幻想郷を雨雲が多い尽くす梅雨時の事。
春雪の異変から季節は初夏の入り口に立ち、ザアザアと雨が降る季節。
普段は雲の上にある白玉楼でお住まいの幽々子様は、地上の天気を久しく感じていなかったからか、楽し気に雨を見ている。
普段のお召し物に近いが、フリルの抑えられた爽やかな青地に、所々桜の花びらが意匠された雅な和装。
魔理沙に合わせて濃い紺色の袴に茶色のブーツを履いている姿は、普段よりもどこか活発な印象を与えている。
帽子は外し、その薄紫にも桃色にも見える髪の毛をきっちりと整え、お上品に髪を結んでいる。
ところどころに泥が跳ね、せっかくの綺麗な服も少しだけ陰りがある。
「雨、やまないなー」
この日の為に幽々子様が用意した、普段と違う装いを纏った元白黒の小柄な女の子がその隣で雨雲を見上げてぼやく。
爽やかな青地に、所々桜の花びらが意匠された和装は幽々子様のものと同じ。
薄い紺色の袴に茶色のブーツを履き、先ほどまで幽々子様を庇っていたからかこちらの方が雨に濡れている。
普段被っている大きな魔女帽子はなく、キラキラと輝く髪は帽子で隠されずに晒している。
いつもの三つ編みを垂らすのでなく、くるりと頭の上に巻いて髪を全体的に上げている髪結い。
準備を手伝った私も渾身の出来なので、ついに天狗の写真屋が間に合わなかったことは悔やまれる。
一応の変装ということで、大きな丸眼鏡を掛けている様子は清楚さを演出しており、普段の活発な様子がすこしだけ落ち着いている。
今は雨の中、心なしかキラキラの髪の毛も萎びている。
装いを似せた2人、ひっそりと訪れている茶屋にて。
私は気が付かれないように、そっと雨合羽で顔を隠しながら店内から二人の様子を伺っていた。
「せっかくのお出かけなのに、突然降ってくるのは参っちゃうぜ」
「まあまあ。こうした季節の移ろいを楽しむのも風流よ。春を奪っていた私が言うのも、なんだけどね」
2人は肩を寄せ合い、軒を借りた茶屋で通りへ面した縁台に腰を掛けていた。
傍に大きな紅白の傘を閉じ、ぽたりぽたりと雫を落としている。
急な雨をしのぐ為に入った茶屋でお茶を待ちながら、白い手ぬぐいで魔理沙が幽々子様を拭いてあげている。
風流かー、なんて何も解っていなさそうな声を出しながら、楽しげにニコニコと笑っている。
「幽々子はミヤビって言葉が似合うなぁ。お姫様って感じだ」
「ありがとう、魔理沙も可愛いわ~。妖夢が気合入れていたから、いつも以上に素敵ね」
「あ、これ濡れちゃったのごめんな。染み抜きして返すから……」
「気にしないで、どうせ死蔵されていたものなんだから。日の目が見られて、その反物も喜んでいるもの」
「うぅん、けどあんまり高価なものは気が引けるって……」
袖や裾の汚れを気にして、せっかく綺麗なのに、と声に出しながら残念がっている。
蔵の底に在った反物を手直ししたのは私だ。
幽々子様が所有者であるのは変わらないが、一端でも関わった物にそうして心を配ってくれているのを嬉しく感じる。
「あ、お茶が来たわ~」
年配の店主が茶と羊羹を盆に載せて来ると、お二人に渡しながら「姉妹かい?」なんて話しかけている。
「あらぁ。うふふ、そう見えます?」
「いやあの……友達です。幽々子の案内……していて」
相変わらず何故か人間の里では腰の低い魔理沙が、若干おどおどと受け答えをする。
それを優しい目で見ながら「そうかい、そうかい」なんて頷いて、ゆっくりしていきなさいと声を掛けて店主は去っていった。
「うふふ、姉妹に見えたのかしら。”ぺあるっく”? ”姉妹コーデ”? 良いわねぇ」
幽々子様は上機嫌に受け取り、湯呑みで手を温めた。
最初は魔理沙の服だけを仕立てた。
それを魔理沙がひとりだけ着飾るのを嫌がり、どうせなら幽々子様も、と一緒の服を希望したのだ。
「幽々子も着飾って欲しいって言っただけで、一緒の服が良いって言ったわけじゃないんだぜ……」
所謂姉妹コーデというもので、私は直前に見ていた外来の雑誌からそれを把握していた。
咲夜さんの手を借りながら仕立てたそれは、自身でも相当気に入っている。
幽々子様からも、気合が入っているわねぇとお褒めの言葉を頂いた。
「ここはな、羊羹が美味しいんだ。霊夢も妖夢も、咲夜も気に入っていたぜ!」
周囲から人がいなくなると、すっかりいつもの調子を取り戻した魔理沙がきらきらの笑顔で幽々子様に勧める。
言った後に、お茶をふーっと冷まそうとして立ち上った湯気で眼鏡を曇らせながら、あわあわしている姿が騒がしく可愛らしい。
