だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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その7 自を知ると

 立ちはだかる妖怪たちを倒して、ようやくたどり着いた鈴蘭の丘。

 今朝からバタバタと騒がしい事。

 少しの疲労感、しかしそれ以上に久しく行っていなかった運動に心が湧きたっている。

 

 なるほど良いものだわ。

 弾幕ごっこに夢中な人妖は多いと聞く。

 どうしてそんな遊びに一生懸命なのかと疑問だったけれど、程々に戦闘意欲が満たされて、健康に良いかもしれない。

 

「そう思わない?」

「……うへぇ」

 

 仰向けに倒れ、目を回している死神に声を掛けるがもう起き上がってくる元気もなさそうだ。

 息も絶え絶えといった様相、しかしどうせ消えはしないだろう。

 あくまでこれはごっこ遊び。消滅まで戦い抜くような戦闘ではないのだから。

 

 起き上がってこないならもう興味はない。地面に差して直立させていた枯れない花を引き抜いて浮かび上がる。

 

 そう。私はあくまで異変の解決のために動いている。

 人間を引き連れながら解決したら良いと、従来の異変で私は理解している。

 少し暴れたところで霊夢や賢者連中にうるさく言われることもないし、なによりこの季節感の無い繚乱が哀れなので早くしたい。

 

「腑抜けた妖怪ばかりじゃないのね」

 

 飛行しながら少し。

 私の前に立ち挑んできた妖怪たちを思い返し、今までの考えを改めていく必要があると実感する。

 八雲紫が自慢していた幻想郷の変化。人間との共生。

 今でもそれ自体は無理だと思うし、人間の里だなんて囲いを作って飼育しているだけで、ただの現状維持、滅びを迎える妖怪たちの延命程度にしか考えられない。

 

 しかし妖怪たちは畏れを取り戻し、力を得ている。

 闘争を児戯にして、しかし本質を見失わない恐ろしいものとして。

 この弾幕ごっこによって、人喰いの妖怪たちは変わり始めている。

 

「そうだ。まだ人間とは弾幕ごっこしたことがないわ」

 

 魔理沙に私の魔砲を教えることはあれど、その撃ち合いはしたことがなかった。

 この先、無縁塚にいるだろう白と黒を思い浮かべる。

 異変解決を行う人間の腕前について、少しだけ楽しみにあとを追っていくのだった。

 

 *

 

「まったく。本当に弱いわ、信じられないわ!」

 

 私を抱える黒魔理沙の腕を軽くつねりながら怒ったふりをして、不機嫌だとアピール。

 それに、箒の前の方にいる白魔理沙は「あははー」と苦笑を漏らし、後ろで私を抱えてくる黒いのは腕にぎゅーっと力を入れて応じて来た。

 

「ごめんねメディ。それとさっきはありがとうね」

「放っておけばよかったかしら。彼岸花の養分にでもなってしまえばよかったのに。ホント、感謝してほしいけど?」

「ありがとうなメディスン、付いてきてくれて助かったぜー」

「うん、本当に助かったよ」

 

 再思の道に咲き誇る彼岸花。

 そしてそこに宿る妖精たち。

 

 咲き乱れている花々の影響か、そこら中にいる幽霊の影響か、人間の魔理沙たちを見ると群がりながら弾幕を放ってきたのだ。

 

 見事な飛行でそれらを回避していく白魔理沙だったが、反撃として放った弾幕は狙いも甘いし威力も弱い。それは正にごっこ遊び。綺麗な星の弾幕は一生懸命やっているのがわかるけど、相対するには不足したもの。

 

 しばらく見ていたのだけれど、黙って見ていたからこそ気が付けた。

 魔力に浮かれて攻撃をしていた妖精たちが、遊びの気配を感じ取ったのかそれに興じてやられたふりをし始めたのだ。

 きゃっきゃっとはしゃぎながら弾幕を当てられて、やられたー! と満足そうに落ちていく妖精たち。いつの間にか周囲の弾幕自体も威力が調整されて、妖精がこの人間の遊びに付き合ってあげているようだった。

