剣を持った相手と対峙するのは、これで二度目だ。
最初は冬の異変の時のことだったか。まだ妖夢とも知り合いじゃなかったなんて、なんだか随分昔のことみたいに感じる。
霊夢が傍に居た。だから怖くないんだと思っていた。
だけどあの時怖くなかったのは、妖夢がこちらを害する気持ちじゃなかったからだ。それに気が付いたのは随分後で、妖夢と深く交流するようになってからだけど。
赤い刃が光を放つその剣は、それ自体が能力を持つ天人のみに振るうことの叶う力。
曰く天界の宝具。気質を見極める程度の能力を持つ必ず弱点を突く剣。
「死ぬわよ。退いたら?」
天子は慣れていなさそうな動きで剣を振るうと、こちらを見てゆったりと半身に構えた。
「……」
限界まで強度を上げた魔法のバリアに、ルーミアの妖気もまとわりつくように漂う私の周囲。
それを指して「薄い防御」と称した天子にとって、緋想の剣にとっては言葉の通りなのだと思う。
普通なら恐怖に震えるような場面だ。
「いーや、戦う!」
だけど、震えは来ない。
ルーミア達が頼もしいということもあるけど、それ以上に天子から感じる迫力が、なんだか怖いものではないからだ。
「ふふ……っ!」
つい、笑みが零れる。
なんだか心が温かくなるのは、今日は色々と懐かしいものに触れるからか。
「……なに? なにがおかしいわけ?」
「い、いやっ。なんでもないぜ」
出会ったばかりの頃のフランみたいだ。
フランも、天子も、私よりもずっとずっと年上なのにな。
寂しくなって暴れている姿は、小さい子を相手しているみたいで微笑ましい気分になってしまうのだ。
*
天人と人間は存在の階位が違う。
あの巫女は別として、普通の人間と私の間に存在する差は、多少の努力や妖怪の助力で埋められるものではない。
「待ちなさーいっ!」
悠々と箒で飛ぶ金髪の魔法使いを追いかけ、剣を振るいながらあとを付ける。
戦いであれば瞬く間。しかし遊びであればそれを楽しむ余韻を作らないといけないのが、慣れていない私にとっては難しい調整の部分だ。
少し動いただけで起こった風にですらあんなに驚いていた。
遠慮なく殴ったら跡形も残らないんじゃないかしら。
こちらを睨みつける妖怪、ルーミアと名乗ったあれが戦ったらそういうことを考えなくて済むのに。
きらきらと派手な演出でこちらに殺到する星形の弾幕を斬って捨てる。
やるなぁ! なんて笑っているこいつが段々憎らしくなってきた。いや、憎らしいというか……。不思議な感じだ。
「えぇいっ! ちょこまか動くな!」
「弾幕ごっこで、動かないわけがないだろっ!」
笑いながら放たれる弾幕を切り捨て、後ろから追尾して来た隠し弾幕も引き寄せて斬る。
「埒が明かないよ魔理沙。なぁ、喰わせてくれよぉ」
「いーやっ! まだまだ!」
魔理沙の箒の後ろにいるルーミアが魔力を寄越せ、参戦させろと喚くのを、額に汗を浮かべ、笑いながらこちらに魔法を放ってくる魔理沙。
「まだ、私の魔法は負けてないからっ!」
こいつめ、諦めの悪いやつめ。
――なるほど楽しい。
にぃっと口角が上がり、どんどんと勢いを増す、それでもちっとも脅威にならない綺麗な弾幕を切り捨てていく。
「あっははは! そんなのちっとも効かないんだけど!」
全力でこちらに感情を向けてくる人間が、きっと次こそは、いやきっと次こそと魔法の数々を披露してくる。
目にも楽しい星の弾幕が、明るい昼の空に輝くキラキラが、諦めの悪い人間の、努力を止めない研鑽が。
「もっと撃ってこないと、全然当たらないわよ!」
こちらの反撃に、全力で逃げ、避け、恐怖に慄きながらも挑むことを止めない人間。
明確に存在の階位が違う生き物の、いじらしい努力を続けている姿。
「っくそ! 星符『メテオニックシャワー』!」
空中にばら撒かれた魔法、次々に星形を作りだして殺到する美しい星の弾幕。
あの巫女を例外とするなら、なんで妖怪がわざわざ弱い人間と戦うためのルールに従うのか、理解できなかったのだけど。
星の弾幕を受けながら、やっぱり少しも脅威を感じないけれど「さっきよりもいいタイミング」で撃って、この攻撃のために「ずっと考えていた」とわかる戦略の数々が。
私の事を考えていたのだとわかる時間が、なんだかどうしようもなく嬉しい。目の前の人間の事が愛おしく思えて仕方がないのだ。
――楽しいっ!
