冥界での私のお仕事のひとつに、蔵のお掃除がある。
蔵の中にため込まれた『物のお化け』を使ってあげたら消えるので、ひたすら庭師である妖夢と一緒に遊ぶような仕事だ。
たまに幽々子も様子を見にきて一緒に遊ぶことがあるのだけど、幽霊である幽々子が使ってもお化けは消えず、結局私か妖夢がふたりでやることが多い。
「うーん、これは……?」
物のお化けの中には衣服の類が多く、それらはだいたいしばらく身につけている事で段々薄くなり消滅する。
急に裸になるのは困るので蔵の中でしか身に着けないけど、仕事として任されている以上、そういうものは妖夢より私が身に着けている。
妖夢が紫からもらったというデジタルカメラで撮影するのは、一応記録として残しておくためらしい。
少し恥ずかしいのだけど、幽々子も紫も、大事な記録だからと念を押していたので個人の羞恥心は我慢して妖夢の言うように撮影に応じている。
だいたいは撮影後、ゆっくりと消えていくのだけど。
今回はなんだか、随分と色濃く存在感を残して消えないまま残っているのだった。
「……す、すごい執念を感じますね。なんだか、段々存在感を放っているような」
「困ったなあ。そろそろご飯の時間なのに」
つけている手袋をまじまじと見つめる。可愛らしいけれど、身に着けている側としては早く取ってしまいたい。
つける前よりもなんだか色が濃く、元々ふわふわだったそれがより質感を良くしている気がする。
「仕方ない、1回これ外して、後でまた付けようかな」
「そうですね。写真も撮ったし……。あとでまた撮りましょうね!」
「うーん、2回目も?」
「ええ。もしかしたら、ポーズとかも付けた方が良いのかもしれませんよ。もしかしたらですけど」
大真面目に妖夢が提案してくるのを曖昧に濁す。妖夢は真面目なんだけど、私はどうも恥ずかしさが込み上げてくる。なんとか表面上だけでも取り繕って頷いた。
「……あ、あれ?」
「どうかしました?」
手袋を外そうとするのが、なかなか取れない。
しかたなく頭のカチューシャから取ろうと頭に手をやるが、髪の毛が絡んでいるのか動かそうとすると痛みが走る。
「ごめん、妖夢。取るの手伝ってくれない?」
「ええ。えっと、カチューシャですか?」
「うぁっ!」
「えぇ!?」
驚いて大声をあげてしまった。
カチューシャを触られただけなのに、耳を撫でられたようなくすぐったさが背筋を走ったのだ。
「ご、ごめん大声だして……。え、あれぇ?」
「ど、どうしたんですか?」
自分でまたカチューシャに触れると、まるで自分の耳を触っているような感触。
手袋越しの感触の筈なのに、自分で触れているような触感。
「……あ、あれ?」
嫌な予感がして、妖夢を見つめる。
そのまま手袋をしている両手で頬を触る。
「は、はずれなくなってるかも……」
「……え?」
私は今、猫耳のカチューシャを付けて、肉球の手袋をしている。
それだけでなく、首には革製の首輪をして、首輪には赤い紐まで付いている。
「ちょ、ちょっと手袋引っ張ってみて……」
「え、ええ……」
「いたた! あ、だめだコレはずれない!」
「……ということは」
妖夢は先ほどと違い、遠慮がちに猫耳のカチューシャに触れた。
そーっと触れる手は優しく、さわりと撫でられて驚きながらも頭がぼんやりとする心地良さに包まれる。
「ね、猫魔理沙になってる……!」
*
「それは大変ねえ」
幽々子様は目じりを下げて笑顔のまま、私の報告を黙って聞いた後にそう零した。
手はよーしよしよしっと魔理沙の頭を撫で、撫でられている方はその手を受け入れているが不安そうにしている。
せめて首輪だけでも外そうとしたのだけど、すべてしっかりと固定されており魔理沙が痛みを訴えるので、そのまま幽々子様の前までお連れした。
「でも困ったわ。紫は今冬眠しているし。藍に頼むか、霊夢に強制的に除霊してもらうしかないかも」
少しも困っていない様子で、ニコニコと笑顔を浮かべている幽々子様。
その様子から、どうやら危険はないらしいとほっと息を吐く。
先ほどから黙っていた魔理沙が、少しだけ目じりに涙を浮かべて幽々子様を見上げている。