 遊びの気配を感じ始めたのか、どんどん数が増えていく。

 当然だ。だってひとりも消滅せずに遊び続けているのだから。

 

 威力が調整されているとはいえ、弾幕が密度を濃くして白魔理沙が明らかに疲れて動きに精彩を欠いた頃。

 少しずつ被弾し始めたので、仕方なく割って入った。

 あんまりに弱い魔理沙に苛々してきて、ずっと遊んでいそうだからさっさと毒を撒き散らして連れ出したのだ。

 遊びに興じる妖精たちを羨ましく感じた、なんてことは絶対にない。

 

 妖精たちは自然の発露。いたずら好きで遊び好き。

 1人で遊ぶ人間の子供に付き合ってあげるのも妖精の務め、いや本能なのかしら。

 

「感謝は言葉だけなの?」

「ううん。お礼したいけど、どうしたらメディは喜んでくれるの?」

「どうしたらって……」

 

 確かに、私ってなにが嬉しいのかしら。

 私は毒でできた人形の妖怪。ただし、その自意識はまだ生まれて僅かしか経っていないのだ。

 

「う~ん」

 

 腕を組んで悩む、人間のフリ。

 格好だけつけたんだけど、どうしようかしら。なにも思いつかない。

 

「それならさー」

 

 箒の前の方で、こちらに背を向けながら白魔理沙が提案してくる。

 

「この異変が終わったら私の家で一緒にお茶飲まない? お菓子も用意するし、なにか好きなものを見つけるのを手伝うぜ」

「わぁ、良いなぁ! メディ、どうかな?」

 

 後ろで黒魔理沙が喜んでもっと腕に力を入れてくる。

 本当に気安く触ってくるけど、さっきまで私の毒で苦しんだ記憶が抜け落ちているんだろうか。

 

 魔理沙たちの家に行ってお茶を飲む、なんて。

 今日は朝からスーさんが凄かった。

 太陽がサンサンの丘の上。まっ白なスーさん達と、ぽつりとひとりの私だけの丘。

 私の世界はそれだけだった。

 

「……良いわよ。お呼ばれしてあげるわ」

 

 深い考えなんてないけれど。

 ただ「ああそれって素敵なことだわ」と普通に思えたので、私は応じることにした。

 

「よかったー! お礼もちゃんとするからね!」

「ああ、きっとメディスンが好きなものを見つけるぜー!」

 

 前後で魔理沙たちが嬉しそうにワイワイと騒ぐ。

 あら。認識のずれを感じて思わず声をあげる。

 

「その、好きなことを見つける手伝いがお礼じゃないの?」

 

 その言い方だったら、私は御持て成しをされて、そのうえで何かしてもらえるって聞こえるんだけれど。

 

「何言ってんだよメディスン。それはただ友達と遊んでるだけで、お礼は別だぜ」

「そうだよ、さっき再思の道で助けてくれたお礼とは関係ないよう」

 

 わ、私が変なの? というか……。

 初めて生まれた不可解な思いを抱えていると、やがて無縁塚の大きな木が見えて来た。

 

「少し早いけど、その小町の上司は来ているかしら」

「うーん、パッと見た感じはいないなー」

 

 無縁塚。恐ろしい雰囲気の紫の花の木と彼岸花が咲き乱れる異様な雰囲気。

 穏やかな鈴蘭畑しか知らない私としては、今更だけどなんだか大冒険をしている気分になってきた。

 穏やか、というのは私とスーさんの感覚だけど。

 

 ゆっくりと箒が下降し、桜の傍に降り立つ。

 3人で並びながらその紫の桜を何と無しに見上げていると、ぞわぞわと背筋が凍るような気配。

 私はなんとなく惹かれる思いも感じていたけど、左右の白黒がそれぞれ、なんだか怖がるみたいに服の袖を掴んできたので、やっぱりこれは怖いものなんだなと感じる。

 

