〈写真機と純情〉
〈いつかの夏の小さな一コマ〉
〈永遠亭での宴会〉
月は既に上り始め中天に座すそれは本日、満月ではない。
わずかに満月に満たない月が見える永遠亭では、そこらで妖怪兎たちが酒盛りをし、賑やかな様相を呈していた。餅を食べ、きゃっきゃっとはしゃぐ幼い姿。
しかしその中でも大いに盛り上がりを見せるのは、その主人と食客たちだろう。
一角に積み上げられている酒樽は今回の異変を起こした館の主人たちが、詫びとも取れる形で異変に関わった者たちへ供したものだ。しかしそれもどんどんと空になり転がっている様は、宴会に参加している兎たちもいったいどれほど備蓄を潰すのか、わくわくと見守りながら一層賑わいを見せていく。
「美鈴! 美鈴の服は!? チャイナ服の準備は!?」
「お、お嬢様勘弁してくださいよ~。そんなすぐに用意できるわけが……!」
「咲夜、どうにかできないの?!」
「そうですね……。丈の長さを変えるくらいであれば、間に合うかと」
「美鈴、脱ぎなさい!」
「お嬢様!?」
「袴ねぇ。なるほど、妖夢の好みが透けているみたいで、なんだか恥ずかしいわ」
「ゆ、幽々子様……! ちがうんです、決して私はその、装いに目が行っているわけではなくて……」
「あら、じゃあそれを身に着けている人そのものに興味があるっていうこと?」
「そ、そうです!」
「じゃあ魔理沙のことが好きってことなの?」
「……っ!? えーと、いえ、そのぉ……!」
「ミスティア、だったわね」
「そういうあなたは、博麗の巫女♪」
「……割烹着もいいわね」
「巫女服も最高ね!」
「私のお姫様がお姫様すぎる件について」
「私の魔法使いが王子様になったわ!」
「ああ、最高の日だ……。フランドールさん。そのドレス、とても素敵だったよ」
「リグル。あなたのマントを着た魔理沙もとても可愛かったわー!」
銘銘が好き勝手その品評をする音を聞きながら、ゆっくりと大盃に口をつけ、隣の友人に声を掛ける。
「お前も衣装交換に行ってきたらいいじゃないか」
「いやよ、人間の小娘一人にあんなに踊らされて、賢者の威厳がなくなっちゃうわ」
「そうかい! あはは!」
つんと澄ました顔をしているが、そわそわと落ち着かない動きで次の衣装を待ち望んでいる様子。その手には外の世界のものだという「カメラ」を手に、後で見返すのだという記録を付けている。
妖怪の賢者と言われる八雲紫が見せる常よりも浮かれた姿に、私は竹の風味を感じながら酒を呷ってわはーと息を漏らす。
時間は夕方を過ぎて夜が深まったころ。
私達は魔理沙の箒に乗ってこの屋敷に到着したが、吸血鬼の娘が提案した『衣装交換会』は一人の人間を大いに働かせて各々の衣装を交換しながら次々に披露されていった。
中には大きさが合わず、不格好になってしまうこともあったが、それもそれで良しとするものが多いのが事実。
今は今回の異変を起こした輩たちが魔理沙に衣装を供し、その着替えを待つ歓談の時。
「萃香、霊夢と魔理沙に関する約束のことは……」
「あー、私は役目を全うした! なんかいう事があるなら、魔理沙とアリスに言ってくれぃ!」
聞こえないふりをしながら、この後にどうせ霊夢からも同じように言われるだろうことを予想する。
この古い友人と最近できた新しい友人は、ひとりの人間にたいして酷く過保護だ。
「過保護なのは霊夢だけよ。私はあくまで公平に、魔理沙の事は人間の異変解決者としてね……」
そんな風に言うこいつも、本人たちはどう思っているのか知らないが傍から見ると随分気に掛けている様子。
「……ふぅ。そういえば萃香は、衣装交換しないの?」
「あー? 私のこの重りとか、手足に着けてたら身動き取れないだろ。それで誰かが暴走したら面倒だからなぁ」
ういー。竹の香りが付いた酒を呷り呑み、弁明するように紫に返す。
本音を言うと、見て見たくはある。だけど身動きが取れなくなってしまう懸念があることから辞退した。身動きの取れない魔理沙に誰か暴走しかねないと思ったのだ。
別にそれはそれで面白くはあるが、自分の衣服を着てもらうことがやけに気恥ずかしく感じたのも事実。
「そんなこと言って。魔理沙のあの魔女衣装を代わりに着るのが、恥ずかしかったんじゃない?」
「がはは、それもあるなぁ!」
衣装交換は文字通りの意味で、誰かの衣装を着たら、相手も当然その誰かの衣装を着るのだ。
「妖夢みたいに、着せたい衣服だけ指定もできるのよ?」
「そうはいってもなぁ。うぅん。私は色々な服を見て恥ずかしがるあいつは見ていて楽しいが、どれを着てほしいとかは、あんまりなぁ」
着飾って恥ずかしそうにしているあいつは非常に良い。
