箒に並ぶように飛ぶ早苗は、やっぱり初めて飛行している感じではなく、安定した速度で飛行を見せている。
外の世界でも空を飛んでいたのか聞くと、困ったように笑うので外の世界の様子はあんまり話したくないのかもしれない。
少し強引に話題を変えて、私は幻想郷のことを話して聞かせていた。
「早苗が住んでいる山にもすっごい速い天狗もいるんだ。あと、河童たちは多分外の世界に負けないくらい科学が進んでいて、この前なんか目の前で透明になったりしてた! あと神様っていうなら、妖怪の山には神様がいっぱいいるぜ! 今は秋の豊穣と紅葉の神様とか。えーと、ヤオヨロズの神って言って、何にでも神様はいるんだけど……って、そこは早苗の方が詳しいのかな」
「いえ、幻想郷のこともっと知りたいので、ぜひ教えてください!」
「あ、そう? あのな、自然には神様が宿っていてな……」
早苗はとても聞き上手で、こちらの話をニコニコと笑みを浮かべながら程よい相槌と質問で、するすると話を引き出してくる。
多少ぎこちなかった出発の頃と比べて、すっかり私たちは打ち解けて妖怪の山に向かっていた。
「マリシャさんはお知り合いが多いのですね」
「多い……のかなぁ。だけど人間の友達は少ないから、早苗とか霊夢は貴重だな!」
「そうですか! それは、嬉しいですねぇ」
ニコニコと楽しそうに笑ってくれる早苗にこちらも気分よく話をしながら箒を飛ばす。
「って、私ばっかり話をしているな。その、良かったら早苗の事も教えてほしいんだけど」
「わたしのことですか?」
「うん。話したくないことは話さなくていいからさ」
「……そうですね、私は守矢神社で風祝をしていて、外では学生でした。つい先日幻想郷に来て」
「あー」
原作でそのあたりのことはなんとなーく覚えている。どうせなら、とつい踏み込んで話を聞いてみたくなってしまうのは、こうして話ができるからだ。
「早苗、食べ物とかは何が好き?」
「食べ物ですか?」
「そうそう! 人間の里ではお芋買ってたけど、お芋は好き?」
3つも食べるって、すごいと思う。
この細いお腹のどこに入っているんだろう。
隣で一緒に飛んでいる早苗のひらひらと風に遊ぶ服の、お腹の部分を見る。
「秋だからな。美味しいものいっぱいあるよな」
「そうですね、お芋は、好きです。というか、嫌いなものがあんまりなくて……」
「えー、すごい! 私は唐辛子とか苦手だなー」
「唐辛子……。辛い物が苦手なんですか?」
「うん、だって痛いじゃん」
「痛いですか? ふふ、辛みの奥にある旨味を知らないんですね、おこちゃま舌……」
「な、なんだよ馬鹿にするなー!」
「い、いえそんな!」
くすくすと口に手を当てて笑う早苗が、こちらを揶揄ってくるのに大げさに不機嫌な顔をする。
慌てる早苗がおかしくて、片手で笑みを作る口元を隠す。
「ひどいぜ、誰にだって苦手なものはあるのに!」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、笑ってしまって……」
「じゃあ、早苗も苦手なものを教えてほしいな」
「苦手……。食べ物に苦手なものって、本当になくて」
「好きなものは?」
「好きなもの……」
全然難しい質問じゃないと思うんだけど、考え込んでしまう早苗がなんだかおかしい。
真剣に考え込んで、難しそうに眉根を寄せて考えているのが好きな食べ物のことだなんて。
「甘いものとか、ですかね」
「あはは! なんでそんなに真剣に考えているんだよ! おかしいの!」
「お、おかしいですか? そういうマリシャさんは、なにが好きなんですか?」
「私?」
言われて、色々なものを思いつく限りたくさん伝える。