「危ないですよ? 貴方方は気が付いていないけど、その桜からは……無数の手が伸びて貴方を手招きしている。貴方を掴んでいます」

 

 と、誰もいなかったはずの背後から声を掛けられる。

 凛とした、しかし幼さも感じる声だった。

 

 振り返る。そこに立つ存在を初めて認識する。

 

「あ、映姫様……!」

「映姫だ! あれ、いつの間に来ていたんだ?」

 

 魔理沙たちが反応し、どうやらこれが待ち人だったのだと理解する。

 

 厳かな服装に、同じデザインの帽子。帽子には赤と白のリボンが付いていて緑の髪は片方だけ長く、垂らしているのにきちりと揃えられている。

 穏やかな表情は幼さも感じるのに、大人っぽくも感じる。

 

「夕方に来るように伝えていたのですが、少し早かったですね」

 

 ゆっくりと近づいてくることで気が付いたけど、その幼い顔の割に長身の部類だ。背は小町ほどではないけれど、すっかり私たちは見下ろされている形になる。

 白魔理沙が安心したように駆け寄り、黒魔理沙は私の隣で、初対面の私と同じくらいモジモジしていた。

 

「小町はどうしたのですか?」

「小町はえーっと、しっかり役目を果たしたぜ」

「そういうことを聞いているのではないのですが……。なるほど、しっかりとお灸になったようですね」

 

 うんうんと頷き、穏やかな表情で微かに笑みを浮かべている。

 白魔理沙が、うんうんと訳知り顔で頷いているけど、多分なにも考えていないのだろうな。

 先ほどから気配だけで圧倒されてしまったけれど、この目の前の存在はきっと妖怪じゃない。

 そういうのとは違う気配がする。存在としての格差というか、言葉にし難いけどそんな感じ。

 

「魔理沙、こちらは?」

「ああ、メディスンだ。鈴蘭がたくさん咲いているところにいた妖怪で、助けてくれたんだ。メディスン、こちらは幻想郷の閻魔様の四季映姫だ! 結構気軽に話しかけられる閻魔様だぜ」

「あなたが気軽を語りますか。まったく、頭の軽さが偏り過ぎていますね」

 

 水を向けられたので、にっこりと会釈して人間のフリ。

 なんだか、お話の長い気配がするので私は苦手かもしれないわ。

 

「貴方は人形の妖怪ですね。ふむふむ、これは中々説教の甲斐がありそうです。さてゆっくりとお説教を、と言いたいところですが、この場所はまだまだ危険です」

 

 言いながら手に持った木の棒に、どこから取り出したのか筆でさらさらっと何かを書き込む。

 

 「さっさと要件を済ませてしまいましょう」

 

 そういって、白魔理沙の頭を軽くその棒で叩くと、ポンっと音を立てて白魔理沙は消えてしまった。

 驚き、目を剥く。思考の前に体が動き、慌ててそこに駆け寄る。

 周囲を見回す、そこに人間がいたという形跡がない。空気には気配も、匂いも、温度も残っていない。

 

「おや」

 

 なんだか不思議なものを見るような目でこちらを見る四季映姫を見上げる。

 

「ま、魔理沙はどこに消えたの?」

「大丈夫ですよ、消えたわけじゃありません」

 

 安心させるようになのか、少し屈みながらこちらに視線を合わせてくる。

 

「意地悪で聞いているのではないのですが、貴方は確かに人間が憎い筈です。それなのに魔理沙を心配するように動きましたね」

「そ、それがなにかしら?」

「否定しないところを見るに、自覚もあるようだ」

 

 言われて、確かにそうだと思う。

 目の前で白魔理沙が消えた瞬間、嫌な気分になった。その身の安全を考えた。

 

「貴方の生まれから人を憎むのは仕様が無い事です。貴方は人形という道具なのですから。貴方がどう思おうと使用者は一方的に愛情を込めたり憎しみを込めたりする。時には名前を付けられ、時には形を変えられ、全て使用者の意志で道具は使われる。そう、道具は、人間の思いを一方的に押しつけられるのです」

