だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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夕立と火の鳥

 昼過ぎに突然降った雨が止み、洗ったように澄んだ青空が広がる夕暮れ前。

 激しかった雨は過ぎ、暗かった空には穏やかな西陽が差していた。

 突然の豪雨に、お風呂に入ったみたいに全身濡らしながら重くなった帽子をぎゅうっと絞って水を落とす。

 まだまだ夏を感じさせる夕立ちに降られて、私は重たくなってしまった全身と手荷物を抱えて憂鬱な気分になった。

 

「参ったぜ」

 

 濡れネズミのまま独りごちる。

 雨宿りに一時軒を借りていた木から、妖精たちも顔を覗かせてふわふわと飛び交い始める。

 まったくツイてない。今日は久しぶりに幽霊楽団のアルバイトだったのに。ちらりと濡れてしまった風呂敷を見て、きっと中身はダメになってしまったなと残念な気分になる。

 ルナサ、メルラン、リリカは騒霊というお化けの一種だ。うん、騒霊はお化けの一種だと思う。

 普通にお菓子やごはんも食べるし、お酒も飲むし酔っ払う。幽々子や妖夢も一緒で、幻想郷のお化けたちはそのあたり普通の妖怪と変わらない。

 

 今日は久しぶりに人間の里での楽団のライブだったのに。

 少し前、お手伝いに来ないか誘われて、今日は朝から張り切って差し入れなんかを準備していた。飛んで向かっている最中に天気が急変して、必死に魔法でバリアを作ったけど勢いよく降る雨には意味がなかった。

 服の中に風呂敷ごと入れたんだけど、全身隈なく雨を浴びてしまって服すら意味を為さなかったと思う。

 そのまま地面に座り込み、ずっしりと重たくなってしまった風呂敷をほどく。

 中には予想通り、紙に包んでも雨でぐしゃぐしゃになってしまった焼き菓子が無残な姿になっていた。

 元々綺麗な出来ではなかったけど。それは咲夜に教えてもらって焼いたクッキーたちだった。

 

「……あはは、もったいないなぁ」

 

 朝から準備しているときには、幽霊楽団のみんなは喜んでくれるかな~なんて思っていたんだけど。

 こんなにぐしゃぐしゃになってしまったら、もう渡せないなー。金属の缶にでも詰めておけばよかったぜ。

 もったいないから、濡れ欠けて小さくなった欠片をひとつ口に放り込む。

 

「むぅ」

 

 ねちょっとした感じで、甘いけど雨の匂いがする。焼き上がりには香ばしかった匂いが、サクサクとした感触が、全部なくなってしまった。

 くそー、と空を睨む。すっかりと雨を落としてすっきりと晴れた空は、西の方を朱に染めて、東に紺が上り始めていた。

 ため息をついて、風呂敷包みを抱えながら途方に暮れる。

 少しだけ早く家を出て、みんなに差し入れをしたかったのに。時間的には余裕があるが、一度戻って全部片づけをすると遅れてしまうかもしれない。なにより今はせっかく準備したみんなへのお菓子が渡せなくなってしまって残念な気持ちだ。

 

「どうした、暗い顔して」

 

 ぽっと目の前で火が点り、驚いて顔を上げた先には悪戯っぽく笑う白髪のお姉さん。

 ぱちぱちと瞬きして、頼りがいのある顔をした妹紅がこちらを見て不思議そうにする。

 

「よう、今日はプリズムリバーのライブだろ。そんな悲しそうな顔して、どうしたんだ?」

 

 *

 

「なあお姉さん。いま暇か?」

 

 私が幻想郷で仇敵と再会し、その復讐には何の意味もなく私の人生はすべて下らないものだと感じていた頃。息をするだけの抜け殻も慧音が世話を焼き、辛うじて死んでいないだけだった。

 ただ路上で、落伍者のようにぼうっと通りを眺めている私に、そんな声を掛けて来たのは人間の里では珍しい金髪の子供だった。

 最初は私に声を掛けて来たとは思わなかった。それにこの有様を見て、まさかお姉さんなんて声をかける神経がわからない。最初は私の意識にも上らない無為な声かけだった。

 

「お姉さん、今とっても退屈なんじゃないか?」

 

