博麗神社の巫女。
妖怪の山で博麗霊夢のことを聞くと、ほとんどの妖怪がそう称する。
それに付け加えて『歴代最強』だとか『人間側の調停者』だとか仰々しい肩書が付き、本人そのものを捉えたものは少ない。
これが魔理沙に聞くと『私のライバル』とまずは誇らしげに胸を張り、その強さと格好良さを我が事のようにたくさん喋る。最後にこそっと小声で、少しだけ恥ずかしそうに「でも可愛い所もあるんだ」と付け加える。
「ということで、実際にお話しして確かめることにしました」
「どういうことで、なのよ。暇なのかしら?」
奇跡の風祝と持て囃されたことも今は昔。
幻想郷で同じ神職の霊夢さんは、私なんかよりも遙か高みにいる。それを弾幕ごっこというゲームを通じて体感してから、私は色々な重圧からすぽっと解き放たれて、外にいた頃より随分息がし易くなった。
霊夢さんが守矢神社を襲撃して眠り
あの出来事は私に新鮮な驚きと、終わってみれば笑えてしまう程強烈に幻想郷を理解させてくれた。
ふらっと博麗神社に行くと縁側でお茶を飲み寛ぐ霊夢さん。つまらなそうにこちらを見上げている様子は普通の女の子だ。
想像上の霊夢さんが自分の中で勝手に大きくなり過ぎていたのを反省しつつ、おほんっとひとつ咳払い。
「神奈子様がお出かけになっている間は特にやることがないので。人間の里で布教活動しながらですけど、私も暇なんですよ」
「神社は暇をつぶす場所じゃないっての。っていうかあんたは自分の神社があるでしょう」
「私の神社じゃないですよ。神奈子様たちの神社です」
「どうでもいいわよ、そんなこと」
やれやれとため息を吐いて霊夢さんは奥に引っ込むと、その手にもうひとつ湯飲みを持ってきて再び戻ってくる。
「……なによ、へんな顔して」
「いえ、やっぱり霊夢さんも変わってますよね」
でもお茶は飲むでしょ?
そう聞かれて、そのまま「はいっ」と答えて私は霊夢さんの隣に腰を下ろした。
「改めまして、東風谷早苗です。先日幻想郷に引っ越してきました」
「……まあ、いいか。霊夢よ。好きに呼んで」
ほとんどお湯みたいな出がらしのお茶を頂きながら、ぼけーっと外を見ている霊夢さんに人間の里で購入した菓子折りを差し出す。
「まずは先日の謝罪と、あと誤解を解きに来たんですけど」
「謝罪……?」
「あの、神社を譲ってくださいっていう……」
「あ? あー……あー! あったわね、まあうん。そうね」
菓子折りを受け取りながら、やっぱり全然気にしていない様子の霊夢さん。
魔理沙に聞いていたけれど、すっかり気にしていないのは本当みたいだ。
「あれはあんたの所の神奈子に、しっかり制裁したんだから良いのよ。あ、でも菓子折りはありがとうね!」
「あはは……。神奈子様も諏訪子様も、本当に楽しそうでした」
神に制裁を下す人間がいるらしい。
信じられないことだけど、この幻想郷ではだれもそれに疑問を持たない。
博麗霊夢であればそれができるから、誰も不思議に思わない。
幻想郷の常識は、まだ慣れていない私にとっては計り知れないものだ。
「あと、魔理沙のことなんですが……」
器用にピクリと片耳が動き、がさがさと包みを開けながら目だけで続きを促される。
「風祝のアルバイト……」
「駄目っ!」
ふんっとそっぽを向いて、腕を組んで一言で拒否されてしまう。
「って、言いたいんだけど」
強い調子の拒絶から一変。腕を解いてへにょりと眉を下げながら、ふかーくため息を吐き出した。
「まあ、魔理沙がやりたいようにやれば良いわ……」
その様子は本当に渋々認めている様子だった。魔理沙の言う霊夢さんの『可愛いところ』を早速目にしながら、遮られた言葉の続きをゆっくりと話す。
「そう、その風祝のバイトなんですけど。あれ、魔理沙に断られたんです」
「え!? ……そうなの?」
そもそも最初に断られた時、代わりにアルバイトを提案されたのでてっきり『風祝(巫女)のアルバイト』を受けてくれるものだと思っていた。
ただ本人の中では微妙にニュアンスが違ったみたいで『風祝は早苗がやってほしい! 私はやるべきじゃない!』と強情だった。
『それに、定期的にずっと同じ時間って難しいんだよ。いつ開催するか決まっていない幽霊楽団のバイトもあるし、みすちーの屋台だってあるし! 妖怪たちは結構気まぐれで、明日やるんだけど来る? って言われることもあるんだ。そういうお誘いはなるべく断りたくないし。アリスとパチュリーも、合間で私にたまーに魔法を教えてくれるんだけど、それを逃したら次はいつのになるのか……!』
