ゲコゲコと蛙の鳴き声が窓から部屋に入ってくる。神社の中に池とかもあるんだろうか。
さっきまでは鳥の声もないくらい静かだったから、秋の夜らしい賑やかで風情を感じる夜だ。
私たちは早苗が準備するお夕飯を待つため、台所に向かった早苗を見送ってから居間で寛いでいた。
照明を弄るのに飽きたのか、にとりも大人しく座って一緒に待っている。
「へえ、妖怪の山っていうのは色んな妖怪たちがいるんだねぇ」
「あ、あぁ……。あなたは神様なんだ……なんですね」
大きな円いちゃぶ台に座布団がいくつか。
諏訪子とにとりは私を挟むようにしてそれぞれ座っている。
私の陰で隠れるようにしながらにとりと諏訪子は自己紹介を済ませ、にとりがちらちらとこちらを伺いながら助け舟を求めてきた。
にとりは人見知りだからな。ここは私が助け舟を出して、今後のご近所付き合いを円滑にしてあげないと。
「にとりは発明家なんだ。外から来たこの家の事も興味があってさ!」
「へえ、発明家? 科学はよくわからないけど、神奈子の奴と話が合いそうね」
その神奈子様はまだ家に戻っていない。
もう戻って来ているそうだから、準備しているうちに着くだろうと早苗は言っていた。
「魔法使いと妖怪なんておかしな組み合わせ。あなた達みたいに面白いのは外ではなかなか見ないから、幻想郷に来たって実感できて嬉しいわ」
「わ、私は、その。天狗達と違ってあまり話が得意じゃないんだ、っですけどぉ」
「ああ全然、気にしないで。そういうのはどうせ神奈子が済ませているし、私は興味ないから」
「あぁ、それは助かる。たすかります」
「言葉遣いも気にしないでほしいわ! 魔理沙にするみたいに、普通にしてくれていいから」
「よかった。どうも敬語は苦手でさ」
ほっと息を吐きながら、しかし引きつった笑みでにとりは変わらずチラチラとこちらを見ている。
対して諏訪子はケラケラと笑い、その姿は普通の少女みたいだ。
無遠慮にじーっと見つめてしまい、視線を訝しんだ諏訪子と目が合った。
「あ、ごめんジロジロと」
「構わないわ。なにか気になる?」
「いや、外の神様ってどこか違うのかなって思って」
相変わらず帽子を被っていないから違和感があるけど、早苗よりもすこしだけ幼い見た目、古めかしい意匠の和装はなんとなーく見覚えがある気はしている。
私が記憶している曖昧な『原作知識』はあくまで平面でとらえているものだ。なのでいざ目の前にすると、結構気が付かないこともあった。
特に弾幕ごっこは顕著で、俯瞰してみることのできるゲームと違って見えない場所からも殺到する弾幕は未だに慣れない。
なので、諏訪子の姿に違和感があった。いや、服装とか見た目に違和感はないんだけど。
記憶ではもっと、こう。なんというか。
「なんか、大人っぽくない……?」
「そう?」
勝手にチルノくらいの大きさだと思っていた。
あーうーとか言うし、言動が幼いからだろうか。
「お、おい魔理沙。滅多なこと言うなよ?」
にとりがなんだか引きつった顔で袖を引いてくる。
最初に見た時から、にとりはやけに諏訪子の事を怖がっているのだった。
祟り神だからなのか、それとも単純に人見知りしているのかはよくわからない。
「大人っぽいかなぁ。これでも早苗と同じくらいか、あなた達くらいのつもりなんだけど」
言いながら両手をグーパーして、感触を確かめるようにしている諏訪子。
その言い方的に、見た目の年齢は自由自在なのだろうか。
「こうして大人になることも可能よ」
言いながらすらっとした長身の美女に姿が変わっている。目を離していなかったのに一瞬で姿が変わるのは、錯視画像を見ているみたいだ。