「だ、大丈夫なのかな。私、憑り殺されたりしない?」
「大丈夫よ、危険なものじゃないわ。ただ、ちょっと親和性が高くて結びつきが強くなっちゃっただけなのね」
言いながら撫でる手を止めず、ゆったりと優しい手つきで安心させるように魔理沙へと優しく言い聞かせた。
「よ、よかったです。いざとなれば白楼剣で斬る必要があるのかと……」
「うーん。危ないから、それは最後の手段ね」
白楼剣は人の迷いを絶つ刀。
もしも危険なものであれば、それを絶つことは未熟な私でも容易い。
それなので魔理沙のアルバイトの時は傍に居るのだが、それの使いどころか迷っていた。
「動物霊……とは違うわね。人間の思念が物になっているから、あくまでも飾る程度しかできないし。まして意志が存在するほど強い物ではないわ。だけど、執念というか……なんでしょうね。なにか足りない? ううん、なんだかわからないけど、まだ消えるわけにはいかないっていうことなのかしらね」
どこか遠くを見つめているようなぼうっとした視線で猫耳の魔理沙を見て、魔理沙もその視線を受けながら撫でられ続けて安心したように目をトロンとさせている。
その様は猫というより犬のようで、撫でている幽々子様がとても羨ましい。
「不安はないから、まずはご飯でも食べましょう?」
「……うん」
おーよしよし! と幽々子様が魔理沙の頭を抱き、恥ずかしそうにしながら魔理沙もそれを受け入れている。
私は先ほどから首に下げていたカメラでシャッターを切り、他の懸念も幽々子様にお伝えする。
「それが、魔理沙の手も手袋から外せず、今は猫のようになっていまして」
「あらぁ。それは不便ね」
ふむっと一瞬思案顔をし、こちらをちらりと見て幽々子様が素敵な笑顔を浮かべた。
「それじゃ、妖夢が手伝ってあげたら?」
「……え」
*
「あ、あーん」
口を開いた魔理沙を正面から見つめ、ごくりと生唾を飲み込んでしまった。
赤く紅潮した頬に期待したような瞳が、なんだかとてもイヤラシイことをしている気分になってくる。
お箸をその小さな口に運び、垂れないように添えていた手が少しだけ魔理沙に触れてしまう。
「っん!」
「あ、ごごごごめん!」
「んー」
もぐもぐと一生懸命口を動かして、ごくんと飲み込んでから魔理沙はより一層顔を赤くして、瞳を伏せた。
「おいしい。……ごめんな、世話をかけるぜ」
「い、いや世話なんて全然! むしろありがとうございますというかもっと見たいので全然嬉しいというかいや嬉しいのは違っていや違ってはないのですがその変な意味ではなくて」
「う、うん。ありがとうな」
「うふふ、ちゃんと食べないと力が付かないわよー。霊夢に除霊を頼む前に魔理沙が弱ったら大変だもの。しっかりご飯は食べてから行きましょうね」
ご自身でお櫃からご飯をおかわりし、ぱくぱくと非常に健啖に召し上がる幽々子様が楽しそうにこちらを見ながら口元を抑えてまた笑う。
「流石にお客様に猫みたいに食べてもらうわけにはいかないからね。多少窮屈でしょうけど、妖夢に世話を焼かせてあげてね」
幽々子様のおかげで私は合法的に、いや言い方が悪いか。とにかく魔理沙のお世話を焼かせていただきながら、恥ずかしそうに目を伏せている魔理沙を至近距離からじっくりと見ることができた。
いや、私も非常に恥ずかしいので言う程じっくりとは見られていないのだけど。
ちらちらと伺う様にしてしまいながらも、変わらず魔理沙の姿から目を逸らせない。
「うぅ……。この歳で介護されているみたいだぜ」
胡坐をかいて座りながら、両手を足の下に挟んで俯くその頭には黒い猫の耳を模したカチューシャ。
落ち込んでいるように垂れているのは、着けた当初よりもなんだか馴染んでいる様子だ。
「ま、任せてください。介護することになっても、私は全然苦じゃありませんから!」
もし魔理沙が人間のままで歳を重ねていても、上から下までお世話をするのに苦はないだろう。
そう思って力強く魔理沙を見つめると、ますます縮こまってしまう。
「そういう意味じゃないんだけど……」
「妖夢、それは遠回しにプロポーズみたいよ?」
