ガリガリとペンを走らせ、ぐーっと凝った体を伸ばして肺に溜まった憂鬱をはき出す。
「あー! もう!」
苛立ちのまま書きかけの原稿を壁に叩きつけ、頭を掻きむしる。
虫も眠る時間帯。暗闇の中、灯したランプだけが世界に取り残された私の輪郭を象っている部屋の中。
射命丸文。絶賛、スランプ中。
「あーあもう!!」
周囲に風を巻き起こし、部屋中に癇癪を撒き散らして、すっきりしないまま窓から外に飛び出す。
――これは本当の事なの? 裏が取れていないのでは。
全部読んでいるとは思えない、そんな意見書を思い返す。
――長々と書いて、何を伝えたいのかわからない。
私は只、私が届けるべきと思ったことを記事にしているだけなのに。
――面白くない。
ただの言葉が、なにも糧にできない情報が、鋭利な棘になって私に刺さる。
苛立ちが募る。吐き出したくて、だけど誰にも知られたくないから雲を突き抜けてから大声をあげた。
「うるせぇーんだよぉー! だれが、おまえたちの言葉に! 負けるもんかぁー!!」
あー! っと声をあげると、少しだけすっきりする。
風を巻き起こして、自分の弱音が周囲に聞こえないように声を張り上げながら冷静な自分が苛立ちを整理する。
結局そんな意見はどこにだってついて回るものだ。見てくれる人は見てくれるし、楽しんでくれる人だって存在する。
だけどどうしてか。時折、否定の声の方が私に重く圧し掛かる時があるのだ。
雲の上で明るい月が私を迎えて、その本音を聞き届けている。
叫びを空気が震わせて、しばらく周囲はぜえぜえと息をする私の声だけが木霊した。
「はぁ……。帰りますかね、こんなん虚しいだけやわぁ」
肩を落としてため息をひとつ。思い立って団扇を刀に見立て、ぶんぶんと振り回す。
つまらない時間だった。だけど、私にとっては必要な時間だった。
改めて口から漏れる憂鬱、それを拾う自身が。
「
馴染んだ幻想郷の真っ暗な空に溶けて消えた。
*
「こんにちは、人間! ちょっとお時間良いですか? 良くなくても止まってもらいますけど!」
なにか記事にできないかと話題を探しに飛んでいた霧の湖で、偶々見かけた朽ちた洋館、確かプリズムリバーの棲家か。
そこから出てくる幼い子供が人間に見えて、これはネタかと追いかけた先。
その人間はまだ飛ぶことに慣れていないのか、しばらくすると地に降り立って休み始めたので声を掛けてみた。
「お、おお。うわわ、あゃ、天狗だぁ!」
「うん? ふふ、良いですねぇ人間らしく畏れを抱く様は。心地良いもんです!」
飛び上がって驚いたその少女は、珍妙な格好をした人間だった。
白黒の魔女装束、と形容するのが簡潔だろうか。驚き滑稽な表情でこちらを見上げている。
わずかに感じる妖怪除けの気配は博麗神社のものだろうか。
私に敵意がないからなのか、それは反応せずあっさりと声を掛けることが出来た。
「先ほど、霧の湖にある洋館から出てきましたよね、人間があんな場所になんの用でしょうか! まさか、あのプリズムリバー楽団の関係者?」
「え、いや。全然関係者じゃないぜ。偶々見つけて入っただけで、あそこがリリカたちの家だってことも知らなかったし」
「リリカ! どうやら姉妹には会ったようですけど、無事に出てくるなんて人間のくせに……ごほん! 凄いですねぇ! あなたはどんな能力があるんでしょうか、まさか新しい妖怪退治の専門家?」
空中から人間を見下ろし、手に持ったメモ帳へ外見的特徴やプリズムリバー姉妹に会っただろうことを書き留めていく。
見下ろされながら目を丸くしている人間は、矢継ぎ早に質問されている中で箒を握りしめて浮き上がって私の高さまで浮かびあがる。目を合わせながら、珍妙な三角帽子を被り直した。