「え、じゃあ子供の姿にも?」
「もちろんよ!」
また瞬時にその姿が今度は幼女に変わっている。
私よりも小さな体格で座っている様子、赤い頬が愛らしい。
「すっごい! やっぱり神様なんだな!」
言いながら頭に手を伸ばし、ふわふわの髪を撫でてみる。
気持ちよさそうに目を細めて手にすり寄る姿は猫みたい。すっかり子供の姿だ。
先ほどまで感じていたような威圧感もなく、どこか緊張していた体から力が抜けてほっと息を吐く。
「あなたはあまり威圧感のない姿が良いのかしら?」
上目遣いに諏訪子がこちらを伺い、私は頭から手を離しながら気まずくなって目を逸らした。
まさか記憶している『原作』より大人っぽくてちょっと怖いだなんて言えるはずもない。
「さっきみたいに大人の姿よりは、親しみやすくて良いなー」
「ふーん。まあ信者を失うわけにいかないし、良いわ。聞き入れましょう」
「……私って諏訪子の信者なの?」
目を丸くする私に、諏訪子曰く。
「信者として信仰心はもちろんだけど、贄も差し出しているじゃない」
「え、贄ってあのお芋?」
「そーよ! 神奈子が不在にしているのだから私に対してのものでしょう? うっすらと神気もあり、きっと由緒正しいものなのでしょう」
どうも、そういう事らしい。
まさか焼き芋屋さん兼神様から貰ったおすそ分けだなんて思っていないんだろうなぁ。
「また信仰心かぁ。こんな口調なのに敬っているとか、信仰されているとか思ってもらえるものなのか」
「元々敬語が無い時代から神様をやっているんだから気にしないわ。信仰は心の在り方。生まれたての赤子みたいに、目に見えなくても耳で聞こえなくても、信心は生まれるものよ」
「ふーん、そういうものなのか」
じゃあつまり、口調は関係ないからこれからも別に改める必要はないんだな。
あれ、じゃあ映姫様はなんで敬語に拘るんだろう。
「私も諏訪子様の言っている事、すこし理解できるなぁ」
にとりが相変わらず私の陰に隠れながら、諏訪子に同調する。
「妖怪に対する畏れも人間から生まれるものだから、信仰とは違うんだろうけど。魔理沙は生まれたての赤子みたいに心がドバドバ溢れているよね」
「あ、赤子……!」
なんだか馬鹿にされている気分でむっとしながら、にとりの袖を抗議するように掴むと、面倒くさそうにフルフルと袖を振られてしまった。
「幻想郷の人間はみんなこうなの?」
「いーや、人間の里にこういうのはいないよ。魔理沙はとびっきりだとおもうね」
「ひどい言い草だな! 誰が赤子のような考えなしだ!」
*
なんだかにとりと諏訪子が私の悪口で盛り上がり始めたので、ふたりを置いて私は台所の早苗のもとへ向かうことにした。
長寿の妖怪たちに比べたら、そりゃあ子供位の年齢だろうけど。それで揶揄われるのはたまったものじゃないぜ。
「早苗ー、なにかお手伝い……」
無遠慮にガラリと扉を開くと、びくっと跳ねる肩。その目は赤く、袖で涙を拭っているように見えた。
私も驚き、続く言葉を飲み込んでしまう。
「さ、早苗!?」
「え……あ、マリシャ……魔理沙さん」
目に涙を浮かべながら、驚いた表情の早苗。
玉ねぎを切っていて泣いていた、みたいな感じではない。
握りしめられたあとなのか、ハンカチがグショグショになって傍に置かれていて、本人は慌てて隠すように目元を手で覆う。
「どうしたんだ? ど、どこか痛いのか?」
「い……え、大丈夫です! その、ごめんなさい、ふ……っ」
言いながらまだ嗚咽が止まない。
すっかり慌ててしまい、後ろを向いてその姿を視界から遠ざける。
「す、諏訪子を呼んでくる!」
