なんとなくあの赤毛の死神のカラクリにあたりを付ける。
私の飛行速度はそう速くない、いやむしろ遅い方だけど、流石にこれだけ時間が掛かるのは異常だ。
「空間と距離に干渉しているのねぇ」
未だ魔法の森の上空。
魔理沙を移動させてから隙を突いて逃げ出した赤毛の死神を追って、その場にいた鳥の妖怪と一緒に行動を共にして暫し。
いくら広大な森と言っても、空を飛んでいるのに抜け出せないなんてことはありえない。流石に気が長いことを自認する私でも少しだけ苛立ちを覚える。
そういう状況から、私はその“距離”と“空間”にカラクリがあると踏んだ。もしそうだとしたら対処が難しい能力だとも思う。小賢しい。
まったく。これなら魔理沙ではなく霊夢に異変の事を報せに行けばよかったわ。
なんて、なんで私が他者の事情で考えを改めたり遠慮しないといけないのか。
「仕方ない。あの赤毛を虐めるために少し運動しようかしら」
「あら~、なにをするの?」
勝手に後ろを付いてきていた屋台の鳥妖怪、ミスティアが不思議そうにこちらを見ている。
ぱたりと枯れない花を傘のように閉じ、手折ってしまわないように優しく抱え直す。
地面へ降り立ち地盤に魔力を流し込みながら、霧の湖の方、上空から見えていた赤い館の方向に向かう赤毛を思い描き視線を向ける。
「どれくらいの距離があるのかしら。まあ、どれだけ離れていても関係ないのだけど」
アキレスは亀に追いつけないのか。
いつだって周囲のインチキや屁理屈をねじ伏せるのは単純な身体能力だ。
地を蹴り駆けだす。
空気の壁が真っ先に抵抗してくるが、無理やり破ると無音の世界。
周囲に衝撃が走るので私から漏れ出る妖力でそれを打ち消して、草花には影響がないように走り出した。
そうして追いついてから赤毛に一撃を見舞い、鎌を犠牲にして再び遠くへ逃げた死神に苛立ちが募っていくのだった。
*
「そうして無理やり距離を詰めてくる花の妖怪は、そりゃあもう恐ろしいものだったさ」
ぶるりと身震いをひとつして、小町さんはチルノさんと黒魔理沙に紅魔館での一部始終を話して聞かせていた。先を歩く小町さんへチルノさんが「どうして鎌が曲がっているの?」と聞き、それを話し出したのだ。
チルノさんと黒魔理沙はきらきらと目を輝かせて話を聞いていて、私の隣では白魔理沙さんが苦笑交じりに出鱈目すぎるぜ、と漏らしている。
竹林は物が多すぎるからうまく距離を詰められないそうで、途中からは歩いて行こうと小町さんが提案し今は竹林を5人で歩いている最中。
何度か瞬間移動に似た移動を繰り返したのだけど、移動が多すぎたのか具合が悪そうにしていた魔理沙たちはすっかり調子を取り戻していた。
小町さんは閉じた空間やそれに準ずるものが間にあると、距離を詰めることができないらしい。だからこうして迷いの竹林を超えることが出来てはいない。
あくまでも距離を操るだけだから不便な時もあると、小町さんは万能に思える能力の話をして快活に笑い飛ばしている。
「ゆうかりんって、魔法も使えるし身体能力も凄いんだなぁ」
むしろ魔砲なんてあの妖怪にとってはオマケみたいなものだろうと思うのだけれど。
魔理沙は幽香さんを魔法使いだとでも思っているんだろうか。
「白魔理沙、普段は幽香さんに何を教えてもらっているの?」
「え、そりゃあ私の代名詞である『マスタースパーク』を直々にだなぁ」
代名詞っていうほど使っている姿は見ていないが、本人は腕を組みながら嬉しそうに幽香さんとの交流を話し始める。
「あとは花畑の世話の手伝いとか。特に夏はゆうかりんひとりだと水やりが大変だからなぁ。それと食べられる野草とか自然の恵みを得るときに若芽を摘まないようにとか、色々と知識も貰っているぜ」
話を聞いておいてなんだが、実はその様子を見かけたことがある。
遠目からだったが、傍目には穏やかに話をしている風見幽香。それに目を白黒させたり涙目になったり、ころころと表情を変える白黒の魔法使いの様子は、記事にはならなかったが心の片隅に置かれていた。
「お手伝いは続けている訳ね。あなたを屋台とか楽団とかでも見かけることはあるけど、だいたいどこも人気ね」
幽霊楽団は言うに及ばず、妖怪の山付近で出店している時には、私やお偉い方々も密かに通うほどその屋台も評判が良い。
楽団ではスタッフというよりただの観客にしか見えないが、コンサートを盛り上げるという意味では十分に役割を果たしているのだろう。
すべて記録として収められているが、記事にしていないそれらを思い返す。