「私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。霊夢のライバルだぜ!」
「……ほほう! それはそれは!」
なんだか生意気な人間だなぁ。
カメラを取り出し、一枚それを撮影する。
「ん、それで、あー。君、いや、あなた、ううん。お前は?」
「お前? ああ、私は鴉天狗の射命丸文。記者ですよ、清く正しい新聞記者です。『文々。新聞』って読んだことありますか?」
にこりと営業用の笑顔を張りつけながら、苛立ちを奥に隠して矮小な人間に合わせてあげる。
どうせ人間向けには僅かしか卸していないので、読んだことはないだろうけど。
人間はそれを聞くと、なぜか大層嬉しそうにくしゃりと笑顔を浮かべた。
「ああ、あの新聞の記者さんか! へへ、貸本屋と阿求のところに卸しているよな。結構、読んでるぜ」
「ええ、そうですか。……うん、え! 読んでいるんですか?」
驚いた。購読者が少ない新聞だが、こんな子供まで読んでいるなんて。なかなか人間の里での私の知名度も捨てた物じゃないかもしれない。
嬉しそうに笑うその人間の笑い声に、金髪で作られた三つ編みが揺れた。
*
「なるほど。考えなしに家と里を飛び出して困窮している現状……と」
話を聞くに、この人間は見た目だけでなくすべてが幼く感じた。
人間の里で親の庇護下にあった者が、それに反発してまで何を為そうというのか。
浮かんでいる事すら辛いのか、手足を震わせながらやせ我慢して私の隣に浮かび、汗を流しながら声だけは元気に応答してくる。
「そのうち私がこの幻想郷で起こる異変を、ずばずばーっと解決していくんだぜ!」
「それはそれは。夢を語る口は達者ですねぇ」
お話にならない。くだらない時間を過ごしてしまった。
記事にもならないような、只の矮小な人間の戯言。
私にはそう聞こえ、今も力のなさを自身で喧伝するような情けない飛行だ。
私は自身の翼を誇示するように、ばさりとひとつ羽ばたきした。
「しかし、幽霊楽団でのお手伝いですか……」
「うん、さっきそこでな! みんな優しいんだな。演奏も聞かせてもらえたし。今度野外で演奏会するから、困っているならそれの手伝いしないかってさ!」
騒霊たちの気まぐれだろうか、こんな奴に施しをするなんて。
しかし喧嘩中と噂のある幽霊楽団が再び演奏会をするなんて。そちらの方が話題性は大きい。こいつについてはもういいから、そっちに話題を移していく。
「演奏会はいつあるんですか?」
「うーん、それがまだ決まっていないんだ。でも決まったら準備もあるし、みんなに聞いてもらいたいからさ! 文にもすぐに伝えるよ!」
「ええ、それは助かります。誰よりも先に、他の鴉天狗の新聞よりも先に私へ教えてください。いいですね?」
「う、うん。もちろんだぜ。というか、他に鴉天狗の知り合いなんていないし」
朗らかに笑いながら顔色が悪くなってきた幼い子供が、いい加減しんどそうだなと思い始めて来たころに。
「明日もリリカたちへ会いに行くけど、そこで日程が決まるかはわからないなぁ。もし諸々決まったら教えに行くぜ。どこに行ったらいいんだ?」
「ああ、それなら……」
なにか合図でも決めようかと言いかけて、すこしだけ意地悪をしてやろうと悪戯心が生まれた。
別にそれは大した意味を持たないモノだったが、昨日から虫の居所が悪かったのだ。
そして先ほどから生意気なこの人間に、少し意趣返しをしてやりたいという思いがあった。
「それなら、妖怪の山の私の住処に来てください。なあに大丈夫、哨戒天狗たちには伝えておきますので」
人間の里に住んでいたものであれば、その恐ろしさを知らないわけがない。