 声はこちらの意思を無視して告げられ、ようやくそれがこちらに向いていると感じた私は、顔を上げてゆっくりと視線をその子供に向ける。

 子供はびくっと怯えたように体を震わせ、きょろきょろとあたりを見回しながら、私に視線を合わせるようにしゃがみ込む。

 めずらしいな、と思ったのは金髪だが、それ以上に大きな黒い三角帽子や白黒の魔女衣装は奇抜に見えた。

 

「は、反応した……。よ、よ~し……お姉さんくらいなら……話しかけられるぜ……」

 

 小さくもにょもにょと口にしながら、右手に持った手書きの掲示を示してくる。

 

「今日、この先で幽霊楽団の演奏会があるんだ」

 

 どうやらその演奏会に行くらしいこの子供は、言いながらごそごそと掲示板を持つ手と反対の手で、ポケット中から木札を取り出してこちらに渡してくる。

 

「お金は取らないから、聞きに来てほしいんだぜ。もし気に入ったら、グッズとかも買ってほしいけど……」

 

 視線を私に合わせないで、地面を向いたままその子供がもにょもにょと口にする。

 

「その……あなたの周りの世界って、本当にすごいんだ。幻想郷ってさ、色々と魅力的なものがたくさんあるから……こんなところに蹲っているのが、立ち止まって過ごすのが、きっともったいないって思うはずなんだ」

 

 じーっとその子供を見ていると、だんだんと顔を上げるその瞳と視線が合う。

 片側だけ三つ編みおさげにしている金髪に、きらきらと光る金の瞳。

 

「だからさ、演奏会。えっと、もし時間があれば……。いや。絶対に、来たほうが良いぜ!」

 

 きらきらと光るその瞳に眩しさを覚え、ぱちぱちと瞬きをしている間にその子供はいなくなった。

 手には木札が握られていて、そこにあるプリズムリバー楽団の名前を見ながら言葉を反芻する。

 

「もったいないって……」

 

 なにかを為すべき。なにかを遂げるべき。そういう目的の為ではなく生きる時間、その関わりに目を向けたもの。その言葉は過ぎる時を惜しむ、今を生きる人間のものだった。

 

 *

 

「あぁ~。こりゃひでぇな」

「ひ、ひでぇって言うなよな! 濡れる前はそこそこ、いい出来だったんだよ!」

 

 風呂敷の中の惨状を見ながら、くっくっと笑う妹紅につい声を荒らげながら私も笑った。

 これから楽団に差し入れをするために作ったというそれに、雨に降られて台無しだと愚痴をこぼしていると気分が大分楽になった。

 ケラケラ笑いながら、風呂敷の中で半分溶けてしまったクッキーを妹紅が摘まんで、そのまま口に運ぶ。

 あ! と止める間もなく口にされ、もぐもぐと咀嚼されているのをじっと見る。

 さっき自分でも食べて、よーくわかっている。とてもじゃないけどそれは人に渡せるような、食べられたモノじゃない。

 

「うん、いけるいける。うまいじゃん。楽団の差し入れ向きじゃないけどな」

 

 にかっと爽やかに笑う妹紅の行動に、かーっと顔が赤くなる。

 自分が時間をかけて作ったものに、お世辞でも褒められるのは嬉しくもあるが恥ずかしい。

 だって、私はもうこれを捨ててしまおうと思っていたんだから。

 

「いいんだよ、もう差し入れは人間の里で買ってくるぜ」

 

 つんとそっぽを向き、不機嫌に見えるようそう言ってみる。

 なんでか、素直にお礼を言うのが気恥ずかしかった。

 

「ふぅん。じゃあこれはどうするんだ?」

「どうって、もう家に持って帰って処分するしか……」

「ほー、それじゃあちょうどいいや。私、またごはん食べるの忘れて、腹ペコなのを今思い出したわ」

 

 妹紅は蓬莱人といって、死の概念がない。食べなくても、息をしなくても、死ぬことのないその身を自虐的に、時には都合よく捉えて利用している。なのでごはんを食べていないというのも珍しい話ではないのかもしれない。

 

「ちょうど腹ペコで我慢が出来なくなってきたんだ。これ、ぜんぶ貰っても良いかな」

 

 だけど、その言葉は間違いなく妹紅の優しさから出た言葉で、こちらへの気遣いが溢れている物だった。

 ちょっと泣きそうになりながら、その優しい心遣いを受け取る。

 

「おいおい、お礼を言うのは私の方なんだがなあ」

 

