だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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短い回顧話


回顧4 秋は深まる

 豊穣祭りを終え、帰路に就いた神がそれを目に留めたのは偶然だ。

 陽が沈み、暗くなりかけている通りの中。

 繁盛している味噌屋を遠巻きに眺めている奇妙な出で立ちの子供が、なんだか目に入った。

 

「どうしたのかしら、お使いを頼まれているの?」

「ゎぁ……!」

 

 大きな三角帽子に真っ白なリボンを飾り、金色の髪を隠すよう目深に被っている。

 白いシャツの上に黒いベスト、黒いスカートの上に白いエプロンを着けている、一言で表すなら白黒の魔女衣装を着た子供だ。

 

 穣子が声を掛けると大げさに肩を震わせて、後ろに立っていると想像もしていなかったのか、抜かしそうなほど及び腰になってこちらを見上げるのはまだ幼い人間。

 穣子は思わず声を掛けてしまったが、あまり交流のない人間に対して、自身もどう対応したものか迷いが生じていた。

 

「あそこは……、うん。味噌を売っているわよ。もしかして、声をかけるのが怖いの?」

 

 通りで大声を出し商売する様子は威勢が良い。

 これくらいの子供からすると、もしかして怖いのかもしれないと思い、少し屈んで目線を合わせてあげる。

 子供は、おどおどとしながらもまっすぐに穣子を見つめ、金色の目を瞬かせた。

 

「こ、怖くなんてないけど。あ! 怖くないぜ」

 

 強がりだと一目でわかる様子に、微笑ましいものを見るような目になってしまう。

 警戒する猫を相手にするような心持で穣子は両手を広げ、自身がなにも危険なものはないと示しながら子供に微笑んだ。

 

「そう。なら、もしよかったら私も味噌屋に用事があるから、一緒に行ってくれないかしら?」

 

 もちろん子供に声を掛けるまで用事なんてなかったが、今その用事が出来た。

 一緒に行こうと声を掛け、手を差し出すとまだ迷っている様子。

 

「あ……えっと。その、知らない人について行ったら、ダメって慧音先生が。あ、慧音、さんが……」

 

 ごにょごにょと小声で一生懸命伝える様子から、随分と幼く感じたがどうやら寺子屋に通う年齢ではあるらしい。

 

「そうか、なら大丈夫ね! 私は秋穣子! これで知らない人じゃなくなったし、そもそも私は人じゃないのだから!」

 

 遠慮がちに差し出す手を取って、にっこりと微笑み幼子に名前を伝える。

 

「私は豊穣の神よ! あなたたち人間が崇めて奉る豊穣の神とは、私の事なのよ!」

 

 *

 

「姉さん。私、お母さんになったのかも」

「はぁ? 神霊が子供を成すわけ……。ああ、ついに冬の寒さに耐えられず気が狂ったのかしら」

 

 妖怪の山の麓にある、名もなき神々の社。

 春夏冬のほとんどを社や洞窟の奥で過ごす秋静葉にとって、妹神の穣子の突飛な言動は既に慣れたものであった。

 

「まだ秋は遠いわよ。ようやく春が近づいてきたばっかりだって言うのに……」

 

 秋以外は憂鬱の季節と言って憚らない秋姉妹の姉神である静葉だが、おなじ思想の穣子が、今年はどういうわけか奇妙に思えていた。

 いや、変なやつであるというのは普段からよく理解しているのだけれど、特に変なのだ。

 

 いつもなら冬になると季節に対して恨み言を昏い瞳でぶつぶつと発する妹が、今年はどういうわけか。

 どこか遠くを見つめながら、物憂げにため息を吐くのだ。

 気が付けばその姿が消えて、かと思えばやけに艶々と充実した様子でにこやかに笑みさえ浮かべて戻ってくる。

 

 長い時を共にする姉妹神として、いや極普通の感情として気持ち悪いと感じていた。

 

 どこか遠巻きに様子を見る静葉に対し、穣子はまた悩まし気に息を吐く。

 

「最近ね、母性が溢れ出て」

 

 静葉は思わず自身より豊満な穣子をちらりと見てイラつきを覚え、舌打ちをひとつ零す。

 

「あ、ちがうのよ姉さん。そう言う事じゃないし、もちろん出ないから」

「っち! ……それで?」

 

 なんだかんだと話を聞く姿勢をとる静葉の優しさに感謝しながら、穣子は話を続けた。

 

「最近ね、赤ん坊みたいな子供に出会って」

 

 ふぅっとまた、物憂げなため息。

 いい加減鬱陶しいわね、と静葉は言葉にせず視線だけ投げ、続きを促す。

 穣子曰く。

 