「それが、なに?」

 

 ぎゅっとドレスの裾を握って、目の前の閻魔を睨みつける。

 まったくその通りだと思うわ。自分勝手な人間に押し付けられた思いが私の原点。

 そうして使われ、捨てられたのが私の恨みの根源。

 

「貴方は愛情を知りながら憎しみの果てに生まれたもの。その思想は昏く邪悪なもの。だけど人間の友達を心配した。それは痛みを抱えるあなたが、変わり始めていることの証左」

「ねえ、だからどういうことなの?」

 

 嬉しそうにニコニコと笑みを零す目の前の閻魔に、こちらは要領を掴めずイライラが募る。

 

「すみません。話が長くなってしまうのは私の悪い癖」

 

 ふふふっと含み笑いしながら人差し指を唇の前に当てる色っぽい仕草。

 こちらの神経を逆なでしているのだとしたら大したものだわ。

 

「貴方は魔理沙が好きなんですね」

 

 嬉しかったんだと思う。照れ臭かったんだと思う。

 平然と友達の好きなものを探す手伝いだと言った魔理沙。

 会って少しなのに、憎々しい人間なのに。

 

「そうよ! だって、スーさん以外の初めての友達だもん!」

 

 大声で詰め寄ると、それを棒を持つ方の手で軽く押さえながら、反対の手で私の後ろを指し示される。

 

「他人の協力を得られないと三途の川を渡る事は出来ず、途中で川に落ちるでしょう。他人の痛みが判らない魂に協力してくれる魂など無い」

 

 指し示す方を振り返る。静かな無縁塚に風が吹き、紫の桜が大きく揺れた。

 黒魔理沙がいた場所に、こちらを見ながらアワアワとなんだか慌てていて、その顔を赤くした魔理沙。

 白一色でも黒一色でもなく、黒い三角帽子の中に白いフリルのついた白黒の魔女帽子。

 黒いベストに白いシャツ、黒いロングのフリル付きスカートの前に白いフリル付きエプロン。

 白黒の、先ほどまでのふたりが丁度混ざったような人間。

 

「だけど痛みを知る者は人の協力を得られるでしょう。きっと絶望を抱くことなく乗り越えて進めます。貴方が二元論の裁定を望むのなら、今の貴方はまだ黒。ですが、そう。きっとその果てには白にもなり得るでしょう」

 

 魔理沙のその仕草は黒魔理沙を思い起こすようなもの。

 頬を赤くしながら、頬を掻いて笑みを浮かべているのは白魔理沙を思い起こすようなもの。

 

「えっと、嬉しいぜ。私もメディの事、大好きだ」

 

 *

 

 目が覚めて、いや、私という意識が浮上してから色々な記憶がばーっと戻ってきて、長い小説を読んだ後のような感覚を覚えた。

 私はどうやら、ふたりにされていたみたいだ!

 

 どういう理屈なのかわからないけど、今その時を思い返すとしっかりとふたりの分の視点と考えを思い出すことが出来る。

 不思議な感じだけど、どちらも私だったのだから胸にすとんと理解が落ちている。

 

 起きて早々にメディスン、いやメディに強烈な友達宣言を受けて「こいつは恥ずかしいぜ」と思いながら、いや自分自身も似たようなことをやっている! と恐々とした。

 なるほど、客観視……! 閻魔様の神算鬼謀には恐れ入った。

 

 メディスンと映姫様がこちらに寄って来て、わーっと思わずメディの手を握りながら恥ずかしさを誤魔化すためにぶんぶんと上下に振る。

 メディスンは私よりも小さい、子供位のサイズ感だ。分裂している時の陰気な方の私が、ずーっと抱えていたのもよくわかる。だって周囲に私よりも小さいのって、妖精くらいだし。チルノも夏の間はこれくらいのサイズなのに。

 