少しくらい被弾しても良いかな、との思いが湧いてくる。
ここで負けたらこの人間は喜んでくれるだろうか。
それとも、勝てなかったらもっと努力して色々なものを見せてくれるのだろうか。
「いまの全力の『マスタースパーク』だぁ!」
「タイミングは悪くないっ。だけど、威力がないわ!」
これが醍醐味か。
全力で向き合ってくる目の前の人間――魔理沙が、足掻いてもがいて色々な表情を見せてくれるこいつに、情けを掛けてやりたくなってくる。
放たれた弾幕のすべてを切り捨て、先ほどから呪詛を吐いて動きを阻害してくる妖怪たちの方をちらりと見る。
箒の後ろで、もう嫉妬を隠そうともしないルーミアに視線を返す。
こちらを見て、すべて切り伏せられたのにそれでも「それでこそ!」と嬉しそうな目をしている魔理沙を見返す。
「魔理沙って言ったわよね!」
「ああ、私は魔理沙だ!」
「そう、私は天子! 比那名居天子!」
緋想の剣を雑に振りかぶり切っ先を向けながら挑発すると、嬉しそうに「天子って呼ぶぜ!」と返ってくる。
数度のやり取りで、確信していた。
――こいつ、私の事好きなのね。
「ここまで熱烈に思いを寄せられた経験はないから、思うことも、もちろんあるのだけど!」
箒の後ろのルーミアが、まだ魔理沙から参戦を許されていないのに魔力を膨らませてこちらに殺気を込めた視線を寄越す。
「もっと強くなりなさいよ、もっと面白くなりなさい」
緋想の剣を納め、魔理沙に笑いかける。
「ああ。もっと強くなる」
爽やかに笑い、額に浮かんだ汗を拭いながら、魔理沙が手に持つ魔道具をこちらに向ける。
「うん、あなたとは満足。だから、その妖怪たちの助力を遠慮しなくていいわよ」
「……っちぇ。やっぱり、まだ私は弱いなぁ」
悔しそうに言い、ふはぁっと詰めていた息を吐き出している。
既に魔力が尽きそうで飛行はふらふらだし、額に汗を浮かべ顔色は白い。
それだけ全力で、多少の無理や無茶をしてでも私に向き合ってきていた。
「ええ、人間は弱っちいし臆病ね」
だけどその努力は認めても良い。
でもまだまだ私を倒すには、遙かにすべてが足りない。
手を抜いて、倒れてしまっても良いとさえ思ったけど、これだけ全力で向き合ってくる魔理沙に対してそういうことはしたくなかった。
「あなたとの弾幕ごっこ、悪くなかった。終わった後にその巫女へ謝れと言うなら謝りましょう、これだけの脅威を潜り抜けた貴方を無視はしない」
言いながら、悠々と魔理沙に近付いていく。
「こんなに“私”だけを見るのはあなたが初めてかも。一旦、信じてあげる」
「へへ、それは、光栄だぜ」
「魔理沙」
箒の上で息も絶え絶え、緊張が解けたからか一層顔色の悪い魔理沙が、残った僅かな魔力をかき集めて掌に集めていく。
吹けば飛ぶような、弾幕の一発にも満たないようなものだ。
ひとかけらも脅威にならない、だけど今の魔理沙が必死にかき集めた魔力だ。
箒の後ろにいるルーミアが手を伸ばし、受け入れるように開いたその手に魔理沙がソレを渡す。
「食べられるのは嫌だけど、今の私にはこれが精一杯だ」
「十分だよ。魔理沙は魔力も可愛いね」
「あ、あとこれ」
言いながらポケットから取り出した飴玉を、包みを解いて振り返り、ルーミアの口に放り込んだ。
指が触れた個所、口を押さえてルーミアが嬉しそうに笑う。
「我儘ばっかりで、ごめんな」
「大丈夫だよー」
