ゲームとは化学反応だ。例えばチェスは、たかだか六種類の駒を、二人が交互に動かすだけのはずなのに、極めるには果てしない時間が必要となる。その理由は、それぞれの駒が持つ性質同士の織りなす「ルールで作られたカオス」――まさに、化学反応。さらに、プレイヤーの思惑がぶつかり、渦巻いて作られるゲームの展開もまた、一種の化学反応といえるだろう。ルール同士、プレイヤー同士が、交わり合って創発する未知の刺激。その驚きにこそゲームの神髄がある。だから――。
夢を見た。
……変な夢だった。
一言で表すなら「世界の崩壊」、そんな感じの情景だった。見たことのない色をした遠くの空に、見慣れた建物が逆さまに浮いていて、その下には荒れ果てた地平線が伸びている。ただひとつ場違いなのは、そこにぽつんと立っている白い扉。その扉の前に、ぽつんと立っている誰か。その誰かの周りに、ぽつんと浮いているわたし。
……今、なに言ってるんだって思ったでしょ? でも本当のことだ。わたしは小さな妖精みたいな姿だった。羽が生えた、小さな火の玉。なんでそれがわたしだとわかったのかはわからないけど、とにかくそれはわたしだった。逆に、扉の前の人は誰だかわからなかった。ぼろぼろの黒いローブで、顔や背格好が見えなくて。
わたしは、その誰かと一緒にその扉のところまで来たけど、それは失敗だったみたいだ。ぽつんと立った、どこにも続いていない扉の向こうから、こう声がした。
《こいつは、主人公じゃない》
ブチッ……と、そこでその記憶は途切れた。
意味のわからない、でも心に突き刺さる夢だった。なんでそう感じたのかは自分でもわからないけど、強烈に感じた「失敗」のビジョン。目を覚まして、カレンダーと時計を確かめて、バクバクと鳴る胸をなで下ろしたことを覚えている。そのときはただの夢だと思ってたけど……。
「こうなっちゃったら、信じるしかないでしょ」
わたしの手の中、スマホの画面が、もうすっかり慣れてしまった「異常事態」を伝えている。
"速報:地下鉄で爆発事故 原因は『ゲーマー』か"
「……まさか、だから?」
丸っこい目をさらに丸くしてわたしの顔を見つめるのは、七伏 尋戸 (ななふし ひろと)。わたしの同級生の男子高校生で、幼馴染で……まあ、特に言うことはない。
「そう。だから、今日はヒロトを巻き込んで学校休んだの」
特に言うことはないけど、死んでほしくはない相手だから、とは言わないでおいた。面倒だし。
「へええ……もしかして、ブンブンも『ゲーマー』だったりするの?」
「やめてよ、その呼び方」
こいつの面倒なところのひとつが、この呼び方だ。大昔のあだ名を、いくつになっても使い続けている。"道分 文子 (みちわけ ふみこ)" の真ん中二文字を音読みしてブンブン、なんて、古い漫画の主人公みたいな無理やりなネーミング。こういうセンスのなさは、今も昔も変わらない。
「まあ、ゲーマーなんて冗談でも言っちゃダメか。偉い人たちが必死で対応してる『危険分子』だもんな」
言いたかったことと違うけど、まあそれも反省点としては合っている。こういう察しがいいんだか悪いんだかわからないところも、ヒロトのいいんだか悪いんだかわからないところ。"ヒロトとブンブン"、わたしたち二人の腐れ縁が、こんな調子で今日まで続いている理由も、いまだに謎のままだ。
「……ほんと、ここ最近、わかんないことだらけ」
そうつぶやいたのと、ほとんど同時だった。
わたしは失敗した。視界の外から飛んできた、光るボールみたいなものを避けられなかった。それが当たったわたしの頭は、ブロックが欠けるみたいに穴があいて、ぼろぼろと崩れた。そして、残ったわたしの体も、どちゃりと崩れ落ちた。
「っ、ヒロト!」
だべっていたカフェのテーブルを思いっきり蹴飛ばすと、ヒロトは椅子ごと倒れ、わたしも反対側に倒れた。天を仰いだ顔の上を、光る球が通り過ぎていく。
「い……ってぇえ!」
ヒロトの声。良かった、無事だ、二人とも。
わからないことだらけのわたしにも、わかることがあった。それは、失敗した未来の光景。脳裏にパッと浮かぶビジョンが、わたしがとるべき行動を教えてくれる。今朝の地下鉄事故も、「二人で事故に巻き込まれるビジョン」のおかげで回避できたのだ。得体の知れない能力だけど、今回もわたしを助けてくれたらしい。
わたしの頭を砕き損ねた光球は、そのままの勢いでカフェの壁に、大きなガラスに直撃した。そして、ガラスはピシッと亀裂が入るでも、ガシャンと砕けるでもなく、ポンと心地よい音を響かせて、四角くくり抜かれた。こんな異常事態、原因はひとつしかないとヒロトも気づいたようだ。
「まさか『ゲーマー』かよ!?」
「ア・タ・リ♡ もしかして、お兄ちゃんたちも?」
その原因は、意外と近くにいたらしい。声の主は、三角帽子と大きな杖――おとぎ話の「魔女」を連想させる格好をした、10歳くらいの女の子。それが、わたしたちの生命を脅かす、この異常の中心だった。