「きちんとした状態では初めまして、霧雨魔理沙だ!」

「わ! もしかして覚えてない、なんて言わないわよね?」

「ぜ~んぶ覚えているぜ。ああ、なんか随分恥ずかしいことを言ってたな」

 

「魔理沙。体に違和感はないですか?」

 

 映姫様が近くに寄ってきながら、悔悟の棒で口元の笑みを隠している。

 お節介で説教好きな話の長い閻魔。存在の格差から私にその強さとか偉容とかも、もう理解できない段階だ。こうして悪戯っぽい笑みを浮かべたり、思ったよりも身長が高いのにやっぱり童顔で幼い雰囲気があったりもする。だけど。

 

「あ、あー。映姫様、えっと……」

 

 先ほどまでの陽気であっぱらぱーな私が、気軽な閻魔だぜー、とか、おー映姫ー! なんて呼んでいたのが恐れ多い存在だ。

 

「良いのですよ。ああいう態度を取るように本音を晒してしまったのは私の所為なのですから。むしろ少し意地悪が過ぎたかなと思っています。気軽な態度など気にしていません」

「ああ、よかった。じゃあ映姫って呼んでいいのか?」

「そこまでは許していません」

「は、はい映姫様……」

 

 一度、私はこの閻魔様の世話になったことがある。

 今より幼いころの癇癪だったけれど、しっかりと受け止めて対応してくれた映姫様には頭が上がらないのだ。

 

「さて、本日は如何でしたかね」

 

 言いながら映姫様がどこからか手鏡を取り出すと、その鏡面がこちらを向きながらそれがぴかりと光りを放つ。

 眩しさに目を細めると、やがて光は収まって映姫様が鏡面を覗き込んでいる。

 

「ねえ、あの白いのと黒いのは、どっちが魔理沙だったの?」

「どっちも私だったんだけど、うーん」

 

 映姫様が手鏡を見ている間、私とメディはその後ろで話をしていた。

 じーっと不思議そうに見上げられていて、正面から友達だと言われたこと、好きを肯定していたことを思い返して少し恥ずかしい。

 

「えっと……。白か黒、どっちかの方が良かった、とか?」

「ううん、そうじゃないわ」

 

 ふるふると首を振るメディ。

 なんだか不安そうにしている気がして、しっかりと目を見つめる。

 

「お茶会の約束は、きちんと覚えているかしら」

「もちろん!」

 

 ふたりになった私に対して、好き勝手に色んなことを言ってくれたなという思い以上に、よくやったと言わざるを得ない。

 メディとこうして友達になれたことは嬉しい。

 きっかけになるような、お茶会の約束を取り付けていていた事はすごい嬉しい。

 お茶菓子は咲夜から教えてもらった洋菓子がいいだろうか、妖夢と一緒に作ったことのある和菓子が良いだろうか。

 見た目的には紅茶が良いのだろうか、それとも緑茶がいいのだろうか。

 

「メディは、紅茶と緑茶のどっちが好き?」

「知らないわ。どれも飲んだことないもの」

「そうか、それじゃあ両方用意しよう!」

「魔理沙はどっちが好きなの?」

「私はお茶菓子次第だけど、緑茶かなぁ」

 

 飲むといえば、ふたりの状態で飲んだえーりんの解毒剤。

 今って解毒の効果どうなっているんだろうという思いから始まり、私は自分が空気の清浄魔法を使っていないことに気が付く。

 隣のメディを見ると、うん? と不思議そうに見上げてくる。

 黒魔理沙の時にその強烈な毒は解毒薬があっても辛いと体験している。

 今、多分メディは毒を周囲に放っていない。それどころか、周囲の彼岸花の毒なども中和している。だから私は普通に過ごしている。

 

「……」

「魔理沙? どうしたの、今更お持て成ししないなんて言わないわよね?」

 

 隣のメディの手を握る。

 握った手、肌には異常がなく、普通に握ることが出来る。

 