申し訳なさそうに頭を下げて「だからそういう大事なお仕事はできない!」とはっきり断られたことを思い出す。
今の幻想郷で魔理沙の周囲を取り巻く関係を大事にしているから。
それが見ていてとてもよくわかるから、どこかに縛り付けることはできない。
「大事なお仕事で……私にしか、できないことらしいですよ」
風祝。守矢神社の神職に就く者が冠する役職。
外では誇りでもあったが重圧でもあった物。幻想郷では大きな意味を持たないけれど、とても大事なお仕事をしている私の為の、どこか特別な感じ。
「そうだったのね! まあ仕方ないわ、あいつはあれで忙しいし!」
「はい。あ、だけど人間の里の催しとか、お祭りのお手伝いとかはしてくれるって言ってくれてます!」
喜色満面で頷きながら、上機嫌に霊夢さんはお茶を飲んだ。
私が持ってきた最中をさっそく開けてつまみ、私と霊夢さんの間にそのまま置いている。
「うん、これおいしいわ! 早苗も食べなさいよ」
「あ、じゃあいただきます」
こちらが持ってきたのに、頂きますっていうのは変だろうか。
謝罪のマナーなんかはまだ私にはわからないので、勧められるままひとつ手に取って口に入れる。
ぱりぱりの皮が口に楽しく、大粒のあんこが控え目な甘さでとても美味しい。ほとんど味のしない出がらしのお茶でも関係なく、甘いものは正義だった。
「うーん、おいしい! 霊夢さんは甘いもの好きですか?」
「人並みには好きよ。けどしょっぱい物も食べたくなるのよねぇ。たしか、戸棚に醤油煎餅が……」
「あ、私が取ってきますよ。戸棚って、向こうの奥ですか?」
「悪いわねえ。早苗って、外にいたんでしょ? 普段食べる甘い物とかって結構違ったりする?」
「いえ、私も割と箱入りでしたからあまり詳しくは……。あ、でも学校帰りに友達とスイーツ食べに行くのとか、憧れてたなぁ」
*
秋の風物詩と言えば、この人間の里では豊穣の祭りが思い浮かぶ。
穣子が招かれているその豊穣への感謝の催しは、毎年行われる恒例の行事だ。
大通りには普段以上に出店が並び、里の皆は浮かれた雰囲気を楽しむ。
豊穣祭りは神と人の催しだけど、普段はこっそり人間の里に紛れる妖怪たちや永遠亭の薬売り達も、その日は大いに楽しんでいたらしい。
最近すこし忙しくしていた霊夢も、穣子と関係ないのに神事は巫女だろうということで呼ばれていたらしい。
らしい、というのは、私がその日は人間の里に近寄らず、パチュリー先生の特別講義を受けていたからなんだけど。
お祭りの次の日。
通りでは出店を解体している人の声が響き、まだうっすらと残る楽しい雰囲気が、里のみんなの顔に残っている。
そんな通りの奥にある、ひっそりと静かな邸宅。
秋が旬だという謎の果物の載った皿が座卓に置かれ、それを挟んで、じとっとした目でこちらを睨む阿求に私は再び頭を下げた。
「ごめんなぁ。まさか、待ってくれているなんて思わなくて」
「……別に、待ってませんけど」
つーんとそっぽを向かれてしまう。
女給さんがこっそり教えてくれた。どうも、お祭りの日に阿求はちょっとだけお洒落して外を出歩いていたらしい。
そりゃあ女の子だからお洒落もしたくなるだろうと思うけど、普段よりも少しだけ気合を入れて出歩いたそうだ。
なかなか知り合いに会えず疲れて帰ってきた阿求は、そのままふて寝して次の日女給さんにこう零した。
「豊穣の神様の手伝いをしているって聞いたんですけどね。なんで祭りにはいないのかしら」
神様のお手伝いの中に、阿求がお洒落して会いに行く人間がいるのか! と心が騒めいたが、困った顔をした女給さんが『魔理沙さんへ会いに行ったんですよ』と教えてくれた。
『私が外に出ない阿求を心配していた事、覚えていたんだ』とか『妹みたいな子がすこしだけ成長した姿を見せに来てくれていた事』とか、一瞬で色々考えて総じて大きな後悔を抱える羽目になって、今は阿求に謝り倒している。
「だいたい、何で魔理沙さんが謝罪するんですか。別に関係ないですって、言いましたよね」
「え、でも……」
「偶にはお洒落したくなりますよ、私だって」
ふんっとそっぽを向いている阿求が鼻を鳴らし、こちらをちらりと見てまた目を逸らす。
でも女給さんは、絶対私に会いに行ったって言い張っていたからなぁ。
もしそうなら本当に嬉しいのに。そしてその場にいなかったこと涙が出そうなほど悔しいのに。