「魔法の森に住んでいる以上キノコは好きだ! あとパンよりはお米が好きだな。けど、紅魔館で咲夜が焼いてくれるやつは匂いも良くてすごい好き! 川魚も癖が強いのは苦手だけど、鮎とか岩魚はたくさん食べたいぜ! 河童のにとりが魚とり名人で、きゅうりと交換してくれるからいつもお腹いっぱい食べられるんだ。お肉はそんなに食べないけど、みすちー、あ、夜雀の妖怪が作ってくれる焼き鳥とかは美味しいって思うから好きだな。でもみすちーは、やっぱり八目鰻だな! 丁寧に骨が取ってあって皮がサクサクなのに身がふわふわして美味しい! お肉よりは野菜が好きなのかなー、アリスが作ってくれる素揚げの茄子とか、じゅわーってしてカリカリで美味しい! 霊夢が作ってくれる煮物も好きだな。里芋と人参、さやえんどうが入っているやつ! 今の季節だと穣子が、あ! 秋の豊穣の神様な。お芋とか栗とか、たくさん収穫の手伝いをさせてくれるんだけど、凄い甘いからきっと早苗も好きになると思うぜ!」
「た、たくさん好きなものがあるんですね」
「うん! 早苗もそんなに真剣に悩まなくていいと思うぜ」
別に難しいことを聞いているんじゃないんだからな。
だけど言葉にするのが恥ずかしいって思ったり、なんとなくの感じを伝えるのが難しく感じるのって凄くわかる。
「悩むほどたくさん好きなものがあるんだろ、わかるなー!」
「そう、ですね」
「やっぱりそうだよなぁ。特に食べ物だと秋は本当に、美味しいものが多いしな。あ、柿とかも! 慧音先生が干し柿を交換してくれるんだけど自分で作るのより美味しいんだ」
わかるわかる。
深くうなずいて肯定すると、早苗がぽつりと言葉を零す。
「……食べ物じゃないですけど、私は神様が好きですね」
「おお! これから会う神様か?」
「ええ。とても優しくて厳しい神様なんです」
親のような神様。早苗のことを思い出してから、当然『東方風神録』の神様たちのことも思い出している。
嬉しそうに笑う早苗が、仲の良さそうなそんな様子がとても嬉しい。
「私も会うのが楽しみだなー!」
「きっと、神奈子様も楽しみにしていますよ」
「そうだといいんだけど。あ、ほら噂をしていたら幻想郷にいる神様がいるぜ!」
まだ妖怪の山には遠い平野部。ふと視線を外した先に掘り返された土が黒々とした畑の中心で、向こうもこちらに気が付いたのか大きく手を振っている。
それは件の豊穣の女神で、紅葉に似た色の衣服は遠目からでもわかりやすい。
「すこし寄り道しよう!」
*
「穣子ー!」
「穣子“様”ね!?」
「あはは!」
「笑うなー!」
大声で呼びかけると大声で呼び返してくれている。
とても親近感のある実りの神様が、手を大きく振ってこちらを見上げた。
「静葉様はー?」
「さぁ、そこら辺でまた紅葉を作ってるんじゃない? ……まって、姉さんにだけ“様”付けした?」
「早苗、紹介するぜ! さっき話してた豊穣の神様、秋穣子様だ!」
「あ、そうよー! もう、やればできるじゃない!」
「あはは! こんにちは穣子様。私は東風谷早苗といいます、最近こちらに来ました!」
穣子も浮かび上がり、こちらに近づいて来るのを見ながら早苗がぺこりと頭を下げた。
「あなたが山に来た神社の子なのね! やだー、あんなに立派な社があるからさぞ名のある神だと思ったのに、人間じゃない!」
「どうも。私は風祝なので主神ではないのですが……」
「えぇ、じゃあこんなところで何してるの? 天狗たちが騒いでたけど」
「だから山に入れなかったのかー。今日はお芋運べなくてごめんなー」
「それは仕方ないわ。だけど収穫の時期、実りは待ってくれないからね!」
ふんっと力こぶを見せて、土に塗れたその手を誇らしげに掲げている。
農作業には向かないだろう黒いロングスカートに黄色い長袖をダボダボと余らせている。上から付けた秋色のゆったりとしたエプロンには、ひらひらと風に遊ぶ軽やかな裾の部分に稲穂の刺繍。
頭にかぶった帽子には本物なのか飾りなのか、葡萄を実らせている。首元にリボンのように結んだ紐がお人形さんのような可愛らしさだ。