「ま、待ってください! 大丈夫ですから……っ!」
居間に戻ろうとした私のシャツが後ろから掴まれ、振り払えず立ち止まってしまう。
足を止め、そのまま静かに台所の扉を閉めた。
「大丈夫……? 具合が悪い? どこか痛い?」
「だ、大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしました」
意を決して振り返ると、やはり泣いているのは見間違いではなかった。変わらず目を真っ赤にした早苗が困ったように眉を下げながら、止まらないのかポロポロと涙を流して俯いている。
疲れとか苦労とか、そういう色々が滲みだして溢れてしまった。そういう風に私には見えた。
エプロンのポケットからハンカチを取り出し、早苗の顔を拭きながら台所の椅子に座らせることにする。
「……どうしたんだ?」
嗚咽が落ち着くまで背を撫でてやり、息が落ち着くまでじっと待つ。
しばらくは私の胸元に頭を預けていたが、やがてぽつりぽつりと独り言みたいに少しずつ言葉を漏らし始めた。
早苗は諏訪子にはもう、生きている間に会えないと思っていたらしい。
幻想郷に来る前は信仰が薄れ、必死に信心を集めるため同年代の子供たちに笑われながらも信者を集めるために必死だったこと。
そんな端的に話せないような、長い、長い苦労。
そして幻想郷に来て、すぐに叶った色々な事。
友達が欲しかった。
また諏訪子に会いたかった。
普通の子供たちと遊べなかった。
人に見えないものが見えて不気味に思われた。
神様から褒められることで自信をつけていった事。
神様が消えてしまうと、自分にはなにもないと思った日の事。
「大変だったな」
端的に、嗚咽交じりに吐き出した言葉はとても重い。
今日会ったばかりの私に吐き出してしまうくらい、きっとギリギリまで溢れずに早苗の中にあった重たい感情だ。
「早苗はすごいよ」
ひとりっきりで悩みを抱えてしまうのは、私にもわかる。
でも幻想郷では悩みを聞いてくれる友達がいるし、なんだかんだ手を貸してくれるお節介な神妖がいる。
「怖くても、苦しくても。でも、頑張ってたんだな」
背を撫でる手を止め、胸元にある頭をできるだけ労わりながら抱きしめる。
すこしでもこの子の苦労が報われて欲しくて、力になって欲しくて力を込める。
話を聞いていただけなのに、早苗につられてなのか、なんだか私の目頭も熱い。
「大丈夫だよ。早苗が頑張ったから……。全部、必要なことだったんだぜ」
全部間違いなんかじゃない。
こんなに健気な早苗が報われないなんて嘘だ。
だから諏訪子は目を覚ましたし、こうして幻想郷に来て、これから早苗は霊夢をはじめとした色々な人に会ってもっともっと魅力的になるんだ。
「早苗は偉い、天才! 可愛いし頑張り屋さん! 健気に神職を務める努力家さん!」
「ふふっ! ……なんですか、急に褒め方が雑ですよ」
「良いんだよ、言葉はどうでも良いって神様も言っていたから。心が伝わって欲しくて、思ったまま言葉にしているんだ」
ぎゅーっと力を込めて頭を抱きしめる。
視界が滲むくらい涙が出て、声が震えないよう必死に言葉を紡いでいく。
早苗は外の世界ではどんな人だったんだろう。こんなに優しい子が、どうして友達もいないだろう。
知った気になっていた早苗の事を、もっともっと知りたいと、そう思った。
「外の世界の事は私にはわからないけど」
だから、きっとその心の孤独な部分に寄り添うには、私じゃまだ不足だろうけど。
「だけど、神様もきっと早苗に応えたくて頑張った筈だぜ」
「ああ、その通り!」
びゅうっと台所に風が吹いていく。