 その赤ん坊みたいな人間が、無邪気に寄せる信仰が現在の人間とは違う形で、なんだか心地良いのだという。

 もしかして、神代(かみよ)の人間、神代(かみよ)の巫女のような存在なのではないか。そういうふうに感じるほど、穣子はその人間に心を寄せられている。

 碌にこちらを知らないだろうに、穣子の在り方に対して齟齬なく信頼を寄せて信仰するというその娘。

 神を生み出すほどに信仰の強い時代でもないだろう現代に、その信仰心はあまりに異質だ。

 

 その子の名前は霧雨魔理沙。

 元々は霧雨道具店の一人娘が、どういう経緯か出奔して魔法使いを目指しているらしい。

 

 そしてその子供と知り合ってから世話を焼くうちに、どうも冒頭の『母性が溢れちゃって』という発言につながるらしい。

 

「はーぁ。夢でも見ているのかしら?」

 

 話を聞いた静葉が出した結論は妹の妄言。

 

 それに対し、穣子は片肘を吐きながらなんだか静葉にとってイラつく瞳で、こちらを見ながら、またため息を吐くのだ。

 

「で。考えてみたんだけど、人間の里で豊穣を受けているなら私の子供ってことにならない?」

「あんた頭大丈夫? 万人単位で子供ができるし、これからも増えると思うんだけど」

「それは大変! 母さんの体、もつのかしら?」

「はーぁ、勝手にやってろって感じだわ」

 

 静葉が呆れてそっぽを向くが、穣子は意に介さずふぅんと腕を組みながら考え始める。

 

「まあ姉さんには見せても良いのかも。姪っ子を可愛がりそうよね」

「あ、その話まだ続くのね」

「姉さんに、私の母性を少し分けてあげたいくらいかも」

「おい、体の一部に対してその発言ならお前と消滅を掛けて殴り合いなんだが」

 

「春ですよー!」

 

「あ、ほら春告精。もう春ね、あとは忌々しい夏が過ぎたら私たちの季節よ! 楽しみね!」

「なるほど真面目に話は聞かないのね。それはそれとして、姉の威厳があるのでね。殴らせろ!」

 

 *

 

「ということで連れて来たわ。こちらが魔理沙よ。魔理沙、これがうちの姉神(ねえさん)、静葉姉さんよ」

「ど、どうも……」

 

 翌日の事である。

 

 穣子が社に連れて来たのは幼い人間の子供。

 金色の髪は人間の里では珍しいが、今この場に3人も揃うとそう珍しくも感じない。

 おどおどと穣子の陰に隠れながらこちらを伺い、その瞳に尽きない興味。穣子の影響か、隠しきれないほどの好意を湛えてこちらを伺う幼い姿。

 

 静葉は普段、穣子ほど人間を相手にしない。

 それは自身の信仰、力が『紅葉』や『落ち葉』に及ぶからで、極稀に歌人などを相手することはあっても、万人に必要なものではないと理解しているからだ。

 

 繊細な機微を好むものたちが発する、変わりゆく季節や色を変える自然の雄大さへの信仰心。

 それは明らかに妹の『豊穣』とは種類を別にするもので、つまり妹が気に入る人間を自身が気に入るとは思えなかった。

 

「霧雨魔理沙です……。その、静葉様のことは、穣子様から聞いていて」

 

 言葉が達者な歌人ではない。

 

「紅葉の女神様って聞きました。あと落ち葉の神様だって聞いてて……。目に見える山の、全部の色を変えるって……」

 

 なんならそれは流暢な言葉ですらもない。

 一生懸命話しているのはわかるが、見た目通りにたどたどしいものだった。

 

「魔理沙がね、姉さんに伝えたい事があるんだって」

「なにかしら。もうそろそろ春だけど、こんな季節外れの神なんかに」

「もーっ! 子供の前なんだからすこしちゃんとして!」

 

 ただ、たどたどしく伝えている言葉は一生懸命だ。

 穣子に叱責され、静葉はようやく魔理沙に向かい合った。

 

「あの、少し前まで博麗神社に母さまと一緒に行っていたんですけど、途中で小川が流れているんですけど……」

「あ、母さまって私の事じゃないわよ?」

「わかってるわよ、穣子は黙ってなさい」

 

 茶化したいのか、真剣なのか。

 いまいち調子のわかりづらい妹神にイラつきを隠さず、魔理沙に頷きながら続きを促した。

 

「秋には、小川に落ち葉がいっぱい流れてくるんです。わーって、赤とか黄色い葉っぱが川が流れてて……! すっごい綺麗で、母さまに『紅くてきれいね』って言ったんです。そしたら『お山の神様が、葉っぱをとっても綺麗に染めてくれるから、そのお陰で季節の楽しみも増えるのね』って、言っていて……」

