だぜ娘奮闘記!   作:元掃除道具

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その7 地の子へと

「我儘ばっかりで、ごめんな」

 

 へへっと照れたように笑う貴方が誇らしい。よく頑張ったと、褒めてあげたい気持ち。

 それと同じくらい心配してしまう気持ちが湧いているのは、自分の事ながら不思議で可笑しい。

 蒼白な顔面に、弱っている人間に本能は食欲を訴えた。

 

 妖怪が只の人間を大事に思って、喰ってしまいたいと思いながらもその身の心配をする矛盾。

 抱えた混沌すらも、与えられたものに私は“愛しさ”を感じる。

 

「大丈夫だよー」

 

 努めて冷静に言葉を紡ぎながら、分け与えられた血肉にも成りえる魔力の塊と飴玉を飲み込んで笑う。

 

「かわいいあなたの為だから、私は天人だって喰ってしまうんだ」

 

 妖怪にとって天人は毒だ。仙人と違ってそれの肉に魅力は無いし、意欲も一切湧くものではない。

 言葉通りにもし喰ってしまったら、力は大きく削がれて弱い妖怪は存在を失くすだろう。

 

 きっと私の言葉の意味は伝わらない。

 顔色の悪い魔理沙を慰めて、箒から離れて天人に向き直る。

 

「あんたがさっきの大きな妖気の正体かしら。悪いけど、もし気分が乗らないと手加減できないかも」

「んー、あー。大丈夫、手加減なんていらないよ」

 

 体の中心、冷え切った私の闇に魔理沙の魔力が熱を持って宿り、胸の中心から力が溢れてくる。そんな気がする。

 手足を闇に溶かしながら、周囲を飲み込んで影響を広げていく。

 目の前には想いを寄せられていると勘違いをしている、頭に桃を付けた傲慢な天人。

 

 ぐっと背を伸ばすと、コキコキと骨が音を立てた。

 ドレスのように体に張り付いていた私の闇が、戦いの準備を始めてザワザワと蠢きはじめる。

 

 パンっと音を立ててリボン型の封印が弾け、ぱらぱらと残滓だけが周囲に舞って塵になった。

 ああ、なんとか形だけ留めて誤魔化していたのに。少し力を入れ過ぎた。

 

「あはは、また封印されるなー」

 

 封印の残滓が周囲に不快な気配を漂わせるので吹き飛ばしながら、久方ぶりの自由な空を味わう。

 今だけの自由の身。運動に最適な、全力でぶつかれそうな相手も目の前。

 魔力を喰った(愛をうけた)体は十分に動く。

 

「……あなた、なんだか嫌な感じね」

 

「天人にも恐怖があるの? 少しばかり頑丈なんだから、すぐに壊れてくれるなよ」

 

 もしまた封印されても、傍にいられるなら無知蒙昧な私で良い。

 あと何十年か、どれだけ先かもわからないけどあの子が天寿を全うした後に、その肉を喰らい私の中で永遠にするまでは余計な力は不要だ。

 

 むしろ手足を封じておかないと、約束を破ってしまいそうだからなー。

 

 *

 

 天界は太陽が見えないのだけど、ずっと明るい。

 私の体感だと、まだお昼過ぎくらい。だけどもしかしたら、思ったよりも時間が経っているのかもしれない。

 

 魔力不足だったからか、緊張が切れたからか。ぐぅーっとお腹が鳴るのを、衣玖に笑われてしまった。

 うぐぐ、と唸っていると「なにか食べるものを探してきますね」と、どこかに飛んでいった。

 

「少し見ない間に、あんたも成長しているのね」

 

 なんだか優しい目をしたアリスからお褒めの言葉を頂き、そういえば随分アリスと弾幕ごっこをしていないなーと気が付く。

 

「……負けたけどな」

「ふふっ。珍しく拗ねているの?」

 

 微笑まし気に見てくるのがこそばゆい。今日は一日中、アリスも気が張っていたからちょっと怖かった。少し雰囲気が柔らかくなって話しやすく、いつもの優しい感じがありがたい。

 

「す、拗ねてないけど……っ! でも、アリスと弾幕ごっこしないから、私の成長を見ていなかったんだな」

「そうね、少しびっくりした」

「あははっ、そうだろ? 人間はすぐに成長するんだぜ! すぐに霊夢くらい強くなるからな」

「……そうね。人間、だものね」

 

 ふふーんと、今は悔しい思いをしたけど負けても胸を張ってみんなに並び立つ。

 今はまだ力が足りていなくても、きっとそのうち皆にだって負けなくなるんだ。

 

「さぁて、大人しくなったかしら?」

んんんんんん(なにすんのよ)ー! んん(あれ)んんんん(出られた)?」

「はぁ、弱る気配もない……」

 

 後ろの方で紫が空間の隙間を開いて蹴り飛ばしていた天子を、またどこからか取り出して、どさっと音を立てて地面に落としている。

 さっき見た時と変わらず、鎖でぐるぐるの天子と目が合った。

 

