だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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その2 ep霧の湖→紅魔館

 最強は一日にして成らず。しかし、一日は最強になるための一歩である。

 あたいの言葉だ。魔理沙が「チルノは最強に近づけたんだぜ~」なんてへらへら笑っていた顔を思い出し、ぷぷっと噴き出しながら今日も鍛錬を欠かさない。

 

 冬が終わってレティが春夏秋眠についた。あたいは氷の妖精だから眠る必要はないけど、自然の発露が猛威を振るうあたい達の季節が過ぎ、なんとなく腑抜けてしまっている。

 春はいつも余計なことばかり考える。どんどん増える交友が、あたいが今までどれだけ小さい世界にいたのかを思い知らせて腐りそうになる。だけど一緒に乗り超えてくれる魔法使いを心強く思い、今日もどこかで頑張っているだろう人間があたいにとって支えになる。

 心に灯る火が、ほっこりと体中を巡ってどくんどくんと脈を打つ。

 

「よーしっ。最強、さいきょー!」

 

 まだ夜が明けて少ししか経っていないので他の妖精たちも疎らにしかいない。存分に冷気をはき出して霧の湖を、より静かに寒くしていく。冷たい氷が周囲にきらきらと浮かび、くるくるとそれを操りながら思案を続ける。

 今日はどうしようか。紅魔館に行けば美鈴に挑めるかもしれない。美鈴の手が空いていればだけど、なにより頑丈で強い美鈴はあたいの腑抜けた心を吹き飛ばしてくれるだろう。

 博麗神社に行けば最強の巫女にしばかれるかもしれない。運が良ければ一緒にご飯を食べてくれるかもしれないし、もし魔理沙がいればとっても嬉しい一日になる。

 そしてこのままここにいたら……。

 

「こんにちはー、チルノさん! 清く正しい射命丸です!」

「でたわね文!」

 

 そう、うるさい鴉天狗が飛んでくるかもしれない。なんて思っているうちにそれが飛んで来た。

 

「今日も元気に修行していますねぇ! 妖精でありながら幻想郷最強を目指すおバカな……おっと! 偉大な挑戦者であるチルノさんに、今日も取材をしたいんですけど!」

「あたいはバカじゃないってぇの! でも、いいわよ! あたいの強さを幻想郷中に広めるお手伝いをしてあげるわ!」

「あはは、底抜けに明るくてどこかの能天気な巫女や白黒魔法使いを思い起こしますねぇ! それではさっそく、今日はどちらに行く予定なんでしょうか?」

「そうねぇ、今日は……」

 

 いい気になって腰に手を当て、胸を張り上げて文の写真に応えてあげていると、目の前にふっと影が差した。

 うん? と文とふたりで影の差した先、上を見上げると、なにかがこの霧の湖に落ちて来ようとしている。

 

「わぁ~!」「きゃ~!」

 

 聞き覚えのある声、しかし何故か音声は二重だ。

 そのありえない光景を見て、あたいと文は目を丸くした。

 

「え、魔理沙……?」

「しかもふたりいませんか……?」

 

 白黒の人間が、白と黒になって空中でワタワタと手を動かしている。

 白いのが手に箒を持っているのに浮かべず、黒いのがすっかりパニックで泣きそうになっている。

 

「い、異変だーっ!」

 

 あたいと文の声が揃って霧の湖の静寂を吹き飛ばした。

 

 *

 

「うぅ、たすかったー……」

「まさか箒で飛べないなんてなぁ」

 

 チルノさんとふたりで慌てて魔理沙たちを無事に捕まえ、湖畔に降り立って暫し。

 『魔理沙たち』というと本当に変な感じになるけど、他に表現のしようがないから仕方ない。

 落ち着くまで待ってから話を聞いてみると、どうやら異変が原因ではないということはすぐに解った。周囲に乱れ咲く花のことは関係がなく、魔理沙に起こっている事は閻魔の能力による異常だ。

 

「なるほど。閻魔が魔理沙を二人に分けて……」

「ふぅーん。閻魔ね、強いのかしら。それにしても不思議な力ね」

 

 チルノさんが頭をうーんと傾げて白黒の魔理沙たちを不思議そうに覗き見ている。

 私も同じように改めてふたりの姿を観察するついでに、一枚写真も撮っておくか。

 白い魔理沙は手に持っている箒を不思議そうに見つめて、箒を撫でている。黒い魔理沙は落下の衝撃が大きかったのか、まだ怯えた様子で自分を抱きながら震えている。

 好奇心と臆病心がふたつに分かれているようにちょうど正反対の反応だが、そのどちらもが普段の魔理沙のようでもあるのが不思議だ。

 