「皆親切だからなー。本当はあややの新聞のお手伝いもしたいんだけど、迷惑掛けて辞めたから今更そんなこと言えないよな」
「え……、ほほう! なるほど、もし復活したいなら全然私は構わないけど。むしろ復活希望の声もあるのだし、余裕があるのならお願いしたいくらいだけど?」
予想外の話に、思わずずいっと前のめりに身を寄せてしまった。
白魔理沙は苦笑しながら頬を掻き、気まずそうに視線を逸らして言葉を続ける。
「そんな、いいんだぜ。私に気を遣わなくても。あややは優しいなー」
寂しそうな笑みを浮かべる白魔理沙が、明らかに遠慮している気配を感じる。
見覚えのある反応だ。少しの時間しか関りを持っていなかった私にもわかるくらいに、こいつの反応は覚えがあった。
「いやいや。こっちが気を遣って打診しなかっただけで、本当は一緒に働きたいわよ。魔法の勉強とかで時間ないのかと、思って……」
言いながら、ふと気が付く。
すっかり体調が良くなったというのは人伝に聞いたが、魔理沙が体を壊してからこうしてゆっくりと話をする時間はあっただろうか。
こちらが勝手にその功績などから忙しいだろうとか、魔法を頑張っているのだろうから声をかけるのは後にしようとか決めつけていた。
あっという間に朽ちてしまう短い生の人間相手に、どこからか湧いてきた気恥ずかしさで随分話をしていなかったことに気が付く。
黒魔理沙が先ほど言っていた私に対する言葉が思い返される、今の状態が本音に近いということも。
「えぇ⁉ 原稿を落としてから紅魔の異変解決の宴会の時まで全然会わなかったし、今もそんなに顔を合わせないからさ。私はずっと、呆れられているんだと思っていたぜ。約束も守れないダメな人間だと思われて、それで見放されているんだと思っていたんだけど」
いつの間にか、先に行く小町さんと黒魔理沙、チルノさんの背中を見ながら私たちは立ち止まっていた。
驚いたように目を開いた白魔理沙が、無意識にか私のシャツを掴むからだ。そのキラキラの目が、縋る様にこちらを見上げてくる。
「その、いいのかな。また私があややの家に行ったりしても」
日中の日差しが竹林を抜け、うっすらと霧が漂う竹林の中は風が少なくじめっとしながらひんやりと涼しい。
それなのに、やけに熱が顔に集まり心の中では暴風が吹き荒れていた。
白い帽子の鍔から見えるいつもよりも白っぽい金色の髪がキラキラと煌めき、勝気に思えていた白魔理沙の弱々しい表情がやけに心に深く突き刺さる。
「ええ。なんなら今からでも」
白魔理沙がシャツを掴む手を上から掴み、その手を解かせてこちらの手を握らせる。そのままぎゅっと力を入れると微かに握り返してきた。
いじらしく弱々しいその人間の手に、心が擽られているような心地を覚える。
心底安心したように、嬉しそうに笑みを浮かべる白魔理沙を見ていると、もうこのまま連れて帰ろうかなんて……。
「あー、おふたりさん。特に文は、明日以降にしてもらえないかな」
やけにはっきりと呟きが聞こえたのは、声の距離を操っていたのか小町さんのものだった。
はっとして前方を見ると、呆れたように大鎌を肩に掛ける小町さん、興味深そうにこちらをみるチルノさんとそれに隠れるようにこちらを伺う黒魔理沙さん。
羞恥は妖怪を殺すかもしれない。
顔を両手で抑え隠して小さくなると、また別の声まで聞こえ始める。
「なぁんだ、もう少し続けてくれてもよかったじゃない」
と、竹藪からガサガサと音を立ててこちらに歩み寄る気配。
「珍妙な集団だわ、この先の永遠亭に用事かしら。案内はいかが? 今なら知り合い価格でご案内しますよ」
ちらりと指の隙間から窺うと、桃色のワンピースに人参ロケットの首飾り、真っ白な兎耳を垂れさせて人好きのする、しかしどこか胡散臭い笑みを浮かべた妖怪兎が姿を現した。
「人形の次はふたりに増えているなんて。最近の人間は進んでいるねぇ」
*
「輪廻の外にいる方々は苦手だわ」
小町さんがうへえ、と辟易した表情をしながら片手でパタパタと扇ぎ、ほつれていた衣服の隙間に風を送り込み涼を取り入れる。
どんどん着崩して肌の露出が増えているのだけど、当人はそんなこと気にせず先ほどから暑そうだ。
「うちの主人たちは不死人だからかしら。あんまり師匠たちの前では言わないでよ?」
「ご、ごめんなさい……。苦手なところに、付いてきてもらって……」
「あはは、私が勝手に連れて来ているんだから気にしなさんな」
兎耳の鈴仙さんがそれに小言を挟み、黒魔理沙が何故か謝罪する。
てゐさんの案内で私たちは竹林を進み、途中で合流した鈴仙さんが先導しながらようやく永遠亭の門が見えて来た。