魑魅魍魎に神々が住まう妖怪の山。そこに、ただの人間が入るという意味。
その恐怖をわからないわけがないだろう。表情を硬くしながら青ざめた魔理沙を見ながら、私は少し溜飲が下がるのを感じた。
*
すっかりそんな話は忘れてしばらく。
家で雨の音を聞きながらベタベタと肌へ張り付く原稿用紙に悪戦苦闘している私の耳が、どんどんと扉を叩く音を捉えた。
「はいはい、こんな雨の日に。どなたでしょうか~」
「射命丸! お前に客だぞ!」
げぇっ! と思わず心の声が表情にも出る。
犬走だ。白狼の天狗が、わざわざ私の家にまで来るのはどういったことなのか。
ただでさえ雨で憂鬱なのに、不仲な天狗が家まで来るとは。
とほほ、と心で涙を流しながら、はて客とな? と心当たりのない情報に首を傾げつつ扉を開けた。
「犬走、かんにんしてやぁ。あなたの声は頭に響くんや」
「ふん、知るかいな」
雨の音も喧しく、開けた先には不機嫌そうな犬走椛がいた。
そして、その隣にはちっこい人間が胸に箒を抱きながら、寒そうに震えている。
雨合羽をすっぽりと被り、テルテル坊主のような、そういう妖怪のような見た目だ。
端から見える金の髪が雨に濡れてきらきらと輝いている。
「あれ、だれや?」
「ま、魔理沙だぜ」
まりさ、マリサ……。と頭を整理して、ああ、あの人間かと思い至るまで数瞬時間を要した。
はあ。なんだかこういう人間が尋ねるかもしれないと、哨戒天狗に回したかもしれない。
生真面目な椛がしっかりと覚えていたようで、こうして家まで連れて来たということらしい。
「ああ、魔理沙さん。とりあえず、家に入ってください」
*
「お、おお~……!」
なんだか感激した様子で、家に入ってきた魔理沙は私の書斎を見回して声を漏らした。
渡したタオルで頭をごしごしと拭きながら、なにが楽しいんだかニコニコと笑みを浮かべながら、ただのお湯を入れたカップで両手を温めてやけに嬉しそうだ。
「すごいぜ、ここで文が新聞を書いているんだな!」
なんだか恥ずかしく感じて、その頭をタオルごとぐりぐりと撫でてやると悲鳴をあげながら笑いだす。
「それで、どういった要件ですか?」
「ああ! 次の演奏会の日程が決まったから伝えに来たんだ!」
「……ああ、幽霊楽団の。……そうか、伝えに来いと言ったのは私か」
それでようやく合点がいったので、まさかこんな天気でそんなことを伝えにくるのかと呆れつつ、日程を聞いてそれをメモに書き留めていく。
「うふふ、文の仕事場も見ることが出来たのは役得だったなぁ」
嬉しそうに、只の白湯をすすりながら魔理沙が笑みを浮かべる。
本当に嬉しそうに言うけれど、それには絆されず疑念が口をついて出た。
「……こんな零細新聞の記者に、そんなに媚びを売る必要はないですよ」
言ってから、なんだか『記者の射命丸』らしくない言葉だったなと反省する。
だけど止められない。だって、人間は雨で体調を崩すし、それが悪化したら死んでしまうのに。それなのに今、わざわざ恐怖の象徴でもある妖怪の山に来る必要があるのだろうか。その義理を通す必要があるのだろうか。
「こ、媚び?」
戸惑ったように眉を下げる魔理沙を見ながら言葉が続く。それは社会性を得た妖怪だからこそ生まれるような疑念だった。媚だとか下らないと唾棄出来るような鬼の方々は気にしないだろう些事。
「ええ。なにが目的なんですか? あなたの態度は、思えば初めから怪しいですよね」
「あやしい? だ、だって、あの霧の湖で約束しただろ?」
「そうですね。ですがあの場でした只の口約束を、律義に守る意味はありますか?」
ぐいっとその腕をつかみ、頭の上に吊り上げる。そのまま壁に体を押し付け、目をじっと見つめてその真実を探る。