ただ、じゃあどういう格好にしている時が良いのかというのも、特に拘りがないのでどれも良く思える。
「ふぅん。次はこの永遠亭の兎の服装らしいわよ」
「ほう、あの奇妙な服かぁ。どれどれ、あいつはどれだけ恥ずかしがって……」
襖がさっと左右に開く。
そこから出て来た魔理沙を見た時、雷に打たれたような衝撃を感じた。
「ど、どうも~」
最初に出て来た、少し小さい魔女衣装を着た月の兎が早々に頭を下げながら脇に避けていく。
「うどんげの衣装だぜ~!」
言いながら、短いスカートを恥ずかしがるように丈を抑え、魔理沙が縁側の廊下に現れる。
よたよたと足を運び、きょろきょろと周囲に目をやりながら何かを探している様子。
酔いで羞恥を誤魔化しているが、それでも誤魔化しきれない羞恥が身を蝕んでいるのか顔は相変わらず真っ赤だ。
一瞬、シンっと静まり変えるほどの静寂が下りたのは気のせいではないだろう。
そしてその静寂の間に私は自分の鼓動の音を自覚するほどに、高鳴る胸に気が付いた。
普段は隠すように、決して見えないようにしている足が露わになっていること。
金色の頭に、カチューシャで付けられた兎のような長い耳。
些細な違いはあれど、それらは今までの服装と同じような点も多くあった。
違うのは、その身を覆う薄紅のスカート、白いシャツ、赤いネクタイ。
全身を真っ赤に染める羞恥の表情と、微かに拾える程度の音量で強がりを放つ口は変わらないもの。
うっすらと汗を掻いているのか金の髪は首筋に張り付き、上気した頬とウルウルと兎の様に涙の張っている瞳は常以上に弱々しい印象を与えている。
ボタンを全て閉めている訳ではなく、首筋がうっすらとシャツから見えているのがやけに煽情的で、視線が吸い付いて離れない。
ごくりと酒ではない生唾を飲み込み、ふぅっと短く息を吐いた。
「あぁ、やっぱり攫いてぇなぁ」
「駄目よ。ここはルールのない世界ではないの」
ポツリと思いがこぼれ出る。耳敏くそれを咎める隣で小さなカメラを構えている友人。
「弟子に話題をさらわれるわけにはいかないわね」
私と紫の後ろから、そんな声が掛かる。
「あら、あなたはここの……薬師だったかしら?」
「ええ。あのブレザーとプリーツスカートのうどんげの師匠よ。あとは館の主の従者をさせてもらってるわ」
「へぇ。あれは“ぶれざあ”というのか……」
「随分ご執心ね。よっぽど刺さったみたいだわ」
ごちゃごちゃと話を続けながら、紫はカメラでぴかぴかと光を放ちながら記録を撮り続け、私も声の主を振り返ることもなく視線を釘付けにしている。
「いやあ。あの衝撃は超えられるのか?」
あまりにもそれは私の好みだったのか、相変わらず視線が動かせないまま声だけをその師匠とやらに掛けておく。
「任せなさい。あなたたちに月の頭脳の片鱗を見せてあげる」
そうして見せた“ミニスカナース”の服装は、再び私たちの歓声を攫うものだった。
〈写真機と純情〉
幻想郷のものではない、“でじたるかめら”というものを紫様は用意してくれた。
難しい操作は不要で、ただそれが背面に映す様を、上にある押し込み口を押さえることで切り取り記録ができあがる。
それは幻想郷にない電気を使うらしく、使う際や取り出すには紫様や藍殿にお願いする必要があるらしいのだけど。
幽々子様も非常に気に入ったその写真機は、被写体が偏り過ぎているという問題はあれど概ね私の意思を反映し既に慣れた一連の動作で思う様に記録を残した。
「……なあ妖夢、またカメラか?」
「ええ! 機械は苦手でしたが、これは難しくなく良いものですね!」
人間の里へ向かう最中、偶々途中で出会った魔理沙にカメラを向けながらむぅっと不満げな顔を収める。
どうしたのだろうか、不満げな彼女は珍しい。
「別に、良いんだけどさ」
むぅっと口をとがらせながら、こちらを見ながらじとっと見られることも珍しい。
それも収めながら、私は吊り上がる口角を意識的に抑えて話を聞くためにレンズを下げた。
「撮ってばっかりだと妖夢の顔が見れないんだけど」
そんな可愛らしい抗議が届くと、いよいよ口角を抑えられなくなった。
だらしない顔をしてしまっているだろうと思うが、むぅーっと不満げな魔理沙は気にせず言葉を続ける。
「別に、撮るのはいいんだけど。もっとお話ししてほしいんだぜ」
どうしてこう、この魔法使いは私の心をつかんでくるのだろうか。
その後しばらくカメラを使わず、しっかりと心に留め置いて魔理沙と笑顔で過ごすことが出来た。
〈いつかの夏の小さな一コマ〉
じゅわっと油が跳ね。ぷくぷくと気泡が上ってくる。