「あ、いや! その……」
「わ、わかってるよ! 妖夢は優しいからそういうの平気だって言ってるんだろ! 幽々子も変なこと言わないでくれよ、本当に恥ずかしいんだからさー!」
もうっ! と可愛らしく息を吐き、うるうると羞恥で涙目になった瞳がまたこちらを見上げてくる。
「えっと、次はなにを食べますか?」
「あ、じゃあ……お米」
「は、はい! あ、あーん」
「……あー」
「うふふ。仲良きことは美しきかな」
幽々子様が白米を召し上がりながら、にこにことこちらを見て楽しそうに笑った。
*
「こ、これは……!」
昼食後に私達は白玉楼を発ち、博麗神社に向かった。
相変わらず暇そうな巫女は境内を箒で掃き掃除しており、こちらを見ると真っ先に魔理沙を見てぎょっと目を見開いて固まってしまう。
「霊夢~……」
すっかり耳をへにょりと情けなく垂らしながら、魔理沙は霊夢に泣きついた。
そりゃあ幼馴染で同じ人間の霊夢には、魔理沙も安心感が人一倍なのだろうと思うけれど。
心に黒い靄が立ち込めるのを感じるが、内心に蓋をして頭を振って霊夢に事の経緯を伝える。
「なるほどねぇ。もちろん除霊できるわ」
言いながら霊夢が、魔理沙の猫耳にそーっと触れる。
ぐっと目を瞑って耐える仕草に、霊夢も頬を少し赤くして優しく撫でた。
「うぅ。これ恥ずかしいし、くすぐったいなー」
「……確かに危ない物じゃないわね。ある意味危ないけど」
少し悔しいが、お互いに顔を赤くしながら撫でさせている姿はとても絵になる。
ぶら下げていたカメラでそれも収めると、霊夢が無言でこちらを睨んできた。
「その、幽々子様はなにか足りないから執念で残り続けているんじゃないかとも仰っていました。できれば穏便に浄霊させたいのですが」
「うん、元々そういう仕事なんだ。だからできれば強制的に取り除くやり方じゃなくて、穏便なやり方があるなら穏便に済ませたいんだけど」
「穏便に浄霊ねぇ。魔理沙もそうしたいなら、私の出番はないかもしれないけど」
「万が一ということもありますので、いざとなれば除霊してください」
「……それなら、今のうちにやっても良いんじゃない?」
「私もそう思うのですが」
言いながら、魔理沙をちらりと見る。
不思議そうにこちらを見返す魔理沙は、無自覚なのかぺたりと伏せた猫耳にウルウルの瞳で、悲しそうにこちらを見上げてくる。
「その、本当に危険はないんですよね? あの耳は魔理沙の意思を乗っ取ったりしてませんよね?」
「だ、大丈夫よ……。多分、魔理沙の意思を反映して動いてるんじゃないかしら。アレ自体に意思はないわ」
霊夢も自信なさげだが、幽々子様も霊夢も見解は同じようだ。
「危なくないなら、私に任された仕事なんだし、最後までこれに付き合いたいぜ」
そのまま魔理沙が霊夢を見上げ、伺う様に見上げている姿は垂れた猫耳の所為で普段以上に哀愁を誘うものだ。
小さく、くっと漏らした息と紅潮した頬で、私と霊夢の内心が似たようなものだと察する。
「あ、危ないわ。ある意味では……!」
「え、危ないのか!?」
「い、いや……大丈夫よ、安全だわ」
「えぇ、どっち?」
*
猫っぽい事をしたら満足するのかも。
そういう思い付きで、首輪に付いた紐を何気なく持つ。
「れ、霊夢。なんだかそれは倒錯的な気がします……」
「ばっ! 別にそういう意図じゃなくて!」
「え、別に苦しくないよ。平気だったぜ」
きょとんと不思議そうにこちらを見る魔理沙に余計恥ずかしくなり、慌てて紐を離す。
「そ、そう。それなら良かったわ! ねえ妖夢、なにか思いつかない?」
「そ、そうですねー。なかなか、何が足りないのかっていうのも……かなり完成されて可愛いのですけど」
妖夢と顔を見合わせ、なんでか慌てながらその場をごまかす。
魔理沙は「確かに猫耳とかは可愛いけど……」と両手に嵌めた肉球付きの大きな手袋をフニフニと動かしている。
「猫っぽい事したら満足するのかなって思ったんだけど」
「そ、そうですか。でも紐を持つのは、猫というより犬では……?」
落ち着いて先ほどの意図を説明すると、妖夢はほっと胸を撫でおろした。
なんだと思ってたんだ。失礼な奴め。