「それをただ信じろと? 邪な思いが透けていますよ、与しやすいと思いましたか。こんな木っ端の鴉天狗であれば、と?」
見つめた先。
顔を赤くしながら、腕を掴みあげられて追い詰められている人間の少女が。
どういう感情なのか、恥ずかしそうにしながら、しかし嬉しそうに、口角の上がるのを誤魔化すように妙な表情を浮かべて口をもにょもにょと動かした。
……どうも、思っていたような反応とは違う。なぜ照れる。恐怖している様子も僅かにあるが、それを超えるほどなぜ照れが生まれる。
腕を離し、楽にさせる。私の考え過ぎだろうか。
しかし只の人間が、どうして特定の妖怪に肩入れする必要があるのか。
掴まれた腕が赤くなっているのを、それを擦りながらしゃがみ込んだ少女がぽつりと口を開く。
「別に、ただ文の新聞が好きだから協力しようとしただけだぜ……」
一度生まれた疑念がその言葉を素直には受け取らず、ますます不信感が心に募っていった。
だけど、なんだかやけにその言葉は私にしこりを残した。
「他の勢力の差し金ではないというのでしょうか」
「そもそも、ほ、他の勢力ってなんだよ! 幽霊楽団にライバルがいるってことか!」
「いえ、そうではなくですね……」
呆れてしまい、疑念がくだらないもののように思えていった。
同時に先ほどの自身の行動があまりに礼を失したものに思えたので、自分で思う程珍しく、素直に謝罪を口にした。
「すみません、気が立っていて……」
「べ、別にいいけどさぁ。あんまり、ああいう迫り方はしない方がいいと思うぜ……」
そうしてやけに普通にそんなことを言う。迫ると。脅迫ではなく?
可愛らしいその表現と無様なそいつの様子に、思わずくくっと笑みが浮かんだ。
「あー! わ、笑うなよ!」
「す、すみません……! だけど、なんだか可愛らしくて……!」
「か、かわいらしいだってぇ……!」
かーっと、見た目にもわかりやすくその顔を羞恥に染めながら。
魔理沙は不満げにしながら、相反した嬉しそうな口元。
「あ、あんまり揶揄うものじゃないぜ……!」
「ええ、ええ。わかりましたよ。それで、ちなみに魔理沙はどういうお手伝いを?」
幾分砕けた調子になってしまったが、気にした風もなく魔理沙は応える。
「ああ、事前にチケットを渡したり、宣伝したりする予定だぜ」
「宣伝ねぇ」
聞きながらその様子を思い描く。
なるほど、このよく動く人間は宣伝に向いているだろう。
私ももちろん新聞のネタに使う予定だが、幽霊楽団はこの人間の使いどころをよく捉えている。
「なるほど、うまくいったらいいですねぇ」
「ああ、それで文の新聞にも載せてもらいたいんだけど……」
「それはもちろん。……そうだ、その報酬ってもらえるのですか?」
「ほ、報酬……?」
なんなら、こちらが報酬を払う必要があるだろうけど。
揶揄うつもりで出した言葉に、随分と悩みながらその子は口にする。
「あ、それじゃあ! 私が! 文のお手伝いをする、とか……?」
*
そうして始まったのが『恋色の魔法使い通信』。
ただの気まぐれが形になり、律義にそれを毎週作り上げて「更正してくれぇ」と涙を浮かべながら持ってくるその内容は『霧雨魔理沙』という人間を知るには十分なものだった。
「ふふふ、以前よりも購読者が増えたわ……!」
思いのほか、この人間のコラムは妖怪たちにウケた。
現在の情勢を差し引いても、このやけに食欲をそそる人間は文章からでもその魅力を十分に発揮した。
さすがに私も報酬として給与を払い出しているのだが、かしこまって受け取る割にはいつまでも魔理沙は生意気な態度だった。
「ごほっ、ごほっ! 文ー、これはどっちに置いたらいいんだ?」
「あー、そのへんに積んどいて……」