「じゃあお願い! そのお洒落な姿をもう1回して見せて!」
「い、嫌です!」
「そんなぁー!」
いよいよ本格的に涙が出て来た。
悲しみに暮れている私を哀れに思ったのか、やさしい阿求が頬杖を突きながらトントン指先で机を叩き、代替案を提示してくれる。
「ひ、ひとりで着るのは……いやです」
やっぱり阿求は可愛いなぁ。
救いの手に飛び乗って、じゃあ私も同じやつ着るから! と息巻くと、それだけじゃなくて、とどんどん条件を追加してくる。
「お祭りに、一緒に行ってくれなきゃダメです……」
「それならちょうどいいや、今度霊夢が酉の市をやろうかって言っていたからそれに行こう!」
「送り迎えをしてくれないとダメです」
「私の箒は前より少し大きいから、2人乗りも余裕だぜ!」
「……ふたりきりじゃないと、ダメです」
恥ずかしそうに俯いた阿求が小声でぼそぼそっと何か言い、聞き取れなかった私が聞き返すと、なんでもありませんと言いながら咳払い。
最近、咳が多くないだろうか。
阿求の事が心配になって、座卓を回り込んで傍によると目を丸くして驚き戸惑っている。
背中に手をあてて、撫でてやる。
丸まった背中は温かく、いつの間にか背が伸びた霊夢と違って阿求は変わらず小さなまま。
「最近寒いもんな。暖かくして行こうな」
「……やっぱ聞こえてないんですよね」
「ん、なんでも言ってみて。私にできることだったらさ、魔法使いだから、なんでも叶えてみせるぜ」
「……このやろう」
「えぇっ、なんか怒らせるようなことした!?」
なんでもありません、となんだか襟元を正しながら言うので、私も隣で思わず正座して続きを聞く態勢。
「私もあんまり我儘を言うつもりはありませんけど。だけど魔理沙さんがどうしてもって言うから、しかたなく付き合ってあげるんですよ」
その通りだ!
大いに頷きながら、阿求が納得してくれるまでしっかりと話を聞くぞ! と私も身を構える。
「屋台のご飯、たくさんは食べられませんので、半分ずつ食べてください」
「もちろん! 私も阿求も小食な方だからな。それ、滅茶苦茶良い案だ!」
「普段から外出に慣れていないので、たぶんすぐに疲れてしまいます」
「すぐに休める場所を探そうな。絶対に無理しちゃだめだぜ!」
「あまりしゃべらない、つまらない女って思わないでほしいです」
「阿求はそのままが良いの!」
「……自信がないので、お洒落したら褒めてください」
顔を赤くした阿求と目が合い、小動物みたいな瞳が愛らしく訴えかけてくる。
思わずその頭をぎゅーっと抱きしめて撫でてやりたくなった。
この前早苗の頭を抱きしめてから、なんだか無性にこうしてあげたくなる瞬間が増えた。
霊夢にも、チルノにも、なんだか愛おしくてぎゅーっと抱きしめたくなるのだ。
衝動を抑えつつ、ぐっと拳を握って前のめりに阿求の瞳を見つめる。
「褒める! そもそも阿求はカワイイんだぜ!」
あんまりにも必死に言い過ぎたのか、きょとんと目を丸くしてからクスクスと笑いだした。
なんだか少し恥ずかしくなって、最近人に可愛いって言い過ぎか? なんて、緩んだ頬をムニムニと揉んだ。
「ところで魔理沙さん」
「え、はい」
「先日ある情報筋から、妖怪の山に新しい神社ができたと噂を聞きました」
「ああ! うんうん、できたぜ!」
すっかりお祭りの時の阿求が気になって、まだ話ができていなかった。
今日はその話をしに来たのだった。
「守矢神社だよな。外から新しくきた人と神様がいて、楽しい連中だったよ! 早苗っていう風祝がいて」
「早苗、という名前なんですね」
阿求の右目の上でぴくりと眉が動き、また半目でじとっと見られる。
「……え、なんか怒ってる?」
「いえ怒ってませんよ。まだそんなに時間が経っていないにも関わらず、早くも親し気な様子ですね。ええ、怒っていませんとも」
「えっと、今日はその早苗たちの話を聞かせに来たんだけど」
「はぁ、そうですか」
はぁーっと深いため息を吐いてから、阿求が伏せた顔を上げて言う。しかしそれはどこか楽し気で、揶揄うような調子でこちらを見ている。
「また人を誑かしているのね」
風神録終了!
もしかして回顧話があと一個だけ追加されるかもしれませんが、本編は終了!
▲▽
次回はチャージ期間を置いて「緋想天」
アンケートありがとうございました!
集計とかいろいろと書きますので久々に活動報告を書こうかなと。
結果とかはそちらに書くので、もし良ければそちらも見て頂けますと幸いです。