だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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閑話2 おともだちの魔法使い

「……色々な神様が、いるのですね」

 

 それは本心から漏れた言葉だった。

 

 豊穣の神様、秋穣子様。

 紅葉と落ち葉の神様、秋静葉様。

 

 どこにだって神様が宿るというのが昔ながらの美しい情緒、それを当たり前に信じている目の前の魔法使いをより面白く、おかしく感じる。

 

 ――私って穣子の事信仰しているの?

 ――そりゃそうよ! 人間の里にいる人間で農を生業にするものや作物の実りを受けるものは、私の子よ!

 

 先ほどのやり取りを思い出し、神と人が近い距離で遠慮しないやりとりをすることに改めて、ここが別の世界なのだという実感が湧く。

 自然体でありながら言葉にする必要がないほど『神様を無邪気に信じ、心を寄せる』マリシャさんの信仰心の高さが羨ましい。

 

 こんな人間がいるのだ。なんてすばらしい世界。

 

「外の世界には……」

 

 追いやられた神々、妖怪たちの楽園。

 その言葉の意味が、字面以上に実感できる。

 

 不在の証明をされた現象たちは既に居場所を失った。

 神様だってそのひとつで、科学信仰とも呼べるほど自然現象は管理されている。

 そう、その信仰心の無さに外では苛立ちさえ覚えていたはずなのに。

 

 『紅葉にも神様がいる』と言われても『紅葉は自然現象で、そこに神様というのは』と自身の考えがやはり幻想郷の外のものであるのだと、強く実感した。

 

 ――もう私たちに居場所はない。

 諏訪子様が寂しそうに、現代の世界を見ながら呟いた言葉を思い出す。

 

 言葉を飲み込むと、マリシャさんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 慌てて暗い考えを追いやり、安心させるように笑顔を作った。

 

「幻想郷は楽しい所ですね」

「そうだろー?」

 

 こちらの考えなんて少しも察していないのだろう、能天気にも思える、擬音をつけるならニコーっとした笑みを浮かべながら呑気に空を見上げ、マリシャさんは箒の上でぶらぶらと足を揺らした。

 

「楽しいだけじゃないんだけどなー」

 

 揶揄うような調子で、続きを聞いてほしそうにチラチラとこちらを伺う様子が、小さい子供が構ってほしそうにしているみたいで可愛らしい。

 

「えぇ? そんなー。せっかく楽しいのに、そういう事言います?」

 

 なんだか笑いが込み上げてきて、くすくすと零れる笑みでマリシャさんをみると、満足そうに頷いて本当に楽しそうな様子。

 

 「楽しいだけじゃないけど、早苗も絶対好きになると思う! 神様だけじゃなくて妖怪もいるし、お化けだっているんだから!」

 

 箒から両手を離し、世界の大きさを体中で示すようにわーっと広げながらマリシャさん。

 この世界で生きる人間の中でも、きっとこんな人間はいないだろうと思う。

 だって、この人は当たり前をこんなに愛している。

 

「楽しみです!」

 

 それは本心から漏れた言葉だった。

 

「目に映るすべて、見覚えのあるような気がするのに新鮮です」

 

 原風景というのだろうか。

 この国に生きている人間が『故郷』とか『田舎』とか、そういう郷愁を覚える言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶような風景を眼下に見下ろしながら思いつくまま言葉にする。

 

 遠くに見える水田は秋の実りを迎え黄金色。

 色付く山々は自然のグラデーションを作り出し、静葉様が言う一年で最も美しく荘厳な景色。

 

「さっそく好きになってきたんだなー! なんか私も嬉しいぜ!」

 

 マリシャさんは鼻の下をこすりながら、まるで自分が褒められているようにテレテレと笑顔を浮かべている。

 

「ふふふ! なんででしょう、マリシャさんと一緒だからかもしれませんね!」

 