「おいだらしないぞー! それに結局ごはんも食べてないじゃないかー。もうっ」
それにどうも、鴉天狗の私よりも行動範囲が広いと思えるほど、魔理沙は色々な場所でネタを持って来た。小器用に色々なことを覚える魔理沙は便利で、思わぬ良い拾い物をしたものだ。
意外と美的なセンスも良い方だ。題字はダサいけどフォントや配置は綺麗なもの。一度カメラを貸し出して他の新聞の写真コンテストに出したことがあるが、見事に写真一枚で入選してきた。
今も原稿に掛かりきりな私に代わり、部屋の掃除や食事の準備なども行っていて本当に便利だ。
いや、別に私が原稿に掛かりきりじゃなくても勝手に片付けていくんだけども。
「妖怪なんだから一食二食は抜いても平気なんだってば。それより、ホラ。これ、誤字脱字のチェック頼むわ」
「むー。じゃあ、それ見てる間にご飯食べろよなぁ」
「あはは。このあとは新聞配達だから食べている暇なんてないわ!」
「そう言うと思って、おにぎりにしているぜ」
「さすが気が利くわね。具は?」
「梅干しと塩むすびだ」
「それは疲労回復に効きそうだわ。……あら、もしかしてこれもネタになる?」
「もー! いいから少し休めよな! っごほっごほ」
ほいっと茶封筒で給金を渡し、さてと忙しいぞと増刷したばかりの新聞を抱えて高下駄を履く。
渡された笹の葉で包まれたお弁当の重さを確認し、振り返って魔理沙を見下ろす。
「それにしても、最近やけに咳が多くない?」
「うーん、なんだろう。風邪なのかな」
はて、と首を傾げながら魔理沙。
不調な様子は見られなく、咳だけやけに多いようだ。
「ふぅん。人間は大変ねー。帰りに河童のところで漢方薬でも貰って帰りなさい。話しておいてあげるわ」
「お、おお……。なんだ優しいじゃんか」
「風邪なんかで、今週の原稿落としたらタダじゃすまないからね」
「お、おう」
「それじゃ出かけるけど、確認したらコラムも書いていきなさいよね。終わったら適当に帰って良いから」
威圧のために風を巻き起こし、玄関を開けて羽を広げ、瞬時に最高速度まで体を持って行って幻想郷の空を駆ける。
広がる羽根と風に、後ろから歓声が上がる。たった一人の観客が、以前からずっと私の飛翔を気に入って、はしゃぎ回っている。
――いや、ほんと文章を書ける人ってすごいぜ。
射命丸文、スランプ脱出して今や絶好調。
――ものすごい文量をこの速さで、こんなに正確にさ。内容も面白いし、文って結構やるじゃん。
身近に置いた人間が、自己肯定感をぐんぐんと成長させてくれる。
妖怪は精神の生き物で、妖怪同士よりも人間からの影響を強く受けるのは本当だった。
「……っよーし!」
グッと握った両手を広げ、自由に風を感じながら次々に沸き上がるアイデアをメモに書き残していく。
今、私は無敵だ。新聞の評価も大天狗に迫る勢いで周囲に一目置かれるようになり、増刷して配るなんて久しくしていなかった。
30週以上は魔理沙のコラムに助けられているが、身近にいるモチベーターがどんどん私の記事の質も上げてくれている気がする。
人気に嫉妬した他の天狗による「このロリコン天狗め!」という謗りすら気にならない。
いや、そこは気になるか。なんだよロリコンって。
「あーあ、清く正しい新聞記者に暴言とは。世界は汚く誤っていますねぇ」
*
「そういうわけだから、今あの人間は療養中よ」
目の前に座る人形をつかう魔法使いが、落ち着き払いながら紅茶に口を付けて告げる。
「連絡手段がないのは不便よねぇ。あなたにも迷惑が掛かってしまっているのかしら」
なんだか自分が思ったよりも衝撃を受けてしまったようで、ポカンとしながらそれを聞いていた。
「え……っと。魔理沙は、大丈夫なんですか……?」
