その0 繚乱から
陽光差し夜が明けていくまだ未明の時分。
とっくに雪が平野から取り払われて山の頂点や森の奥深くにしか残らず、春眠が暁を覚える頃。
魔法の森にある霧雨魔法店の看板に日が当たり、カーテンの付いていない窓から室内に陽光が満ちていく。
室内にはランプの灯が消えずに残っており、机に突っ伏すように目を瞑っていた金髪の少女の顔が眩しそうに歪んだ。
「んぅ~……」
くぐもった声が口から漏れ、陽を避けるように腕の中に顔を埋める。
しばらくもぞもぞと動きを続け、ようやく腕から顔を上げて眠たそうな瞳をシパシパと瞬く。
常と変わらぬ様だが、見るものが見れば違和感を覚える。
不思議に思うのはその服装か。普段の彼女を知る者であればその白さに驚くだろう。
普段は白黒と呼ばれる魔女衣装の黒い部分をすべて白く変え、椅子に掛けられた彼女の帽子も白一色。
しかし形は変わらず、特徴的な鍔の広い魔女が被るような三角帽子だ。
気のせいか、その髪色も普段よりも明るく見える。
「ふわぁ……。そのまま寝ちゃってたのか……」
眠たそうにひとつあくびを零し、ぐーっと腕ごと背を伸ばし体をほぐす。
あくびの際目もとに浮かんだ涙を拭って、読みかけの本を閉じて机の上に他の本と一緒に立てかける。
そのまま「よっ」と声をあげながら緩慢な動作で椅子から立ち上がり、奥のベッドに向かっていく。
ベッドの上には、どういうわけか同じ顔をした少女がなんとも気の緩んだ間抜けな表情で、よだれなんか垂らしながら枕を抱えて眠っていた。
その寝間着は普段少女が付けているもの。僅かな違いとして、その髪色がわずかに落ちついた発色の金色だということか。
脱ぎ散らかしたように近くの椅子に掛けられているのは、少女の衣装と全くおなじデザインのものがある。
ただし、色だけが対を為すように真っ黒だ。
「おーい、起きろ私。霊夢のところに言って相談しないといけないんだぞ」
「んぅ~……」
くぐもった声を漏らしながら、枕の中に顔を埋めてしまう。
その様子を見ながら、やれやれと息を吐き出して白い魔理沙は笑みを浮かべた。
どこか嬉しそうに眺めつつ、ぼすんっとその上に圧し掛かって「おきろ~!」と大きな声をあげる。
「うひゃ!」
伸し掛かられて妙な声をあげながら黒い魔理沙は目をシパシパと瞬かせて、自分の上に乗る白い魔理沙を見ながら面白いくらい表情を変えた。
「うわぁ! 魔理沙だ!」
「そうだよ、魔理沙だぜ」
「あわわ、ひぃ」
目を白黒させながらなぜか両手を上げ、起きたばかりだというのに顔を赤くしながら口をもごもごと動かして言葉にならない悲鳴を上げた。
「お前も魔理沙なんだけどな」
にししっと楽しそうに白い魔理沙が笑い、上体をあげて黒い魔理沙の顔の両脇に腕を差し込みながら自身と同じ顔を見下ろした。
「おはよう、私」
「う、うへへ……。おはよう、わたし」
快活に笑みを浮かべる白い魔理沙に比べ、どこか卑屈に、顔を赤くしながら黒い魔理沙は情けない笑みを浮かべた。
――そう。あなたは少し自覚がなさすぎる。
昨晩、大分久しぶりに会った幻想郷の閻魔大王が言っていた言葉を思い出す。
――その身に降りかかる想いの強さを少しでも思い知るが良い。
言って振り下ろされた悔悟の棒で魔理沙は真っ二つにされてしまった。
どういう理屈か、それは白い魔理沙と黒い魔理沙の二つに分かたれることになり、閻魔様はそれを見届ける前に姿を消していた。
「やっぱり、色々と見たけど手元の資料じゃこんな事は過去起こっていないぜ」
「うぅ、ごめんねぇ寝ちゃって……」
「なに謝ってるんだ、夜は眠るものだぜ?」
「でも、自分だけ寝るなんて……」
「おいおい私。自分に遠慮とかいらないんだよ。私は眠れなかっただけだし、つい気になって調べてただけだぜ」
「それでも申し訳ないんだもん……」
「あはは、自分のことなのになんか面白いなぁ!」
「うぅ、笑わないでぇ……!」
快活に笑う様と、目に涙さえ浮かべて抗議をする様。
白い魔理沙と黒い魔理沙は、ふたりに分かたれた元ひとりの人間だというのにその性格が全く違う様に見えた。
「とにかく、こんな事態は私が知らないことだ。一大事だぜ」
「う、うん。またわたしの知らないことが起きているんだもの。原作知識も何も無いよね……」
ベッドから起き上がり、黒魔理沙が服を着替えてから2人連れ立って1階へ降りていく。
「早いうちに霊夢に相談して、ゆかりんとかにも協力してもらわないとな」
「うわぁ……! なんか、今更だけど霊夢ちゃんとか紫様とか、会えるの楽しみ! 不思議ね、何回も会ったことあるのに、こうなってから自分が自分じゃないみたいで……!」
「う~ん確かにそうだな。なんだろう、不思議な緊張感があるぜ」
連れ立って歩き、身だしなみを整えようと洗面台に立ってふと困った。