 なんだか軟派な言葉だったが、つい言葉にしてしまった。

 言葉にしてから、おっとこれは何だか軽薄だったかもしれない、なんて反省しつつマリシャさんの様子を伺う。

 

「……ふぅん」

 

 さっきまでの自慢げな姿が一転して、帽子で赤くなった顔を隠す様子。

 言葉にできない衝動に胸の奥がきゅんっと音を立てて締め付け、不可解なそれに背筋を震わせた。

 

 *

 

「早苗ってすごいんだなー」

「ええ? なんですか、マリシャさん」

 

 夕暮れの赤が西の空を染め、東からは夜の暗闇が既に頭上まで空を染めているような黄昏の時刻。

 

「びっくりしたぜ、なんでも出来そうだ!」

 

 厄神の雛様との出会いを経て、なんだかマリシャさんから尊敬のまなざしで見られている気がする。

 

 厄と総称していたが、あの黒いモヤモヤ。

 人間の里に溜まるという不運や不幸の象徴、ということだったが。

 流し雛の神様だろう鍵山雛様は、その『人形供養』を行う神様なのだった。

 

 マリシャさんは千切れたブーツを脱いで、白い靴下を晒しながらぶらぶらと足を揺らしている。

 ブーツは箒の先端に靴ひもで吊るして風に遊ばせている。

 

 むず痒いその手放しの賞賛に『現人神だ。奇跡の再臨だ』と奉られていた時とは違う昂りと、実際になんだか体の調子が良くなっていることも感じ、羞恥に顔が赤くなる。

 

「い、いえそんな……。これは、神様たちのお力を借りているだけで」

 

 実際、私が起こす奇跡は神様の力を借りて起こすもの。

 私自身の能力ではない。それが同一視されていることはあるけれど、個人の努力なんて奇跡の力に比べれば微々たるもの。

 事実、雛様の不運や不幸なんてただの人間である筈の私にはなんの効力もないものだった。

 

「本当に借りているとしてもだよ」

 

 にっと気持ちの良い笑みを浮かべながら、本当に嬉しそうにマリシャさんは続けていく。

 

「借りることが出来るようになるまでと、今はそれを自然に使いこなしているのが凄いと思うけどなー」

 

 私の内面を見透かすように、その努力の過程を褒めるようなマリシャさんの言葉にむず痒さを感じる。

 はじめて神様が見えた時の事や、私に才能があると褒めてくれたお二柱(ふたり)を思い浮かべ、こほんとひとつ咳払い。

 

 遠くを見るような目で、紅葉の山を見ながらマリシャさんは続けていく。

 

「私は走り出すのが遅かったからなー」

 

 後悔しているような物言い。

 ただしその表情は明るく、少しも後悔している様子はない。

 それが何を指しているのかはわからなかったけれど、マリシャさんには似合わないセリフだな、と思った。

 

「私は、普通の人間ですよ」

 

 なんだか距離を置かれた気になってしまい、思わず出た言葉がそれだった。

 それは私が普段から思っている事で、周囲から孤立する私が最後まで零すことのできなかった言葉だった。

 気が付けばひとりぼっちにされてしまった私が、最後まで零すことのできなかった本音だった。

 

「いーや!」

 

 大きな否定の言葉に、思わず身を固くする。

 否定の言葉は痛いのだ。ここまで心を開いた相手からの言葉は、私自身受け入れがたいものだ。

 

「努力家の人間だね!」

 

 必死に作り上げた心の防壁を、この人はそんな言葉で容易く溶かしてまた心の芯にじんわりと優しさを届けてくる。

 

「……っ! ふふ!」

 

 覚悟していた否定の言葉はなく、備えていたのが馬鹿らしく思えてくるような。

 私があくまで傍に居る存在であるような、それを信じてやまないような。

 私に大きな力なんてないような、普通の子供であるような。

 

「……じゃあ、そうかもしれません」

 