傍で頷いて聞きながら、うふふと楽しそうに笑みをこぼす幽々子様。
ああ良いなぁ。
私はしみじみと頷いて、店主から受け取ったお茶を啜った。
「本当、おいしいわぁ!」
「よかった! 幽々子はすっごくおいしそうに食べるから、見ていて気持ちが良いぜ」
あまりじろじろと見ているのも気が付かれ……いや失礼かと思い、視線をテーブルに伏せながら耳だけ傍立てる。
雨音とおふたりの声が、しばらく店内に満ちていく。
店の奥からは厨房の火の音と、数人話し声も聞こえるがそれは静かなものだった。
「ところで、魔理沙は気になる人とかいないの?」
「っ! あぶな、急に耳元で変なこと言うなよ」
しばらく談笑に耳を傾けていると、そんな会話が耳に入った。
思わず机の下に隠していた半霊を蹴ってしまい、痛みに悶えながらちらりと幽々子様に目をやる。
若干小声で、ひそひそと耳元で話している様子だが、私の耳はばっちりとその音を拾い上げていた。
「気になる人って、どういうひとだ?」
意図を探りながら、すこし顔を赤くして魔理沙。
耳元で話しかけられたことで顔を赤くしているのか、話題の内容で赤くなっているのか。
「ほら、霊夢とはずっと仲がいい様子じゃない?」
「ああ、幼馴染だからな」
「本当にそれだけ?」
「うーん、なにが気になるんだ?」
じーっと幽々子様が魔理沙を見つめ、魔理沙は見つめ返しながら意図を探りかねている様子だ。
その様子にほっと息を吐く自分がいる。
「なんていうのかしらねぇ。その、恋愛的に好きな相手というか……」
「わ、私にはまだ早いと思うぜ……!」
かーっと血が頭に上る感じを覚える。
聞いている私の方に、気恥ずかしさが頭の先からつま先まで全身を走る。
「いいじゃない。私、こういうお話がすごく好きなの」
うふふ、なんてすこし照れたように、頬を染めながら幽々子様。
大変お可愛らしい。亡霊の姫とは思えないほど、生気に満ちたお姿だった。
「誰か、気になる相手はいないのかしら?」
ちらりと流した視線が、見つめている私と合う。
しまった。見過ぎてしまったのか、気が付かれた。
「気になる相手って、言われてもなぁ……」
慌てて顔を伏せてしまったので、その顔を見ることはできない。
幽々子様から、こちらへ注意が来る気配はなかった。
「妖夢とか、咲夜とか、アリスとか……」
「あー……」
宴会で会った方々と私の名前を並べ、その反応を見ながら続けていく。
困った様子が声色から伝わってくる。
「うーん、考えたこともなかったぜ」
あははー、なんて誤魔化して笑う声。
なんだかいつもの魔理沙らしくない、普段の勝気な様子からは見えてこない自信の無さが窺えた。
「魔理沙は周囲から想いを寄せられていると思うんだけど」
「それは幽々子の色眼鏡だろ」
にべもなく切り捨てて「ないだろー」なんて言葉をこぼしている。
「うーん、謙虚や謙遜は美徳でもあるけど」
むーっと不満そうに幽々子様。
「そういうふうに閉ざしてしまうのは、相手にとっても良くないわよ?」
「そんな、いるかいないかわからない相手に……」
「たとえば、私があなたを想っているとしたら?」
「えぇ!?」
思わず声を大きくしてしまった魔理沙が、慌てて声を抑える。
私は自分の心臓が飛び跳ねる音を聞いていた。
「ま、そんな、幽々子?」
「あはは!」
「お、冗談、だよな?」
「うんうん、今のは冗談よー」
「だよな。びっくりしたぜ……」
「だけど身近にいる人の事なんてわからないでしょう? 例えば妖夢は……」
「幽々子様!」
思わず立ち上がり、雨合羽を跳ね除けてから2人の間に手を差し込む。
それ以上は余計な事を言われる気がして、どうせ幽々子様には気が付かれたのだからと止めに入る。
「妖夢!?」
「ダメじゃない、妖夢」
心なしかしんなりとした金髪を跳ねさせ、こちらを見る魔理沙。
丸いメガネの奥でキラキラとした瞳がきょとんと丸くなる。
それと、やはり気が付いていた幽々子様は対照的な反応だ。
ぷくーっと頬を膨らませている。
「ここからが面白いのにぃ」
「目立たないようにしていたのですが、幽々子様これ以上は! さすがに!」
「ええ、いつからいたんだ?」
「ご、護衛です!」
雨はまだ人間の里に降り続け、私たちの声は暫く茶屋に響いた。
こんな暑い日に梅雨の話書いてる……あ”つ”い”
場面転換なしで一場面だけ、短編だからこれくらいあっさりしててもいいよね。