物心がつくころから、いやその前からずっと。私には人に見えないものが見えていた。
私にとって当たり前のそれらは人には奇妙に映っていたようで、気が付けば人は遠ざかり私の周囲には神様しかいなくなっていた。
神様たちも、最初はどうにか神社の人たちと交流させようとしていたように思う。
不器用な私はその思いに応えることが出来ず、年を重ねる度にどんどん孤独になっていった。
東風谷はお嬢様だから、私たちを見下している。
そういう風に面と向かって言われても、私にどういう反応を期待していたのだろう。
名前も覚えていないあの女生徒は、投げつけた雑巾が宙に浮くのを見て悲鳴を上げて逃げてしまった。
「……早苗ぇ。またいじめられたの?」
「いじめなんて起きていないですよ。今日も無事に学業の務めを果たしましたので、これからは稽古の時間ですね」
「うーん、こんなに意固地になって。早苗の人間嫌いも頑固だねぇ」
諏訪子様が欠伸をひとつしながら学校の話を聞き、うつらうつらと船を漕いで譫言みたいに「頑固者、頑固者」と呟いている。
神奈子様は腕を組み胡坐をかきながら、天を仰いでため息を零した。
「しかし神職の娘に手を出すとは不届き者よな。諏訪子、お前もうすっかり現世では畏れられていないぞ」
「あぁー? いーんだよ、早苗がどうにかしてくれるからさ。なー? 早苗?」
「はい、諏訪子様」
「はーまったく。祟り神が聞いてあきれるねぇ」
神職が力を持っていた時代とは違うのだと、神奈子様は船を漕ぐ諏訪子様の頭をこつんこつんと叩き、諏訪子様は鬱陶しそうにしながらも碌に抵抗せず受け入れる。
近く、神事がある。
毎年行われる祭りで、私も舞を納める。
神々への感謝や人々の声を届けるための神事、近年の状況を憂える中での大一番。
「私がおふたりへの信仰を取り戻してみせますから!」
大いに息巻いて、私は舞の稽古へ向かうのだった。
*
祭りは天気の影響で延期になり、舞は規模を縮小して奉じられることになった。
おふたりは満足そうに見ていたが、年々減る参拝客を見る目は寂し気で、私はまた失敗してしまったのだと自分を責めることになる。
そしてその年の冬ごろから、諏訪子様は眠る時間が増えた。
「神奈子様、諏訪子様は……?」
「ああ、心配いらん。どうせ寝ているだけで、そのうちひょっこり目を覚ますさ」
「……そう、ですよね」
あと何度目を覚ましてくれるのでしょうか。
神奈子様があえて口にしないように思えて、それ以上を私は追及できずにいた。
また刻々と時間は過ぎ、季節は春になる。
意地でも目を覚ますと息巻いていた諏訪子様は、結局入学式の翌日に目を覚まし、新しい制服姿の私を見ると、また満足そうに眠りについた。
私は新しい学校に通い始め、そこで少しでも神社を知ってもらおうと色々なことを行った。
人と積極的に交流するようになり、好かれるよう努力した。部活動なども行い、賞を取るほど打ち込んだ。
学業でも一番を目指し、学科すべてで名前を残す。神社の名前を売るために、私は必死だった。
「早苗。最近疲れていないか?」
「いえ、神奈子様! これくらい、なんともないです!」
「ふぅむ。もし無理をしていると感じたら、無理やりにでも休ませるからな」
「あはは、心配ありがとうございます! だけど、今は楽しいんです!」
少しだけど、世間が神社を取り上げてくれることも多くなった。
私が風祝を務めることで、少しだけ参拝客は増えていった。
*
舞い踊り、おふたりへの感謝と人々の言葉を納める。
「早苗はよく頑張ったね。去年よりもずっと立派にやり遂げているじゃないか」
「ええ! 諏訪子様がお休みの間、いっぱい頑張ったんですから!」
「ああ、早苗は本当に良くやっているよ」
おふたりが微笑み掛けてくれる。
それだけで私の努力が肯定されたように感じ、報われていく。
「ふあ~。さて、また少し眠ろうかね」
諏訪子様が体を伸ばしながらまた欠伸をひとつ。
それに私は、努めて笑顔を作りながら見送りの言葉をおくる。
「おやすみさない、諏訪子様。次はいつお目覚めになりますか?」
「う~ん、そうねぇ」
本当はもう長く眠って欲しくない。
以前みたいに、ずっと一緒にいて欲しい。
だけどそれができないのは、私の力が足りないからだ。
「早苗。少し話が」
神奈子様が声を掛けて来たのは、そんなお見送りの後の事だった。
「はい。なんでしょうか」
「以前に言っていた『幻想郷』の存在を覚えている?」
「……はい」
それは忘れ去られたモノたちの楽園として、神奈子様が神様の集まりで聞いてきた場所の名前だった。
「私は幸い名のある神だ。こうして現世でも姿を保ち権能を振るうことが出来る。だが、諏訪子はもうこの世界には居場所がない」
「わ、私が! 私が諏訪子様の居場所を作ります」
「ああ。私も諏訪子も期待している、本当よ。だけど思ったより信仰心の衰退が早くて、諏訪子には時間が残されていないわ」
それは。
「それは、私の為に諏訪子様が、無理に起きているからでしょうか」
神奈子様は答えなかった。
だけど、その沈黙が何より雄弁に語っていた。
「次に目が覚めた時、私は諏訪子に幻想郷移住の話をするつもり。あいつはどうでも良いと答えるだろうけど、友神を放っておくことなど私にはできない」
私が生まれる前から。いや、途方もなく長い間一緒にいるおふたりだ。
神奈子様は現世の信仰を捨て、新天地で諏訪子様とふたりでやり直そうとしている。
諏訪子様のために現世を捨ててしまっても良いと、覚悟を決めていらっしゃる。
「わ、私も……」
「幻想郷は神と妖怪がいる世界。今いる世界とは全く違う場所よ。人間は、人間の輪の中で生きるもの。その先を言うのは、よーく考えてからにしなさい」
人間の、輪?