 マリシャさんのすぐ傍にいる、ただの人間みたいな。

 

 その通りなのに、なんだか涙が浮かぶほど嬉しい言葉だった。

 修行の日々が報われた、外で信仰を集めていた運動は無駄ではなかった。そうして一心に祈り届けた信心が、必要なものだったと感じさせてくれる肯定の言葉。

 私が笑うと、全然、私の内心は解らないだろうにマリシャさんは一緒に笑ってくれる。

 ただ、楽しそうだから。一緒に笑ってくれる。

 そのくらい気軽に、この人は私の傍に居てくれる。

 

 *

 

「待ってください。先ほど、透明になっている時に私たちの会話が聞こえていた、と。そう言っていましたよね?」

 

 声は自分が思っていた以上に冷えたものが出た。

 光学迷彩という超科学を備えた河童の河城にとりさんを相手に、やけにマリシャさんに近い距離で接するその妖怪を相手に、私の心は一瞬で冷え切った。

 

 サラシが千切れた話は、鳥居をくぐる前に恥ずかしそうに頬を染めたマリシャさんから聞いていた。

 透明になって気配まで消していたというカッパさんは、それを聞いていたはずではないだろうか。

 マリシャさんと同じくらい、いや、より小柄なその体がびくっと震える。

 

「怖いって! ずっと聞いていたわけじゃないし、さっきまで引き返そうかと距離を離してたんだよ!」

「……本当でしょうか?」

 

 疑いが晴れないのは、無遠慮に体をまさぐった手つきがやけにイヤらしいものに見えたからだ。

 自分の色眼鏡もあるのだろうが、そもそも姿を隠しながら近づくってどうなの?

 

「ほ、本当さ! きゅうりを賭けたっていい! そ、そうだこの迷彩スーツも賭けたって良い!」

「……本当みたいですね」

 

 必死な様子に嘘をついている時みたいな自己愛を感じず、一旦自身の荒ぶる霊力を落ち着けていく。

 なんでこんなに荒れてしまったのだろうか。

 

 今までよりも力を出しやすい環境だからというのもあるが、我慢の限界も同時に短くなっているように感じる。

 

「すみません。マリシャさんがいい様に騙されてセクハラを受けていたのかと疑ってしまって」

 

 言葉にしながら、ああマリシャさんに対して悪の手が迫ることを良しとしない自分の心が頑張り過ぎたのかと分析もする。

 

「ひゅい、そんなことしてたら天狗に捕まっちまうよ。私も無遠慮だったし、本当に悪かったね、魔理沙」

「あ、うん」

 

 にとりさんが慌ててマリシャさんに謝罪し、マリシャさんもそれを受け入れる。

 本人が許しているのに、外野の私が勝手に荒ぶるのは話が違うだろうと心を落ち着けていく。

 天狗さんは、どうやら警察みたいな組織でもあるのだと覚える。取り締まってくれるの機関もあるのか、それは良かった。

 

「それで、結局それはなんなの?」

「あ、えっと。サラシが千切れて服の中でゴワゴワになっちゃってるんだ」

 

 そう、それよりもサラシだ。

 にとりさんが気になっているように、マリシャさんに尋ねていく。

 

「へー、そうなのか。……え、じゃあさっき少し触ったあの柔らかいのって」

 

 柔らかいの?

 

「そ、それは知らない! 布の塊の部分だろ!」

 

 一瞬頭が沸騰しそうになったが、マリシャさんの言葉に現実感を取り戻す。

 

「へ、へぇ。そうだよな、そうそう。うん、そうなのか? え、じゃあ今何も着けてないの?」

「……いや、全部解けている訳じゃないし」

 

 にとりさんが目を丸くしながら、自分で自分を強く叩く。

 かぁんっと金属音が響くほどの大きなものだったが、平然とした様子。

 マリシャさんが『えぇ!?』と驚き声をあげていると、少し顔を赤くしたにとりさんがじっと熱の籠った目でマリシャさんを見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「せ、責任は取るよ……?」