「なぁ、なんで鎖で縛って口枷までしてるんだ?」

 

 天子に近寄ると、唸りながら外せ外せと訴えてくる。

 いくらなんでも可哀そうだ、近寄って外そうとすると紫に手を止められて、顔を見ながらため息を吐かれた。

 

「こら。勝手に外さないの」

「このままだったら話ができないだろ」

「もう少し弱らせてから話をした方がいいわ。この我儘娘、反省なんてしていないもの」

「口を塞いでいたら反省しているのかもわからないだろ。こんなの、ただ痛めつけているだけだぜ」

 

 むっとして見上げると、さっきまでの少し疲れた様子ではなく、いつも通りの温度を感じない眼で見つめ返される。

 

「勝者が敗者をどう扱おうと勝手でしょう?」

 

 思わず怯みそうになったが、ぐっと堪えてその視線に耐える。

 

「だ、弾幕ごっこはお遊びだから、そんなふうに罰を与えるのはよくないと思うぜ」

「異変は遊びじゃないわ。結界の要である神社を破壊しているのは、幻想郷全体の危機でもあったのよ」

「そ、それは……」

 

 確かに天子は危険なことをした。私はそれが大きな影響を与えないって知っていたけど、知らないみんなや、特に管理者である紫からしたら許せないことなんだろう。

 紫の怒りは正当なものだ。私だって、知らなかったら同じように怒っていたかもしれない。

 だけど。

 

「でも、言葉を塞ぐのはだめだ。反省していない風に見えるのかもしれないけど……。もし天子が謝りたいときにその機会を奪うのは、しちゃいけないと思うんだ」

 

 天子はなんで異変を起こそうとしたのか、とか。

 もっと知らないといけないし、皆にも知ってもらいたい。

 天子も私たちの事とか、幻想郷のことを知ってもらわないと。

 幻想郷にいるんだから、言葉が通じるし伝えられるんだから。

 私が何故か覚えている知識では、天子も幻想郷の一員としてみんなと仲良しになるんだから!

 

「それに、敗者っていうなら私も天子に負けたぜ。だったら、天子が私を好きにしてもいいってことになるし」

「いーや、魔理沙は負けていない」

 

 ずるっと影が引き延ばされて、なんでか粘性の音を立てて私の影から金色の頭が顔を出した。

 ひんやりとした声で一瞬、周囲の温度が下がったように感じる。

 

「ルーミアっ!」

「私は魔理沙のお助けアイテムだから、戦いは続いていたし魔理沙は負けていない」

んんんん(わたしも)! んんんんんんん(まだ負けてない)っ!」

 

 なんだか大人なルーミアが、完全にリボンを解いている状態で腕を組みながらぷんぷんと声を荒げて姿を現した。

 上半身だけで地面から生えているのは異常な姿で、少しシュールだ。

 

「勝者が敗者をどう扱おうと勝手だって言うのなら、それは紫じゃなくて魔理沙の権利でしょう?」

 

 大人ルーミアが私の頬に手を当て、戦いの後だからか、高揚した様子で頬を染めながら妖しく笑う。

 

「魔理沙が『この地震を起こした奴に謝らせる』と願ったんだから、その手段も任せるべきじゃないかな。私達はそれに手を貸しているのであって、異変の首謀者を懲らしめるのはただの過程でしょ?」

 

 なんだか随分肌の見えるドレスが艶めかしく感じる。直視できずに目を逸らすとクスクスと揶揄うような笑い声。

 

「な、なんでそんなところから出てくるんだ?」

「いつだって傍に居るよー、これからもこの先もね」

「そんなに四六時中居られるわけないだろ。……いないよね?」

 

 さあどうだか。

 そう言ってルーミアが笑い、本当に私の知っているルーミアっぽくなくてなんだか戸惑ってしまった。

 

 *

 

「ごめんってちゃんと言える?」

 

 大人しくしていれば、この只人はとても調子に乗っている。

 口枷を外させたのは感謝しても良いのだけど、あんな弱々な癖にどうして私に対して、こんな子供に言い聞かせるみたいな言い方をするのはおかしくないかしら。

 

 地面に胡坐をかきながら見上げると、視線を合わせているようにしゃがみ込んで魔理沙が心配そうにこちらを見つめる。

 

 弾幕ごっこでその力や精神は見せてもらった。

 私に対して格別な思いを抱いているのも、理由はわからないけど熱烈に感じた。

 

 だけどそもそも存在の階位が違う私に対して、やけに気安いし馴れ馴れしいのはどういうことなのかしら。

 

「……できるわよっ」

 

 それに対して、なんだか気恥ずかしくも大人しく言う事を聞いてしまう私も。

 

「どういう形になるかわからないけど、償いというか……。さっき、建て直しの話も少ししたけど、大丈夫そうか?」

「な、舐めているわね」

 