「今のあなたは選ぶことができるの。学校でお友達もできたでしょう? 部活の先輩だって、先生たちだってあなたに期待しているのよ」
人と交流を持った。話をする人たちが増えた。以前のような嫌がらせは減った。
だけど、必死に集めている人たちが私を陰で揶揄していることも増えた。
宗教家の娘。妖しい宗教、入信させられそうになった。すぐに神様の話をする怖い人。
小さい頃から頭のおかしいやつ。インチキ霊能者。入信してお金を集めている。
どうしてそんな世界に取り残されないといけないの?
私は、おふたりのためにずっと頑張っているのに。
*
次に諏訪子様が目を覚ましたのは、晩夏と秋の入り口の頃。冷たい雨の降る日のことだった。
遠く離れた学校にいながらでも、ずっと一緒にいたから気配だけでそれがわかる。
学校を飛び出し、上履きのまま神社の石段を駆けあがった。
シトシトと冷たい雨が体力を奪い、呼吸はどんどん荒くなる。
「私も連れて行ってください」
辿り着いた本殿へ深々と頭を下げ、荒い息のまま願いを口にする。
困った顔をさせたいわけではなかった。けれど偽りのない私の願いだ。
諏訪子様が姿を現さなくなったのは、現世の信仰が失われつつある証拠。
失われたものは取り戻せない。私の努力は実を結ばない。
「私には居場所がありません」
信仰を集め現人にして神として、神の末裔として奉られるこの身。
信仰などなくとも生命を繋ぐこの身。
「神奈子様、どうか」
私は現世が息苦しいのです。
貴方たちの傍でしか、呼吸ができないのです。
「どうか、どうか御傍に仕えさせてください」
私の名を呼ぶのは、貴方たちだけなのです。
私は東風谷早苗として生きたいのです。
父のように思うのは神奈子様だけなのです。
母のように思うのは諏訪子様だけなのです。
おふたりと離れるのは、考えただけで心が裂けるように苦しいのです。
カエルの鳴き声、雨の境内。
制服のまま全身を濡らしながら、私は切に願った。
妖怪だらけの恐怖の世界。しかし奇跡が根付く場所。
諏訪子様が生きることのできる、失われたものたちの楽園。
私に迷いなど、あろうはずが無かった。
「私も連れて行ってください」
「ああ、共に行こう」
社の戸が音を立てて開き、開け放たれた戸から風が吹き荒ぶ。周囲の雨を消し飛ばして吹く風が轟々と音を立て、神社の周りをあっという間に覆っていく。
声はそんな突風の中でも間違うはずがなく、はっきりと耳に届いていた。
「……っ! ありがとう、ございます!」
光りが周囲に満ち、濃密な神の気配が周囲に奇跡を齎していく。
神社はそのまま世界を渡り、こうして私たちの幻想入りは成った。
*
魔理沙さんは時折相槌を打ちながら、私が話す支離滅裂な言葉を聞いてくれていた。
背中を撫でる手が優しく、心配そうな瞳が感情を映してウルウルと涙を宿している。
「私、昔から人に見えないものが見えるんです」
それは人の感情みたいなものが、表情以外のところから見えることもあります。
考えが読めるほどじゃないんですけど、苛々していそう、とか。怒っているな、とか。そういうのがわかるんです。
笑顔の人に、なんで怒っているの? とか、泣いている人に、どうして笑いを堪えているの? とか。
ちょっと空気が読めないみたいで、そのせいもあって昔から人と関わるのが苦手でした。
「だから友達なんてできないし、いらないって思っていました」
背を撫でる手が暖かく、安心して目を瞑る。
「意地張ってました。本当は友達も欲しいし、私、とても頑張っていたんですよ」
「大変だったな」
少し震えながら、魔理沙さんはゆっくりと息を吐き出す。
「早苗はすごいよ。怖くても、苦しくても」
ぐっと、再び込み上げてきた涙の気配。
魔理沙さんも同じなのか、一言一言を噛むようじっくりと伝えてくれる。
「でも、頑張ってたんだな」
ぎゅーっと、頭を抱きしめられた。
椅子に座る私の、ちょうど頭の部分は魔理沙さんの胸の部分。
押し付けられた柔らかなふくらみが頬に感触を伝えて、脳裏にスポブラを着けていた魔理沙さんが思い出される。
かーっと顔に血が集まる感覚。息を吸うたびに鼻腔が伝える甘い、女の子の匂いが脳みそ一杯に染め上げていく。
手をアワアワとさせていると、ますます力を込めた魔理沙さんが少し涙声で続けた。
「大丈夫だよ。早苗が頑張ったから……。全部、必要なことだったんだぜ」
とろんと甘い声が耳朶を震わせ、すっかり思考は染め上げられていた。
精一杯、労いを伝えようと一生懸命な魔理沙さんがぎゅうぎゅうと頭を抱きしめる。
なのに「うわぁご褒美だー!」と心が喧しくて仕方ない。
「早苗は偉い、天才! 可愛いし頑張り屋さん! 健気に神職を務める努力家さん!」
魔理沙さんが急に茶化した感じに声を張り上げて褒め始め、ようやくピンクに染色された思考を振り払って、普通に笑みを浮かべられた。
「ふふっ! ……なんですか、急に褒め方が雑ですよ」
「良いんだよ、言葉はどうでも良いって神様も言っていたから。心が伝わって欲しくて、思ったまま言葉にしているんだ」
また、優しい調子で囁くようにそんなことを言う。
ぎゅっと大事そうに抱えられた頭が、ふたたび疚しい気持ちに染められていく。
「外の世界の事は私にはわからないけど。だけど、神様もきっと早苗に応えたくて頑張った筈だぜ」
ふわふわ、やわらか。良い匂い。
「ああ、その通り!」