「どうしたの? なにか、気になることでも」

「いや。メディ、今日はたくさんお世話になったぜ。きっとおいしいお茶を用意するからな!」

 

 気が付いた時に、なんだか涙が出そうになった。

 メディスンは恨みから生まれた若い妖怪だ。

 先ほどの映姫との問答を見ていたので、その小さな体にどろどろとした昏い感情を抱えていることは間違いない。その根深さは想像もできない。

 だけどこんなに優しい。

 

 思えば、私の周囲はだいたい全部そうだ。

 強く凶悪なもの。危険で恐ろしいもの。だけどとても優しいもの達。

 

 客観視が課題だというのなら、きっとその優しい環境に胡坐をかいて増長していたんだ。

 映姫様が伝えようとした事を少しだけ理解できた気がした。

 

「なんだか、これは成功しているのかしていないのか……」

 

 映姫様が鏡を見ながら首を捻っているのを横目に、メディの体を抱え上げてぎゅーっと強く抱きしめた。

 

 *

 

「ようやく追いついたわ。魔理沙、元に戻ったのね」

「幽香!」

 

 遠くから見知った気配が無縁塚に来るのが見えたので、今日一日はお世話になった妖怪たちへお礼を言いに行こうとしていた私は早速その機会に恵まれて喜んだ。

 桜の木の処に映姫様を置いたまま、箒を飛ばして出迎えた。

 

「ああ、おかげさまで!」

「ふうん」

 

 こちらをじろじろと見ながら、私の腕の中のメディスンに目を留めて思案した顔。

 朝、幽香に陰気な私を揶揄われた恥ずかしさがある。

 気まずい思いもありつつ、照れているのが悟られないように殊更大きな声で対応した。

 

「こちらはメディスンだ。鈴蘭畑の妖怪だぜ」

「す、鈴蘭畑の妖怪? 私は毒の人形の妖怪よ」

「そう。ねえ」

 

 視線がこちらに向いて、温度を感じないそれが形だけ笑みを作っている。

 黒魔理沙の時に体験したようなぞっとするような恐怖感、そして同じだけ沸き上がる期待感にも似た嬉しさ。

 いま目の前に風見幽香がいるという嬉しさと恐怖。ふたつの感情を自分の中に自覚する。

 うん、うまく自分を自覚したり客観視が出来ている気がするぜ。

 

「あそこにいるのは?」

 

 視線が示す先を追うと、桜の木の方にいる映姫様。

 映姫様はまだ鏡を見ながら、納得がいっていないように首を傾げている。

 

「あれ、幽香って閻魔様を知らないのか?」

「ああ、閻魔。そんなのっていたわね」

 

 そうか、と本当に忘れていたような顔。

 長生きしている妖怪って、能天気だから色々なことを気にしないけど、中でも幽香の能天気さは群を抜いている。

 

「そう。つまり今回の異変はあれの仕業なのかしら?」

「え、いや……」

 

 絶対に違う。けど、そういえば今って花映塚だったのか?

 実はこの花の咲き乱れは異変じゃなくて、周期かなんかの問題だったんだよな。

 すっかり自分の状態にばかり目が向いていて、気が付かなかった。

 でもそうしたら映姫様ってボスなんだっけ。なんだか考えが纏まらなくて混乱してしまう。

 答えない私に幽香は勝手に納得して、頷きながら提案を投げてくる。

 

「魔理沙、弾幕ごっこをしない?」

 

 にっこりと笑顔で告げられた言葉に、白魔理沙の時に感じたような自分を庇いたくなるような気持ち。それとやっぱり恐れる気持ちが自分の中にある。

 

「……っ! ああ、望むところだぜ!」

 

 恐怖を押し殺し、口角を意識して無理やりでも笑みを作る。

 できるだけ自然に見えるよう、臆病心が相手に伝わらないように笑う。すっかり上手になったはずの強がり、魔理沙としての仮面だ。

 すると腕の中のメディがぎゅっと腕を掴んできたので見下ろすと、メディの見上げる視線と私の視線が合う。

 深く昏い色が、じーっとこちらを覗き込んでいる。私の臆病心を覗き込んでいるような視線。私の怯えを見ながら、メディは嬉しそうにニコニコと笑っている。

 