箒の後ろで妖怪が、魔理沙越しに私を睨みつけて口元だけに笑みを浮かべる。
「かわいいあなたの為だから、私は天人だって喰ってしまうんだ」
*
天人は流石にレベルが違った。
「はぁ……はぁ……。さ、流石に強いぜ」
ふらふらと地面に降り立つと、衣玖がどこからか持ってきていたタオルをこちらに掛けてくれた。
「ふぅむ。あの時の力を使えばあっという間に終わりそうでしたのに、あれは使わないんですか?」
「あ、タオルありがとう……。あれは、紫に聞いてみないと、私にもなんだかわかんないし」
よっぽどすごい力だったんだなぁ。『原作魔理沙』だとしたら、あの天子にも勝ったんだから当然か。
「しかしあの我儘天人、おっと。総領娘様のあんなお姿は初めて見ました」
息を整えるため地面に座り込んでいると、衣玖が隣に座ってくる。
「普段の天子って、どういう感じなんだ?」
「私も詳しくはありませんが、見るたび詰まらなそうに、憂鬱そうにしていらっしゃるのを覚えていますね」
「へえ。そういう風には全然見えないけど」
見上げた空には、暗闇が浮かんでいた。
不思議な光景だった。遠くの空は明るいのに、この辺りだけ、ぽっかりと闇が包んでいる。
「ねえ、天子とルーミアはどうなっているの?」
暗闇の中まで見通すことは出来ず、その中が見えているだろう妖怪たちに状況を聞くしかない。
「ああ、心配はいりませんよ」
「心配って言うか、どういう状況なのかもわからないんだけど」
だいたい、どっちを心配したら良いのかもわからないんだけど。
いつの間にかアリスと紫、萃香もいないし。あの暗闇の中に巻き込まれてしまったんじゃないだろうか。
「大丈夫ですよ、すこし息を整えている間にこの戦いも終わるでしょう」
なんでそんな天気予報みたいな言い方。
衣玖がそう締めくくると、魔力不足で頭がぼーっとして来た私はそれ以上追求せず、言われた通り息を整えて戦いが終わるのを大人しく待つことにした。
ルーミアにも渡した飴を、自分用にひとつと衣玖にも一個渡して、一緒に食べる。
飴玉を口の中で転がして、改めて暗闇の包んだ空間を見上げる。
「ああ、悔しいなあ」
私はあそこに立つことも出来ない。
またひとつ異変に関わり、私は私の力不足を痛感した。
*
「天人の相手って、疲れるわ……」
闇が晴れたあとしばらくして、鎖でグルグル巻きにされた天子を引いて、アリスと紫がやって来た。
ふたりとも疲れた様子だったけど、対照的に天子は元気そうだ。
「全部終わったら、また戦ってくれる?」
ぐるぐる巻きのままの天子が、縛られながら私を見上げてそんなことを言う。
もちろんそれは構わないんだけど、どういう心境なんだろう。
隣に立っているアリスを見ると深くため息を吐いて鎖をグイグイ引いていた。なんだか、怒っている?
罪人を引くように結構遠慮なく引いているように見えるんだけど、ぴんぴんしている様子からは反省している様子は特にない。
紫が笑顔で天子に口枷を付けると、うめき声しか聞こえなくなった。
「弾幕ごっこだよな? もちろん良いけど、ルーミアはどうなったんだ? それに、萃香も姿が見えないんだけど」
「んー、んんんんんんんんー!」
もう一度聞こうとしたら、紫が大きな隙間をあけて天子を雑に蹴り入れる。
「ふぅ。やっぱり、もう少し反省が必要なのかしら」
額を抑えている紫の姿は、なんだか初めて見たのに、慣れた仕草がとても似合っていた。