「ううん、他には……」
魔理沙の全体を改めて見る。
金色の癖がある髪に、真っ黒な猫の耳が生えている。いや、乗っている。
カチューシャのそれは大きく、意思を反映しているのか偶に動く。
手には肉球の付いた大きな手袋、首には真っ赤な首輪をして、首輪には赤い紐。
「……既に倒錯的な姿なのよね」
畳敷きの和室に、いつもの白黒魔女衣装に猫耳と首輪なんて。
聞こえないように小さく呟くと、耳聡く妖夢も顔を赤くしながら小さく頷いた。
「猫っぽい事か。たとえばこういう……?」
魔理沙が手足を畳み、所謂猫の箱座りをする。
人がそれをやると、まるで土下座をさせているみたいで気持ちの良いものじゃない。
かるく頭をあげてこちらを伺う姿は可愛らしいが、絶対に違う。
「……念のため写真を撮っておきますね」
「そうね」
「え、これも?」
しかし、他になにが足りないというのだろう。
人間の里で見かける猫を思い浮かべ、はっとして私は外に生えている猫じゃらしを一本摘み取って戻る。
「こ、これなんてどうかしら」
言いながら箱座りしているままの魔理沙の前に差し出し、ゆるゆると揺らす。
「うう。こ、これにじゃれるってことか? その、別に意識まで猫なわけじゃないから恥ずかしいんだけど」
「ま、まあ。物は試しというか」
「い、いい考えだと思いますよ。念のため、記録は撮っておきますね」
「ええ、これも……?」
フリフリと猫じゃらしを振ると、魔理沙が遠慮がちに肉球の手袋でそれをチョンチョンと触れる。
そのまま猫にやる様に、ふりふりと揺らしながら右へ、左へそれを振る。魔理沙も恥ずかしそうにしながらも猫を意識してか、両手でそれを捕まえるように挟もうと動く。
暫く、魔理沙が動く衣擦れの音と妖夢が無言でシャッターを切る音だけが室内に響いた。
「……なあ、多分意味無さそうだけど」
「えっ。あぁ、そうね」
魔理沙に声を掛けられるまで、なんだか夢中で猫じゃらしを振ってしまった。
猫じゃらしをぽいっと放り投げてまた思案していると、妖夢と目が合った。
「……なによ」
「い、いえなんでも」
「あ、もしかして尻尾とかじゃない?」
魔理沙がそういって立ち上がると、くるりとその場で1回転してお尻をこちらに向ける。
「猫なのに尻尾がないから、満足していないとか!」
首だけこちらに向け、どうだ名案だ! と笑顔の魔理沙。
私たちは揃って柏手を打ち、なんで思いつかなかったんだろうと茹った頭を少しだけ冷静にした。
「たしかに、猫に尻尾が無いのは不自然ですよね」
「盲点だったわ。なんで気が付かなかったのかしら」
「ふふーん。やっぱ猫の尻尾だな!」
「え、でも尻尾を生やすってどこに?」
「え? そりゃあ、お尻?」
お尻!?
私と妖夢の声が重なった。
*
再び白玉楼に戻り、蔵から猫しっぽの服飾の幽霊を探し出して身に着けた魔理沙は、それはもう可愛らしかった。
これで解放されるのだろうという希望もあったので、カメラを向けるといつも以上の笑顔。
猫の手なんかも顔の横に添えてくれて、それはもう楽しい撮影会になった。
「いやー、よかった! 無事に解決して!」
無事に人の手になった魔理沙が、猫耳カチューシャの代わりにいつもの三角帽子を被って快活に笑う。
「いや、ほんとヨカッタワ」
「ええ、ほんとにヨカッタデス」
無事に元通りになって安堵したのは本当だが、欲を言うともう少しだけ見ていたい気も。本当に少しだけ。
霊夢も同じ気持ちなのか、名残惜しそうにデジタルカメラの画面を一緒に覗き込んでいる。
「……ねえ妖夢。これ」
「ええ大丈夫です。印刷して渡しますから」
「……ッ!」
熱く握手を交わし合う。
今日は少しだけ霊夢とも仲良くなれた気がして、それも嬉しい。
少しだけ複雑な心境もあるが、単純に霊夢は良い奴だから、こうして少しふざけ合えるのは新鮮だった。
「やっぱり人間の手が便利だぜ! 人に食べさせてもらうのも新鮮だけど、あれは恥ずかし過ぎるな!」
「え?」
「あ!」
本編外短編かと最後まで悩んで、結局本編に。
緋想天書き始めるまでに、こういう話が今後発生しないとも限らないので……。