稲穂を連想させる見事な金の髪を首元までで短く切り揃えられている。夕暮れを思わせる赤い瞳が楽し気にきらきらだ。
秋姉妹の妹の方、秋穣子がいた。
豊穣の神という大仰な肩書。だけど穣子は自身も畑仕事をして、それを人里に卸す農家のような神様だ。
文が『神様もしている焼き芋屋』と言っていたが、あながち的外れでもないと思ってしまう。
「もう夕方になるし、あんまり遅くまで頑張り過ぎるなよー?」
秋は陽が落ちるのも早く、もう陽が傾いてきているのだ。
さすがに神様も夜通し芋掘りはしないだろうけど、夜目の利かない人間には辛い時間だ。
「もちろん今日はこれでおしまいにしようとしていたの。丁度いいわ、いくつか分けてあげる!」
「え、そんな! 悪いですよ!」
「ありがとうな穣子ー!」
咄嗟に断ろうとする早苗と私の声が重なり、穣子がくすくすと笑う。
「ふふ。この子位素直に受け取ってくれた方が私も嬉しい!」
「そ、そうなのですか……。では、ありがたくいただきます」
「遠慮することないぜ、またお礼は別の形で返せばいいんだから」
「そうそう、私への信仰という形でね!」
まだ慣れていないのだろう早苗が、小さくお礼を言うのがなんだか小さい子みたいで可愛らしい。
満足そうに2回頷いた穣子が「こっちこっち!」と収穫物の積んである場所まで案内するように先導して飛ぶ。
私達はそのあとを付いていき、いくつかの籠に満載された芋や栗を自慢げに紹介された。
「そういえば、信仰ってどういうものなんだ?」
ふと気になったのは先ほどの穣子の発言や今回の出来事に関わるだろう事だ。
普段から聞いていたがいまいち概念的な理解をしていないなと気が付き、丁度詳しそうなのがいるので早苗に話を振ってみる。
「信仰とは神仏を尊び信じ奉ること。つまり神様を信頼して心を寄せることですね」
早苗がなんだか言い慣れた様子で、多分かみ砕いた表現で簡単に説明する。
しかし悲しいかな、私にはそれがなんで神様にとって必要なのかがいまいち理解できない。
「魔理沙、あなたそんなことも知らないで信仰していたの?」
「信仰するっていうのも変な言い方だと思っちゃうんだけど、私って穣子の事信仰しているの?」
「そりゃそうよ! 人間の里にいる人間で農を生業にするものや作物の実りを受けるものは、私の子よ!」
「ああ、だから母とか言っているのか……」
人間の里の守護者が慧音先生だとしたら、穣子様は母だと自称している。
「豊穣が私の権能だから、恩恵を受けている人間はつまり私の子供!」
だから母に甘えなさい! と家出した当初に出会った穣子が、胸を叩いて話していたことを思い出す。
いまでこそたくさんの妖怪たちと関わり、アルバイトで生計を立てているけれど、最初の頃は本当にお世話になったものだ。
秋以外はシオシオになっている癖に、偶に大物っぽい事を言い出すから面白い。
「それで、なんで神様には信仰が必要なの?」
「それは神霊の成り立ちから説明する必要があるのですけど……」
「長くなるんだったら道中で聞くことにするぜ」
「簡単よ。人間に水と空気が必要なように、私達にはそれが必要だからってだけ」
籠一杯の芋から、すこしだけ小さめの竹籠に芋と栗、カボチャなんかを詰めながら穣子がこちらにそれを持たせてくる。
「だから素直に受け取って、ちゃんと美味しいって思ってまた私を信仰しなさいね」
「それで信仰になるの?」
「そうよー。私は寛大な神様なんだから」
柔らかな雰囲気の神様が、頬に土を付けたまま満面の笑みを浮かべる。
満足げなその様子に、なるほど神様って寛大なんだなあと以前から知っていたけど、改めて深く感動する。
「そういえば今日は里で焼き芋を食べて来たぜ」
「なにー! なんで私の焼き芋を食べる前に人様の焼き芋を食べているの!」
「えぇ、全然寛大じゃないじゃん……」
早苗の方からくすくすと笑い声が聞こえ、穣子と一緒にそちらを見るとおかしそうに早苗がお腹を抱えて笑っている。