「まったく、てゐったら何でもかんでも持って帰ってくるんだから」
「ごめんよ鈴仙ー」
うさうさと楽し気に笑い声を漏らし、頭の後ろに両手を組みながら謝罪する気のない態度のてゐさん。
涼し気な竹林とは対照的に、開けた場所である屋敷の周りは陽光が降り注ぎ春の日差しがすっかり気温をあげていた。
それにしても小町さんは暑がり過ぎだと思う。普段、もっと涼しいところにいるからだろうか。
「ひどい話が聞こえたわ。蓬莱人差別かしら?」
声が聞こえていたのか、門を抜けた先の庭で盆栽の手入れをしていた輝夜さんがセリフほど気にした様子なく形だけの憤りを示してきた。
手に持った裁断用の小バサミをチョキチョキと鳴らし、むぅっと可愛らしく頬を膨らませている。
まさか屋敷の主人がこんな庭先にいるとは思わず、ばったり出会ってぎょっとしてしまう。小町さんも同じ思いだったのか、慌ててそれに片手をあげながら頭を下げた。
「やぁすまん。どうも本音が聞こえてしまったみたいで」
「それで謝っているつもりなの?」
「昔っから嘘がつけないもんでね。そのせいでサボりもバレて今は残業してるんだから損な性分さ」
小町さんが普段通りの調子であははーっと能天気に笑い声をあげ、輝夜さんはくすくすと口元を隠しながら笑い、それなら仕方ないわねと気にしているフリをやめた。
「姫様。また庭先に出て……。盆栽の手入れくらい、誰かに頼めばいいじゃないですか」
「いいのよイナバ。これは趣味なの」
鈴仙さんが腰に手を当てて、やれやれとため息を吐く。
蓬莱山輝夜。人間の構造を保つ蓬莱人。
人の形をとって言葉を紡ぎ、感情がある様に振る舞うその様は非常に不気味だ。
できることならあまり関わりたくないと思ってしまう程度に、私はこれに苦手意識を持っている。
同じ蓬莱人の妹紅さんとの差が、より一層この人外の異常性を浮き彫りにさせていた。
まあ見た目だけは本当に良いので、被写体としては大歓迎なのだけど。
「それで、うちのペットたちはなにを連れ帰ってきたのかしら」
言いながら後ろの集団を確認し、ふたりの魔理沙を見ると特に驚きもせず鈴仙さんへニヤニヤと楽し気に笑みを向ける。
「イナバ、永琳の薬で魔理沙を増やしたの? ダメよ、霊夢にしばき回されるわよ?」
「ちちち、違います! 私がやったんじゃありませんって!」
不気味な蓬莱人だけど、ペットと戯れている時はこういう風にもなるのだな。
慌てる鈴仙さんと、それを揶揄う輝夜さん。
その様子に感心し、思わず手に取っていたカメラにそれを収める。
と、私の袖をつかむ気配。
「あ、ダメだよ文さん。写真撮るときはちゃんと許可取らないと」
「そうだぜあやや。マナーだぜ」
それを見ていた白黒の魔理沙たちが両方から、至って普通の事を言い止める。
あややや、これは……。
ふたりのその様子もぜひ残したく、魔理沙たちにも向けてシャッターを切るとふたりは「あーっ!」とステレオ音声で抗議の声をあげた。
「あー、文ダメなんだよ! 魔理沙のこと無視したー!」
「あはは、すみません思わず」
チルノさんまで可愛らしい抗議の声をあげるので、降参するようにカメラを掲げたまま両手を上に上げて謝罪する。
さっきから私は気分が高揚してしまっているのか、どうも普段よりもお調子乗りだ。
口角が下がらないことを自覚しているし、浮足立ってしまっている。
「ごめんな、ぐーや。あややにも悪気はないんだぜ」
「うん? ぐ、ぐーやって私の事?」
その白魔理沙の珍妙なあだ名には、輝夜さんだけでなく周囲の兎たちや私達も思わず数瞬思考が止まった。
小町さんとてゐさんが噴き出すのを堪え、鈴仙さんと輝夜さんが目を白黒とさせている。
「ぐーやって輝夜のことなの? なかなか良いあだ名ね!」
「か、輝夜様にもいつも通りの調子なんだね、わたし……」
「ヘヘヘ、なんか勝手に思い浮かぶんだけど、ずっと呼んでたみたいにしっくり来るんだよなー」
変わらないのは魔理沙たちとチルノさんだけ。
私は当然遠慮なくケタケタと笑っている。
ぐーや! この見目麗しい月の姫様が! 『ぐーや』って!
その響きの間抜けさに結びつかない輝夜さんの印象が、なんだか無性に笑えてくる。
珍妙な表情のまま、輝夜さんはぽつりと呟いた。
「ぐ、ぐーや……」
どういう感情の動きが輝夜さんに起こっているのか、その様子さえも面白可笑しい。
ついに堪えきれなくなった小町さんとてゐさんも笑いだすと、鈴仙さんまで顔を伏せ逸らした。
様子を見ていた妖怪兎たちも、楽し気な雰囲気につられて笑いだす。
昼前の永遠亭の庭先では、しばらく妖怪たちの笑い声が響いた。