「小町の能力だと思うんだけど、移動した先にふたりがいて助かったぜ! ホントありがとう!」

「ち、チルノちゃんとあやさん。ありがとうございました……!」

「あやさんって呼ぶの、お願いだからやめてくれません?」

「ひい、ごめんなさい!」

 

 この黒魔理沙、どうにも調子が狂うな。

 口から小さく悲鳴を上げているくせに、後ずさるのではなく、むしろ好奇を瞳に宿してこちらを見上げている様子。まるで童女だ。いや普段から童女なのだけど、いつも以上だ。

 

「えーと、黒魔理沙。その死神の道先案内はどうしてあなた達をこちらに?」

 

 チルノさんが白魔理沙の傍にしゃがみ込み、一緒に箒をいじり始めたのを写真に収めながら問いかける。

 黒魔理沙はひとつ瞬きをして、じーっとこちらを見上げながら思い出すように口を開いた。

 

「あの、幻想郷中を巡るって言ってました」

「幻想郷中を?」

「はい……。映姫様が私を白と黒に分けた目的があるらしくて、上司に言われて来たって言っていたので……」

「そう。ねえ、敬語やめてくれない? あなたから敬語で話しかけられるの、すごく嫌なのだけれど」

「あ、あ。ご、ごめんなさ。ご、ごめん……」

「……」

 

 これじゃあ私が虐めているみたいじゃないか。

 ただでさえ新聞屋としての外聞が、その、僅かに良く思っていない妖怪もいるのに。これはいけない、清く正しい私のイメージが損なわれてしまう。

 しゃがみこんでいる黒魔理沙の視線に合わせるように、私も膝を曲げてきちんと正面で向き合う。

 怯えというよりは畏怖に近い魔理沙の表情が、戸惑っているように半笑いを浮かべて固まった。

 

「あ、あやさ……」

「あやさんって呼ばないで」

「ひぃ」

 

 言葉を中途半端に飲み込み、悲鳴のような音を喉から漏らしながら黒魔理沙の体ががちがちに硬直している。

 あまり驚かすのも忍びないので、にこっとできるだけ自然に見えるよう笑顔を浮かべた。

 

「記憶は前の魔理沙のまま? そう。だったらホラ、私があなたと仲の良い鴉天狗だってわかるじゃない。怖くない、怖くない」

「う、うん。けど、あやさんは凄い妖怪で、力も強くて、格好いい新聞記者で……」

「な、なにそれ……。あなた、そんなこと思ってたの?」

 

 どちらも本当の魔理沙だとしたら、こいつが思っていることも普段からの本心なのだろうか。

 普段の様子はそういう素振りがないのに。畏怖しているとは思っていたが、こんなに敬意を持たれているとは思わなかった。

 

「そ、そういうのはいいから! いや、うーん。どうも調子が狂うわ」

 

 顔に熱が集まるのを自覚できるほど、つい感情的になってしまった。

 大きな声を出してしまったが黒魔理沙はそれには驚かず、視線に熱を込めながら続けていく。

 

「お顔も綺麗で可愛いですし、記事を作って集中しているお姿なんかも生で見ることができて感動しました。とっても真剣に取り組んでいるお姿が格好良くて素敵で、はぁ幻想郷に生まれてよかったぁ! って本当心から……」

「ま、魔理沙?」

「……はっ!」

 

 どこか遠くを見ながらうっとりと話を続けていた黒魔理沙が、はっと気が付いたように焦点を取り戻して瞬間顔を真っ赤に染める。

 

「わ、忘れてください……」

 

 湯気が出そうなくらい赤くなり、小さな体躯がより小さく見えるほど体を縮こまらせている。その様子が愛おしいけど、正面からこいつの私に関する独白を聞いていた身としては座りが悪い。心が甘く苦しくなって叫びだしたくなった。

 

 こいつ、私の事好き過ぎじゃないか……?