なにがそんなに面白いのか不思議に思い、思わず穣子と顔を見合わせてしまった。
少しすると落ち着いた早苗が、こちらに謝罪しながらやっぱり笑い顔だ。
「どうせだったら静葉のことも紹介したかったなぁ」
「山に行く途中でその辺に落ちているんじゃない?」
「姉をそんなぞんざいに扱わないで」
声は大きな籠の陰になっている部分から聞こえた。
そちらを覗き込むと、穣子にそっくりな少女が地面に転がる様に寝ころび、こちらの声が聞こえたのか、うっすらと目を開ける。
穣子と同じ色の髪と、穣子とは違う金色の瞳。
帽子は着けておらず、髪飾りなのか本当に生えているのか、楓の葉が3枚。
妹と比べて少しほっそりとした肢体に赤い上着、特徴的な落ち葉型の裾をしたロングスカートが、ふわりと地面に広がっている。グラデーションで足元に掛けて色が赤から黄色に変わっているのがオシャレさんだ。
「姉さん、いつの間に!」
「最初からいたけど、なんだかタイミングなくしちゃって」
立ち上がり、スカートに付いた土を払う静葉。
眠たそうに、半開きになった目の端にあくびをかみ殺しているのか、涙がにじんでいる。
「丁度いいや。早苗、こちらが穣子の姉の静葉。紅葉と落ち葉の神様だぜ」
「紅葉の神……。えっと、それはどういう神様なんですか?」
「え、そりゃあ葉っぱが今色づいているだろ? その神様だけど」
「ええ……?」
早苗がなんだか驚き困惑を顔に浮かべる。
なんだろう、なにか変なことを言っただろうか。
「なんだか懐かしい反応……。あなたは幻想郷に来たばかりね」
「え、はい! そ、そうです! 東風谷早苗と申します、お山に神社ごと引っ越してきました」
「ああ、あの大きなお社の……」
静葉はなにか理解していそうだけど、なんでそれだけで早苗が外から来たばかりだってわかるのだろう。
「ここ幻想郷では私が山や里の紅葉を塗っているの。そういうものだと思ってもらえればいいわ」
「は、はぁ……」
いまいち納得していない様子の早苗が「塗っている?」と困惑している様子だ。
「色付くすべてが私の権能。一年で最も美しく尊大な景色を作り出す神ね」
*
「こんなにたくさん貰ってしまって、良かったんですかね」
「穣子も言っていたし、美味しくいただこうぜ」
あの後、静葉が「紅葉こそ秋の醍醐味」という発言に「いや実りが秋の本質」と言い返す穣子と姉妹喧嘩に発展したので、私たちは暗くなる前にふたりを放っておいて再び神社に向かっていた。
「……色々な神様が、いるのですね」
竹かごを抱えながら、深く感じ入ったように早苗が呟く。
その声には隠しきれない興味が溢れていて、周囲を見回す目はさっきより随分きらきらしていた。
「外の世界には……」
言いかけて早苗が言葉を飲み込んだ。
ちらりとその横顔を伺うと、最初に外の話を聞いたような顔ではない。
「幻想郷は楽しい所ですね」
「そうだろー?」
秋風を受けながら、澄んだ空気を目いっぱい吸い込む。
「楽しいだけじゃないんだけどなー」
「えぇ? そんなー。せっかく楽しいのに、そういう事を言います?」
くすくすと笑い声を零す早苗にこちらも嬉しくなってしまう。
「楽しいだけじゃないけど、早苗も絶対好きになると思う! 神様だけじゃなくて妖怪もいるし、お化けだっているんだから!」
「楽しみです!」
箒と並んで飛ぶ早苗が、くるりと空中で回りながら周囲を見ている。
「目に映るすべて、見覚えのあるような気がするのに新鮮です」
「さっそく好きになってきたんだなー! なんか私も嬉しいぜ!」
「ふふふ! なんででしょう、マリシャさんと一緒だからかもしれませんね!」
「……ふぅん」
楽しんでくれている様子に私まで嬉しくなって笑顔を浮かべていたが、恥ずかしいことを臆面もなく言うものだからこちらが照れてしまう。
私が顔を隠すように帽子を被り直すと、早苗がまた笑った。
霊夢が守矢神社を襲撃する前日のことであったそうな。