ようやく絞り出した声は、自分のものとは思えないほどにか細く震えていた。
手にしたメモ帳には何も書き込めず、出された紅茶にも手を付けられない。
魔法の森は奇妙な静寂と不気味な霧に包まれ、このアリスと名乗る魔法使いの邸宅だけがすっきりと晴れた青空の中にある。
「さぁ。魔法の森の瘴気は抜けつつあるけど、あいつの体力次第じゃないかしら」
約束の日に魔理沙が姿を現さず、これは原稿を落としたのではないかと家まで押し掛けたのが今朝方。その室内の荒れようから尋常ではない様子を感じ、痕跡を追ってこの家までやってきた。
思ったよりも衝撃を受けている自分に驚きながら、言葉を続ける。
「それは……。なにか、必要なものとかありますか?」
「私も別に医者じゃないのよ。魔法使いとして言わせてもらうなら、解毒は済んだって事だけ。あ、それとあなたもあの人間に、この森から出ていった方が良いと伝えてくれない? こんな瘴気でどうにかなるようじゃ適応できていないのよ」
体力か。精のつくものを考えながら、しかしそこまで肩入れする必要があるのかと、冷静な自分が告げる。
どうせいずれ別れがあるのに。早いか遅いか、ただそれだけ。ならば別に長く生きるこちらがそれを気にするのも馬鹿らしいじゃない。
「そうですか。ところで魔理沙には会えますか?」
「ええ、まあ。さっき寝たばかりだけど、向こうの部屋にいるからお好きに」
「ありがとうございます」
自身は、原稿を落とされそうで苛立ちを感じている筈だ。ぼうっとする頭でそう思い、先ほど力づくで破壊した妖怪や人除けの魔法の件をアリスに改めて謝罪してから、その部屋に向かう。
「……魔理沙?」
白いシーツに包まれてベッドに眠るのは、苦しそうな顔でスピスピと眠る幼い姿。
上下する胸になんだか緊張していた体が弛緩して、ほっと溜息を零す。
傍まで寄って、近くに置いてある椅子に腰かけてその顔を改めて見つめる。
起きている間はころころと表情が変わり、忙しなく動き続けていたその顔が今は静かだ。
きらきらと陽光に反射した金髪が輝き、よく見るとその目に隈がある様子や、小さいと思っていた体格がやせ細っている様子もよく見える。
「……」
幻想入りよりも前から人間との交流はあった。出会いもあるのだから、当然別れもあった。長く生きている自身が今更その感傷に浸ることはないと思っていた。
短命種と私達には隔絶した時間が存在する。今これが動き続けても、どうせあと数十年したらいなくなる。
それにあまり入れ込む必要はない。そう、それに感情移入するなんて虚しいことだ。
「……んぅ」
魔理沙が、小さく声を漏らす。
「目が、覚めたんですか?」
「っごほ! ごほっごほっ! あ、文……。ごほっ、ごめん。原稿だよな……。こほっ」
ぱちりと目を開けた、その金のキラキラが私を捉えて申し訳なさそうに謝罪する。
そう。私は、苛立ちを覚えている筈だ。
「……気にしないでください。今はゆっくり休みましょう」
なのに、なんでこんな気を遣ったような声を出しているんだろうか。
「ご、ごめ……ごほっ! ごめんなぁ……!」
「ああ、喋らなくて大丈夫ですよ。しばらく、コラムは休止しましょう。ゆっくり休んでください」
なんで励ますように、そのベッドの縁で伸ばされた手を握ってあげているんだろうか。
「ごほっ! ごほっ」
「大丈夫ですか? なにか、欲しいものはありますか?」
なんで心から悲しそうな顔をしている人間に。病床で弱り切った矮小な人間に。
どうして私がわざわざ気を遣っているのだろうか。
「ごほっ……。こ、こと……」
「うん、なんですか?」
「敬語やめてくれよぉ……。せっかく仲良くなったのに……ごほっ! ごほっ!」
「仲良くって……」
そんなつまらない事。