 

「な、なるほど……。それで、思わず敬意が溢れていると?」

 

 こほんと咳払いひとつ。

 仕切り直すようにお互いに視線をちょっと外しながら、何事もなかったように続ける。

 

「そ、そうなんです。決して、隔意があるとかそういう事ではなくて……」

「うぅん。そ、そういうことなら。けど、どうにか別の呼び方にはできないの?」

「そ、それでしたら、そのぅ」

 

 もじもじと指を付け合わせながら、なにか迷う様に視線を落としている黒魔理沙。

 

「なに? なにかあるのかしら」

「あ、あやや様……とか」

「あやさんでいいわ」

「あ、はい」

 

 はーっとため息を吐いて膝を伸ばし、羽団扇でぱたぱたと顔を冷ます。

 魔理沙の調子が変なものだから、こっちまで変になってしまいそうだ。

 片方の手を縮こまっている魔理沙に差し出し、立ち上がらせてその頭に載せた帽子ごとぐりぐりと撫でてやる。

 わわわっ! なんて困っているように声を出しているが、さっきよりも明るい笑顔で嬉しそうに受け入れている。

 本当に童女のようだ。いや、元から童女なんだけど。

 

「あやー! もし暇だったら、魔理沙たちを紅魔館に連れて行ってみない?」

 

 白魔理沙が箒を使って飛ぼうとしているのを見守り、どうにも飛べなさそうだと見ていたチルノさんがこちらに声を掛けてくる。

 紅魔館はここからそう距離も離れていないし、あそこの蔵書と運命を見通すと言われている吸血鬼の当主なら、確かになにか手を打てるのかもしれない。

 どちらにしろ死神の道先案内が到着するまで魔理沙たちをここに置いておくわけにもいかない。

 私はそれに応えて黒魔理沙を抱えた。

 

「わぁ! ひぃ、か、顔が近いです!」

「……一々驚かないで。あと、なんだか文句を言われているようでムカついたので、暴れるようなら妖怪の山に連れ帰りますよ」

「は、はい……」

 

 慣れない。どうにも、この黒魔理沙に慣れない。

 私も顔に熱が集まるのを感じながら、顔を両手で覆って耳まで赤くしている黒魔理沙を横抱きにしたまま浮遊する。

 

「そっちの白魔理沙は、魔法が使えない以外は割と普通ですね」

「うーん。あたいはそう思えないなー」

 

 チルノさんが器用に羽を畳み、白魔理沙をおんぶして浮き上がるのを見て声を掛ける。

 おや、そうなのでしょうか。

 

「ああ、そっちの私の事は頼んだぜあやや!」

「あやや⁉」

 

 どうも、どちらも一筋縄ではいかないらしい。

 

 *

 

「なるほど。事情は察しましたよ」

 

 笑顔で紅魔館の門を開けながら美鈴が手を振る。

 平然とした顔で真面目っぽく仕事しているけど、美鈴もさっきまで随分楽しそうだった。

 

 最初は門の前に降り立ったあたい達を見て、一目で異常を察した様子。警戒しているというよりは心配の表情で魔理沙を見て、そこにあたいの背から降りた白魔理沙が駆け寄っていった。

 そのままの勢いで胸に飛び込んできた白魔理沙を、飛び込んできた勢いでぐるぐると回して上げながら楽しそうに一頻り笑い、あたいも混ぜてもらって戯れて暫し。

 文はカメラでなにか撮っていて、黒い魔理沙はこちらを見ながら文のスカートの端を掴んでいた。

 文はそれも写真に撮ったり、変な顔をしていたりで忙しそうだった。

 

「魔理沙がふたりに増える異変ですね。うちのお嬢様も飛びついてきますよ」

「いえ。異変はお花が乱れ咲きしているほうで、魔理沙は閻魔の能力で分かたれただけです」

「え? 全然意味が解らないのですが……」

 

 文が端的に話をしても、美鈴の頭の上には盛大に疑問符が浮かぶだけだ。きょとんとしている美鈴を見ながら白魔理沙が楽しそうに笑って、ぶんぶんと手を振って門の中に入る。

 

「黒魔理沙が変なのかと思ったのですが、白魔理沙は元気系の童女ですね」

 

 文が頷きながら変なことを言って、手帳に何か書いている。それを横目にあたいも黒魔理沙と一緒に白魔理沙の後についていき、門をくぐって中庭を通る。

 

 すぐに見える広場には咲夜が差す日傘に入ったレミリアが立っていて、こちらを迎えるように両手を広げていた。

 

「れみりゃと咲夜!」

「レミリア様! 咲夜さん!」

「ふふふ、ようこそ紅魔館へ。……まって。れみりゃって私?」

「本当に増えている……」

 

 魔理沙たちが目をキラキラさせながら近づいていくのが不思議だ。もう何度も会って一緒に遊んでいるのに、どうしてこう新鮮に驚けるのだろうか。

 レミリアの機嫌が良さそうだ、心なしか鼻の下を伸ばしている気がするのはあたいの色眼鏡かもしれない。

 

「あーよっこいしょ。どれどれ、ようやく追いついた」

 