 照れたように笑って、優しい不死人はもぐもぐとクッキーだったものを頬張っていくのだった。

 

 *

 

 楽団の音楽は、人生観を変えるほどの衝撃だった。

 気分の高揚と、落ち込みながらも深く自分を見つめ直し、まるで生まれ変わるような体験。

 

 “あなたの周りの世界って、本当にすごいんだ”。あの子が言っていた言葉が、脳裏に浮かび上がる。

 “幻想郷(せかい)ってさ、色々と魅力的なものがたくさんあるから……こんなところに蹲っているのが、立ち止まって過ごすのが、きっともったいないって思うはずなんだ”。

 

 この幻想郷(せかい)で、仇敵と再会し私の人生はすべて下らないものだと感じていたのに。

 たった一言と、一刻足らずの時間の音楽。ただタイミングよく、心に染み込んできたそのふたつ。

 

「たしかにこれは心を動かすね」

 

 遠目に見えた金髪が、わーわーと目に涙さえ浮かばせながら幽霊楽団を応援している。

 妖怪たちはその子供の反応を楽しんでいるように、会場の中でその子の周囲だけ静かだ。

 

 すべて下らないものと、燃え滓になった人間の残滓。

 それでも生きてほしいと友が寄り添い続けた中で、陽だまりへ連れ出してくれる者がいた。

 きっかけは些細なものだ。多分そこに意図はなく、ただ自分が好きなものを同じように好きになってもらいたいというだけだった。だが今を生きる人間が、世界を愛する者が燃え滓に再び火をくれた。

 友が支えてくれたから、燃え滓が崩れる前にきっかけが転がってきた。

 

「ふぅ~……」

 

 長く、長く息を吐き出す。くすんでいた視界が晴れやかに感じる。満点の星空が、やけに明るく感じる。

 幾分か晴れやかになった、ひねくれた自分の心が少し素直で軽く感じる。まだまだ蟠りは千年分、消えてなくなることはないだろうけど。まずは友に礼を言おう。あの女の子にも、確かに面白いものは世界にあふれていると伝えに行こう。

 

「あとはとりあえず、あのお姫様はぶん殴りに行こうかしら」

 

 復讐はくだらないものだけれど。それはそれとして、自分の心の健康のためにあいつは殴っておこう。

 

 *

 

「ぐすっ……! 絶対まずかった! こ、今度はきちんとしたもの持ってくるぜ!」

「ああ、わかったわかった! いいから、服も乾かしてさ、はやく行こうよ!」

 

 指をぱちーんと鳴らし、少し気障に見える態度で魔理沙の服を乾かしてあげる。

 わー! なんて目を輝かせるあの頃よりも少しだけ大きくなった、金髪の子供の頭を乱暴に撫でる。

 腹を満たす幸福に、愛情を受けた体。まずいなんてとんでもない。むしろ調子よく飛び跳ねたい気分だ。

 

 人間には生きる理由が必要だ。

 

「よーし、ルナサ達にはお団子を買っていくぞー!」

「はいはい、それじゃあ箒の後ろに乗せてもらおうかな」

「ああ、一緒に行こうぜー!」

 

 今を生きる理由をこの小さな女の子に依存しながら。

 今を生きるこの少女の模倣をしながら。

 

「この前リリカが張り切っていたなぁ。ソロで演奏するかもしれないから気を付けた方がいいぜ」

「うわめちゃめちゃ熱い! 俄然楽しみになってきた!」

 

 蓬莱人という人外が、人の形をとりながら生きるふりをする。

 人になりたい、不定形の生き物が憧れを持って形を作る。

 気が付けば模倣が本来の人の形を取り、蓬莱の人の形が私になっていく。

 

「今日も楽しいんだろうなぁ」

「うん、いっつも楽しい事しかないんだ! 妹紅も知ってると思うけど、幻想郷は毎日すごいんだぜ!」

 

 ニコニコと笑っているだろう魔理沙の後ろで、心から笑みを浮かべながら安心してついていく。

 生まれたての雛が最初に見た相手を親だと思う様に、私はこの目の前の少女の後をひたすらついていく。

 

 模倣は終わり、すでに一個の私が出来上がっても尚。

 それでも離れがたく、私はこの目の前の少女の後をついていく。




一瞬間違えて イチャ甘に投稿してしまった……
誤解なんです、全年齢なんです
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