「なんのだよ!」

 

 マリシャさんが突っ込むように大声を出さなければ、貯めた霊力を解き放ってしまうところだった。

 生み出した霊力による弾幕を背後に隠す。

 

 大きくひとつ咳払いし、おふたりの視線を集める。

 

「その、下着の問題もありますし、早く家に行きましょう」

「下着っていうとなんか……」

「さ、サラシの問題!」

 

 *

 

 スポブラって良い。

 なんだか浮かんでくる煩悩をふんふんっと頭を振って追い出していく。

 

 諏訪子様は幻想郷に入ってからも、お姿を現すことがなかった。

 神奈子様曰く、ただ寝ているだけなので心配はいらないとのことだ。

 

 しかし、幻想郷に来てからもすぐには姿を現さず諏訪子様は眠り続けている。

 

 ――祟り神としての畏れ、そして神としての信仰。

 

 それらを取り戻さないと、諏訪子様は目を覚まさないらしい。

 それは簡単なことでないと、よくわかっていた。

 

 恩恵を受けることで集め荒れる信仰と、畏怖されること。

 

 一目でわかるマリシャさんほど簡単ではない。

 妖怪のにとりさんに対し、気安い様子で話しかけながら根底に『畏れ』を持ち、畏怖を忘れない心。

 神様の穣子様に対し、信仰心を寄せていると気が付かない程に自然に信心を寄せ『畏れ』ている様子。

 

 栗のイガを取り、ぽちゃんぽちゃんと水の張っている釜に放り込みながら先を夢想する。

 諏訪子様を知らないだろうに、話だけでその存在を畏れていく様子。その存在を欠片も疑わないのは神が身近にいる環境だからだろうか。

 

 信仰は信じられる力。

 それを失った諏訪子様は存在すらも危ぶまれる神。

 

「でも、マリシャさんなら」

 

 まだ信仰の足りない諏訪子様は、きっと暫しの休眠期間が必要なのだ。

 だけど、きっと神奈子様が妖怪たちの信仰を集め、私が人間の里で信仰を集めることでいずれは目を覚ます。

 

 今日初めて出会ったあの魔法使いなら、きっと知らずに信仰の一助になってくれる。

 根拠のない自信だったが、私は不思議な確信をもって手放しにそれを信じることが出来た。

 

 どれだけ時間が掛かろうと、きっと大丈夫。

 幻想郷で初めて会った、自称普通の魔法使いを思い浮かべながらきっと平気だと強く心に思う。

 

「ふぅ」

 

 鍋を火にかけ、お社に向かったマリシャさん。

 

 電気をつけた明るいキッチンからは外が見えない。

 心を落ち着け、シュンシュンと音を立てるガスの音を聞きながら心は拝殿に向かったマリシャさんに向かう。

 

「っ!」

 

 慌ててガスを止め、勝手口に置いてあるスリッパを突っ掛けて外に向かう。

 

 だって、こんなにすぐに起きるとは思わなかったのだ。

 

 懐かしい気配。諏訪子様の気配を拝殿から感じ、私は慌てて外に飛び出した。

 

 呼吸が上がる。

 遠目に、薄暗い先に見える。金の少女がふたり。

 

「す……!」

 

 声は喉につっかえて、上手に外へ出なかった。

 ごくりと固い空気ごと飲み込んで、もっとずっと先にならないと、お会いすることも叶わないと思っていた方に。思い切り声を出して一言にすべて込める。

 

「諏訪子様!」

 

 だって、出き過ぎた話。

 異邦の地に降り立ち、最初に出会った人が。

 

 すべて解決してくれるような、童話の魔法使いみたいな、そんな存在だなんて。




書き貯めは0なので二回行動は稀ですが、
これは別視点の焼き直しみたいなものなので1.5回くらいの行動なのです
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