 相変わらずなんだか、ムカつくわ。ムカムカっという気持ちが湧くのに、なんだか不愉快じゃない感じ。

 これもまた不思議だ。なんて言えば良いのかしら。こう、わからせてあげたくなるような。

 

「凡そ地上の人間にできることなんか、なんだってできるわよ! 神社の建て直しを求められればできるし、財宝を求めるのならば相応のモノを用意してあげる」

 

 フンっと鼻を鳴らすと魔理沙は困ったように眉を下げた。

 

「宝物なんていらないぜ。神社の建て直しはお願いされるかもしれないけど、あとは霊夢にちゃんと謝ろうな」

 

 まるで子供に言い聞かせるような言い方がむかつく。

 

「……これだけの脅威を潜り抜けた貴方を無視はしないけれど、それは何でも言う事を聞くってわけじゃないわよ」

「う、うん。それはそうだよな」

 

 本当にわかっているのかしら。

 今ならなんだってできるのに。私は身動きを封じられているのだから、碌に抵抗もできないのに。

 なんでそんなに優しい諭し方をしてくるのか。

 

「あくまでも精神的な屈服を狙っているのかしら」

「くっぷく? そんな狙いとかはないけど。でもちゃんと話を聞いて、みんなに謝って、ちゃんと遊ぼうって言ってから……」

「な、なぁっ! なによ、勝手に想像して!」

「え、だって、一緒に遊びたかったんじゃないのか?」

 

 きょとんとした顔でこちらを見るのがムカつく。

 この私が? なんで、そんな一緒に遊ぼうって、なにどういうこと!

 

「だって天子ってすごく強いんだろ? 流石にわかるぜ、一緒に戦ったんだから少しくらい」

 

 ぐっと息を詰まらせると、そのまま魔理沙は続けていく。

 

「私のときもさ、来た人に合わせて力を調整してたよな。色んな人と一緒に弾幕ごっこをしたかったんじゃないのか?」

「……」

「私からしたら天子は地上の友達が欲しかったように見えたんだ。その、違ったらごめんな」

 

 少しだけ浮かべた笑みは、人を馬鹿にしたようなものではないと感じる。

 

「私もみんなと仲良くしたかったから気持ちがわかるぜ。その、もし勘違いじゃなければ、なんだけど」

 

 なんだか、こんな子供に言い聞かせるみたいな言い方。

 

「みんなのことが羨ましくなったんだよな。弾幕、きれいだもんな」

 

 私よりもずっと年下で、ずっと弱くて、ずっと臆病なくせに。

 こちらの事情を聴いて反省を促す、遙か昔に感じたこそばゆさ。

 

「でも、悪いことをしたらちゃんと謝らないとだめだぜ。私も一緒に謝ってあげるから、ちゃんと謝ること!」

 

 雁字搦めに縛り付けられていて身動きの取れない私に、今ならどんな復讐だってできるのに。

 それでやるのが説教だというのだから、まったく地上の人間は、いや、魔理沙はとても甘くて愚かだ。

 力を伴わない主張なんて、誰の耳にも届くことは無いのに。

 

 ……仕方ないなぁー!

 

「あーっ! もう!」

 

 巻き付けられていた鎖を力ずくで解こうとして、ガチャガチャと音を立てる。

 抵抗した瞬間に中華ドレスの妖怪が鋭い視線を飛ばすが、闇の妖怪が制止した。

 

「謝るって言ってんでしょ!」

「う、うん」

 

 拘束はすぐには解けそうにない。

 もどかしくて睨みつけると、臆病な人間が怯みながらもしっかりと見つめ返してくる。

 

「……謝ったら、許してくれるのかしら?」

 

 魔理沙が、にこーっと顔を綻ばせる。

 

「うんっ! 霊夢は話せばわかるし、神社の建て直しが出来るなら紫も許してくれると思うぜ! なっ?」

「……はぁ、勝手なことね」

 

 中華風ドレスの妖怪が口元を隠しながら、殺伐とした雰囲気を霧散させて苦笑した。

 

「どうせ天人を滅することも難しいのだから、それがこれ以上余計なことをしないのなら良いわよ」

 

 細めた、人間を見るとは思えないようなぬるい視線。

 甘やかすような雰囲気はこの妖怪にはまったく似合わない。

 

「……ちゃんと、謝ったらいいんでしょ」

 

 今は抵抗が難しいし、言う事を聞くのも仕方のない事。

 地上の妖怪たちとも遊ぶことが出来たし、強い者も知った。

 

 私に想いを寄せる、いや。なんでだか私の事を凄く好いている弱っちい人間がいるから、少しだけ気分が良くなっているのかも。まあ少しくらいは言う事を聞いてやっても良いかな、と思っていた。

 

 そう思える程度には退屈は紛れていて、私はここ数日の刺激に満足していることに気が付く。

 あの鬼のように強い地上の巫女との弾幕ごっこでは満足しなかったのに、こんな弱っちい人間との弾幕ごっこや会話でどこか満たされていたのだ。




あとおそらく1話で緋想天終了。
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