 

「ふぅん、とても良い母じゃない。大切にしなさい」

 

 芸術は心で理解するものだ。自然と出たその言葉に、この子の母は教養が高く、また自然への感謝を忘れない敬虔な信徒だと少し嬉しく思う。

 

「あ、えへ……。でも母さまは、去年亡くなりました」

「え! そ、そうなの……。それは……」

 

 少し無神経過ぎたかと、若干慌てて言葉を探すが、目の前の子供は悲しい様子ではない。

 それに気が付き、静葉も言葉を飲み込む。

 

「あ、いえ! その――ちはやぶる 神代(かみよ)も聞かず 竜田川(たつたがは) 唐紅(からくれなゐ)に 水くくるとは」

 

 突然魔理沙が短歌を口にし、静葉は静かに目を見開いた。

 

「百人一首の歌らしいんですけど……。貸本屋で見た時に、その時のこと、母さまを思い出して」

在原業平(ありわらの なりひら)ね。かつての恋人を思い出して詠んだという」

「その、私の場合は恋じゃないんですけど……」

 

 繊細な色が、感動が。人の思い出に、記憶の中に。

 

「今年も、秋に紅葉を見ました。今年は母さまと一緒じゃなかったんですけど、でもその時のことはすごく覚えていて、きっとずーっと思い出すんだと思います」

 

 まだ穣子の陰に隠れながらだが、向き合うとその金色の瞳が興味だけでないと理解できる。

 

「それだけじゃないけど、もっとたくさんあるんですけど……。その、私、あんまり言葉が得意じゃないんですけど……」

「……いいわ。あなたの言葉で、ゆっくりでもいいから。伝えてみて」

 

「あの、ありがとうございますっ!」

 

 ぺこりと頭を下げ、被っていた大きな三角帽子が地面に落ちた。

 慌ててそれを拾い上げ、胸に抱くと恥ずかしそうに笑みを浮かべて、再び頭を下げる。

 

「うぅ、魔理沙……! 立派ね、ちゃんと言えたわね……!」

 

 妹神はその頭に手を置きながら、ぽんぽんと軽く触れ、ゆっくり愛おしそうに撫でる。

 

「……どういたしまして、よ」

 

 今は秋ではない。それなのにどうしてか、この人間からは信仰心を感じた。

 社を持たず奉られる神事もない神たちに、どういうわけか真っすぐにそれは向けられていた。

 

 向けられる敬意や畏怖は、言葉が少ないながらに一生懸命にこちらを讃えるものだ。

 流麗な歌ではないけれど。洗練された言葉ではないけれど。

 その心の在りようは、なるほど面白いものだと感じる。

 

「なるほど、母性ねー」

「姉さんにはまだ早いわ!」

 

 *

 

「子供はあっというまに成長するわねー」

 

 飛び立っていった魔理沙と早苗の背中を見送りながら、感慨深げに穣子はつぶやく。

 傍に居た静葉は黙ってそれを聞き、喧嘩するフリでじゃれて来た穣子を離した。

 

「そりゃあ人間だもの。あっという間よ、子供が大人になるのなんて」

「あんなに小さかった魔理沙が、今じゃ頼られる魔法使いかぁ」

「今でも小さいんじゃない?」

 

 お互いに、パッパッと服に付いた埃を払って魔法使いと風祝が飛んでいった先を見送る。

 陽は西に傾き、まだまだ明るいがあっという間に陽は沈んでいくだろう。

 

「さーて豊穣祭りの分はこれで良いとして。あとはあの子が困ったときの為の備蓄と、人間の里の為の備蓄! 妖怪たちにも私の作物を配り歩くわよー!」

「忙しいわねー。やり甲斐を感じているみたいで結構なことだわ」

「ふふふ、姉さんも忙しそうにしているじゃない!」

「まあ、秋だものね」

 

 風が吹き、落ち葉が舞うと収穫を終えたばかりの畑を覆う様に撫でた。

 

「私の紅葉は一目でわかりやすいじゃない。誰かの記憶に残る、大切なお仕事ですもの」

 

 静葉はそのままふわりと浮き上がり、色付く山々を見る。

 遠く浮かぶ雲、小川に流れる紅葉を見て、満足しながら短歌を口ずさむ。

 足元では穣子が重たい籠を何個も背負い、ちょっと手伝ってよ! と文句を言う声を無視して先に帰路に就くのだった。




これにて風神録は完全に終了!

▲▽

私は無学なので短歌だとかは必死に調べながら書きました。

もし「おいおい、こいつ恥ずかしい勘違いしちゃってるよ!」という箇所などあればこっそり教えてくださいますと……。
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