 駆け付けようとしていた白魔理沙のすぐそばに、見覚えのない長身の女が鎌を手に立っている。

 それは一瞬、瞬きの間に現れた異常。

 移動して来たのだとしたら、あたいはその姿を捉えられなかった。それほどの超速度か、紫のような座標移動か。

 奇妙な赤毛の女だ。帯に着けた鈴がちりんと鳴る。嫌な気配がするのはこいつが死神だからだろうか。

 

「小町か、びっくりしたぁ。え、ボロボロじゃないか!」

 

 驚いたように立ち止まってその姿を見て、すぐ心配そうにその服に付いた埃を払っている白い魔理沙。

 されるがままにしつつ笑みを浮かべる死神。

 

「あはは、本当に話を聞かないやつらだったよ。なんとか逃げ出したんだけど、追ってくるだろうしあんまり長居もできなさそうだねぇ。……っとぉ?」

 

 ぴたりと、その女の首にナイフが添えられている。

 音もなくその女の背後を取るのは咲夜だ。

 

「死神は当館にお呼びでない。お引き取り願おうかしら」

 

 威厳たっぷりに、自ら日傘を差して妖しく笑みを浮かべるレミリア。

 両手をあげて敵意の無さをアピールしている死神にゆっくりと近づいてくる。

 あたいと魔理沙たちはすっかりと置いてけぼりにされてしまって、揃ってごくりと緊張しながら身を寄せ合った。それとなく巻き込まれないように距離を離し、あたいが正面に立ってふたりを後ろに庇う。

 急になんか始まったぞ。あたいたち、置いてけぼりだ。

 

「おっと……。その子から話は聞いていないのかい? あんたは少しくらい事情を察しているかと思ったんだけど」

「知らないな、説教好きの閻魔の考えなんて。忙しなく移動するのは大変だろう。魔理沙に会いたいのなら、会いたい奴の方から来たら良いのよ」

「いい考えだね。あんたがその子の時間を独り占めしようとしない限りは大賛成だ」

「時間は有限なの。それなら勝ち取るべきじゃない?」

「いいね。考え方は私の好みさ」

 

 文がいつのまにか飛びながら写真を撮り、いいですねいいですね! と騒ぎ立てている。

 さっきまでは変な様子だったけど、いつもの調子を取り戻したみたい。

 

「だけどそれが気に入らない」

 

 声はあたいのうしろから。背に庇っている魔理沙たちの方から聞こえた。

 振り返った先には赤毛の女。魔理沙たちは、なんの痕跡もなく姿を消していた。

 

「さーて、つぎは人間の里の方かねぇ」

 

 大きな鎌を腕に抱え直し、疲れたようにため息をひとつ吐き出す赤毛の女。

 気が付かなかった。こいつ、あの咲夜の拘束を簡単に。

 あたいも寝ていたわけじゃない。それなのに魔理沙たちをどこにやったのか、力の痕跡を毛ほども感じなかった。

 

「こっちもあんまり忙しなく移動させたくないんだ。だけどあんたたちが、あの子に執着して留めおこうとするもんだからさぁ。夕方の無縁塚まで幻想郷中を巡ってもらわないといけないのに、まいっちまうよ」

「っち、厄介な死神ね。それなら私もついていくから一緒に案内しなさいよ!」

「嫌なこった。今日は一日、あの子があんたらを通して自分を知る日なのさ。順番にお行儀よく待てない奴らはすっこんでろってんだ」

 

 レミリアの膨大な魔力を受けながら涼しい顔で啖呵を切って、けっと吐き捨てて中指を立て笑みを浮かべている。

 

 か、格好いいわね……! あたいもこういう状況で笑ってみたいわ!

 

「そうですか、それなら留め置かなければいいのですね?」

「うん? まあ。そうさ」

「わかりました、それじゃあこっちが勝手について行きます! チルノさん、人間の里の方へ行きましょう!」

 

 険悪な雰囲気や一触即発の状況。すべてをぶった切る様に上空から突風が吹き荒れ、思わず目を閉じたあたいは、気が付けば文に猫のように掴まれて空を舞っていた。

 

「今日は花の異変なんていいから、一日魔理沙の密着取材ですよー!」

「あ、あたいは関係ないんじゃない⁉」

「いいからいいから! チルノさんも魔理沙の様子が気になっているんでしょう?」

「……たしかに! よし行こう!」

 

 文は単純明快にあたいの考えを言い当ててくる。

 快刀乱麻を断ち、あたい達は魔理沙が移動したはずの人間の里へ向かっていった。

 

「チルノさんがいたら私も変な気を起こさずに済みますし」

「文、何か言った?」

「いいえなんにも!」




お盆休みが終わってしまうのだ。

次回は閑話の予定です。
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