急に聞こえた神奈子様の声で思わず背筋を伸ばす。
だけど柔らかな拘束を抜け出すことがないよう、首だけを声の方へ向けた。
吹き荒れる突風が室内を駆け抜け、私の邪な考えを吹き飛ばしていく。
「諏訪子のことももちろん気にしていたが、早苗の献身を無視できるものか!」
どーんと胸を張り、微笑ましいものを見るような目で神奈子様。
「神はすべて見ていたぞ!」
ああ、今は見ないでほしかった。
そっと目を逸らし、リビングの方に通じる扉を見ると、ばっちり諏訪子様と目が合ってしまう。
「あーうー。早苗は私の子孫なのに」
うんと小さい頃、一緒に遊んでいただいたような幼いお姿。
自身の胸を気にするように、両手を胸にあてながら魔理沙さんと見比べて「あれで良いなら大丈夫か」とニコニコ笑みを浮かべている。
「うわぁ。すごいな神様だらけだ」
その後ろから首だけひょっこり覗かせているにとりさんが、呆れて零していた。
*
「うちの風祝にもらうのはどうかしら?」
神奈子様が良いことを思いついた! と手を叩き、私は心からその考えに賛同し、変わらず頭を抱いてくれている魔理沙さんを上目で伺う。
「勘弁してくれ、無理だよそんな重たい職」
うへえ、と渋面で切って捨てる。
そんな、せっかくもっと一緒にいられると思ったのに。
その腰に手を回し、離れないようにしてしまった。だけどそうだ、魔理沙さんにだって都合があるだろうに。
「魔理沙さんと一緒に働けるなら嬉しいんですけど」
だけどもう、この際伝えたいことは全部言った方が良い。
やりたいこともやった方がいいし、少しヤケクソ気味だけどどうせ元々空気が読めないと言われ慣れている。
どんな形でも魔理沙さんは聞いてくれるし、きっと叶えてくれるもん!
「私は魔法使いだから、ごめんなぁ」
そ、そんなぁ。
思いのほかショックを受けている自分に驚き、じわっと涙の気配が込み上げてくる。
「あ、でも」
こちらのそんな様子を知ってか知らずか、魔理沙さんは普段通りの調子でそのまま続ける。
「バイトで巫女とかなら大丈夫だぜ」
アルバイトの巫女さん。
なんだかとても現代的な響きだ。
妥協案としてそんなことを言ってくれたのに、不満に感じてしまう自分がいる。
まあでも、今はまだ良しとしよう。
そのうち本格的に修行もしてもらって、きっと立派な風祝にしてみせるんだ。
私は柔らかな拘束の中で一緒に働くことを思い描き、それを心待ちにしていた。
アンケート作りました!
多少まとめてなんとか20枠!
名前の都合で一部CP表記みたいになっていますがお気になさらず……
緋想天でのアンケート(季節は夏なのでレティ・秋姉妹は出番無いです)
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ルーミア
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チルノ
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めーフラ
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パチュリー
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レミさく
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アリス
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妖夢
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幽々子
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ゆかりん
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萃香
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リグル
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みすちー
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うどんげ
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妹紅
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文
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幽香メディ
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小町
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にとり
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早苗
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諏訪子