「あ……歯ブラシとか、分けた方がいいかな……」
再び顔を赤くしながら、にへらっと情けない笑みを浮かべてその笑みを白い魔理沙に向ける黒魔理沙。
「いや自分のものだから、別に……。うん? けど今は別々だし、分けた方がいいのか?」
うーん、と首を傾げて白魔理沙。結局別々の歯ブラシを使って交互に洗面台を使い、また交互に顔を洗い、お互いの髪を梳かしながら身支度を整えていると玄関のドアベルがカランカランと鳴らされた。
「あれ、誰だろう?」
「はーい、今行くぜー!」
白魔理沙が立ち上がり、玄関ドアを開け放つ。
「おはよう魔理沙。ねえ、この辺の花が……。あら?」
玄関には切れ長の赤い瞳を持つ、癖のある緑髪をした女性が立って室内を見て、首を傾げた。
白のカッターシャツに花の様に広がる黄色いスカーフ。赤地に黒い線のチェックが入ったロングスカート、その上から同じ柄のベストを羽織っている。
「魔理沙……増えたの?」
幻想郷の四季のフラワーマスター、風見幽香が手に枯れない花を持ちながら、室内の二人の魔理沙を見て不思議そうな顔をした。
*
朝、異変にはすぐ気が付いた。
太陽の畑と言われる私の家で、扉を開けた先で一斉に出迎えた満開のヒマワリを見ながら私は自分の沸点まで感情が上っていくのを感じていた。
「……いい度胸だわぁ」
よりにもよって、花か。
春の日差しが温かく柔らかな蕾を付け始めていた桜が、一晩で満開になっている。その下には紫陽花、傍の水辺に水蓮。目の届く範囲にはツワブキ、梅の花、椿も。
すべてが見ごろを迎えるように満開に咲き、その季節感のなさに頭がくらくらとした。
「ここ1,2年は本当、異変だとかスペルカードだとか」
小さな人間の白黒の子供を思い浮かべながら、私はゆっくりと浮かび上がり周囲の花を見ながらながーくため息を吐く。
「霧が濃いとか、雪が多いとか、夜が長いとか……。そういうのはもう、いいのよ」
私は植物の様に生きたいのに。たまに花を愛でて、その自然に手を掛ける愚か者を虐めているだけでいいのに。
せいぜい、そういうのは生き急ぐ人間たちが頑張ればいいのだ。
ちょうど良く動く玩具がいるので、そいつらが一生懸命生きる様を愛でるのもまた楽しいと思い始めていたのに。
私はそれらの蚊帳の外で、偶に嬉しそうに話に来る白黒の子供から話を聞くだけで良かったのに。
ついに、幻想郷の異変とやらが私の領域に手を出したのか。
なんだか、以前にも似たような怒りを抱いたことがある気がするけど、長く生きているのだから何度もあるだろうと深く考えず空を飛ぶ。
「そうだわ、こういうのは人間が解決していかないといけないのよ」
ぶつぶつ呟きながら、いつもの枯れない花を日傘の様に差してゆったりと飛ぶ。
紫の狙いに乗るのは癪だけど、面倒事は御免だから押し付ける相手に押し付けて、あとは解決を待てばいい。
候補としては霊夢と魔理沙。解決が早そうなのは霊夢だけど。
魔法の森に向かいながら、効率を求める自分としては霊夢が第一候補に上がる。ただ今は自分の苛立ちを解消してくれる相手として、魔理沙に会って話がしたいとも思っている。
それなら、気ままに生きる私は魔理沙を選ぶ。
解決の手段としても動かして、ついでに少し虐めてストレスも解消しよう。
「魔砲の練習とやらも、少しだけ見てあげてもいいし……あら?」
近くまで飛び、家を見かけてからその家の中に存在する気配が2つあることに気が付いた。
よーく似た魔力の波長。魔理沙、だと思うけど。それが2つ。
「なにかしら、不思議なこともあるものね」
深く考えず、庭先に降り立って玄関のドアベルを叩く。
以前、何もせずに入ったときぷんぷんと怒られたのだ。
別にそれに懲りたわけではないが、気まぐれに魔理沙の言う事を守ってあげている。
今行くぜー、なんていつも通りの声が聞こえ、しばし待つと無警戒に扉は開かれた。
「おはよう魔理沙。ねえ、この辺の花が……。あら?」
出迎えたいつも通りの、いや、衣服や髪色がやけに白い魔理沙。
そして、その奥でソファに腰を掛けながら、少し緊張した面持ちの、やけに衣服が黒い魔理沙。
「魔理沙……増えたの?」
そのまま考えを口にし、出迎えた魔理沙の方を見ると目を見開いてこちらを見ている。
「ゆうかりん……」
呼ばれたことないが、やけに耳に馴染むあだ名のようなものを零しながら白い魔理沙。
「ひぇ、幽香様……」
そしてなぜかこちらを拝むように両手を合わせ、深々と頭を下げる黒い魔理沙。
「……えーと、花の異変について話をしに来たんだけど?」
金髪の、双子にも見えるその二人を視界に収めながら初めての事態に少し心が乱れる。
なんだか、金髪の二人組にはよく悩まされる気がするわ。
ゼブラーマン「白黒つけたぜ」