っていた紫が「せっかくなら髪もセットさせなさいよ~」なんて不満そうに言う。
しかしこれ以上はもう、と草臥れていたので、その言葉は無視して霊夢は空へ向かった。
本人は内心で、そもそも神事の前にしっかりと身を清めているのだと言い訳をしていく。
すこし長くなった髪の毛をまとめ、大きなリボンも付いていてばっちり可愛い。
だから大丈夫、必要ない。今は時間が惜しいくらい。
今日はいつもと違う、特別な日だ。
朝から呉服屋で幼馴染と一緒に服を見て、ふたりはお互いに似合う浴衣を選んだ。
魔理沙は霊夢に「やっぱり赤が似合うけど」なんて言ってうんうん頭を悩ませていた。
紫もさんざん口を出して、帯や帯飾りを見ながら最後まで悩んでいた。
霊夢は色々と見た中で、一目見て気に入ったものを魔理沙に選んだ。
花柄も良い、格子柄も良い。だから、これにしよう。
そうして二人はお互いに選んだ浴衣をもって、じゃあ夕方に花火と肝試しがある永遠亭で、なんて言ってその場では別れた。
そこから霊夢は神事の準備、魔理沙はふらふらと先に永遠亭へ遊びに行った。
霊夢は既に、今回の花火の概要は聞いている。
花火なんて銘打っているが、要は弾幕ごっこだ。
皆が渾身のスペルカードで夜空を彩り、人間の里にも見えるくらい盛大にやろうというのだ。
目玉となるのは蓬莱山輝夜と藤原妹紅が2人で組むという事。
妙な組み合わせの妖怪4人がそれに挑むらしい。
たしか、ルーミアとチルノ、ミスティアとリグルだったか。
事前に聞いていたのは、周囲に被害が出ないように結界の役割を任されたからだ。
特に興味はなかったが、今年は特に夏らしい事をできなかったのもあり、魔理沙を誘ってみたら良いという萃香の提案に乗った。
肝試しに関しては聞いていないが、特に危ない事ではないだろうと霊夢の勘は告げている。
どうせ紫の悪だくみ。その程度の認識でしかない。
魔理沙の待つ永遠亭へ、逸る心を抑えて向かう。
今回の異変の最中に、魔理沙から糾弾された霊夢は挽回の機会を狙っていた。
糾弾といっても、それは置いていかないでほしいなんていう可愛らしいおねだりで、その場は神妙な顔で謝ったものの、それを思い返すと霊夢は口角が上がるのを抑えられない。
小さな魔理沙が、いつもの装いではなく、メイド服の上から割烹着を着ている珍妙な格好だった。
アリスに抱えられていたのは気に入らないが、精一杯声を張り上げていた。
怒ったような大きな声が、どんどん泣きそうになりながらしぼんでいく姿。
人形の体を借り、魂だけになってでも。
魔理沙はそんな無茶をしてまで、霊夢に「置いていかないでほしい。霊夢が心配だからひとりにならないでほしい」なんて言うのだ。
1人にしないでほしい、ではなく。
1人にならないでほしい、というのが、なんともその幼馴染らしい。
そこには自身を心配する心が溢れていて、それを向けられた霊夢はたまらない気持ちになる。
霊夢にとっては魔理沙は親友でありながら、時に家族のようでもある。
母であり姉であり、妹であり妻のようでもある。
春雪の異変で、自身が魔理沙を守り切れない可能性を霊夢は思い知った。
それならば安全なところに魔理沙を置いて、即座に独自で危険を排除しようと考えた。
しかしそれは結果的に失敗だった。
魔理沙に気を揉ませて、あんな無茶までさせてしまった。
いや、思い返すと口角が上がるのを止められないのだが。だが無茶は無茶だ。
「……こっちの気もしらないでさ」
手を貸すお節介な妖怪も増えて来た。
その分、霊夢は心配事も増えてしまったのだ。
守りたいけど、縛り付けたいわけじゃない。
全然上手くいかない。
だから、今回は挽回の機会。
こっちの心配をかけた分と、向こうが心配してきた分と。
存分に甘えさせて、甘えようというのだ。
めらめらと闘志を瞳に宿し、霊夢は永遠亭に向かっていた。
「あ、霊夢ー!」
その闘志も瞬時に瞳の奥へ隠される。
遠目からこちらを見つけ、心底嬉しそうに手をぶんぶんと振る幼馴染の姿。
いつもの三つ編みも可愛らしいが、お祭りだからか、いつもと違う髪型。
結い上げた髪に霊夢が持っていた紅白のリボン、そして今朝霊夢が選んだ浴衣。
霊夢はどうしようもなく、たまらない気持ちになるのだった。
永夜抄編 終了!
せっかく自機がボスになるのにタイトルに使わない手はないよなぁ。
幕間が多いのは短編のタネです。
全部書くかはわかりませんけど……
アンケートありがとうございました!
次回(永夜抄終了後)更新のアンケート(永夜抄その9掲載までで締め切り)
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すぐに花映塚
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本編時系列までの短編たくさん