「怖いんだ。やっぱり弱いね、人間だもんね」

 

 私の強がりなんて全部見通しているような、それを滑稽だと笑うような嗜虐的な笑みだ。

 幽香に感じていたものと同種の思いが背筋を駆けのぼる。

 恥ずかしさに似た思いと、やっぱり誤魔化しようのない、恐ろしい存在たちへの恐怖。

 反論の言葉が喉に引っかかって、意図せず飲み込んでしまった。

 

「私の目の前で」

 

 声が案外近くから聞こえたので、メディから視線をあげる。

 いつの間にか近くにいた幽香が、かるくペシリとメディの頭を注意するように叩いた。

 

「私以外がそれを虐めないで」

「いたーい!」

 

 さっきまで感じていた恐怖が霧散していくのを感じる。

 緊張感を勝手に感じていたのだけど、幽香が口をとがらせながらメディへ注意することに少しだけ日常の延長を感じた。空気が弛緩した。

 ふーっと息を長くついて、袖で額の汗を拭う。恐怖は心にあるけど、制御する術も心得ている。

 それなのにメディの妖怪らしい側面で、すっかり油断していた心が弱くなっていた。

 

「あ、あれ。弾幕ごっこだよな」

 

 覚悟を決めて腰のベルトポーチにある八卦炉を取り出そうとしたんだけど、手が素直にいう事を聞かない、取り出し辛い。

 みっともない。ふたりになっている時には感じなかった、ふたつあるからこそ感じる思いに情けなく鼻の奥につんと痛みを感じる。

 ぐっとこらえて、しらんぷり。

 

「そう。人間を引き連れていないと煩いのがいるからね」

 

 言いながらこちらを待つように、くるくると枯れない花の幹を回している。

 待って貰いながらようやく取り出した八卦炉を構えると、幽香に変な顔をされた。

 

「なにしているの?」

「え……なにって、弾幕ごっこ?」

「違うわよ。なんで私とあなたがやるのよ」

 

 あれ?

 

「一緒に戦うんでしょう? 異変解決はあなたたち人間の仕事よ」

 

 そこでようやく自分の勘違いに気が付いた。

 

「あ。私と幽香で、映姫様と弾幕ごっこしたいってこと?」

「そうよ。そう言っているじゃない」

 

 言っていたのか。なんだか恥ずかしい勘違いをしていた。

 泣きそうになったことも併せて、かーっと頭のてっぺんまで血が上っていくのを感じる。

 

「ご、ごめん勘違いしていたぜ……!」

「戦うなら霊夢よ。あなたとしても一方的で虐めと変わらないもの。いつでもできるわ」

「そ……それはどうかな! 弾幕ごっこだったら私は結構……!」

「いいから」

 

 強がりで言い返す私の言葉を遮る様に、幽香がにっこりと笑みを作って言う。

 

「今は閻魔と弾幕ごっこよ。これ以上待たせる気?」

「はい……」

 

 言われて、私は引きずられるように映姫様との弾幕ごっこに向かうのだった。

 

 *

 

「ねえ幽香」

 

 豪奢に咲き誇るスーさんたち。それを愛でるように見ながら手の中でくるくると日傘の柄を回す幽香と、その隣で私とちいさなスーさん。

 あの日のやり取りをふと思い返し、違和感を覚えていた私は幽香に声を掛けた。

 幽香は視線だけこちらに寄越して続きを促す。

 

「魔理沙とは戦いたくないって事?」

 

 幽香はそれに応えず、いつも通り口元に笑みを浮かべながらくるりと日傘を回した。




最後はほんの少しだけ蛇足。無くても良いけどつい追記。

花映塚はあと1,2話で終了!


▲▽
こぼれ話連載はじめました↓
https://syosetu.org/novel/353584/
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