仲良くなったってなんだ、私が魔理沙とか。そうか、気遣いをかけているつもりが距離を感じるのか。
「……気にせんと。早う良うなってや」
「ごほっ……。うん……へへ」
そういって、安心したように笑うと再びそいつは眠りについた。
握っていた手から力が抜けていくのを感じ、そっとそれを布団に戻してから私も席を立つ。
「何がしたいんやろなぁ。私」
*
紅霧が幻想郷を覆い、その異変の始まりは妖怪の山でも大きな話題になった。
「この妖怪の山までも覆おうとしている紅霧を見ろ! 我々を甘く見ている証拠だ!」
大きな声で大天狗が憤りを見せ、他の天狗達も少なくない数がそれに同意する。
天魔は簾の向こうでそれを静かに聞き入れ、しかし何も言葉を発さない。
「賢者がなんだというのだ! 我々は我々の領域を侵すものには容赦しないぞ!」
「伝令!」
喧々囂々とした広間を切り裂くように哨戒の声が飛び込み、天魔が手をあげることで周囲が静まり返る。
「紅霧が収束していきます! 霧は山に入らず、人間の里と湖周辺のみで収束しました!」
おおーっと周囲から上がる声を聞き、つまらない会議がようやく終わりそうだと背筋を伸ばしてあくびを零す。
「異変は『スペルカードルール』で、博麗の巫女と人間の魔法使いが収束させました!」
「ほう。人間たちが!」
人間の魔法使い。そう聞いて思い浮かべた姿に、まさかなと思いながら湯飲みに目を落とす。
「西洋妖怪達による異変! 博麗霊夢と霧雨魔理沙によって解決! 賢者八雲紫が見届けました!」
*
「いつのまにか大きくなっとったんやねぇ」
あの小さな人間が気がつけば異変解決の立役者へ。
紅魔館という新興勢力への使者として立候補し、他に候補がいないならと受諾されたのは先程。
まだ解決後の交渉などが済んでいないそうで、日を跨いでから出かける事になった。
一度家に戻り、あの日魔理沙の家で見つけた『恋色通信』最終稿を読み返す。
別の書きかけのコラムと一緒に仕舞われていたそれは、つまり以前から準備されていたもの。
「いつか幻想郷の異変をすべて解決する人間の魔法使いより、か」
イラストが書き添えられている。いつ自分がいなくなっても良いようにと準備されたものだ。
あんなに能天気な人間なのに、常に自分がいなくなってしまう可能性を考えている。これもそのひとつなのだろう。
魔理沙が亡くなっても、私が困らないようにと準備された最終稿。
たかが手伝いのコラム書き。それに寄せた妖怪達との文章に依る交流。彼女はそれを楽しんでいた。
現在は休止扱いにしている人気のコラムだが、復活を望む声は大きい。
今は彼女の夢の為に時間を使うべきだと思い、私から魔理沙に話を持ち出すことはないけれど。いつかまた、一緒に作業をしてくれたら嬉しい。
「ほんと、凄い魔法使いやわぁ」
酒を盃に満たし、ぐーっと飲み干して天窓に見える月を見ながら、只の人間を想う。
夢を叶えてどんどん進んでいる。線香花火のように短い生命が眩い輝きを放つ。
ああ、叶うならゆっくりと話がしたい。今でもあの子の中に私は存在しているのだろうか。私の新聞は読んでくれているのだろうか。
霧の湖で出会った時、三つ編みを揺らしながら恥ずかしそうに、しかしじっと金の双眸がこちらを見つめて伝えてきた事を思い返す。
――私、結構『文々。新聞』のファンだぜ!
これは敬意なのだろうか。それとも、コラムの掲題のように恋なのだろうか。
名前はなく、真実を追求せずにそれは大事に仕舞われている。
射命丸京都弁概念が好きなんです。
黒髪ショートカットの美人が京都弁なんて……いいじゃん。
一回地の文章も全部京都弁にしたんですけどあまりにもくど……わかりづらいので戻しました。