庭で採れた菜園では、今年もこの夏の実りを豊富に付けて食卓を豪華に彩るのだ。
元々は人間だった頃の名残で続けていた食事だが、近所のお節介な白黒が心配するので1人でも食事を摂るようにしている。
コンコンっと窓を叩く音。
こうして食事の準備をしていると、定期的に訪れる隣人が遠慮がちに窓を叩く。
上海人形に窓を開けさせ、その外にいる人間が声を掛けてきた。
「アリス! もしかして揚げ茄子か?」
揚げ茄子が好きだ。と以前に言っていたことを思い出す。
油で揚げただけのシンプルなものだが、熱を加えるととろっと甘くなり皮目がぱりぱりしていて口に楽しくて確かに美味なもののひとつだ。
塩を振り掛けただけのシンプルなそれを、窓の外にいる不埒者へ見せるように晒す。
「ええ、鼻の良いネズミね。入ってきなさいよ、あなたの分も用意するわ」
なんて、元々二人分で用意していた素揚げの野菜と小麦粉で塗したものを揚げながら声を掛ける。
私くらいにもなると、こいつの行き先や予定は解ってしまう。本日は夜に博麗神社へ行くだろうということ。夜中から朝に掛けて勉強を頑張っていたので、ふらふらの体でまた魔法の森に素材を採りにいくだろうことはとっくにお見通しなのだ。
その最中にお腹を空かせるこの人間に、少し良い匂いを漂わせればふらふらと近寄ってくるだろうということ。
すべて私の掌に踊らされる愚かな人間を見ながら、確かな満足感を得る。
少しだけ、魔法の勉強を頑張っているようだから。
少しだけ、うまくいかない研究に行き詰っている様子だから。
先達としてほんの少し労ってあげてもいいと思うのだ。
私の心の余裕をこの見習い魔女に分けてあげてもいいと思ったのだ。
「いやー、アリスのごはんは旨いからなぁ! 思わず駆け込んだぜ!」
玄関からわぁーっと楽し気に声をあげる幼い人間を想い、料理をする。
幼くか弱い人間の子供。
どこか不思議な雰囲気を持ち、馴れ馴れしいのに不快ではない白黒。
「ご飯を食べたら、すこし魔法を見てあげるわ」
「えぇー! いいのか、助かるぜ!」
蓬莱人形が魔理沙を安楽椅子に招待し、それに従って椅子を揺らしながら魔理沙が目の下に作った隈ごと目を細める。
「その『マスタースパーク』? 理論だけでも見てあげるわ」
じゅわっと上がった野菜をあげて、疲れ気味の魔理沙を労う。
少し前から、自身に似合わぬ適性の魔法の研究を始めたのはどうも腑に落ちないが。
それでも自分が好きなことを研究しているのだという様子から、魔女ならばそれは自然なことだと肯定しつつ心配する心は止められない。
いつからか。このただの人間の子供をやけに気を掛けてしまう。
魔法の森に住みついた人間の子供に、ここまで心を割く必要はないのに。
「ああ、良かったぁ。魔法難し……すぎるし……ありす、ありがと」
すぅーっと寝息が聞こえ、上海にタオルケットを用意させてそっとかけてあげる。
料理は冷めないように、ささっと保存の魔法をかけて仕舞い込む。
今寝てしまったら、多分夕方まで目を覚まさないだろう。
夜には博麗神社でごはんを食べるはずなので、ここでお腹を満たすことはできない筈だ。
すこしでも、この場で休んでくれるなら。
なんの悩みもないという風に、寝顔を無防備に晒す子の頬に、指を這わせながら思いを馳せる。
最初に見た時は愚かな人間という印象。
そこから少しづつ親交を深め、今では放っておけない隣人となったその子供。
ふふっと自嘲を浮かべながらしかし不快ではない心の機微。
こいつにとって、私の傍がすっかり眠りにつく位安心できる環境だというのか。
嬉しく思い、そしてそう感じる自分に驚きを感じる。
そういったものを煩わしく感じていた、筈だったのに。
「……まったく、たいした魔法使いね」
自身の心のうちに湧き出る感情、それに意図して蓋をしながら、静かな寝顔を眺めてひとり零す。
ふぅっと息を零し、まだ短いだろうこの魔法使いとの関りを思う。
きっと、魔法使いとしての大成はしないだろうと思う。
種族魔法使いにもなれないかもしれないし、そもそも人間としての生に、というより博麗の巫女と一緒ということに意義を感じているように思う。
きっと。魔理沙は人間のままの人生を望んでいるんだろう。
すこし寂しく感じるが、この先考えが変わる可能性はいくつもある。
その時に、きっと力になれるように。
またもしも、人間のままでもその進む道先に存在できるように。
すべてに備えて自分を植え付けていく。
「今はきちんと休んで。……私が力になるから」
穏やかな寝顔に笑みがこぼれる。この能天気にも思える、悩みの多い魔法使いにそっと寄り添ってその先を思う。