ものすごい突風だったのに、周囲のお皿や棚は少しも動かず、ただ私と早苗の暗い表情だけを吹き飛ばして窓の外に風が吹き抜けていく。
呆けたまま、開け放たれた勝手口のドアに顔を向ける。
「諏訪子のことももちろん気にしていたが、早苗の献身を無視できるものか!」
どーんと胸を張り、記憶にあるような偉丈夫。
背に柱や注連縄はないけれど、一目でそれと分かった。それだけの存在感。
「神はすべて見ていたぞ!」
八坂神奈子が、小さな勝手口の扉から姿を現した。
「あーうー。早苗は私の子孫なのに」
「うわぁ。すごいな神様だらけだ……」
諏訪子とにとりの声が、呆れを含みながら台所の入り口からも聞こえる。
*
「文?」
「ま、魔理沙……? あんたなんで」
見覚えのない神社で、会ったのは見知った顔。
見送りに行った神から酒を勧められ、わざわざ出向いた神社。
そこで今日は会えないと諦めていた人間がひょっこりと顔を出し、能天気に袖で顔を拭いながら笑う。
「いやー。まさか文もいるなんて」
嬉しそうに笑うのは良いが、すっかり仕事モードだった頭が混乱する。
だって、この場にいるはずがないのに。
それよりも、なんでその人間の頭を抱いているのか。
「神奈子様、お帰りなさい」
魔理沙に頭を抱かれながら、首だけこちらに向けて緑髪の人間がひらひらと手を振る。
「戻ったよ早苗。諏訪子も起きたんだねぇ」
「おーう神奈子、おはよう」
奥の扉からがらりと引き戸を開けてまた別の神が姿を現し、その傍には河童のにとり。
「あはは、成り行きでこんなことになるとは……」
すーっとにとりの傍に近づき、耳元で情報交換のため小声でやり取りをする。
「おい、なんで魔理沙がここにいるんだ!」
「え? 天狗達が許可したんじゃないのかい?」
「聞いてないぞ!」
「そ、そうは言ってももう帰せないだろう」
「っく! 仕方ない。あまりこの神たちに気に入られないよう、気を配って返してやるか!」
「いや、もう手遅れだと思うね」
「なるほど、霧雨魔理沙という名前なんだな!」
よく通る声で、神奈子様が台所中に響くような声で言う。
舌打ちが出なかったのは日ごろの自制心の賜物だ。
「ふぅん、ならうちの風祝にもらうのはどうかしら?」
「勘弁してくれ、無理だよそんな重たい職」
魔理沙が神奈子様に対して物怖じせず断りを入れ、しかし変わらず頭を抱いている緑髪の人間がぎゅっと腰を抱きながら言う。
「魔理沙さんと一緒に働けるなら嬉しいんですけど」
こ、この巫女(風祝)!
「私は魔法使いだから、ごめんなぁ」
ま、魔理沙ぁ!
「あ、でもバイトで巫女とかなら大丈夫だぜ」
!?
次回 風神録その6「vs神奈子」
***
風神録の次は「緋想天」!
なんとほぼすべてのキャラに出番が用意できるお祭りゲー。
ですが作者の力量不足により表現できるキャラには限りがあります……!
風神録の終わりが見えてきた今、アンケートで『上位』のキャラを次回緋想天で出して話を作ろうかと思います。
(緋想天までのキャラクターですので、一番好きなの! というより、もっとだぜ娘と絡んで欲しい! くらの熱量で意見くだされば嬉しい限り)
地霊殿の話は固まっているので緋想天のお祭り要素だと思ってくれたなーと。
最大限出番を配慮して作りたいのですが力量不足は申し訳ございません。
『天子』『衣玖』『魔理沙』『霊夢』は票に含めません。
※10/13 追記 感想などでの記載が規約違反に当たると教えて頂いたので訂正します!
やはりアンケート機能…20枠で収めるためセット(こいつが出たら、こいつは出るやろ)で考えようかと。
次話投稿した際にアンケート始めますので、ご協力ください!